──15世紀 ヨーロッパ州──
人の気配を感じさせないような土地に、血に染まったかのように紅く異様な雰囲気を漂わせている館。紅魔館と呼ばれ、今やその存在を知らないものはいない。
その理由は様々だが有名なもので言えば、「紅魔館と呼ばれる不気味な紅い館にはバケモノが潜んでいる」という噂が広まり、幾人かの人間が近づき帰ることはなかった。たとえ運良く逃げ切れたとしても、精神を病み、常にそのバケモノの存在が脳裏を離れず発狂するといった具合だ。こういったケースが何件もあって、今ではその一帯は立ち入り禁止区域に指定する国も存在する。
そのバケモノというのが吸血鬼であり、近づいていた人間は例外なく食料にされるかその場で処刑される。
今夜その館で新しい命が生まれようとしている。館の者にとってそれは喜ばしい事であるが、同時に人間たちからすれば望まないことだ。
運が良いのか悪いのか、ちょうどその夜に吸血鬼の首を討ち取るべく人間の部隊が襲撃している。
「まったく……もうすぐ子供が生まれるというこんなときに」
「まぁまぁ、人間の方々もこの子の誕生を祝福しに来てくださったのね」
「本当にそうだったらどれほど楽だったか……」
人間に対して苛立ちを見せる当主ノーラス・スカーレットと、人間たちの襲撃を歓迎するかのように冗談を言う妻シルフィア・スカーレット。
既に館の使用人はシルフィアの出産準備に取り掛かっており、警備を任せている使用人たちは現在、襲撃してきている人間たちの相手をしている。
「もっ申し訳ございません!只今襲撃してきている人間たちを掃討しているところですが、数が多いもので……」
「構わん、私が行こう」
「し、しかし……!」
「我が子が生まれるという日に襲撃なぞ企てる愚か者が気に食わんのだ。私が直々に叩き潰さねば気が収まらん」
ノーラスが放つ殺気の混じった怒りに畏縮し、何も言うことができなくなる。普段は穏やかで優しい人の方が、いざ本気で怒ったときは怖い。
それと同じで、滅多なことでは怒らないノーラスが珍しくここまで怒りを見せているのだ。彼の力を知り、恐れそして忠誠を誓った者たちは、これ以上の意見をすることは命を捨てることと同じことだと直感的に理解する。
「すまない、間に合うように戻ってくる」
「はい、お気をつけて」
いくら数で攻めようと吸血鬼と人間とでは力の差がありすぎる。吸血鬼側が本気を出せば、か弱い存在である人間なんて瞬殺されるだろう。
「おい、私が戻ってくるまで妻と娘の事は頼んだぞ」
「……承知いたしました」
「悪いな」
少々納得のいっていない様子だったが、使用人へシルフィアと既にいる
「ふふ、ごめんなさいね?あの人ったら、こういう時は自分で片付けないと気が済まない人だから」
「いえ、奥様が謝られることではありません。それに、旦那様のそういうところには慣れておりますから」
「あら、そうでしたね。ところで、レミリアの方はどうしていますか?」
「はい。レミリアお嬢様にはメイドの者と一緒にお部屋の方で遊びながら待機されています」
「そうですか。この子が生まれたら呼んできてあげてくださいね」
大きく膨れたお腹に手を添え、これから産まれてくる子を優しく撫でる用にお腹を擦る。お腹の子が無事に産まれれば、長女であるレミリアは姉になる。
男の子か女の子か。ノーラスとしては、出来れば男の子が一人くらいは欲しいところだという願いはあるが、女の子だろうと我が子には変わりない。シルフィアはどちらでも元気に育ってくれればそれでよく、レミリアは妹が欲しいと思っているため、女の子が良い。
そういう話をしたのは、二人目の子を妊娠したのが発覚してから間もないころだ。
紅魔館の玄関を出て、正面門へとノーラスは歩く。門の外で人間達と争い、こちら側の優勢ではあるが、このままでは時間がかかりすぎて産まれてくる子供にこの争いの音が耳に入ってしまうだろう。親としてそれだけは阻止しなくてはならないと感じているノーラスは、自らが持つ妖力を出来る限り最大まで高め、一掃することに決めたのだ。
「旦那様!?なぜこちらに!」
途中声をかけるものも居たが、何も言うなと手で合図を出し、彼らもそれに従う。
「我がスカーレット家の者に告ぐ!今すぐその場より下がり、門の内へ入れ!」
大声で、そして妖力を巧みに操り拡声器の用量で伝える。
突然発生した大声に、敵味方問わず一度手が止まりそちらに意識を向けてしまう。
その内容を理解していようとしていなくても、スカーレット家の使用人達はそれが当主からの命令であると瞬時に理解し、素早く全員が門の内側へと戻っていった。
敵側の人間たちは、先程の声の主は何者なのか理解できずにいる。やがて声の主であろう姿が見えたときにはすでに手遅れで、全員の心は死への恐怖に染まっていった。
彼らは、吸血鬼を討ち取ろうとして襲撃しているが、実際に吸血鬼と対峙したことは無い。そのため、どこか心の奥で甘く見ていたのか自分たちでも数を組んで襲えば勝てる等と思いあがっていた。
が、実際に本人を目にしてそれは余りにも愚かだった事だと気づく。気づくがしかし、もう遅いのである。
既に両手を前へ突き出し、エネルギーが集中しているのが視認できる。
「我が子が産まれるその日に襲撃してきた事、その命をもって後悔するといい」
かける慈悲など全くないが、それでもあるとすれば死ぬ苦しみを味わわないことくらいだろうか。それでも死への恐怖を味わっていることに違いはないのだが。
「「「「に……逃げろォ!!!!」」」」
恐怖で敵に背を向け、情けなく逃げる選択をした。それは当然とも言え間違ってはいないが、正解とも言えない。敵に背を向ければ、無防備な姿をさらしているのと同じで背後から襲われるだけだからだ。
それは今回は関係ない。殺されると知りながらも、本能が逃げることを選ぶのだ。
「──本当に愚かな存在だ」
こうなることは分かっているはずなのに、それでもしつこく襲ってくる人間へ呆れながら、その手に集中させた妖力を一気に放出させる。
白いビームのように放出されたそれは、あっという間に人間たちを全員呑み込み跡形もなく消滅させた。
「申し訳ございません、旦那様。私たちが手こずっていたばかりに……」
「気にするな、あちらの方が数だけは多いのだ。多少のことは仕方がないことだ」
人間が数万の数で来るなら、紅魔館はたった数十の数で応戦せざるを得ない。一人一人の戦力は十分に高いため、弱いわけではない。それでも数の差と言うものは大きいものだ。
「で、ですが!!」
「責任を感じるのであればメイドの者を手伝え。今夜は私の子が産まれる日だ」
「は、はい!」
「すまない、今戻ったぞ」
「あ、あら……おかえりなさい……ッ……」
戻ったときには、出産間近の陣痛が始まっていた。ノーラスは慌てて駆け寄り、妻のことを安心させようと手を握る。
「大丈夫か?」
「ええ……もうすぐこの子が産まれると思うと嬉しいから、頑張れます」
心配をかけまいと無理をして笑顔を作るが、かえってそれが逆効果となって余計に心配させてしまう。まるで、自分はこれから死ぬことが分かっているかのような印象を与えてしまうからだ。
「旦那様、そろそろ……」
「あぁ、わかった。シルフィア、私はレミリアと共に待っているから、元気な子とお前の両方の顔を見せてくれ」
「あらあら、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」
追い出されるようにしてノーラスは部屋を出る。レミリアが生まれたときも同じように外で待機させられていた。室内はシルフィアとメイド達だけになり、男性陣は待機か必要なものを運ぶ係、あとは警備に戻るくらいだ。
後は無事を祈って待つだけになったノーラスは、レミリアの部屋へと向かい、レミリアの世話をしていたメイドの者と入れ替わるようにして部屋へと入る。
「レミリア、入るぞ」
「あ、お父さま。どうしたの?」
なぜ父がここにいるのかという顔をしている。てっきりそばにいてあげてるものだと思っていたレミリアにとっては、まだ理解できなかった。
「男は出て行けって言われてな、それにお前と一緒に母さんのことを待とうとも思っていたからな」
「そうなんだ……お母さま、だいじょうぶ?」
「あぁ、心配することはないだろう。お前が生まれたときもそうだったが母さんは強い人だからな。それにうちのメイドの者たちも優秀だからな」
そのことに納得したのか、レミリアが心配することは無くなり母親を信じて待つようになる。それと同時に、自分が姉になるということに不安も感じていた。
「どうした?レミリア。さっきから落ち着かない様子だな」
「わたし……ちゃんとお姉ちゃんやれるか不安だから……」
まだ2歳でしかないレミリアにとって、それは大きなことだ。
吸血鬼だからか成長速度は最初のうちは早く、1歳にもなれば流暢ではないものの言葉は喋れるくらいになるのだ。しかし、それを考えてもたった2歳だ。姉になるなんて不安で仕方がないのも無理はないだろう。
「なに、心配することはない。無理に振舞わず自然体でいいのだからな?」
「う、うん……」
それから幾らかの時間が過ぎた時に、館に新しい命が誕生した声が響き渡った。
男の子か女の子か。それはまだ2人には分からないが、そんなことを気にするよりも先に生まれた子の顔が見たいという気持ちの方が先に来ているのだ。
「いこう?お父さま」
「そうだな」
2人で部屋を出てシルフィアの居た部屋へ向かうと、生まれたばかりであろう子を抱きかかえたシルフィアの姿があった。
「あら、もう来たのですね」
「あぁ、早く2人目の子をこの目で見たかったからな」
「お母さま、わたしにもみせて」
「ふふっ、そうですね。ほら、お姉ちゃんですよ~」
生まれてきた子に姉であるレミリアのことを紹介するように、そしてその響きが嬉しかったのか少し頬が緩みながら見つめている。
そして、その子は男の子なのかそれとも女の子なのか。赤子では顔から見た差はほとんどないが、それでも見た印象で分かるものらしい。
「お父さん、早くこの子に名前を教えてあげてくださいね」
「あぁ、そうだな……アルジーナだ。アルジーナ・スカーレット」
アルジーナと名づけられた吸血鬼の子。その名を聞いた時、どこか嬉しそうに笑った表情を見せたかと思うと、一定のリズムで呼吸をして眠ってしまう。
「良かったですね、お父さんに良い名前をつけてもらえて」
名づけた本人は、当然だと言わんばかりにしている。それでも、自分が真剣に考えた名前を喜んでもらえた様子だったので、まったく嬉しさを隠しきれずにいるのだ。
「……アルジーナ……アル……うん、そうよぼう」
レミリアはというと、フルで呼ぶのはしっくりこなかったのか、名づけられてすぐ愛称で呼ぶことにしようと考えている。そのことにノーラスは何とも言えない顔を見せるが、シルフィアの方はそれを気に入っている。
「ふふっ、元気に育ってくださいね。アル」
────この時は誰も、彼女に潜むモノのことは知らないのである。