二人で一人のウマ娘 作:なまたま
―――
メイクデビューまであと六日
―――
僕とハリボテエレジーは、学園のウェイトトレーニング室に来ていた。
それも最大荷重制限無し、青天井に鍛えられ続ける特別なマシンの前に。
「あの、これは一体...」
骨格に沿うように配置された鋼のフレームと、分厚い緩衝材の取り付けられた拘束具。あまりの大きさ、搭載された大型の
僕はそのタンクに高品質のガソリンを注ぎ込む。
→(燃料だよ
ガソリンの品質はノッキングのしにくさを示すオクタン価によって決まる。
ノッキングとはガソリンが、車の意図しないタイミングで爆発を起こすことを言い...
それによる事故を未然に防ぐべく、この特別な『ハイオク』を使っているんだと説明した。
『いや、ガソリン!?それに私達が聞きたいのは燃料じゃなくて!』
→(...このマシンの事か?
「そうです!なんですかこの重機は!」
→(なんだと言われても...今日から二人が使うマシンだ
あの人の固有技能は、何よりも絶大なパワーが無ければいけない。
因子は技能を使うための権利であって、それを十分な状態で行使するに足る技術と能力が無ければ意味が無いのだ。
「...冗談ですよね」
信じられないように顔を青ざめるハリボテエレジー。
しかし、冗談なんかじゃない。
そもそもシンザンは、固有技能が持つ余りのパワーに蹄鉄が耐え切れず、砕けて怪我をしてしまったこともあるくらいだ。
シンザン鉄が開発されてからはそんなことも無くなったけれど、交換の頻度は他のウマ娘よりも非常に高く。
そして常々言っていた。
『この固有技能は、非常に高い技術力と何よりも絶大なパワーを求めてくる』と。
...だから、いまハリボテエレジーに足りていないのはパワーだ。
いきなりあの人と同じ重さでやれとは言わないけれど、限界の重さでこの一週間鍛えてもらう事になる。
無論万が一が無いように、技術力を磨くのも忘れずに。
→(嫌なら、今すぐ寮に帰ってくれても良いんだぞ
部屋の鍵は懐に入れ。
途中で返すつもりなんてないけれど、二人に発破を掛ける。
するとハリボテエレジーは軽く拳を突き上げて、マシンに身を乗せた。
「っ...上等ですよ、この程度の調教ぐらい簡単に乗り越えてみせます!動かしてください!」
全身がしっかりと固定されたのを確認しスイッチを押すと、メラメラと対抗心を燃やす彼女を横目にエンジンが駆動を始める。
→(重量はどんどん上げて行く。限界まで走ってくれ
『ぐ、くくく、、ううっ、』
「まだ、まだ走れる、軽さっ...ですね!」
→(そういう割には、随分ときつそうじゃないか?
『だって、これっ!今、も重くなって!』
→(それで、限界なのか?
「......ッ"!いえ、まだまだ、余裕ですっ!」
『ぜんっぜん、へーき、だよ!』
フォームを絶対崩させないように荷重調整しつつ、正しい姿勢で走らせ続ける。
決して事故など起こらないように、つきっきりで。
さりとて、限界から一瞬も落ちてくる事のないように。
→(このトレーニングが終わったら、明日は休みで良いからな
「ぬむむむむ...!」
『ふぎぎぎ...!』
その日のトレーニングは、日が暮れるまで行った。
―――
メイクデビューまであと五日
―――
翌朝。
「ここが、トレーナーさんの部屋」
『表彰状がいっぱいある!』
目を覚ましたら、何故かハリボテエレジーが僕の部屋に侵入していた。
開け放たれたままの扉と、右手に有る銀色の小さな輝きから察するに、恐らく事務室から鍵を借りたのだろうか。
→(今日、僕休みなんだけど
正直なところ、帰ってほしい。
邪険にしたいわけじゃないが、プライベートは僕にとって数少ない心休まる時間。
いろいろあって今は若干人間不信のきらいがあるから、時々一人になりたくなる。
→(何か用?
「ゲームセンターに行きませんか」
僕は頭から布団を被った。
するとベッドがハリボテエレジーにギシギシと揺さぶられる。
「ちょっと待ってください!ただ遊ぶだけじゃないんです!」
→(ゲーセンでトレーニングでもするのか?
『トレーナー知らない?あのゲームのこと』
→(あのゲーム?
『ぬいぐるみ何個かに一個、『認定技能参考書』の引換券が入ってるって話のクレーンゲーム!』
→(...普通に買えば良いんじゃ
「私達まだデビューしてないんですよ?」
→(お金が無いならあげるから、買ってくればいい
確かにトレセン学院『認定技能参考書』はそれなりに高いし、まだ収入が無いデビュー前のウマ娘には手が出し辛い。だから勤勉な子や、遊ぶのが好きな子の為に当たりの景品として入れているんだ。
でもそれならわざわざ出かけずとも、お金があればいいということな訳で。
幸いお金なんてほぼほぼ貯金に回して過ごして来たし、こんな風にゲーセンへ誘われたのも一度や二度じゃない。断り方は手慣れている。
『...もう!そういうのじゃないのに!』
→(参考書が欲しいんじゃないのか?
それなら尚更僕には関係の無い話になって来る。一体何のために来たんだろう。
「いえ、良いんです...お休みなのにすみません、帰りますね」
いや、この感じ。
前も見たことがあるというか、昔もあった。
お金を渡して追い返そうとして、結局何故か不機嫌になられた事が。
僕は慌てて、とぼとぼ立ち去ろうとするハリボテエレジーの肩を掴む。
メイクデビューまであとたった五日しかない。
この大事な時期に調子を落としたり、練習に身が入らなくなったりされたら大変だ。
→(...はぁ
「と、トレーナーさん?」
→(本屋さん、連れてくよ
(ゲーセン、連れてってくれ
本屋の場所なら知ってるし、参考書選びもそこそこ自信がある。
まだ少し重い瞼を擦りながら、彼女を連れて行くことにした。
―――
―――
シンザンの頃は来る必要もなく、テンポイントの頃からたまに使うようになった場所。
基礎技能だけでなく、応用技能のヒントもお金さえあれば取得できる此処は、いつもレース前の週は通ったものだ。
「あの、トレーナーさん。これをお願いします」
久々に来たのに様変わりしていない内装。
それに安心感を覚えつつ目ぼしい本を探していると、ハリボテエレジーがおずおずと『根幹距離』の参考書を差し出して来た。
→(全身全霊
(ハヤテ一文字
(円弧のマエストロ
僕はその上に追加で『全身全霊』の参考書を乗せる。
「...良いんですか」
応用技能の参考書の方が基礎技能の参考書より高い。
来る途中で聞いた話によると、あのクレーンも殆どは基礎技能ばかりらしいが...
それでも応用技能の参考書も全く入っていない訳じゃない。
初めからクレーンでの可能性を削ぎ落して本屋に来た以上、高いから買わないとは行かないだろう。
→(他にも欲しいのがあったら、いくらでも買っていいからな
それに、シンザン鉄に比べればこれくらい安いものだ。
財布の中身を見せると、ハリボテエレジーの表情が驚愕に染まる。
『ねえ、参考書じゃなくても、良い?』
→(練習に支障が無ければ、別に構わないけど
『なら大丈夫だよ、むしろやる気上がるから!』
お金の心配は無いと分かり、彼女が向かった先は児童用の図鑑コーナー。
その端っこにある一冊の図鑑が僕の手に渡された。
→(『名ウマ娘への道のり』?
(『これで貴方も気遣い出来る。花言葉図鑑』
『えへへ、その本なくしちゃっててさ。最近は本屋も来てなかったし、懐かしくなったんだ』
値段がすこし高めだが、内容は児童向けにしてはしっかりしている。
文章も分かりやすく、時折挟まれるイラストも綺麗だ。良書の部類に入るだろう。
→(よし、レジに行くか
確かにモチベーションアップにも良さそうだったので、『根幹距離』『全身全霊』に付け足して『名ウマ娘への道のり』の合計三冊を買い。
学園に戻ってから、その日はハリボテエレジーと別れた。
お休みの日は基本的に参考書読んでいます。どっちも。
ハリボテエレジーにメイクデビュー勝たせたいですか?
-
はい
-
いいえ