かつて紅魔館の近隣に存在していた村が滅ぼされた日から数十年。人間が襲撃を仕掛ける頻度は減り、紅魔館には暫くの間静寂が訪れていた。
だがその数もゼロと言うわけではなく、今もなお吸血鬼を討とうとする人間は後を絶たない。それでも頻度が低下したことは、彼女らにとっては良いことに変わりないのだ。
それとは別に、紅魔館では一つの話題で盛り上がっている。
近隣の都市から流れ始めた噂であり、この辺りでは見かけない衣装に身を包んだ者が決闘を申し込み、そして次々に勝ち続けている。そして何処から知ったのか、次は紅魔館に住むバケモノを相手に決闘を申し込んだ──という話だ。
その話が襲撃者を通じて屋敷の者に伝わり、それが全体に広がった。
「お姉さま、どうするつもりなの?」
アルジーナは興味無さげに、姉に尋ねた。
彼女にとっては自分たちの平穏な生活が脅かされなければいい。むしろそれ以外はどうでもいいのだ。
「そうね……」
尋ねられたレミリアは、顎に手を添えてから数秒ほど考え込んだ。
丁寧に迎え撃つにしても、無視して放置するにしても、不意を突いて排除するも全てが、当主であるレミリアの言葉一つで決まる。
そして、結論がでた彼女の顔には、もはや当然だというかのように悪い笑みを浮かべた。
「当然迎え撃ってやるわよ」
紅魔館の者にとって、居なくなった訳では無いにしても襲撃者が減ったことは喜ばしいことだった。
だが同時に、それ自体がレミリアにとっては一つの問題を生み出すことになった。
数が減ることによる戦闘経験の不足であり、今回の一件はその解消には丁度良いと思ったのだ。
それと同時に、この地域を治めている者に喧嘩を売ったことを後悔させてやるという、そういう考えだ。
それから数日が経過した、当日の夜。
屋敷中に広がり盛り上がっていた噂話は、日が経つにつれて冷めていき、今では紅魔館で働く者のほとんどが、その話をしなくなった。
その中でも、従者の中でも上の方に立つ者だけが覚えており、襲撃のカモフラージュの可能性が浮かんだこともあり、正門の警備を厳重にさせている。
そして、当の本人でもあるレミリアは、屋敷の玄関前で腕を組み堂々として待っている。傍から見ればその姿は滑稽ではある。だが本人からすれば、少しでも舐められないために必死なのだ。
「なーんかはりきっちゃってるね」
フランドールがベランダから身を乗り出すようにもたれ掛かり、足をバタバタとしている。
彼女は今回の件には全く興味を示していなかった。姉妹の中では一番下でありながら、まるで子供のようだと、レミリアのことを馬鹿にしている。
「あぁ見えてムカついてるらしいよ」
「そーなの?」
アルジーナからすれば、そのように映っていた。
分かっている情報は、次々に戦いを挑んでは勝ち続けているということだけであり、それ以外は全て憶測でしかない。
そのこともあって、自分の方が上なのだと思い込んでいるレミリアは堂々とした態度を取っている。
そしてそれ自体が、下に見られて怒っているように見えていた。
「アルおねーさまはどっちが勝つとおもうの?」
「私はお姉さまが勝つって信じたいかな」
相手の情報は無いに等しい。相手の強さがどれほどの物なのかも分からない。
それでも挑戦を受けた姉の選択に、二人はただ信じるしかないのだ。
相手の情報がない以上、レミリアに出来るのはただ待つことだけ。
いつ来るのか。相手はどんな姿をして、どのような武器を持ち、どのように戦うのか。そんなものは一切ない。
唯一分かっているのは日にちだけであり、時間は不明だ。
相手が吸血鬼たるレミリアに気を遣って夜に来るのか、はたまた日が昇っている時を狙ってやってくるのかすらも分からない。
もしかすれば、一瞬でも気を抜いた瞬間に暗殺されるかもしれない。
全てがわからない状態であるが故に、ただ二人を除いて屋敷の外の空気がピリピリとしている。
「本当に来るのでしょうか……」
日が沈んでから既にそれなりの時間は過ぎている。
ついに我慢が出来なくなったのか、レミリアの傍に立つ従者の一人が言葉を漏らす。
その思いには皆が同意見であり、それはレミリアすらも例外では無い。
「さぁね。すっぽかすならその程度ってことでしょ」
口ではそんなことを言いながらも、内心では来ると確信している。
そこに根拠が無いわけではなかった。
逃げれば名前に傷が付くことになる。だからと言って、吸血鬼を相手にしてタダで済むとも限らない。
命があるという保証すら怪しいのだ。
無論相手がレミリアよりも強ければ話は変わってくるが、そういう相手がいるのなら今だ話に上がってないわけがない。
「ですがレミリア様、失礼を承知でお聞きしますが、勝算の方は如何ほどなのですか?」
そういう疑問がでるのも無理もないことだった。
いくらレミリアが強いとはいえ、相手の情報は『見かけない格好をした女』だけである。名前も知らなければ、その実力すら把握しているわけではない。
とはいえ、紅魔館の従者たちは、自分たちの主が負けるなど微塵も思ってはいない。であっても、その疑問は自然と出てきてしまうものだ。
「そんなものやってみるまでわからないじゃない」
その返事に、もはやどういう反応をすれば良いのか。側に立つ従者には、ため息を吐くくらいが精一杯だろう。
当然勝つつもりでいて、そのための作戦でもあるのだろうと思えば、返ってきた返事は『ぶっつけ本番で何とかする』なのだから。
「だけど安心なさい?負ける気なんて微塵もないわ」
しかしその声には、確かな自信がこもっている。
その理由は簡単なことで、レミリアの能力で勝つ未来が見えたからだ。
それが確定した未来である確証は何処にも無い。だが見えたのであれば、可能性はあるということになる。
そんな会話が繰り広げられ、それからさほど時間も経っていない頃に、その時はやってきた。
門の外。その遠くから1人、この辺りでは見かけない衣装に身を包んだ者が見えた。
道に迷って偶然たどり着いた様子もなく、ただ真っすぐに屋敷の方へと歩いている。
武器を持った様子もなく、淡い緑色を基調とした衣装に赤めの色をした長髪の女性。
遠目からでも感じ取れるほどのオーラを漂わせながらも、でたらめに放出されていない所からも、強者であるというのは見て取れる。
「なるほど、噂は本当だったってわけね」
歩きながら屋敷の門へ近づいてくる女性に対して、レミリアは己の認識を改めた。そして、自らもまた屋敷の門へと歩き出す。
両者ともに一触即発という雰囲気では無いものの、下手に近づけるような雰囲気でもない。
門番として迎える従者も、主が通るのを見守るだけの従者も。全員が汗をかき、あわよくば何も起こらずに帰ってほしいと願う者もいるほどだ。
1分にも満たないほど時間が、数分のように感じられる緊張が走り、遂には両者が対面した。
「初めまして。えっと、もしかして貴女がこの辺で一番強いって言う悪魔さん?」
「そうよ、私はレミリア・スカーレット。ここら一帯を支配している貴族よ」
舐められないようにと自身の妖気を周囲に放ちながら、腕を組んで踏ん反り返る。
幼い見た目であることも相まって、その姿は絶妙に様になってはいない。
しかしながら今、この場においてそのような事を考えた者は、少なくとも紅魔館の者にはいない。
「まだ子供じゃない……」
赤髪の女性は、思っていたことを口に漏らしてしまう。
とはいえ、それは目の前の存在を的確に言い表しただけにすぎない。
だがその言葉は、当然ながらレミリアの耳に届いている。さらに言えば周囲の従者たちにも聞こえていることになる。
そして、その一言が聞こえた従者達は一斉に下がり、レミリア達から距離を取った。
『まだ子供』。
その一言に反応したレミリアは、ほんの少しばかり冷静さを欠いた。
事実であるとはいえ、子供だからと見くびられるのは彼女のプライドが許さない。
「……言ってくれる」
先程までの重たい空気はガラリと変わり、一瞬にしてピリピリと張り詰めた空気が辺りを包み込んだ。
レミリアから放たれた妖気が、威圧するものから殺気へと変化する。
下がった従者達は赤髪の女性に対して放たれた殺気に触れ、言葉にすらならない音さえも発せない程に圧倒される。
一瞬しかない静寂。何か音を立てようものならば、逆に自分が殺されかねない。
本能がそう判断しているのだ。
「聞けば侵略しに来たそうだな?随分と舐めた真似をしてくれたじゃないか」
殺気を放つレミリアが言葉を続けて、一瞬だけの静寂を破る。
赤髪の女性が怯むことは無く、代わりに慌てた様子で手と首を横へ振る。
「誤解!誤解なの!」
誰が言い始めたのか。噂話には尾ひれが付き、全く違う方向へと膨れ上がってしまっている。
挑戦が侵略に変わり、それをたった一人で行う。
次々に支配していき、ついには吸血鬼が住まう領地を奪うべく宣言する。
赤髪の女性とそれ以外の全て。
双方の認識がズレにズレていった結果、それはどうしようもない程までに進んでしまったのだ。
「ただ強い人がいるって聞いたから興味があっただけなのに、どうしてこうなるかなぁ……」
解くことのできない程の誤解。
何を言っても聞く耳をもってくれないのだと悟った赤髪の女性は、肩を落とし項垂れるもすぐに顔を上げる。
『まだ子供』と余計なことを言ってしまった落ち度はあれども、これは決闘。
命までは懸けずとも戦うために来ているのだから、結果的に何も問題はないのだ。
心を切り替え、目の前の相手を見つめると先程までの様子は消え去り、勝つべき相手を捉える。
「そういえばまだ名前を聞いてなかったわ。名乗りなさい」
殺気立った高圧的な態度は変わらず、レミリアは
今だ名前すら知らない侵略者の名を胸に刻み、そして叩き潰すべく。
「
紅美鈴と名乗った女性が構えを取る。レミリアにとっては知らない構え。
仕掛けれる隙が無いのは、
戦いが始まって1分が経過しようとしている所。
それなのに、周囲の者にとっては、それは既に何分もの死闘を目の当たりにした感覚に陥っている。
派手さは無いものの、激しい戦いが繰り広げられている。
お互いが攻めと守りを繰り返し、傍から見れば実力が拮抗しているように見える。
「ハッ──!」
紅美鈴の放った拳を、レミリアはギリギリのところで躱す。否、躱し切れておらずレミリアの頬を掠めていた。
僅かに切れ、レミリアの頬には血が滴った。
そして、ほとんど当たらずにいた一撃の先には、少しばかり風が吹く。
「ッィ……!」
対するレミリアには、焦りが少しずつ浮かんできている。
彼女が出せる全力で戦ってなお、ほんの僅かながらに押されているのだ。
「これならばッ──!」
今度はレミリアが拳を放つ。
しかし紅美鈴にそれが命中することは無い。命中する手前のところで受け流されていたのだ。
紅美鈴とレミリア。両者の力にそれほど大きな差は無い。
純粋な力比べだけをすれば、決着はつかなかったことだろう。
だがこれは戦いであり、遊びではない。レミリアが押されている理由はそこにあり、また明白なことだ。
そして、そのことは従者達をはじめ、屋敷から見ている二人にも気が付いてしまっている。
気が付いていても、それでも勝ってほしいと願うからこそ何も言えないままでいる。
「確かに強いのは強い……ですがッ!」
再び紅美鈴がレミリアに向かって拳を放つ。
既に動作を終えた直後のレミリアには、反応することが叶わず命中して、そのまま後方へと吹き飛ばされた。
「ッ……やるじゃないか……」
命中した部分を手で抑えながら、なんとかといった様子で立ち上がる。
顔には所々に出血しており、先の一撃で口から血を流していることも追加される。
「確実に急所を突いたと思ったんだけど……驚いた」
「はんッ!あの程度で倒したなんて思わないでもらいたいわね!」
先の一撃で受けたダメージは確実にレミリアを蝕んでいた。
それでも虚勢を張って、ふらつきながらも次の攻撃に備えて構え直す。
「その割には、立っているのがやっとって感じだけど?」
「黙れ……ッ」
バレバレの嘘をつくのが精一杯。
動きの直後のほんの僅かな隙を突いた一撃だったのだ。
妖怪であろうと、ましてや吸血鬼だからといって、完全な無防備状態での防御力は人間のそれと大して変わらない。
「はっきりと言ってあげます。貴女では私に勝てない」
「黙りなさいッ!」
従者たちの前で、そして何より妹達の前で醜態を晒した。
自分たちは強いという
冷静さを欠いたレミリアに、既に勝機は無かった。