今夜は激しい雨が降っている。
雨で視界は悪く、外は遠くを見ることもできないくらいだ。
吸血鬼にとって雨は、流水と同じで身動きが取れなくなってしまう天敵だ。それが周囲に広がっている状態なのだから厄介だ。
雨が好きな人はいるだろう。しかしそれは、雨だからと言って害のない生物だけの話だ。
「静かだね」
「ええ、雨だもの。あっちもこんな日には出たくないんでしょう」
雨で静かではないが、うるさいわけでもない。むしろ雨のおかげとも言うべきだろ。毎日のように襲撃に来ていた人間達が、今夜は来ないのだ。
雨のせいもあって外には出れないため、二人は室内で遊んでいる。
何をして遊んでいるかといえば、たいしたことではない。誰でも思いつくような、カード遊びなどといったようなものだ。
そんな日が何日か続き、食料となる人間の貯蓄も底を尽きてきてしまっている。
食事をとらなくてもある程度は問題ないのだが、それでも吸血衝動というものは抑えられない。空腹を感じた動物が餌を欲するのと同じことだ。
「二人とも、悪いが少しいいかね」
「お父様?なにか用?」
二人で遊んでいるところに、ノーラスは来た。
彼の様子から見て、実際に用事があって来たのだということはレミリアにはすぐわかった。
「あぁ、もうじき食料の残りも少ないからな。せっかくだからお前達に狩りの仕方を教えていこうと思っているのだが」
肉食の動物は狩りを行ない、獲物を仕留め食事をする。ごく自然なことだ。
それは吸血鬼も例外ではなく、食料となる人間を狩り、上質な血を持っていそうな人間を選び連れ帰る。
狩りとはいっても相手を仕留めてから食べるわけではなく、あくまで出来るだけ無傷な状態で連れて帰ること。それが吸血鬼にとっての狩りのやり方だ。
吸血鬼の狩りとして一般的な方法が、相手を魅了で従わせて幽閉するといった方法だ。
一種の洗脳ともいえる魅了は、吸血鬼では誰もが持つ基本的な能力の一つになる。他にも、体を蝙蝠に変えたり霧に変えたりと色々あるが、今回とは関係ない。
「レミリア、まずはあの人間たちを従わせてみなさい」
紅魔館からあまり遠くはない人間の村。小さくはなくそれなりに大きな村で、人間の数もそれなりにある。
狩りをするにはちょうどいい場所で、この数ならしばらくは困らないだろう。
「うん……でもどうやるの?」
「む、そうだな……自分の言うことを聞けと思いながら力を使ってみなさい」
すごく大雑把な説明だが、実際分かりやすく説明するのは難しい。
能力の使い方は結局のところ感覚で理解して覚えるものだ。ある程度の説明はできても、具体的なことは言葉では表すことができない。
だからといって、初めてやることに対して何の説明もなくいきなり本番でやれというほどノーラスも厳しくはない。出来る限り分かりやすく、しかし出来るだけ本人が考えて理解するように説明をしている。
「いいかね、人間は恐怖に飲まれている時が一番支配しやすい。恐怖から逃れたい、解放されたいと思うからな。そこを利用してこちらに心を開かせてあげなさい。そうすれば上手くいくはずだからな」
「よくわからないけど……やるだけやってみるわ」
結果からいえば、当然ながら失敗だった。失敗とはいっても、一応は成功はしている。
言うこと聞かないが敵対もしない。中身が完全に無くなってしまっているような状態になってしまっていた。
「初めてでここまでできるのは上出来だ。これは……少し予想外ではあったが……」
それでも、彼はレミリアのことを褒めて、次の課題を告げた。
今度は、しっかりということを聞かせるように魅了することがレミリアの課題となる。
「お父様、この人間はどうするの?」
「うむ、このままでは村の人間どもに見つかってしまうだろうからな。どこか見つからぬところで消しておくべきか」
吸血鬼らしい発想とも言えるが、それが一番手っ取り早くそして確実だ。
「さて、アルジーナ。お前もやってみるか?」
「うん、やる」
「そうか、ならば……あのあたりにいる人間を従わせてみなさい。方法はレミリアに教えた通りだが……」
「わかった」
本当に分かっているのか、とここに大勢の人がいれば、敵味方問わず誰もが思ったことだろう。
今現在いる二人も同様に、大丈夫なのだろうかと心配になっている。
何か考えがある訳でもなく、ただ歩いて標的にした人間の所まで歩いていった。
当然相手側も気づき、警戒するだろう。
「君、こんな夜遅くに一人で歩いたら危ないぞ。お父さんとお母さんはどうし……た……」
昼に活動する人間には月明り程度しかない明るさではほとんど見えないだろう。
近づいてくる気配に気が付いても、それが吸血鬼だと気づくには目の前まで近づいて来られて初めて分かるくらいだ。
そして、その子供が吸血鬼だと気づいた時には既に手遅れだ。
「く、来るな!こ、子供だからって容赦しないぞ!」
討伐しなくてはならないという思いと同時に、幼い子供であっても吸血鬼という存在に恐怖し今すぐにでも逃げ出して自分だけでも助かりたいという思い。
その二つの感情が同時に襲い、動けないでいる。
しかし、そんな人間を相手にアルジーナはただ何もせず歩み寄り、そして優しく手を差し伸べるだけだった。
先ほどの説明をしっかりと聞いており、そして恐怖に飲まれている状態から優しくされた時に隙が出来ると思いついての行動だ。そこに本当の優しさなどは一切ない。
「おそわないから、あそばない?」
「ふざっ……ふざけるな!」
しかしそれは上手くいかず、逆に相手を怒らすだけにしかならない。
こうなってしまっては、もうどうしようもない。放置して他の人間に知らされるのを許すか、それともここで始末してしまうかのどちらかだ。
「お父さま、これどうしたらいいの?失敗しちゃった」
「そのまま放置しても面倒事になるだけだろうな……。アルジーナ、一旦下がってレミリアと一緒にいなさい」
アルジーナに下がるように言ったノーラスは、自らが出てきてその人間の口を塞ぐように手でつかみ、そのまま握りつぶした。
顔の原型は既にとどめておらず、その人間がいったいどんな顔をしていたのか、それはもう分からない。