短命な人間と比べて悠久の時を生きる吸血鬼にとって、時間というのは比べようがないほどあっという間に過ぎ去っているものである。
大きな変化のない毎日でも、気が付いた時には数年、数十年は経っていたということはよくある話なのだという。
スカーレット家の者にとってもそれは例外ではなく、既に十数年は経過していた。
スカーレット家、レミリア・スカーレットは自室で考え事をしていた。それは、すでに変えようもない出来事。過去の後悔についてだ。
「はぁ……」
一人しかいない空間でため息をついた。その表情には、どうしようもない後悔の色が伺える。
そんな時に扉を叩く音がした。
紅魔館の主として、従者に対して暗い顔を見せるわけにはいかない。そう考えているレミリアは、すぐに当主としての顔を作り部屋へ入る許可を出す。
「なんのよう?」
聞く必要のない質問。レミリアからすれば、相手が何を言いたいかはすでに分かっている。
アルジーナとフランドール、妹の二人のことである。
当主となったレミリアには、昔のように二人と触れ合う時間は取れなくなった。
そして、従者の口から告げられたのは妹たちの様子。
一人は、時々精神状態が不安定になり、ただひたすらに破壊するだけのように暴れまわる。そして、また一人も時々、何かに苦しむように呻きながら暴れまわっている。
どちらもレミリアにはどうしようもないことだが、そのどうしようもないということに自分を責めている。
「……そう。下がっていいわ」
レミリアの命令通りに、従者の者は部屋を出て行った。
再び一人になったレミリアは、もちろん妹たちの心配と対処策が無いかと考えるが、それとは別にこれからのことも考えている。
すでに両親は亡くなり、その情報は当然ともいえるように人間たちにも伝わっている。
実力者でもあったスカーレット家の吸血鬼二人が居なくなり、子供だけになったのであれば彼ら人間たちにとって有利になったといってもいいだろう。勿論だが、子供といえどレミリアたちからすれば大勢の人間であっても決して負けることはないだろう。それでも数で攻められれば相手をするにも骨は折れる。場合によっては手が回らずに負ける可能性も考えられる。
身内を第一に考えている彼女にとって、僅かであっても不確定要素は出来るだけ排除した方法で事を進めたいと考えている。
「けど私だけなら確実とも言い切れないか。フランはまだ不安が残るし……それだとアルくらいか」
考えていることは、数の差で勝ち目があるかどうか分からない一人で攻め込むか、不安要素の残る妹一人を連れていくかのどちらか。どっちを選ぼうと確実ではないことは確かだ。
そうやって思案していれば、いつのまにか時間というものは過ぎている。
「私がどうかしたの?お姉様」
声がしてレミリアは顔を上げる。そこには白い衣服に身を包み、そして純白の髪をしたレミリアにとって最愛の妹の一人。声の主はアルジーナだ。
「なんだアルか。ちょっと考え事よ」
「考え事?」
「そう、最近人間たちがまたここに攻め込んでくる計画を立ててるらしくってね。見せしめの意味も込めて滅ぼしてやろうかと思ってるのよ」
姉の言いだすことに対し特に疑問を持つわけでもなく、アルジーナは頷くように肯定する。彼女自身もまた、毎度のように攻め込んでくる人間にうんざりしていたのだから否定する理由もないだろう。
幸いなことに、食料として確保している人間はまた別のところから得ているから問題もないのだ。
「でもどうやるの?いくら私らでもあの数を相手するのは骨が折れるけど」
「そこなのよねぇ。今考えてるところよ」
相手が普通の人間なだけならば、吸血鬼の力を最大限に使えば一気に叩くことも可能だろう。
しかし、それは大人の吸血鬼の話でもある。数十年は生きているとはいえ、レミリア達は吸血鬼としてはまだ幼子である。人間より強くても圧倒した力を維持しきれるのか、また知恵で脅威を克服している人間を相手にどう立ち向かえば安全で確実だろうか。
そういったことには未だ未熟なのだ。
「見つからないで一気に潰せる方法とかあればいいのだけれど……」
すべてを相手するのが厳しいのなら、最初から相手をせずに潰せばいいだけのこと。しかし、肝心の方法が思い浮かばない。方法が浮かばないのならばこの案は没ということになる。
「上からドーンってやればよくない?」
「上からって……どうやる気なのよ」
「それは……こう、妖力を密集させた物を上からドーンっと落とせば」
言葉で説明しながら、実際にやってみて説明している。自分の手のひらに妖力を集中させた高密度の球体を生成している。もちろん、本番ではこれよりももっと大きい特大サイズで落とすと補足してだ。
それをみてレミリアも納得せざるを得ない。確かにそれならば、一撃にして一瞬で集落ごと消し飛ばせるだろう。実に画期的で確実な方法だ。
しかし、それにもまた問題があることもレミリアは指摘している。
「で、それを言った通りに特大サイズにできるの?」
「うーん……できるんじゃない?」
「そこは自信持って言いなさいよ」
言い出した本人が出来るかどうか試したことは無い。館の中で実験してみるには狭すぎるし、かと言って外でやれば騒ぎにもなりかねない。下手をすれば暴発して周辺一帯は消し飛ぶだろう。
話がひと段落ついた辺りで、1つ聞くことが出来たアルジーナは問いかける。今の彼女たちにとっては重大な事であることだ。
「そうだお姉様、フランはどうするの?」
姉妹の中で1番下の妹のフランドール。
生まれて間もなかった頃は無邪気で明るい子だったが、いつからか生まれ持って宿してしまった狂気が表に出てくるようになっている。
ほんの少しだけ考えたが、レミリアが出した答えは当然とも言える答えだった。
「……今あの子を外へ出す訳にはいかないわ」
当然とも言える答えではあっても、それは当主としての答えである。姉としてのレミリア自身の本心では無いその顔は、妹に対する申し訳なさで埋め尽くされたように暗かった。
当主としても姉としても、レミリアにはフランドールに対して成す術がない。唯一できるのが、刺激しないために地下へ閉じ込めておくということだけなのだ。
「本当なら貴女にもこの日は出ないでいて欲しいところだけど……」
「でも手が足りないから来い、でしょ?」
「えぇ、悪いけどそういうことよ」
レミリアはため息をつきながら、答えたくない答えを話した。
そして俯いたまま何かを考える様子を見せた後、再び口を開いた。
「アル、貴女具合はいいの?」
先ほどの従者からの報告を思い出して、アルジーナへと様子をうかがった。
いきなり何を言い出すのかということを思いながらも、あまりそのことに対して疑問に思うことも無く答えるのだった。
「平気だよ。なんともない」
その返事を聞いて、レミリアは安心した表情を見せた。
さっきまでは苦しむようにしていたと聞かされていたのに、今になっては嘘のように無くなっているのだ。それはそれで不安ではあっても、レミリアにとってはマシなのだろう。
決行日当日。
空には雲ひとつない星空が広がっている。おまけに満月の夜。吸血鬼にとっては絶好の夜だ。
当主自らが向かうとのことで、その出発を一部を除いて紅魔館の従者ほぼ全員が見送った。
その中に、自分たちの無力さを感じているものはいない。皆が皆、自分達が今何に専念すべきかを理解しているからだ。
主が不在の間は、たとえ鼠一匹でさえも紅魔館の敷地に入ることは許されない。
さほど遠くない距離にある人間の村。そこが今回滅ぼすと決められた場所になる。
「大丈夫かな……」
移動しながら、ふと何かを心配している様子を浮かべているレミリア。館に残して来た妹の事を心配するのは家族としては当然のことと言えるだろう。
「フランのことなら平気だと思うけど。みんなが守ってくれてるし」
「それは……そうだけど」
正面から侵入するにも警備は厳重。運よく侵入が出来たとしても、迷わずに進める保証は無い。仮に進めてフランドールの居る地下へ行ったとしても、どのみち手も足も出せずに破壊されるだけ。
所詮相手は人間。そもそもの身体的な基礎スペックで勝ち目はない。
目的の村を目の前にして、2人は見つからないように上空で滞空する。
作戦は見つかることなく一気に殲滅。身体能力が上回っていようが、ロクな戦闘経験を2人は持っていない。数の暴力で勝てないか、下手をすればその首を討ちとられかねない。
「アル、準備はいい?」
レミリアの問いかけを合図に、2人はありったけの妖力を放出して、それを凝縮させた塊を作り出す。
最初は巨大な球体になった後に、質量はそのままにして大きさだけが小さくなる。両手を広げても足りないような大きさから、片手の拳程度の大きさにまで圧縮させる。
無理やり凝縮された球状のそれは非常に不安定で、僅かな衝撃だけでも暴発してしまいそうな物。だが、今回はその不安定さを利用する。
「お姉さま」
「えぇ、いくよ」
強力な爆弾のような妖力の塊を、2人は息を合わせて落とした。
「吸血鬼を相手にするとはどういうことか。その身をもって思い知りなさい、人間」
月明かりに照らされて、その瞳を赤く輝かせながらレミリアが言い放つ。
それが他の人間に対しての警告として届くかは、きっと届かない。数十年もすればまたやってくることだろう。
地面に接触した瞬間に、凝縮されていた妖力の塊は弾ける。大爆発を引き起こして、周辺は焼け野原になっている。
かつて家屋だった残骸に、もはや原型を留めていない肉塊。真っ黒に焦げた地面に無造作に転がっている光景からは、生き残っているものはいないことを物語っている。
残骸が散らばっていることを除いて何も無くなった所へと2人は降りる。
周囲を見渡して、自分たちがやった事を改めて認識していた。そこに罪悪感は一切無く、あるのはこれから先、しばらくは静かに暮らせる事くらいだろう。
「上手くいったね、お姉さま」
「えぇ」
それでもレミリアは警戒を怠らない。まさか生き残りがいるとは思ってはいないが、何が起こるかは分からない。いくら運命を操り未来を予知できても、それは可能性の一つに過ぎない。
「アル、そろそろ帰るよ」
長居は無用。もとい危険だと判断したレミリアの口からは、当たり前でもある言葉が出てくる。
しかし、その言葉に返事が返ってくることはなかった。アルジーナは姉の言葉に耳は貸しても、さほど遠くない茂みの方をじっと見つめている。
「……アル?」
何度呼んでも返事をすることはなかった。その様子に何かあると感じ取ったレミリアは、アルジーナが見つめている方を見る。
当然ながら草木が見えるだけで何かあるようには見えない。
「そんなところに隠れてないで出てきなよ」
アルジーナが茂みの方に向かって言い放つ。すると、隠れることをやめたようにぞろぞろと武装した人間達が現れ始めた。
ある者は怒りと憎しみに塗れた顔を、またある者は勝てない相手を前に恐怖する。
たった今破壊された自分たちの村が目の前にあって、その中心にレミリアとアルジーナが立っている。人間達からしても誰がやったのかはすぐに分かることだ。
「お、お前達の仕業だな!」
怒りに塗れた顔の人間が、手に持っている銃を2人に向けながら叫ぶ。しかしその声は震えており、また手に持っている銃からもカチャカチャと連続して音が聞こえている。
怒りで抑えきれずに震えているのか。はたまた死への恐怖からか。それは言わずとも分かることだった。
そんな姿に呆れ果てたアルジーナは、ため息を1つついた。
「お姉さま、こいつらは私が片付けるから先帰ってて」
言った本人以外、特に隣にいるレミリアは目を見開いて驚いた。
人間たちを侮れないと考えたからこそ妹を連れてくる決断を下したのに、その妹が1人で片付けると言い出したのだから当然とも言える反応だろう。
「大丈夫だよ、こいつらまともに戦えないみたいだし」
「だけど……」
「それに────」
言い終わる前に、バンと大きな音がなる。弾丸を発射するための火薬が爆発した音。
撃ち出された弾は当たることはなく、ただ2人の顔の間をすり抜けるだけだった。
引き金を引いていたのは、今さっき叫んだ人間。他のものも銃口を2人に向けてはいるが、恐怖心で狙いは定まっていなければ、その引き金を引く指すら動いてはくれそうにない程震えていた。
むしろ銃を向けただけでも勇敢と褒めても良いレベルだ。
「あんなんじゃ何もできないしね」
事実をそのまま口に出した。レミリアもそれを聞いて渋々納得する。
「……無事に戻ってくること。いい?これは命令だから」
「分かってる」
姉としての命令を残してから飛び立つ。
レミリアに向かって銃を向ける者も居るが、それはすぐにアルジーナの方へと戻された。
「さてと──」
その一言を発した時から、周囲の空気は重く変わる。
恐怖で震えていた者たちはそれだけで怯み、1人として攻めることは疎か、無様に逃げることすら出来ないでいた。
動けば死ぬ。生物としての本能がそう判断する。
そんな状況でありながら、再び一発の銃声が響く。
撃ったのは先程と同じ人間。恐怖と本能が訴えかけるのを激しい感情でねじ伏せている様子なのは目に見えて分かる表情だ。
その弾はアルジーナの体を貫通して、僅かに火傷を負う程度の傷になる。
それを己の目で確認して、1つため息をついた。
「そんなに死に急ぎたいんなら送ってあげるよ」
その顔に、これといった表情の変化は無い。今さっき負った傷も、もはや塞がっている。
ただ相手を刺激して、自分たちの死を早めただけだと思い知るのに、そう時間はかからない。
今の今まで変化の無かったアルジーナの顔は、ほんの僅かに口元が釣り上がっていた。
数分もかからずして、辺りは再び静寂に包まれる。
それは悲惨としか言いようのない光景で、体が千切れていたり、ところどころ消し飛んでいたりと様々な状態になっている。
その中心にただ一人幼い少女が立っていて、その姿は人間の返り血で染まっている。
「あーあー、これ絶対怒られるなぁ……」
もはや、たった今殺していた人間のことは頭にすらない。それどころか殺したという感覚すら無い。
吸血鬼である彼女にとって、自分たちの命を狙う人間は駆除すべき存在。
“殺す”ではなく“駆除”。人間が自分たちの生活に害をもたらす虫を駆除するのと同じ感覚なのだから。
一夜にして1つの村が壊滅し、住民が皆殺された。それを為したのは、年端もいかない2人の吸血鬼の子供。
数日もすれば、情報は出回る。人間達は忘れていた恐怖を思い出すことになる。彼ら吸血鬼に喧嘩を売ったことを。吸血鬼という存在の危険さを。
それでも、だからこそその首を取ろうと考える者は存在する。数は減りはしたものの紅魔館へ攻め入ろうとする者は、ほんのわずかに存在していた。しかし、誰もが無事に戻ってくることは無かった。
人間達は、紅魔館の吸血鬼の1人。白い髪と赤い瞳、そしてぼろぼろに穴の開いた翼膜を持つ翼の吸血鬼のことをこう呼ぶようになった。
「心無き悪魔」だと。