さあ、我をイワイ・アガメ・ヘイフクセヨ三世(1999~2020)
……すみません
「さーて、次は服屋さん! レッツゴー!!」
「はぁ…… 絶対もみくちゃにされる奴だこれ」
エレメがやけにテンションが高い理由を察したディルは、これから起こるであろう事を想像し、一人ため息をついた。
いつもなら一人で選ぶからいいと言って回避しようとするが、これまでのことからエレメが言っても聞かない性格だと知っている為半ば諦めている。
それは他の父娘も同様で、浮き足立っているエレメとは対照的に重い足取りであった。
「よし、とうちゃーく!」
数分歩いた後に到着した店は、先程とは打って変わって装飾などが多く華やかな店である。
エレメが「やっぱりオシャレはこういう店じゃないとね」と呟きながら入って行き、残りの三人も続いて入店して行った。
「女性用コーナーは右側だからこっちよ」
「あ、ああ……」
中身は男性であるディルは、女性が入る場所に足を踏み入れるのは忍びなく思っているようでいた。そのため、とてもぎこちない歩き方をしていた。
「まじょさんのあるきかたへんー」
「あ、ああ……」
そのことをシルイに指摘され、今の自分を客観的に見るとおかしいことに気づいたため歩き方を直した。同時にもうこの呪縛からは逃れられない事を悟り、考えるのを諦めた。
そんなディルの心境を知って知らずしか、エレメは二人の少女に似合う服を求めて奔走していた。そして、目標に合った服を見つけたのか、試着の為に二人を呼んだ。
「シルイちゃーん、ディルちゃーん、こっちにいい服あったよーっ」
「あ、ああ……」
「こっちにおいでーっ」
「あ、ああ……」
「まじょさんおなじことしかいってないね」
「あ、ああ……」
歳の割に着眼点が鋭いシルイによって先程と同じように指摘されるが、直すことは無かった。それを不思議に思ったようで、シルイがディルの目を覗き込むとその目には何も写っていなかった。
それもそのはず、ディルは何も考えていなかったのだ。何も考えていないとなるとどうなるか、それは、五感による情報全てとその間の記憶を感知出来ない事となる。
つまりは、こういった状況での最高の
しかし、このことに気づき、快く思っていない一人の小悪魔がいた。
「おかあさーん! ディルねえちゃんがかわいいおようふくがたくさんほしいっていってたよー!」
そう、その小悪魔はシルイであった。敵をエレメだけと思い込んでいたディルにとっては、まさに灯台元暗しであろう。
「はぁ!?」
これには、考えるのをやめていたとしても無視することが出来なかった。もっとも、無視していたとしたらそれはそれで地獄を見る羽目になる。
「え? いや、ちょ、待って!! そんなこと言ってない!!」
「オッケー! 分かったー! じゃんじゃん選ぶよー!」
ディルは必死に訂正するも、人の話を聞かないで評判のエレメには意味の無い話であった。いや、強盗の件ではしっかりと話を聞いていた。なので今回は聞こえていないふりをしているのかも知れない。
そうなってしまうと既にチェックメイトとなってしまうのだろう。
「ちょっとシルイ…… なんてこと言いやがるんだ……」
「だってまじょさんだけじぶんのせかいにはいってたでしょ? ずるいからそのばつ!」
「うぁぁ…… これホントに取り返しつかねえぞ……」
「さてと、15着程候補があるから試してみて」
「あ、あぁ……」
これが
そして、特に“他人を陥れた者”は優先的に地獄に落ちることになるのだ。
「シルイちゃんもたーくさん選ぼうねー!」
「え、うそ……」
流石の小悪魔でも悪魔には勝てない。全てはパワーバランス、ヒエラルキーの頂点には誰にも逆らえない。いや、逆らおうという意思すら現れないのだ。
かろうじて逆らおうとする者も現れるが、そういった者はすぐに排除される。力で支配。世の中とはそういうモノだ。
「ほら、この服もお似合いね! どう? これは? 嫌? じゃあ次に行くよ!」
「うん…… ああ…… それでいい……」
「……」
ただ、いつかは、支配を打ち砕く者が現れる。それは、人呼んで“救世主”。ヒエラルキーの枠に入らず、弱きを助け強きをくじく。革命を起こし、人々に希望を与える存在だ。それが今、君臨した。
「ちょっといいかな」
「……イルさんか」
「これ、持ってきたけどどうかな?」
「おお、これは!」
救世主が持ってきた物、それはディルが普段着ている物と同じ、皮で出来たシンプルなデザインの旅人用の服(男の子用)であった。これを見たディルは目を輝かせ、イルに心の底から感謝した。
「イルさん…… いや、イル様と呼ばせてくれ」
「ええ……」
救世主の活躍により、一人の弱き者が救われた。しかし、助けを待っているのは一人だけではない。全てを救うのが救世主の在り方なのである。
「エレメ、もう時間だし帰るよ」
この言葉を聞いて、もう一人の少女は消えかけていた目の光を取り戻した。悪魔から解放された喜びであろう。かつての小悪魔は完全に消え失せている。
「え~、もうちょっとだけ、ね?」
それでも悪魔は諦めない。往生際が悪いと言えよう。
「もう7時だよ…… 夕飯がかなり遅くなるよ」
「うっ」
流石の悪魔でも、食に関することになるとたじろぐ。救世主はその弱点を看破し、そこを突いたのだ──
「──これぞ救世主の戦略。これにより、悪魔は諦めることになった。つまりは“勝利”この二文字である」
「えーと、さっきから何を言ってるのか分からないんだけども。とりあえず早めに会計済ましてね」
イルはディルの独り言を気味悪く思いながらも、エレメを掴んで返ろうとした。
「待ってーっ! せめてっっ! これだけでもっ!」
エレメが持っているそれは、瑠璃色のドレスであった。美しく透き通るその青色は、大人びた風格を醸し出す物で、“少女”であるディルを“女性”へと変貌させる代物である。
つまりどういうことかというと、ディルが(精神的な)女装をすることである。女装自体は数時間の間にやらされ続けていたが、それを持ち帰るのとは話が違う。
こうなると拒否されるのは当たり前のことになる。
「俺は買わないからな!」
しかし、すぐさまこの言葉の意味が消失し、買い物は自費である事を利用した思惑が無駄となる。
「おごる!」
これにはディルの些細な抵抗も許されなかった。
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時は経ち、無理矢理ドレスを持たされたディルは憂鬱な気分で次の目的地へと向かっていた。
「今日の夕ご飯は何にしようかな~♪」
どうにか自分のわがままを押し通せたエレメは完全に上機嫌だ。鼻唄までしている始末である。
「おにくがたべたい!」
エレメは中々の肉食派である。それは娘のシルイにまで遺伝して、レーメル家の食卓は毎回高カロリー高タンパク質となっている。
「オッケー、じゃ、ワイルドボアのお肉にしようか!」
ワイルドボアとは元々アルフェール山などで生息していて、肉の栄養価が高く美味しい為乱獲されてきた魔物ではない動物である。
そのため数が少なくなっていたが、家畜化が進み今では食卓の定番となっている。
「わーい!!」
かなり呑気している母娘を横目に、イルは時間を気にしていて少し小走りになっていた。ディルもそれに続いて小走りにしている。
「おーい、もうほんとに時間がないから急ぐねーっ」
「わかったー、すぐ追いつくからー」
「いや、今急いで欲しいのだけど…… まあいいか」
天然な妻に呆れ、ため息をつきながらも小走りを続けているイルに対し、ディルは何故そこまで時間にこだわるのかと疑問に思った。
「少し急ぎ過ぎな気もするけど…… 理由はあるのか?」
「あはは…… 何故かは知らないけど、時間に余裕を持たせないと落ち着かないんだ」
なんでも遅刻を絶対的な悪と考えてる節があり、それに近づいていくと精神的な余裕が無くなっていくというのだ。そのため、念には念を押し行動を早めることで窮屈な気持ちにならずにすむということとなる。
「あ~…… わかる気がする」
前世では時間など有って無いような物であったが、ここ百年によるアルフェールの調教によって何がなんでも時間に間に合わせる癖が付いたようだ。
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そんなこんなで、一足早く商店街の食品コーナーにたどり着いたイルとディルは、主菜の食材調達は後の二人に任せるとして、八百屋に向かい副菜をどうするか決めていた。
「これと…… あとあれで煮物にしようかな」
そう呟きながらイルが指差ししたそれは、地球での大根や人参に当たる物であった。その隣では、何かを聞きだそうとしている。
「……少し失礼な質問なんだが」
「どうしたの?」
イルは、不穏な前置きに少し警戒しながら内容を聞き出した。
「正直あれと一緒にいて疲れないのか?」
あれとは勿論エレメのことである。人付き合いの経験が皆無なディルにとってはあれと付き合うのは大変なのだ。現にへとへとになっている。
「結構踏み込んできたね…… まぁ、あの人はどんな人にもぐいぐい行っちゃうから疲れるのは仕方ないよね」
何処か遠いところを見ているような顔をしながらそう答えたイルは、今度はこんな踏み込んだ質問をしてきた理由を知りたがった。
「それにしてもどうしてこんなことを聞いてきたんだい?」
「二人を見ていると…… なんだかな…… ちぐはぐに感じるんだ…… 似合ってはいるんだがな」
「そういうことね」
ここでイルは曖昧な質問の真意を理解した。
「あの人、実はああ見えてとても傷つきやすいんだ」
「そうなのか?」
イルは昔の記憶を引っ張りだし、それを懐かしみながら、時には面白いことを思い出したのかニヤついたりしながらも語り出した。
「昔話になるけどいいかな。あの人とは4歳、つまり今のシルイくらいの時から幼なじみだったんだけどね、何かあるたびにすぐ泣いてたんだ。
喧嘩だとか、こけたりだとか、あとちょっと邪険に扱われてもだね。そのたびに近くにいる僕が慰める形だったんだけど…… いつの日にかピタリと止まったんだ」
「それでそれで?」
「その日からは今みたいに常に笑顔でいてたんだ。それでもまだ今のような性格ではなかったんだけどね。だいたい10歳くらいの時だったかな?
その時の僕は元気そうだからいいかと思って放置していたんだ。で、あとから知ったんだよ」
「何を?」
「まあ、えっと、言いにくいから簡潔にするけど…… 両親が事故で亡くなって、親戚の家に預かられたみたいだけどそこで虐待を受けてたんだってね。
周りに味方もいない状態だったから少し壊れかけちゃったんだね。いや、たぶん現実を見て見ぬ振りをしてたんじゃないかな。確かかわいいのが好きって言い出したのもここらへんからだったね」
「……」
「で、それでどうして僕たちが結婚するに至ったのかというと、僕はそのことを見て見ぬ振りは出来なかったんだよね。本人とは逆にね。
けどどうすることも出来ないとなったら、とにかく支えつづけることにしたんだ。壊れてしまわないようにね。若い頃の僕にはこれが限界だったんだ。
そしたら、あっち側に気を使わせてしまったみたいでね、無理に精神状態とは逆の言動をとってたんだ。それが今の性格の原型。で、ずっと二人でいたらこうなってたんだ」
「そんなことが……」
「つまりはね、今もあの人はガラスみたいに不安定なんだ。だから僕はずっと支えつづけることにする。たとえ他にいい選択肢があったとしてもね。凡人な僕にはこれが限界。
けど凡人は凡人なりにがんばってる…… と思いたい。たぶんちぐはぐに見えたのはその辺かな?」
「そうか…… イルさんはまっすぐな人なんだな」
ディルは話を聞き終わると、思ったことをつい口に出した。
「僕が? よしてくれ、そんな器じゃない」
イルは今のこの状態を、妥協し続けた自分の責任だと考えているので、謙遜などではなくそのまま褒め言葉を受け取らなかった。
「いや、イルさんはまっすぐな人だ。俺にとってはな。こんな偉そうにする器は自分にはないが……。少なくとも長く生きてるだけの俺よりまっすぐで信念を持っている」
ディルは自分の人生をイルのと比べ、自分は何がしたいのかという目標や信念がないことに気づき、薄っぺらく思ったのでこれからの参考にさせてもらおうと思っているのであった。
「うぅ…… ん、じゃ、帰ろうか」
イルはディルの称賛を違うと言い返そうとしたが、これ以上言っても無駄なことに気づき、帰ることにした。何故かというと、実は話と並行して買い物を終わらせていたのだ。
遅れて来ていた母娘も精肉屋に寄って買い物を終わらせていたので、後はレーメル宅に直帰するまでだ。
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疾風の如くはやい
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