東方無魔録   作:雫泉

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10話 紅魔の悪魔と異国人 その2

 決闘は紅美鈴の勝利に終わった。

 その場にいる誰もが、そのことを認めざるを得ない結果だったのだ。

 レミリアは地に膝をついて、立ち上がることすら出来ずにいる。

 戦闘による負傷もあるが、己のプライドを傷つけられ、そして失う恐れ。その恐怖が彼女を支配して動かさない。

 

 そして、レミリアの心が自らの敗北を認めた時に、後ろの方からざわめきが生じた。

 

「お待ちください!アルジーナお嬢様!」

 

 妹の名が口にされた。

 その声に反応して、レミリアはハッとして後を振り向く。

 そこにはただ無言で歩き進むアルジーナの姿。そして、それを追いかける無邪気なフランドールの姿があった。

 相変わらずその表情は変化することは無く、不愛想にも思える顔を見て、レミリアは一つだけ感じ取った。

 それは周囲の従者たち、アルジーナの後ろを追いかけてくるフランドール。そしてよそ者である紅美鈴には気づくことはできなかった。

 ───怒りの感情。それだけが、今のアルジーナを動かしている。

 

 

 

 今まで戦っていた二人の間に入るようにアルジーナは立つ。

 互いに言葉を発さず、アルジーナがただ一方的に睨みつけている。

 そんな状況に背後では、次に起こる出来事に気がついた従者達が、警戒しながらも数名で動けないレミリアに肩を貸して下がらせていた。

 

「貴女が次の相手をしてくれるのですか……いいでしょう」

 

 紅美鈴はアルジーナのことを、次の相手として認めて構える。

 それに対して、アルジーナの方は構えることはなく、ただじっと棒立ちのままだった。

 ──ー隙だらけのいい的。

 誰もがそう判断した。相手をする紅美鈴、紅魔館に仕える従者たち。レミリアにフランドール。例外なく全員が同じことを思っていた。

 

 お互いに先手を仕掛けないまま睨みあいを続けて数十秒ほど。だが周囲の者にはそれが一分、二分と経っているように長く感じる。

 その静寂を紅美鈴が先に破った。一撃、一撃と確実に攻め込む。

 しかし、その全てが受け流されて命中することは無い。

 

「おねーさまってあんなにすごかったんだ……」

 

 自分の姉が戦う姿を初めて見たフランドールは、その光景に衝撃を受けた。

 一番上の姉であるレミリアとの戦いよりも、遥かに上であることは明らかだったからだ。

 

「いえ、違うわ……」

 

 だが、そんなフランドールを感想を肯定することはなく、レミリアはただ否定した。

 かつて人間の村を一つ滅ぼした時にしか、アルジーナの力を見たことはない。それでも、レミリアは否定した。

 そこに確かな根拠はない。言うとすれば、彼女の直感が否定した。

 

 それはレミリアだけに限らず、対戦相手である紅美鈴も感づいている。

 事実、実力差だけではアルジーナでも勝てない。

 それなのに紅美鈴は少しずつ焦りを見せ始めた。

 

「まずい────ッ!」

 

 避けの一手だったアルジーナの反撃。

 辛うじて躱したが、紅美鈴の顔には明らかな焦りが生じている。

 

「……貴女、いったい何者?」

 

 その問いに答えることは無い。

 

「答えなさい!」

 

 冷静だった紅美鈴が、初めて感情の起伏を露わにする。

 それでもアルジーナは答えない。それどころか、その瞳には光を失って何も映していない。

 対面して戦っている紅美鈴にはもちろんのこと、後ろの方から見守っているレミリアにもその異常さを理解し始めた。

 

 

 

 この戦いが始まってから初めて感じる明確な殺意。

 アルジーナの動きは無駄が多く、ただ力任せに攻撃しているだけだ。だが、それでも確実に紅美鈴の命を奪えるだけの威力を持っている。

 一撃、また一撃。威力に比例するように動きもデタラメで、隙は大きい。

 普通に考えれば、隙だらけな相手に対して逃げ続ける必要は無い。反撃を加えられるポイントが出来た瞬間に、相手の急所を狙ったカウンターを一撃入れれば良いだけの話だ。

 だが今、この場において紅美鈴は、攻撃を受け流し、時には防ぎ、また躱す。攻撃を仕掛けることはなく逃げ続けていた。

 より正確に言うならば、逃げ続けるほか無かった。

 

「ッ──」

 

 アルジーナからの一撃を受け止めて防ぐも、その顔は苦しい表情を浮かべている。

 防御し直撃を防いでも、その衝撃が突き抜けてくる。肉を裂き骨を砕かんとする威力に、ガードすることすら危険だと認識させられるのだ。

 幸いながら、熟練されていない素人の動きのおかげで、攻撃は分かりやすく致命傷となる一撃を貰わずに済んでいる。

 だが、長期戦になるほど消耗し、無理を強いられる紅美鈴の勝算は低くなる。

 

 

 そうした攻防が数分も続き、勝負の優劣は目に見えるものになってきている。

 それ以前の問題として、既に勝負という言葉は相応しくない。

 繰り広げられているのは勝負という綺麗事ではなく、一方的な暴力なのだ。

 そのデタラメな暴力を、間一髪というところで防ぎ続けた紅美鈴の消耗は相当なものになっている。

 致命傷になる一撃を避けるのが精一杯で、それすらも避けきれている訳ではない。

 呼吸は乱れて、肩が上下に動いている。

 防いでも衝撃が突き抜けてくる威力を前にして為す術も無い。

 

「少し、甘く見すぎたかな……」

 

 異常としか思えない力を前にして、意識せず漏れた一言。それが周りに聞こえることはない。

 立っているのがやっと──というのは紅美鈴の誇りが許さない。

 しかし事実として、紅美鈴の勝ち目は皆無に等しい。そのことは周囲の者が見ても明らかで、そのことは本人が一番分かっている。

 

「強い人と手合わせしたかっただけなんだけど……ッ」

 

 戦いの最中に吐いてしまった弱音を聞いたものはいない。

 そんな時に飛んできたアルジーナの攻撃。

 疲労が積み重なった体に、その威力は防ぎ切れなくなり、ついには防ぎながら直撃する。

 紅美鈴の右頬から直撃した拳に、体ごと左へ飛ばされ、口からは血が流れる。

 そんなことを全く気にしていない追撃が襲う。無防備となった腹を膝で蹴り上げ、その後に両手を握った拳で後頭部から地面へと殴りつけられる。

 地面へと叩きつけられ数秒は意識が飛んで、倒れたままの状態から動かない。

 

「やった!やったやった!」

 

 他の者が目の前の光景に言葉を失い、恐怖すら感じている中にフランドールだけが喜んでいる。

 初めて目にする姉の戦いに興奮が隠せず、翼を揺らしながらはしゃいでいるのだ。

 

「おねーさま!おねーさま!アルおねーさまが勝っちゃったよ!」

「えぇ……そうね」

 

 レミリアが答えるが、心の中では目をそらした返事。

 自分が負けた相手に妹が勝つ。それも勝負とは呼べない、一方的な暴力。そして、それを行なうアルジーナの異常さ。

 それら全てを、特に後者二つをレミリアは否定したかった。

 姉の尊厳など関係なく、相手を一方的に屠り、何も感じていない顔をする妹の顔を。

 

 

 

 

 

 

 意識が飛び、地へと伏せられた紅美鈴が起き上がる。

 先の三撃によるダメージは、今も彼女の体を蝕み、まともに立つことは出来ない。

 立ち上がっては体勢を崩して膝をつく。

 そんな状態であろうとお構いなしに、アルジーナが追撃を仕掛ける。

 力の入らない脚で地面を蹴り、紅美鈴は後方へと跳び回避する。生物の急所とも言える頭を狙った一撃が外れ、地面へと突き刺さった。

 その腕を引き抜くことなく、そのまま地面を蹴って強引に追撃に移る。

 並みの者には消えたようにしか見えない速度で動いたアルジーナを、本来の紅美鈴が捉えるのは訳無い。

 だが疲労が積み重なり、消耗の激しい紅美鈴はほんの一瞬、それもたった一回の瞬き程度の間だけ反応が遅れた。

 その一瞬が致命的となり、肉眼では捉えられていたが反応が間に合わない。

 身体能力に物を言わせた速度と脚力が合わさった蹴りが命中して再び吹き飛ぶ。幸いにも急所は狙われずに済んでおり、意識を手放すまでには至らない。

 それが幸か不幸か。命を失わずに済んだが、同時に終わりではないことを意味している。

 

 アルジーナがゆっくりと、そして堂々とした歩みで近づく。

 紅美鈴はその姿を視界にとらえるが、すでに焦点が定まりきらない。断続的に視界がぼやけ、心の底から自身の敗北を感じる。

 それと同時に、レミリアに勝ち、それと同程度の実力しか無いだろうと見誤った自分の愚かさを悔いる。

 だが、それを悔いた所でもう遅いのだ。

 アルジーナの目には殺す意思は感じ取れない。しかし殺意は放たれている。

 それを浴びながら、その身に思い知らされた紅美鈴には、これが自分の最期なのだと理解してしまったのだ。

 

 足音が止まり、勝者が敗者を見下ろす。

 それが何を意味しているのか理解した紅美鈴が顔を落とした。

 敗者として、勝者の姿を焼き付ける気も起きない。相手の力を見誤り、あげく惨めに敗北したのだ。

 自分に相応しいのは、これから遂げるであろう惨めな死を受け入れる事のみ。

 抵抗する体力はおろかその気力すら潰され、ただ自分の未熟さを痛感する。

 振りかざされた拳が、今まさに敗者の命を狩り取ろうと振り下ろされた。

 

「待ちなさい!」

 

 紅美鈴の命が散ろうとする瞬間、レミリアが叫び命令した。

 その言葉に反応したのか、振り下ろされていた拳がその場で止まる。何も映していなかった瞳は光を取り戻しており、異常とも言えたアルジーナが正気に戻っている事を意味している。

 聞こえてきた声と同時に、自分が生きていることを不思議に思って、紅美鈴は伏せていた顔を上げた。

 そこには、自分に向かって振り下ろされていた拳が目の前で止まり、そのままアルジーナが振り返っている姿。その後ろから近づいてくるレミリアの姿が映る。

 

「アル、もういいでしょ。下がりなさい」

 

 決していつもの優しい口調は無く、淡々と命令するように発する。

 その言葉に従って下がったアルジーナからは、先ほどまでの異常な雰囲気は感じ取れないと心の底から理解した。

 

 

 

 紅美鈴は戸惑いを隠せずに、ただ目の前の二人を視界にとらえることしかできない。

 自分を殺しに来ていた気配が一瞬にして消え去ったのだ。命があることを実感して安心するよりも先に疑問が出てきている。

 

「あ、あの……」

 

 動揺して声を出すことすら忘れてしまっていた状態。そんな状態で辛うじて出てきた言葉に、レミリアとアルジーナはただ見下ろしている。

 続きの言葉を発しようにも、困惑して静止している。

 ただ見下ろしているだけだったレミリアの顔に、ニヤリとした表情を浮かべた

 

「その強さ気に入ったわ。紅美鈴、だったかしら?私の館で働きなさい」

 

 突然の提案に、紅美鈴は更に困惑する。いや、レミリアの発言に困惑したのは紅美鈴だけではない。

 アルジーナもまた、レミリアの方を振り向いて、変わらない表情のまま疑問に思っていた。

 

「お姉さま、いいの?」

「えぇ。だってこのまま殺しちゃうのはもったいないでしょ?」

 

 聞こえてきた会話に、今にも「は?」と言いそうな顔をする。

 紅美鈴からすれば、てっきり自分は殺されるのだと思っていたところを、使えそうだから働けと言われている。

 

「言っておくけど断ることは認めないわよ」

 

 レミリアの言葉に、紅美鈴は理解ができない。

 自分が一体何の役に立つのだろうか。紅魔館へ挑戦を申し込み(喧嘩を売り)、あげく惨めに敗北したのだ。それのどこに利用価値があるのか。

 だがそれは不要な疑問であり、敗者への拒否権を与えない命令なのだ。

 

 自分に選択肢が与えられていない事に気が付いた紅美鈴は、ただそれを受け入れるしかない。

 敗者として、勝者からの要求を呑む。

 彼女が負けたのはアルジーナであり、レミリアには勝利している。だが広く見れば紅魔館の者に敗北した。挑戦を申し込んだのは紅魔館に対してであり、その個人に対してでは無い。紅魔館の者からの要求であり、どのみち敗北には変わりがないのだ。

 

「分かりました。(わたくし)、紅美鈴はレミリア・スカーレット様の下で働かせていただきます」

 

 騒がしかった夜は、紅美鈴の服従という形で幕を閉じた。

 

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