少々急いで帰宅した一行は、すぐさま夕食の準備を始めた。ただワイルドボアの肉を香辛料で焼いただけのシンプルな物であったが、シンプル故に失敗が無く、一般家庭では定番メニューとなっているのであった。
「なぁ、手伝ってもいいか?」
全て任せっきりにするのを忍びなく思っていたディルは、何を手伝えばよいのかというテイストで聞き、返事が帰ってくる前におもむろに立ち上がった。
「いいけど…… 料理できるの? 怪我しないでね?」
ディルは思ってもみなかった返事に目を丸くし、しばらく時が止まったかのように呆然とした。
「いや…… 俺の自炊歴は多分エレメより長いと思うんだが」
「あっ確かに。ゴメンね。やっぱりその、外見がね……」
「ああ、知ってたさ。こんなことだろうとはな」
そう言ったディルは、少し俯き、悔しそうに顔をしかめた。
実際、エレメの勘違いは仕方の無い部分がある。人はすでに頭の中にある情報よりも、現在進行形で目に映る情報の方が強くなる傾向にある。
この場合エレメの頭の中で、ディルが実年齢100歳越えという情報と目に映る幼女寄りの少女の姿の情報がぶつかり合い、ただ後者の情報が打ち勝っただけなのだ。
「じゃ、色々とレクチャーしてくれる?」
「い、いや、人に教えられれる程上手な訳でも無いし……」
「いいからいいから♪」
そう言いながら台所に向かったエレメは、ある問題に気付いた。
「あっ…… この高さって大丈夫?」
その問題とは、台所の高さのことである。一般的な家庭の台所の高さは九十cm、対してディルの身長は百三十五cmと台所の高さがディルの身長のちょうど三分の二となっている。
なので、こうであってはまともに料理が出来ないことをエレメは気付いたのだ。
「大丈夫だ、心配することは無い」
ディルはその事に既に気付いており、策を一つ思い付いていた。
「よっと」
「え? あっ、なるほど」
その策とは結界を台のように出し、それを足場とするものであった。そうして飛び乗ったディルに、結界を出したことに気づいていないエレメは一瞬何事かと驚いたが、着地した所を見てすぐさま理解した。
「よし、料理開始ね!」
二人はそう言い終わる前に行動をしていて、既にあらかたの準備は終わらせている。やはり二人いる時の効率は凄い物で、そうこうしているうちに完成間近だ。
ここまで速やかに進んでいるのは、二人とも気合いが入っていて集中力が段違いになっているからだ。一人別のベクトルだが。
その間、イルはシルイに構いながら先程出したディルの結界に興味を示していた。魔法の研究をしている所に就いている影響か、思考が科学者寄りになっている。
実際臨廻の魔女の魔法の精度は数十年も洗練され続けてているので、その道の者には感心されるほどだ。
そうしていると、料理が完成した。やはり早過ぎたのだろうかイルは少し神妙な顔をしている。それか急いで帰る必要が無かった事実に思うところがあったのだろう。
「出来たー! これも女子力高めのディルちゃんのおかげねっ」
「ちょっ、いやっ、女子力って何だよ」
もはや恒例となりつつあるこのくだりを、二人はいつも通りなぞっていっている。
「それじゃ、食べましょ! いただきまーす!」
食事をする前に感謝をする文化はこの世界にもある。四人ともそれは承知してるので何事もなく事は進み、毎晩の一家団欒の時間がやってきた。今日は客人も居るいつもと違う日だ。
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「あのさ、ディルちゃんって年取らない…… というか成長しないよね。どうして?」
「どうしてって言われても…… そういう固有能力なだけだが」
家に誘われる程人と親しくなろうが、ディルは自身の情報を迂闊には出したがらないので、言葉通りの直球な質問を曖昧にして返した。
「へぇー、実際長生きするのってどうなの?」
質問した張本人は特に具体的なことを聞くつもりでは無かったので、聞き出したことをそのまま聞き流して本題に入っていった。
「ん~と、そうだな、実感したことでいえば…… 何かしようとしても後回しにしてしまったり、何でも長引かせたりとかがあるな」
「つまりは時間に余裕が出来まくるってことね。けど私は結構な暇人だから~、あまり長く生きすぎてもしんどいだけね。普通の人の寿命でいいかな」
「まだそんな達観する年じゃないでしょ」
イルとエレメは28歳だ。まだ寿命どうこうの話をするような年齢では無い。
「でも僕的には羨ましいかな~。この世界で色々知りたいこともあるし研究にも没頭出来るしね。研究者はみーんな欲しがるだろうね。特にうちの所長なんかは喉から手が出るほど欲しがりそうだな~」
イルは実際にその所長という人物が、その能力を欲しがっている様子を思い浮かべて心の中で笑っていたが、そのうち空想上の所長の様子が異常に見えたので、関係の無い現実の所長に引いた。なんとも不憫である。
「当たり前だけど人によって違うのね。それならディルちゃ「おかーさーん!おかわりー」あっ、はーい!」
エレメの言葉はシルイに遮られたが、その続きが何なのかなんとなく理解したディルは、そのことについて独り言のように呟いた。
「俺は別に特別長生きしたい訳では無かったが…… それによって不満は特には無いな。のんびり出来て結構楽しいぞ」
この呟きが耳に入ったイルは、世間一般的な魔女のイメージと実際の魔女の発言の差異に対して感慨深い感情を抱いた。
「のんびりしてるだけなのに魔女だなんて呼ばれるのか」
この世界でも魔女という言葉はマイナスの意味として捉えられている。つまりは“臨廻の魔女”と呼ばれるようになったのは、親しみの意でもあるが畏怖の念もあるということだ。
このように一家団欒の時間で他愛のない話を続けている。しかし、一人心の中で考えを巡らせている者がいた。
(話をする限りだとこの人は信用するに価できる…… けど、少し不可解なこともあるなあ。前に聞いた出生の点に関しても『気がついたら森の中にいた』は不自然すぎる。
しかも老いなく成長もしないという固有能力を持っているということも謎だな。もし魔女さんの言葉そのままに受け取れば、生まれたばかり…… つまりは嬰児の姿のままになっているはず。
けど、このことは明らかにごまかされてるから他に理由があるのかな? まあ人に話せないことは誰しもあるはずだしこれは置いておこう。問題は一つ目だ。)
「イルさん~? 何処行ってるの~?」
そうエレメが呼びかけても気づくことは無い。本格的に思考の世界へと入って行ったようだ。
(気づいたら森の中にいたというのは有り得る話。しかしそれ以前の記憶が全て無いというのが引っ掛かるかな。
森にいた時はもう既に能力を持っている状態、つまりは推定9歳くらいかな。その頃になると記憶は鮮明にあるはず。親の顔も知らないというのはおかしい。
となると…… 考えられる可能性は“忌み子”の線が濃いかな。けどそうなってくると……)
「おーい、イルさんやーい、イルさんやーい、戻っておいで~」
「っ!」
「あっやっと気づいた。何考えてたの? もう皆食べ終わったわよ」
思考の世界から帰ってきたイルはそのまま辺りを見渡すと、食器を片付けているディルとシルイが目に映った。
「あ、ああ」
「食べ終わったならご馳走さまして、それから食器片付けて」
まるで夢から覚めたように目をぱちくりしながら言われたことを素直にしようとしている。先程考え込んでいた時とのギャップで頭が真っ白になっているようだ。
「はぁ……」
そのような状態になっていることを自覚し、色々と馬鹿らしくなったようにため息をついた。
「………………考えすぎかなぁ」
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「帰る。世話になったな」
唐突に、それでいてきっぱりと述べたそれは、一人の女性を揺さぶるには十分な威力であった。
「え!? ええ~、もう帰っちゃうの? 泊まってけばいいのに。遠慮しないで」
「いや、遠慮するというか…… 実際それもあるんだが、ほぼ初対面に近しいだろう? それなのに寝泊まりとかおおらか過ぎないか? そもそも家に呼ぶことすらアレなのに」
つまりは、一日程度の付き合いだと気軽に家に呼んだりしたらそこで何されるかが分からない。と危惧するのが普通だろうと意見だ。
「それ、今更よ? 別にこのあたりじゃ当たり前に皆してるし、ディルちゃんだって誘いに二つ返事で了承したんだしお互い様よ。どっちかって言ったら危ないのはそっちよ? 誘拐される子の典型的な例だわ」
このあたりの地域では、人の家にお邪魔することは挨拶とあまり変わらないという認識となっている。このことを知り、常識が根本的に違うのだろうと元日本人は実感した。
「うっ…… それでも帰るからな」
たとえ正論で返されようともまだ日本人としての感性が残っているディルは泊まることにいたたましく感じているので、無理矢理にも押し通そうとした。すると、何かに抱き着かれるような感触を覚えた。
「まじょさんもうかえっちゃうの? いや!」
その感触の正体はシルイであった。小さな女の子に涙を浮かべながら要求されるとなっては、温情な人間だととても無視出来なくなるものである。だが、ここで非情となることで回避を試みた普通の人間がいた。
「うぐっ………… あー、また遊びに来るからそれまで我慢してね?」
「う、うん……」
イマイチ非情になりきれなかったが、回避することには成功できたようだ。
「あーッ!? まさか…… 今まで無敗を貫いてきたシルイちゃんの帰らないでホールドが…… 今ッ!! ここでッ!! 敗られたぁッッ!!! ディルちゃんには血も涙も無いというのかッ!? まさに魔女ッ!!」
中々非情だったようである。
「ちょっとうるさいよ…… 近所迷惑になる……」
「あっゴメンナサイ。スミマセン」
イルの少し本気なトーンでの注意により、夏まっさだなかの蝉のように喧しかったエレメが、寿命が尽きたかのようにおとなしくなった。
「……またな」
ようやく、満を持して帰れるようになったディルは、少し名残惜しそうに帰ろうとした。すると、エレメが何かを思い出したかのように慌てて家の奥に行き、そのままの勢いで戻ってきた。
「あっ、ディルちゃんこれ……」
そう言いながら手渡ししたそれは、礼として洗うことにしていたディルのローブであった。
「おっと、すまないな」
ディルは完全に忘れていたことについては内緒にしてそれを受け取った。
「ウン…… コチラコソ……」
「凄い凹んでるな」
イルの本気なトーンが効いたのか、目に見えて静かになっている。そんなエレメを三名が見て見ぬ振りをしている。
「うん、また気楽に訪ねてきてね。バイバイ」
「ばいばーい」
「ジャアネ…………」
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「ふう、久しぶりの我が家だ……」
実際に離れていた時間は一日にも満たないが、精神的に大変だったこともあり、悠久の時を経たような感覚に陥っていた。
「やけに帰ってくるのが遅かったが…… 大丈夫か? 酷く窶れているぞ」
アルフェールが一目見て分かるように、今のディルはズタボロになっている。数十年間も人とあまり会話をしていない人見知りがいきなり数時間も人と交流した結果だとすれば必然か。
「よし、着替えよ…… あれ?」
眠気が頂点にまで達していたので、早く寝ようと寝間着に着替えようとしているその時、服の間から何かが落ちた。
「札……? あっ、あれか」
そのは、いつしか拾った札のようなな紙切れであった。それを発見したと同時に、目的も思い出した。
「アルー、これ何か分かるかー?」
「なんだ……? ふむ、中々面白いものを持ってるではないか」
「面白いもの?なんだよそれ」
渡した本人はこの紙切れは何か特別な力があるのかと疑ったが、そもそもこれはあのごろつき共が持っていたことを思い出し、それは無いだろうと首を横に振った。
「これに書かれているのは空間魔法の一つ、転移を発動できる魔法式が組み込まれている」
「へー」
特別な力が無いと分かっていても、期待を捨て切れなかったディルは、ただの魔法式が組み込まれているだけだと知り、一気に興味を失った。
「お前は空間魔法のことを知らないようだな」
「知らないからな」
「はぁ…… いいか、空間魔法は人間が簡単に扱えるような代物では無いぞ」
「へぇ」
「そうだな……お前が理解できるように言えば、結界魔法の数倍習得するのが困難だと言っておく」
「へぇ~……………… うぇっ!? 嘘っ!?」
この情報は、一度興味を失った者でもその話題に食いつくほど衝撃的であった。それもそのはず、実際結界魔法の習得に九十年掛かったディルで換算すると、少なくとも百八十年掛かる計算となるのだ。
どのみち適性は無いので、いくら頑張ったとしても永遠に使えるようにはならないが。
「じゃ、じゃあ、あいつらは……」
もしかして凄い魔法使いだったのではないかと一瞬思ったが、こんな代物をあのような奴らが作るなど思えず、何かの間違いではないかと捉え、またしても首を横に振った。
「それに、これは魔力を通せさえすれば発動出来るようになっている。正直世界のバランスが崩れるどころの話ではないぞ」
「それって……」
その時、ディルの脳裏には総合魔法研究所なるものが浮かび上がった。なぜなら、そのような技術は総合魔法研究所でしか扱われないとエレメから聞いていたからであった。
(なるほど…… 強盗にしてはやけに音を立てすぎだと思っていたが、これで逃げるつもりだったんだな。もしそうなら、あいつらは研究所の回し者になるのか。
でもイルさんが勤めている以上、エレメに危害を加えるとは考にくい……………………………………………………… あっ、本気でマズイ。本当に眠すぎる……)
何故ごろつき共がこれを持っているかの考察を巡らせていたが、眠気が最高潮にまで達していたので、途中で諦めてすぐさま床につくことにした。
「行くのめんどいからアルを布団がわりにしていいか?」
「まったく……」
神獣としての威厳を失う提案であったが、何らかの感情を持っているアルフェールは、嫌そうにしながらも首を縦に振った。
「えっ!? いいのか?」
恐らく断られるだろうと冗談混じりであったのだが、本当に了承されたことにより驚きを隠せないでいた。
「わ~い! もふもふ~っ…… フワフ…… ワ………………………」
了承を受けたとのことでさっそく飛び掛かったはいいが、眠気を極限まで耐えていた状態だったのでそのまま夢の世界に入っていってしまったようだ。
「……こういうところは変わらないのか」
幸せそうな表情で寝ている少女を尻目に、布団代理は数百年前のことを思い出していた。
展開はやい?
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疾風の如くはやい
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別に
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ダレない程度におそく
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もっとかっ飛ばせ!