二人で一人のウマ娘   作:なまたま

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失墜、出会い。

シンザンとのトレーナー生活は、まさに順風満帆と言っていい、充実した日々だった。

メイクデビューでは二着に四馬身差をつけて圧勝。

初G2のスプリングステークスでは、過去最長の1800メートルにも関わらず一着。

重賞ウマ娘となり晴れて挑んだG1皐月賞も3/4馬身差で制し、東京優駿...ダービーでは一馬身と1/4の差をつけて勝利。

その後もG1は全て一着。

菊花賞、宝塚記念、天皇賞秋、有馬記念を制した。

 

オープン、G2などでの二着はあったものの、それは正直大舞台に向けた仕上げというか調教の一環として使っていた節があり。

 

ゴール後すぐに立ち止まる姿から、無駄のないウマ娘とも評されて。

 

 

―――

 

―――

 

「引退レース、お疲れ様でした!」

「ここまで、よくやってきてくれたな。トレーナー」

「いえ、それが僕の役目ですから」

「...そうか」

 

そんな彼女との別れもまた、簡素なもの。

 

「へッさすがは麒麟児サマだ、担当ウマ娘なんかいくらでも替えが効くってか」

「中卒のクセにな~に調子乗ってんだか、社会に出れば俺のずっと下の癖によ」

 

だが、神ウマ娘に対する態度の素っ気なさに反感を覚える古参トレーナーは少なくない。

いつも通りのあいさつで、また明日会えるかのように彼女を見送ったのは...

 

「...っ」

 

お互い、ただの強がりだったのに。

 

 

そんな僕の元へあてがわれた次のウマ娘。

彼女もまた才能に溢れていて、特に静と動の使い分けの上手い子だった。

名前は『テンポイント』。

恵まれた体格、レースの時だけ見せる強い闘争心。

日の光を浴びて金色に輝くとまで言わしめた綺麗な栗毛と整った容姿もあり、彼女は非常に人気の高いウマ娘となる。

 

メイクデビュー、もみじ賞、そしてG1の阪神ジュベナイルフィリーズ、G3の共同通信杯、G2のスプリングステークスまで無敗の五連勝。

 

皐月賞は二着、ダービーでは大敗を喫したが、続く京都大賞典は三着、菊花賞、有馬記念は二着を取り、京都記念、鳴尾記念、天皇賞春は三連勝。

宝塚記念を二着で終え、京都大賞典、有馬記念で一着を取った。

 

そして...ついに出て来た遠征の話に乗り、海外渡航に向けたトレーニングを行っていた時の事。

 

「海外に行く前に、テンポイントのレースを見たい?」

 

関西圏のファンたちから、そんなメッセージが多数寄せられてきたのは。

 

「あの、トレーナー」

「なに?」

「直近で私が出れそうなレースってありますよね」

「ダメだって、もう随分足に負担がかかっているんだから」

「...でも、私を有馬記念に連れて行ってくれた皆さんの期待に応えたい」

「そう言われても...こないだ脚痛いって言ったばっかりじゃ...」

「どうしても、駄目ですか?」

「いや、最後の判断は君に委ねるけれど...」

「なら、日本経済新春杯。出させてください。お願いします」

 

この時、判断を彼女に委ねるべきじゃなかった。

 

なまじ体調管理の十分出来るシンザンを担当したことしかなかったから。ウマ娘に自己判断をさせるのがどれだけのタブーなのかを、当時の僕は理解していなかったんだ。

 

 

―――

「...ごめんなさい、トレーナーさん」

―――

 

テンポイントは、そのレースの途中で膝の上から骨が飛び出す大骨折をしてしまった。

不幸にも大動脈に傷が入っていた事と、破傷風菌が入ってしまったのが直接の死因だとは診断されたが...

世間でいくら評価が高くとも、同業者の嫌われ者である僕の風評が地に落ちるのは一瞬で。

 

それでも一度なら、ただの不幸で済んだ筈なのに。

 

―――

「わたし、勝ってくるね…お兄様」

―――

 

次にあてがわれた『ライスシャワー』。

始めてみた時、才能はシンザンには劣ると評し。失望する。

そのくせ遅刻してくるような意識の低さに僕は憤りを覚えて、思い切り怒鳴りつけた。

 

…追い詰められていた。テンポイントを死なせた責任と、遺族からの追及に追われていて。

 

それからもシンザン程の結果は出せず、挙句の果てに悪役扱い。

同じ悪役扱いにシンパシーを覚えたのか、随分と懐かれたが...

精神的に余裕が無くて、辛辣に当たり続けた。

 

そのくせ僕は少しでも多くレースに勝たせて、一刻も早く汚名を払拭したいとしか考えていなかったから、どう見ても故障寸前のライスシャワーを宝塚記念に出して...

 

死なせてしまった。

自分の功績の為に、名誉のためにウマ娘を使い潰して。

 

...何もかも手遅れになってから、後悔したんだ。

何故もっと優しくしてやらなかったのかと、何故もっと活躍させてやれなかったのかと。

 

原因は、ちっぽけな才能主義者のプライドで。

それを僕はその時捨てた。

 

―――

「...君が嘗ての栄冠を取り戻せるよう、尽力してくるとするよ」

―――

 

ライスシャワーの事を引っ張ったままに育てた『アグネスタキオン』。

彼女には、最初からずっと優しく接することにして。

実験と称した遊びは全部付き合ったし、新作の試薬を呑んでくれと言われたら即座に飲み干した。

だからだろうか、どう見ても素質は一歩劣るというのに不思議と彼女は強い走りをしてくれて。

それで安心しきっていたら...

 

彼女は自分の怪我を巧妙に隠したまま走り続けていたらしく、

私の事を見て欲しかった、と最後に言い残してその短い命を終えた。

 

気付いた時には、もう遅い。

アグネスタキオンには初めからそんな事は望んじゃいなくて。ただ、最後まで元気でいてくれれば良かったのに。

 

―――

「今度こそ、勝ちたいんだ。ダービーウマ娘として」

―――

 

ライスシャワーとアグネスタキオンの事を忘れるように僕がスカウトした『ビッグウルフ』。

地方から中央に出て来たウマ娘。才能としては上ではあるが...というくらいの子。

 

シンザン、ライスシャワー、アグネスタキオン、どの子にもきっと及ばない。

 

それでも諦めずに根気よく指導して、無茶だと分かっても一緒にトレーニングをすることを心掛け続けて…

 

調子良く、ヒヤシンスステークス、伏竜ステークス、兵庫チャンピオンシップを3連勝し、中でもヒヤシンスステークスは後続に9馬身差をつけての圧倒的勝利。

その後東海ダービー、ジャパンダートダービーを制し、ダート戦線における三強と呼ばれるようになれた。

 

...けれど、それまで。

ダービーグランプリは二着、ジャパンカップダートを十三着と大敗。

帝王賞、マイルチャンピオンシップ南部杯は3着になったものの、ジャパンダートダービー以来の勝ち星を挙げることは出来ず。

中央から離れ地方のトレセンに移籍し、ダートダービーだけだという汚名を少しでも晴らしたいと願いながら出走した、園田金盃レースで。

12月の寒風の中、出走したこのレースでビッグウルフは走行中に開放骨折を起こし、時速60キロメートルで鉄柵に頭を衝突させて...

 

―――

 

―――

 

...名誉のために、自分のエゴを押し付けるような真似は、絶対にしてはいけない。

故人に捕らわれたまま、今を生きる事なんて出来る筈がない。

それはウマ娘のトレーナーとしてではなく、一人の『人間』としての僕が学んだ教訓。

 

でも、とっくに僕の心は折れかけで。

担当するたびにだんだん悪くなっていく戦績、期待が高かった分大きな失望の目線。

それら全てが怖く思えて、引きこもってしまった。

 

トレーナーと言う地位を捨てることもできず、かといってトレーナーとして誰かを導くのも、もう嫌で。

これまで全く使わなかった有給や、普通にとれる分の休暇を使い潰して。

それでも立ち直れず、部屋で未練がましくウマ娘の教本を読んでいた時の事。

 

「開錠ッ!」

 

あの、波乱万丈な理事長と出会ったのは。

 

―――

 

―――

 

→(...プライバシーの侵害ですよ

 

共に入って来たたづなさんが気まずそうに会釈をしてきたので、一応返しながら文句を言う。

ここは僕の部屋だ。勝手に入ってきちゃ駄目だろう。

 

→(ていうか、誰だ

「と、トレーナーさん!?」

「良い良い、恐らくメールもチェックしていないんだろう!」

「で、ですが...」

 

栗毛に白いメッシュで、猫を頭にのっけた奇妙なファッションの女の子が扇で顔を仰いでいる。

...一体、どこの誰だ?何故たづなさんは静止しないんだ。

 

「挨拶ッ!今年度から中央トレセン学院の理事長に就任させてもらう、秋川やよいだ!」

→(秋川?

「前理事長がもう後進に道を譲る、とのことで...急遽就任したんです。娘さんが」

→(そうですか、それじゃ

「待て待て待てーーーい!!トレーナーくん!君は非常に優秀な成績の持ち主だと聞いているぞ!」

 

「その才能を腐らせるのは惜しいと思わないのか!」

→(...思いません。どうせ、大したものじゃないんですから

「いやいや!担当ウマ娘すべてがG1のビッグタイトルを獲っているというのは十分異常!」

→(知らないんですか、僕のアダ名

「もちろん知っているとも。君に任せると事故が起こると噂になっているからな!」

→(なら、どうして?

「発掘ッ!そんな君に担当してほしいウマ娘が現れたからだ!」

 

その言葉を聞いた瞬間。僕は自分の耳を真っ先に疑った。

だって、今の僕に指導させたいなら...

 

→(…邪魔なんですか、その子

 

いなくなった方が良いって、事じゃないか。

 

「いや、決してそんな事はないのだが...」

 

話を聞いてみると、選抜戦で合格ラインギリギリの彼女につきたがるトレーナーがどうしても確保出来ず…

さりとて優秀な人をつけて欲しいと希望しているのを却下するのも忍びなかったため、僕にお鉢が回ってきたようだ。

 

→(噂の事は知ってるんですよね?

「その上で、だそうだ!...引き受けてくれるか?」

 

何故クビにされないのか不思議な程に、僕の悪名は既に響き渡っている。

 

→(...今すぐにでも、合いに行きます

 

それでも僕の手腕を求めてくれているのなら、断る理由なんてなかった。

 

「良しッ!たづな!ターフへ案内を頼むぞ!」

「了解です、よろしくお願いしますね、トレーナーさん」

 

―――

 

―――

 

こうして僕は、ハリボテエレジーと出会う。

中央のターフを走り続ける、死んだ姉の影に囚われた、一人のウマ娘と。




人に歴史あり。

ハリボテエレジーにメイクデビュー勝たせたいですか?

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