久しぶりの方も、はじめましての方もお楽しみいただけると幸いです
「つーいーたー!」
「……あー、もぅ……走ると危ないぞー、なでしこー……って聞いちゃいねぇ」
木々も色づき始めた初秋の山間に響く元気な声と、それを窘め……ようとして諦めたのだろう気だるげな声。
「はぁ……ったくあの子は……リンちゃん、いざとなったらガツンと言ってやって良いからね」
そして二人の背後からそんな声をかけたのは、ここまで車で送ってきた桜だ。そんなやり取りももはや慣れたものなのか、リンも苦笑いを浮かべながら「了解です」と軽く返している。
そんな二人の様子を知ってか知らずか、なでしこは駆け寄った川辺にしゃがみ込み、手を水につけては楽しげな表情で「うひー、つめたー」などと声をあげていた。もし彼女に尻尾があったなら、ちぎれんばかりにぶん回されていただろう。
「ほら、遊んでないで荷物運んじゃいなさい」
「はーい」
まもなく桜に呼び戻されたなでしこも加わって、割り当てられたキャンプサイトへと運び込んでいく。
使い慣れたテントやアウトドアチェアに加え、今日は車ということでいつもは持ってこられないようなちょっと大きめのクーラーボックスや調理道具たち。そして忘れてはいけないのが、ルアータックル一式だ。
春以来すっかり釣りにハマった二人は事あるごとに県内の川や湖でキャストを繰り返してきた。もちろん普通のキャンプもやってきたが、今回に関しては釣りも目的の一つであり、サイトの横を流れる川で釣りができるというのもここのキャンプ場を選んだ理由である。
「よし、これで最後ね。じゃあふたりとも、明日の昼過ぎに迎えに来るから。気をつけて楽しむのよ」
「ありがとーおねえちゃん。おねえちゃんも山道運転気をつけてね」
「はい、ありがとうございます」
荷物を運び終えると、桜は最後にそう言って帰っていった。それを手を振り見送った二人は早速荷物を広げて設営を始める。
今回は二人で一つのテントということもあり、さほど時間もかからずに設営を終えた二人は、ごそごそとそれぞれの荷物をあさり始めた。
「よし、準備完了!さぁ、行くよリンちゃん!……って、あれぇ?」
フンス!と鼻息荒く、『いざ川へ!』と準備万端整えたなでしこだったが、そんな彼女が見たのはバーナーの上でシュンシュンと白い湯気を吐き出すケトルと、それをじっと見つめる怪人ブランケットの姿だった。
「まぁまぁ、まだ時間も早いしとりあえず落ち着こうじゃないか。もうすぐお湯も沸くし、ココアでもどうだい?」
そんな怪人……もとい、リンの言葉に「ぐぬぬ、現れたな秘密結社……」などと抵抗する姿を見せていたなでしこだったが、数分後には両手でマグを握りしめ、秘密結社の仲間入りを果たしていた。
「ココア美味しいねぃ、リンちゃん」
「だなー」
(ふっ、ちょろいぜなでしこ……)
と、興味が薄いような雰囲気のリンではあったが、実のところは久しぶりの釣りキャンプということでかなり楽しみにしていたところがあり、そもそもこのキャンプ場を提案したのもリンだったりする。
というわけで、一息ついた二人はこのまま根が張りそうになるのをぐっとこらえ、釣りを始めようと動き出した。
「今日の晩御飯は期待してねリンちゃん。美味しい川魚料理作るから!」
「つれたらなー」
「ふっふっふ、今回は大物が釣れそうな予感がするのだよ」
「なんだその全く信頼できない謎の自信は……」
そんな軽口をたたきながらポイントを吟味し始める二人。
とはいえこのキャンプ場を流れる川は、管理釣り場というわけではないものの、キャンプ場の管理人によってある程度整備されている。それに加えて、このあたりでは年に数回地元の漁協により放流もされているということで、その時の魚がある程度居ついたりしていて、全くの手つかずの自然の川に比べると魚影が濃くなっている。
なので、ある程度釣りに慣れていてポイントの選定ができるようになっている二人であれば、坊主ということはないだろう。
そして、それぞれポイントを定めた二人は、手早く準備を整えると早速ロッドを振り始めた。
「やっまめ、いっわな、にっじまっすさーん」
どことなく調子っぱずれな歌を歌いながら、すこし上流部にやってきたなでしこ。
このあたりは流れに段差がある落ち込みの下で、川幅も狭いところから急に広くなるところということもあり、白い泡を立てて勢いよく流れている落ち込みの脇には緩やかな淵もあって、渓流でのルアーフィッシングでは基本的な狙い目と言えるだろう。
「あっちの緩やかなところに落として、泡の中を横切らせる感じかなぁ」
ちょうどいいところにあった大きめの石に隠れながら戦略を立てて、キャスト。流れの速さの違いを確かめながらリトリーブ。そしてまたキャスト……と繰り返しながらリトリーブスピードを変えてみたり、ルアーを落とす位置を変えてみたりと試行錯誤を繰り返していく。
もちろん一投二投で釣れるようなものでもないので、いくつもの工夫と根気が必要だが、それもまた釣りの醍醐味だ。
その証拠に、なでしこは楽しそうにキャストとリトリーブを繰り返している。
一方リンが選んだのは、緩やかに川がカーブしているポイント。侵食のためか対岸が崖のようになっていて水深もあり、流れが緩やかになっている、所謂トロ場だ。
「流れも緩やかで深いし、ちょっと沈めながらやってみようか」
リンはそうつぶやくと、タックルボックスから一つのスプーンを選びセットする。続いて「ふぅ」と一呼吸置いてからゆっくりとしたフォームでキャストして柔らかく着水させると、そのまま水中をひらひらと沈めていった。
そして、何回目かのキャストの後……
「ん?」
(なんか今水中でキラッと光ったような……気のせいかな……でも、ルアーの煌めきにしては……よし、やってやんよ)
一瞬見えた水中の光を、魚が反応して動いた時の反射光だと判断したリンは、一人静かに闘志を燃やしていた。
そのままキャストを繰り返す静かな時間がしばらく流れ、もうそろそろお昼の準備を始めようかという頃、その瞬間は訪れた。
(来たっ)
これまでの感じとは違う、明らかに魚のアタリと分かる反応に、リンはすかさず合わせた。
(渓流は、流れが、あるから、しっかりと、リールを巻きながら、巻合わせっ)
ネットや本で得た知識ではあるが、覚えていた渓流での合わせのコツを頭の中で思い返しながらロッドを煽れば、フッキングはバッチリのようだ。
これまで気配を消して静かにしていたリンも、その手応えは感じているようでこのときばかりは「よしっ!」と声を上げてしまっていた。
それから魚と格闘することしばし、無事そこそこのサイズのヤマメを釣り上げ魚籠に入れたところで、横からなでしこが声をかけた。
「りんちゃんおめでとー!やったね、お昼ごはんゲットだ!」
「ありがとうなでしこ……でも、その言い方はちょっとどうかと思うぞ……で?そっちは?」
「へへーっ……じゃーん!」
そういってなでしこが見せたバケツの中にはリンが釣り上げたものと同じか、ちょっと大きいくらいのヤマメがゆらゆらと体をくねらせていた。
「おめでとう。なでしこも昼飯ゲットできたな」
「うっ、ありがとう……確かにそういわれるとちょっとアレな言い方だね……ヤマメさん、美味しくいただきます」
「だろ?」
軽口を叩きながらも、食材への感謝は忘れず手を合わせる二人。そして、リンもバケツに魚を移すと、昼食の準備のために二人は流し場へと向かっていった。
◇
二人がそれぞれのポイントで魚との戦いを繰り広げていた頃、サイトから少し登ったところにある管理棟に新たな二人の少女が訪れていた。
「ほんとにごめんなさい、姉さん。まさかこんなことになるなんて……」
「んーん、あやりが気にすることじゃないよ。それにキャンプは私が言い出したことだし……逆にあやりは嫌じゃなかったかなーって……それに受付とか道具の手配とか結局みのりさんにやってもらっちゃったし……」
「姉さん……嫌だなんてとんでもない!そうですね。そうと決まれば今日は腕によりをかけてアウトドア料理作らせていただきます!みのりさんも猟友会の方と一緒に、後で色々食材を届けてくれると張り切っていましたし……それに旅館のお部屋でのんびりするのもいいですが、なんとなくそっちのほうがみのりさんも気になってしまうのではないかと……」
「そっか……うん、そうかもね。よし、じゃぁ私達は私達で楽しもう!実はあやりのアウトドア料理楽しみなんだよね。へへへ」
そんな会話をしながら管理棟からサイトへ荷物を運び終える頃には、ふたりともすっかりキャンプを楽しもうという気分になっていたが、そもそもこの新米姉妹二人がここでキャンプをすることになったきっかけは、少し前にさかのぼる……。
◇
「え?猟友会で宴会ですか!?昼過ぎから?」
「ごめんなさいね、みのりちゃんが来る上に時間もあるって聞いたらうちの男衆が張り切っちゃってね。ほらあの集会所のちょっと先にある旅館で……もちろん部屋もこっちで押さえてあるから、終わった後は気にせず泊まっていって欲しいんだけど……そっちのお嬢ちゃんたちも一緒にあの飲み会にっていうのは申し訳ないわね……」
「そうですね、どこかいいところがあったら泊っていこうと思っていてまだ宿は取ってなかったから、私はありがたいんですけど……流石にあの宴会の中にこの二人を放り込むというのは……まぁ部屋にいてもらってもいいけど、それも悪い気もするし……んー、ちょっと相談させてもらってもいいですか?」
そもそも、今日この三人がこの山に来たきっかけはといえば、ドライブがてらどこかに美味しいものを食べに行こうという話から始まり、近くで富士山が見たいということになって……という、半ばいきあたりばったりの旅路だった。
そこでどうせ近くに来たのならと、みのりが何回かお世話になったことがある猟友会にちょっとだけ挨拶を……という流れでここまでやってきた。
その時、今話している女性に一報を入れ、猟友会の事務所まで来たのだが、みのりもちょっと顔を出すだけのつもりで、サチとあやりが一緒ということを伝えておらず、その女性もみのりだけと思ったのであれよあれよと言う間に話が広がり、宴会をということになったのだ。流石に二人がいると知っていたらこうはならなかっただろう。
そんなわけで、今回のように急に宴会をするようなことはここの猟友会に限らず今までにもあったし、みのりも皆が良かれと思って用意してくれているとあって、『無理なら全然かまわない』とは言われても、なかなか断りにくいようだった。
「……って訳なんだけど……どうかな?もちろん二人が嫌なら断るんだけど……」
「それは流石に申し訳ないというか……私はかまいませんよ。姉さんはどうです?……姉さん?」
申し訳無さそうに話すみのりに、何でもないというふうに返すあやりとは対極的に、「むーん」と渋い顔でスマホをいじりながら何やら調べ物をしている様子のサチ。みのりとあやりが怪訝な顔でサチを見ていると、しばらくして「あった!」という声とともにサチが顔を上げた。
「どうしまし……」
「ねぇ、あやりはキャンプに興味ない?」
「え?あ、キャンプですか?興味ないことはないですが……」
あやりの言葉にかぶせるようにサチが問いかけてきたので、思わずしどろもどろになりながらもなんとかあやりが言葉を返すと、サチはスマホの画面を見せながら言葉を続けた。
「ここ、来る途中に看板見たんだけど、テントとか寝袋とかの道具の貸し出しもやってるし、今の時期ならシーズンオフでお値段も手頃だし、お泊りするならどうかな……って……最初はみのりさんと三人でと思って調べてたんだけど、今の話聞いたらお部屋でまったりもいいけどせっかくなら二人でもって……みのりさん、だめですか?」
はじめは勢いよく話し始めたものの、自分としても突拍子もない事を言っていると思ったのか、段々と勢いがなくなっていくサチ。そんなサチの言葉に答えるように、みのりが横からスマホの画面を覗き込みながら口を開いた。
「あー、あそこのキャンプ場ね。そういうことならお金は私が出すわよ。私のせいで迷惑かけちゃうしね……じゃ、ちょっと話してくるわ……」
そんなみのりの言葉にサチは「あ、いや、そういうつもりじゃ……」と言葉をつまらせるが、それを聞いてか聞かずかみのりは先程話していた女性に説明を始めたようだ。
しばらくするとどうやら話がまとまったようで、みのりが振り返り二人に話しかけてきた。
「実はそこ、このおばちゃんの知り合いがやってるとこらしくて、いくらか割引してくれるらしいから、お金のことは気にしないで。今日のお詫びと、いつも美味しいもの作ってくれるお礼だと思って。ね」
なんとも都合のいいことに、そのキャンプ場は猟友会の女性の知り合いがやっていて、割引もしてもらえるそうだ。とはいえ、このあたりでは大体が知り合いか親戚、むしろ顔見知りではない方が珍しいということなので、ある種『田舎あるある』とも言えるかもしれない。
ともかく、みのりのその言葉に二人は少し考え込んだ後、一つ頷き合って言葉を返した。
「みのりさんがそう言うなら……じゃぁ、お言葉に甘えましょうか、姉さん」
「みのりさん、あやり、ありがとう」
「じゃあ二人とも車に乗って。最初の予定とは変わっちゃったけど、早速買い出しへれっつごー!」
お読みいただきありがとうございます
というわけで、まずはそれぞれの登場まで。
この後彼女たちがどう絡んでいくのか
次回以降をお待ちください。
初回ということでちょっと一言
この作品は今後の更新再開に向けたリハビリ的に書いてみました
久しぶりに筆を取ったので、言い回しやネタの入れ方など
探り探りとのころもありますので
良い所、悪い所、長い、短いなどなど
忌憚のないご意見をいただけるとありがたいです。