二人で一人のウマ娘   作:なまたま

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Re:ster

―――

メイクデビューまであと六日

―――

その日僕は、耳に付けたイヤホンから流れる、大音量の電子音で目覚めた。

 

→(…ん

 

携帯に表示されている時刻は午前四時三十二分。

部屋を見回して目に映る物は変わりなく、力を抜けば不安定に上体は揺れ始め。

鼓膜を劈く劇音は不快感を催させ、窓からは仄かな橙色に染まった空。

 

→(起きて、エレジー

 

すぐ隣で寝息を立てているエレジーに声を掛け、肩を掴んで左右に揺すぶると、瞼がぱっちりと開かれた。

何度も途中で起きていた前回とは異なり、しっかり睡眠を取れていたらしく。

特段寝ぼけている様子もない。

 

「おはようございます、トレーナーさん」

→(おはよう、エレジー

「…もう、時間なんですね」

 

昨日僕は、早起きする必要があるとしか言っていないのにも関わらず、エレジーはベッドから出るとすぐさまトレセン学園の制服に着替えて、バスローブを鞄にしまい込んだ。

 

→(…分かるの?

「流石に分かりますよ。 …今の時間なら人も居ませんし」

 

どうやら、彼女が理由を察するにはそれだけで十分だったらしい。

 

「トレーナーさん。 今日はいつもの場所ですか?」

 

ドアノブを捻ったままに振り返って、今日の練習場所の確認を取り。

 

→(…いや、今日はターフじゃなくてマシンを使うから、授業が終わったら一回僕の部屋に来て

「…分かりました。 それでは、行ってきます」

→(行ってらっしゃい

 

連絡を終えて、栗東寮へと帰って行った。

 

―――

 

―――

 

そして放課後。

僕の部屋で合流し二人で向かったのは、学園のトレーニングルーム。

…の、端っこにある黄緑色の鉄扉を開いた先に鎮座している一台のマシンの元だ。

 

「これ、何ですか?」

 

傾斜機能、回転機能、風圧制御用の巨大ファンの取り付けられた縦横幅各十二メートルの巨大ルームランナー。

LEDの無機質な光が照らす室内は柔床以外の全てが鉄板、細部のコンセントや通気口以外には窓一つない。

その閉鎖的な光景が牢獄か何かに見えたのだろう、エレジーが動揺しているのが伝わってくる。

 

→(先代ライスシャワーの為に作った、修練場だよ

 

印の付いた鉄板の取っ手を引き、出したコンソールを操作すると。

天上に鋼のレーンが出現し、流れてくるのは重さ百キロ程度のサンドバッグ。

そして、フルフェイスのVRヘッドセット。

硬質ゴムのロープを天井のフックに引っ掛け、レールに乗せる。

 

「一体何のために…?」

 

このマシンは、天候と馬場以外のありとあらゆる状況をシミュレーションできる。

スタートダッシュや視野搾狭をVR、前を垂れウマに塞がれる状況はサンドバッグのレール移動、カーブは傾斜調節と回転機能、風はそのまま巨大ファンで再現可能。

その上天井から繋げられるゴムロープによって、疲労時の転倒事故を未然に防げ。

ヘッドセットの心拍センサーで、どれだけ余裕があるのかを完全に管理出来る。

 

ようは、固有技能の発動条件の確認と、今回のメイクデビューで走るレース場の経験を疑似的に積ませられるのだ、と説明した。

 

→(スタミナトレーニングとしても、僕が知る限りこれが最高峰と言って良い

「…なるほど、確かに理に適っていますね」

 

すると、エレジーは先とは打って変わって躊躇なくヘッドセットを装着し、ベルトにゴムロープを鉄フックで固定してルームランナーの中央に立った。

 

→(何か、希望ある?

「先代ディープインパクトと、現会長シンボリルドルフの現役時代のデータがあるなら」

→(東京レース場だから…二人ともダービーだ

「是非お願いします!」

 

そもそも、エレジーくらいの年の子はこういうハイテクなモノに触れる事自体が面白いんだろう。

ヘッドセットの下部分から覗く頬はすっかり緩んでいて、走るのが楽しみで仕方がないといった様相だ。

 

→(ただ、今度のメイクデビューも六頭立てだから…後三頭選んで

「…それなら、三代前のスペシャルウィークとオルフェーヴル、先代エルコンドルパサーと走ってみたいです」

 

相手がどれだけ強くても勝ちを譲ろうとしないエレジーには珍しく、あまり勝気が感じられなかった。

まぁ、結局はシミュレーションだからそれほど気負わずに済むと言うのもあるかもしれない。

コンソールを叩き、設定を打ち込んで行く。

レース場は事前に自作してあったものを使い、各ウマ娘のデータは一つ一つ手入力で。

それと何故かハイクオリティに仕上がった3Dを選択して、完了。

 

→(それじゃ、始めるよ

「…ッ!」

 

スタートさせると、ルームランナーのベルトが勢いよく回転を始め、サンドバッグが設定された通りのポジションを取ろうとサンドバッグ同士で衝突しながらレースが展開されて行き。

二分と少しすると、余程の着差をつけられたのか、げんなりとした表情でエレジーはベルトから降りて来た。

 

「…もう、次元が違いすぎて」

→(練習には、ならないか

 

その後、ある程度エレジーの実力に合わせた選出でシミュレーションし。

結果判明した固有技能の発動条件は、バ群全体の上位五十パーセント以内というシンプルなものだった。

 

―――

メイクデビューまであと五日

―――

 

翌日の午後。

 

→(…冗談じゃない

 

一昨日、僕の身の潔白を証明してくれたエレジーの検査。

その詳細結果が手元に届き、僕は頭を抱え込んだ。

 

『ウマムスコンドリア活性、不良』

『活性率:十六パーセント』

 

ウマムスコンドリア

 

人とウマ娘の体内に存在する細胞小器官で、酸素や糖類等の体内リソースをエネルギー通貨に変換する役割を持っている。

ようは、ミトコンドリア…のようなものと言えば手っ取り早いだろうか。

だが、ウマムスコンドリアは人間の体内では殆ど活性化せず、ウマ娘のみが体内で活性状態を維持できる。

このことから、人間との差異…『ウマの魂』が宿る事によって何らかの影響を及ぼして利用可能になるとされている。

 

ならば、全てのウマ娘はウマムスコンドリアの恩恵を等しく受けていられるのかと言われれば、答えは否だ。

ウマ娘は、活性率とレースでの戦績に明確な比例の関係が存在する為、同じ魂を宿したウマ娘でも代によって実力が異なる。

 

その一因に、ウマムスコンドリアの活性状態が挙げられる。

通常、その差はあまり大きな物ではない。

 

例外が、人と人との間に産まれた…先祖返り、または突然変異の場合。

 

元になった人の身体と魂…と便宜に呼称されている未解明の要素とは相性があると考えられており、ウマムスコンドリアに合わない魂を宿してしまうケースが存在する。

 

そうなると、エネルギーの産出と固有技能発動時の出力の要である『ウマムスコンドリアと魂の適合率』が低くなり、エネルギー産出量が異常に少ない、活性不良という病を患う。

 

普通に生活する分には、何の問題も無い。ウマ娘としての高い身体能力も、ある程度なら発揮できるだろう。

しかしだ、これが限界まで能力を競う場となれば話が変わってくる。

 

体内のエネルギー不足、それは否応無しに持久力を、瞬発力を削り、競技者としてのパフォーマンスを著しく低下させる。

 

つまり総括して言ってしまえば、活性率十七パーセントとは、常人の半分以下の才能しか持ち合わせていないという事を示しているようなものだった。

 

治療する方法も決して多くはない。

最もポピュラーなものでも、活性剤投与。

平均的ウマ娘の活性率が大体四十~六十の所、活性剤を投与すれば一時的に活性率を八十パーセント近くまで上昇させることが出来る。

 

だが一度使ったが最後、過剰に機能させられたウマムスコンドリアは死滅し、恒久的なエネルギー効率の低下を引き起こす。

 

そうなれば競争はおろか、ウマ娘としての身体能力すら失うことになるだろう。

そもそも、こんなのはドーピングだ。

許されるわけもない。

 

…要するに、まともな治療法なんて存在しない

『不治の病』。

 

 

抱え込んだ頭から手を離し、天井を仰ぎ見ると。

その時、部屋の扉から三回、軽いノック音が聞こえて来た。

 

→(…ん?

 

用紙を小さく折り込み、胸ポケットの中の巾着に入れて扉を開く。

そこに居たのは、普段と何ら変わりないエレジーの姿だった。

 

「トレーナーさんが遅刻してどうするんですか、もう」

 

言われて時計を見ると、既に放課後は過ぎている。

つまり、いつものコースに居なければならなかった訳だが、どうも、考えている内に時間が経っていたらしい。

 

→(…ごめん。 ぼーっとしてた

 

慌てて部屋を出てターフへ移動し。

その後、日の沈む一歩手前まで練習をして、お互いの自室に戻った。

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