東方無魔録   作:雫泉

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02話 人間と吸血鬼

 時間が経つのは早いもので、それが長い時間を生きる存在ともなればなおさらのことだ。

 アルジーナが生まれてから1年という時間が過ぎ、既に一人で歩けるほどまで成長している。会話は完全にとまではいかないものの、日常的な受け答えは問題なく自分からの意思表示も可能なほどだ。

 彼女に物心がついてからと言うもの、ぼーっとしていることがたまにある。ただボーっとしているだけであれば誰も何も言わないし気にもしないだろう。しかし、アルジーナに限っては様子が違ったのだ。

 まるで、遠くを見つめているようで、しかし目には何も見ていないような印象を与えているのだ。両親や姉、使用人を含めた紅魔館の住人全員が心配しながらも、だからといって本人にも他人にも害があるわけでもないため、今は気にしておく程度で様子を見ることになったのだ。

 

「今日はなにを見ているの?」

 

 廊下の窓を見つめているところをレミリアは声をかけた。不安になる気持ちもあるのだが、きっと今日も自分たちには分からない何かを見ているのかも、という思いもあるのだ。

 

「……月、おもしろいかたちしてるから」

「月?あぁ、今夜は三日月ね」

 

 アルジーナにとっては、まだ月をまともに見たことはあまりないのだ。立って歩けるようになり、しっかりと言葉を話せるようになってからまだ2か月程度しか経っていないのだ。その間に見ていてもおかしくはないのだが、遠い何かを、そして見ているようで見ていない感じ。そういったこともあり、実質的には今日が初めて月を見たということになる。

 

「みかづき?」

 

 キョトンとした顔でレミリアをの方を向き、首をかしげている。幼い容姿も相まってとても可愛らしい印象を与える動作だ。

 

「そう、三日月。月があんな感じに欠けてることを言うの」

「ほかにもあるの?」

「そうね、月が見えなくなったり、満月だったりいろいろあるわね」

 

 月に興味を持ってくれたことが嬉しいのか、レミリアは上機嫌になって喋りだした。聞いてもいないことまでとにかくペラペラと。途中で気づいて不安になるが、アルジーナは嫌な顔一つせず、むしろもっと聞きたいと言わんばかりに迫ってきている。

 

「じゃあ、どの月がすきなの?」

「ぜんぶすきよ。でもやっぱり満月かな、できれば紅いやつね」

 

 紅い月。その見た目通り、紅く染まった月の事だ。いつ現れるか分からないが、吸血鬼にとってそれ月は歓迎すべきものだ。人間たちからすればたまったものではないが、そんなことは彼女たちにはどうでもいいことなのだ。

 血のように紅く染まった月は、月であるため吸血鬼などの夜を生きる者たちにとっては力が増す効果もあるし、精神的な高揚もある。そして、紅く染まった時は、通常の満月とは比べ物に出来ないほど良い夜になるのだという。効果に関しては他にも色々と種族によって異なるのだが、共通して言えることは、赤い月の夜は皆大好きということだ。

 

 時折雲に隠れていた月が再び姿を見せると、そのたびに月明かりがアルジーナの綺麗な真っ白の髪を照らす。それはまるで透き通るように綺麗で、指を通せば絡まることを知らないサラサラとした髪。

 

「きれいね、アルの髪って」

 

 最後まで言ってから変なことを言ったと思ったレミリアだったが、既に言い終わってしまっているので手遅れだ。嫌われないにしても変なことを言う姉だと思われることを心配する。そんなことを全く思っていないし、明らかに変な言い方でもないのだが、まだアルジーナのような年の子だと変なことだと感じるのだ。同じ年くらいの頃にレミリア自身が、母から同じようなことを言われて変なこと言う人だと感じているのだ。自分がそうだったからきっと妹も同じことを考えているのかもしれないと、そういう風に考えているのだ。

 

「えへへ……」

「ふふっ。あら、帽子ずれてる」

 

 斜めになって引っかかってる程度で止まっていた。それを手にとり、再度かぶせ直す。まだサイズが合っていない大きめのサイズなのだが、最初のうちはすぐ成長するからと少し大きめにしてあるのだ。まだぶかぶかだが、もう2、3年もすればちょうどよくなってくるだろう。

 

「ありがと、おねえさま」

「えぇ、どういたしまして」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 父であり当主のノーラスは、自分の書斎で腕を組んで何かを考えこんでいる。なにかを真剣に考えているようで、シルフィアも同室にいるが声をかけるのは止めておこうと感じさせる。

 

「うむ……わからんな……」

「どうしたんですか?」

 

 結局ノーラスの方が先に口を開いたため、それ答えるためにシルフィアも静かにしているのはやめることになった。

 

「アルジーナのことだ。今まで一度も表情を変えたところは見せない、あの年なら何かあったらすぐ泣いたりしてもいいはずなのだがと思ってな……」

「あら、それはあなたの考えすぎじゃありませんか?私にはよく無邪気な笑顔を見せてくれていますよ」

「であれば良いのだが……なんだか心配になるな……。まて、それでは私が嫌われていることにならないか!?」

「ふふっ、まさか。そんなことあるはずがありませんよ。ちょっと怖いだけだと思いますよ」

 

 それはそれで余り変わっていない。少なくともノーラスにはそう感じて落ち込んでいるが、誰もそれを慰めるようなことはしない。今のこの部屋にはノーラスとシルフィアの2人だけであり、さらに言えばわざとそういう風に言ってからかったのだ。

 

「……俺そんなに怖いか?」

「えぇ、雰囲気と言いますか出しているオーラが少々」

 

 余計に落ち込んでしまったが、事実を言っているだけなので仕方がない。それにシルフィアの夫いじりも相変わらずだ。シルフィアにとっては普通で、使用人たちも最初は怯えていたが今では人柄の良さもあって問題なくなっている。

 だが、生まれて1年のアルジーナにとってはまだ怖いのだろう。そういうことでこの話は終わった。

 

「ところで、そうだな……レミリア達にはいずれ狩りの仕方を教えねばならないが」

「そうですね、いつまでも私たちが狩ってくるわけにはいきませんし。いつごろ教えるつもりですか?」

「そこを考えているのだ。早すぎれば危険だし、だからと言って遅くすればいいわけでもないしな……」

 

 吸血鬼にとって自分たちで狩りを行なうことは、人間で例えれば固形物を食べることのような感じだ。となれば狩りを行なうための練習は、人間でいえば離乳食を始めてる時にあたる。

 しかし、狩りとなれば当然危険が付きまとう。生きている人間を襲い食料としてここへ連れてくるのだ。襲うのに失敗したりして吸血鬼に対抗できる力を持っている者などに助けを求められでもしたら、いくら吸血鬼といえど幼いのであれば勝てる保証は限りなく低い。

 

「私としてはもう数年もすれば大丈夫だと思いますよ」

「そうだな……まだ3歳だしな」

 

 吸血鬼にとっての3歳はだいぶ成長しているのだが、それでも人間の大人達に勝つのは難しい。力では当然ながら上なのだが、経験は全く無いため、頭を使うという点で敵わない。いくら吸血鬼と言えども、弱点を集中的に狙われれば死ぬこともある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先程まで月を眺めていたアルジーナは、レミリアと共に今は館の外に出ている。あくまで建物の外なだけで敷地の外ではない。

 毎日懲りずに襲撃してくる人間たちが先程まで門の外にいたことは、現場のその光景から見て取れる有り様だ。破壊された武器が散らかり、死体も転がっている。全身が綺麗に残っていれば良い方で、大半はどこかしらが無くなっているのだ。

 

「ひまなんだね、人間って」

「みたいね。まいにちまいにち飽きもせずくるんだもの」

 

 1年の内に襲撃が無かった日はない。人数が多かれ少なかれ毎日来ており、それも昼が多い。しかし、主に警備を担当する使用人達によって倒されているために安心して寝ていられるのだ。

 

「どうしてくるの?しんじゃうのわかってるのに」

「人間はおろかだからね。学ばないし数を集めれば勝てるなんて本気でおもってるいきものよ」

「ふーん……」

 

 レミリアの言うことは正しく、事実人間はこれまでのことを学びもせず何度も襲撃を繰り返しては全滅して、根拠も何もないのに数で攻めれば勝ち目はあるからと同じことを繰り返してばかりなのだ。それなのに一向に数が減らないあたり、よほど吸血鬼を討伐しようと考えるものが多いことのだろう。

 それに、こっち側から襲っているわけでもないのだから向こうも討伐しに襲ってくる必要もない。勝手にやって来て食糧となる人間が確保しやすいという意味では楽でもあるから構わないとも付け加えた。

 

「じゃあけしちゃえばいいんじゃないの?」

「ダメ、そんなことをしたらアルもあいつらとおなじになっちゃうよ」

「……それはイヤ」

 

 心では本当に嫌がっているのだが、それが顔に出てくることは無く表情は変わらない。

 館に住んでいる者全員が、未だ彼女が表情を見せたところを知る者はいない。わざとらしく作った表情なら見たことはあっても、自然と出てくる表情の方は無い。

 

「おや、レミリア様にアルジーナ様。今夜はいかがされましたか?」

 

 使用人(執事長)が不思議そうにして訪ねてきた。いつもは館内に引きこもっている状態で、夜になっても外に出てくることはあまりない。外に出てもそれはせいぜいベランダに出てくる程度だ。

 

「べつになにもないわ。ただ外に出てきただけだから」

「そうでしたか、失礼を。私はあちらに居ますので、何かありましたら何なりとお申し付けください」

 

 執事長はそう言うと左手を腹に添えて浅くお辞儀をした後、門の方へと戻っていった。

 先ほどまでの襲撃で散らばった血と肉片の後始末をしている者たちに指示を出しているためだ。その指示を聞いて、使用人たちも分担しながら後始末を進めている。

 執事長の指示の出し方が良かったのか、作業に当たった者たちが優秀だったのか、はたまたその両方か。見る見るうちに館の前は綺麗になり、先ほどまで血と肉が飛び散っていたとは思えない程に片付けられている。

 

「たいへんだね」

「そうねぇ、毎日これだもんね」

 

 せめて毎日来るのではなく、来るのなら月一にして欲しいという声は多い。ほとんどの使用人達が本音を零しており、執事長もそれを注意することは無く頷いている。全使用人含めスカーレット家全体が思っていることでもあるためだろう。

 まだ幼い子供達ですら、それは感じている。面倒だとかそういうものより、騒がしいという意味で鬱陶しいだけなのだ。

 

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