流し場に着いて、まず4人が始めたのは食材の確認だった。テーブルの上にそれぞれが持ってきた食材を並べ、何を作るか相談を始める。
「みのりさんが持ってきてくれたのが各種きのこと鹿肉、猪肉に鶏肉。あとチーズもありますね。それと私たちが来る前に買ってきた食材がいくつか。まぁこれはみのりさんが食材を届けてくれると言ってたので少ないですが。お二人はどうですか?……あぁ、なるほど」
料理ということで口火を切ったあやりが、そう言いながらなでしこたちの方に目をやると、素のままの食材はあまりなく、ほとんどがすでに切り分けられ袋に入れられていた。どうやらあやりはそれを見て感心した声を上げたようだ。
「私たちはこんなかんじかなー。メインは釣った魚で作ろうと思ってたし、あとは足りなかったり釣れなかった時用に焼き肉用のお肉とか野菜とかがちょっとかな。でも、お肉はあやりちゃんたちのがあるし、私たちはお魚担当でいいかな?あ、お野菜とか調味料とか使いたいのあったら好きに使ってね」
「ありがとうございます。こちらのきのこやチーズも使ってくださいね」
あらかた話が済んだところで、それぞれ下ごしらえを開始。ニジマスをおろし始めたなでしこの横で、あやりは鹿肉に手を伸ばしていた。
「ねぇあやり、その鹿肉はなにするの?」
「そうですね、今回は以前も作ったロティにしようかと思います。今日は炭火を使うことになるのでまた違った味わいになると思いますよ」
「わぁ、あれおいしかったもんねー。あれ?でもオーブン使ってなかった?今日はないけど大丈夫なの?」
「えぇ、オーブンより時間はかかりますが、大丈夫ですよ。それに、この以前からその作り方をやってみたかったんです」
「なるほど、あやりシェフには秘策があると……ではわたくしもお手伝いいたしましょう」
「はい。秘策です……では姉さんはこの鹿肉に塩とこしょう、にんにくをすりこんでいただけますか?あの時はスライスでしたが、今回は簡単にすりおろしチューブを使いましょう」
下ごしらえをしながら、あやりは先ほどからちょっと気になっていたことを聞いてみることにした。
「そういえば姉さん、なんだかやけに楽しそうですね……あっ、いえ、私も楽しくないというわけではなくて……」
「あはは、大丈夫わかってるよぅ。まぁ、いつもと違う環境だからそう見えるのかもねー」
「そう……かもしれませんね」
サチはそう言ってごまかしたが、その脳裏には先ほどの場面が浮かんでいた。
最近は多少ましになったとはいえ筋金入りの人見知りのあやりが、自分からあの二人を夕食に誘ったのだ。もちろん自分も同じことを提案しようとは思っていたし、もしかしたら向こうの二人も同じように考えていたかもしれない。タイミングの問題だっただけで誰が言いだしてもおかしくなかったと思う。
ただ、それがあやりだったというのがサチは嬉しかった。その思いが顔に出ていて変に思われたというわけだ。
――一方なでしこ達はというと……
「今回は全部三枚におろすんだな」
「うん、毎回塩焼きにするのもアレだからねー。あ、リンちゃんお米準備してもらっていい?」
「わかった。そういえば今回は土鍋ご飯じゃないんだ?それっぽいのは見てないけど」
「ふっふっふ。今回は……じゃーん!これを使おうと思います!」
大げさな動きでキャリーカートに乗せた段ボールからなでしこが取り出したのは、重量感のあるダッチオーブンだ。
「おー!ダッチオーブンか、いいな。ってかそんな重いものよく持ってきたね」
「今日はお姉ちゃんが車出してくれたからね。家で何回か使ってるからシーズニングも使い方もばっちりだよっ!」
「なるほど……ってかここからそいつに米と水入れてったら重くないか?」
「それならお水は空いたペットボトルがあるからそれに入れていけばいいよ」
「わかった……ん?」
「リンちゃんどしたの?」
「それなら米も洗ってザルかなんかに入れて持っていけば、ダッチオーブンそのものは向こうに置きっぱでよかったんじゃ……」
「うっ……リンちゃんを驚かせたかったんじゃよ……」
「あー、なんかすまん……」
その後は集中して……いたのかどうかはわからないが、どことなく言葉少なに作業したおかげか、さほど時間もかからず準備を終えることになり、なでしこ達は一足先にテントまで戻っていった。
「あれ?なんだかなでしこちゃん元気なかった?」
「そ、そうですね、でも大丈夫だと思いますよ?……さ、私たちも早く終わらせてもどりましょう。といってもお肉の方は終わってますので、野菜を切れば終わりです」
実はなでしことリンのやり取りが聞こえていたあやりが笑いをこらえながら話題を変えると、サチも食欲が勝ったのか食材の方に興味が移る。
「な…いつの間に……って、結局猪はどうすることにしたの?」
「えぇ、お二人とも猪自体は食べたことがあるそうなのですが、味付けされて冷凍されていたもののようなので、シンプルに塩コショウで焼いたものと、あとはお鍋にしようかと。みのりさんが持ってきてくれたきのこをたくさん入れた『きのこ牡丹鍋』です」
「おぉー!お鍋!日が陰ってちょっと肌寒くなってきたからあったかいのはいいねー」
そんな会話をしながらいつの間にやら野菜の下ごしらえも終わり、二人は材料を抱えてテントへと戻っていった。
「たっだいまー……んー、なんか香ばしいいい匂い」
二人が戻ると、なでしこ達が先に調理を始めていたようで、リンがお気に入りの焚火グリルでヤマメを焼いていた。時折滴る脂が炭火に落ちて、あたりに香ばしい匂いを漂わせている。
「何それリンちゃん……お賽銭箱みたい」
(……三人目……)
リンの様子を見たサチがどこかで聞いた言葉――さすがに焼いてるところを見ながらだったので『みたい』で済んだが――を口にすると、リンよりも先になでしこが反応した。
「ちっちっち、それは焚火グリルだよ、さっちゃん。御覧の通り焼き魚はもちろん、焼き肉、焼き鳥、ホイル焼、ハンバーグだって作れちゃうんだよ!!そして使うのはもちろん備長炭」
「それはまさか伝説の……」
「そう!備長炭炭火焼ハンバーグだよ!」
(何をいっているんだ二人目……にしてもサチさんもノリがいいな……)
「ほら、焼けたぞなでしこ。表面に焦げ目がつく程度に炙ればいいんだよな?」
「あっ、うん、ありがとうリンちゃん」
『賽銭箱』発言二人目と三人目が繰り広げていた茶番を横目にヤマメを焼き上げたリンからそれを受け取った『二人目』は、焚火台に据え付けられた網にダッチオーブンを乗せると、米・きのこ・焼いたヤマメを入れ、ペットボトルに入った謎の液体を注ぎ入れて蓋をした。
「はい、あとはこのまま放置します」
「え?なでしこさん、今何を入れたんですか?色味からしてお水ではないですよね?お出汁ですか?」
「さすがあやりちゃん。これはお家で調合してきた炊き込みご飯用特製出汁だよ。昆布出汁にお酒、醤油と塩、しょうがを少々って感じかな。いつもはめんつゆ使ったりしてるんだけど、今日は淡泊な川魚メインだからねー、あんまり塩っけが強くなりすぎないように作ってきました!めんつゆだと甘みも強いし。それにこうして持ってくれば、個別に持ってくるより荷物も少なくて済むしね。昆布とかお酒なんて今日はこれくらいしか使わないし」
「なるほど、勉強になります。確かにヤマメのような繊細な味ではめんつゆのような濃い味には負けてしまいそうですね」
「そうそう。まぁ、これだけきのこが入ってると塩と醤油をちょこっと入れて味を調えるだけでも十分そうだけどねー。んで、あやりちゃんの持ってるそのお肉は?網使う?」
「あ、はいちょっと使わせてもらいますね」
そう言ってあやりは焚火台の空いたスペースで鹿肉を焼き始めた。
炭火に炙られる鹿肉の何とも言えない香りが辺りに広がっていく。時折滴る肉汁が炭に当たると、煙に乗ってさらにその匂いが強くなり、思わず唾を飲み込む音がどこからか聞こえる。
「お肉の焼けるいい匂い。で、秘策があると言っていたあやりシェフ、この後どうするんですか?」
鹿肉にしっかりと焼き色を付けながらそれを聞いたあやりは、にやりと不敵に笑うと鹿肉を素早くアルミホイルで包み、網の下に放り込んだ
「えっ?」
「あ、あやり?秘策ってそれ?そんな焚火の中に入れちゃって大丈夫なの?」
(おー、なるほど。それはやったことなかったかも)
いきなりアルミホイルの塊を焚火にくべたものだから驚きの声が上がる。ただ、リンだけはその料理法を知っていたようで、あまり驚いた様子はなかった。
「炭火の中と言っても、直接炭には当たらない少し離れたところなので大丈夫ですよ。あとは時折向きを変えながらゆっくり火を通せば完成です。アルミホイルでくるんで乾燥を防ぎ、炭火の遠赤外線効果でゆっくり中まで火を通すことで、硬くならないように調理することができるはずです」
「はぁー、びっくりした。そんなやり方もあるんだねぇ……あ、でも私もいろんな食材でホイル焼きチャレンジやったことあるし、お肉もありなのかな?あの時は網の上で野菜メインだったけど、トマトとかおナスとかおいしかったなぁ……失敗したのもあったけど」
(『ホイル焼きチャレンジ』って……あぁ、初ソロキャンの時か……でも、このやり方は私も一度やってみたかったんだよな……なぜなら、簡単そうで私にもできそうだから!)
いろいろなキャンプ料理を作るようになっても、まだ少し苦手意識があるリンだった。
「さて、炊き込みご飯にお鍋、ローストビー……じゃなくてロースト鹿?と、それぞれ出来上がるまでは時間がかかるので……やっちゃいますか?」
「さ、さっちゃん。もしかして……」
「そうだよ、なでしこちゃん。ってリンちゃんどうしたの?」
「い、いやなんでもない」
サチの言葉で、最近DVDを見直していた某番組の一場面を思い出し(『シカでした。』……なんつって)なんてことを考えながら独りニヤニヤしていたのをサチに見られていたのだ。
「まいっか。では、あやりシェフお願いします!」
サチは『ばばーん!』と効果音でも付きそうな大げさなしぐさであやりを呼ぶ。すると「もう、姉さんたら……」と、少し照れたような呆れたような表情でとある食材を差し出すあやり。その手には……
「松茸だー!」
きのこの王様に歓声をあげるなでしことリン。その二人を見てなぜか得意げな表情のサチ。
心なしかザルの上の松茸たちも『ドヤァ』と似たような表情をしているように見えた。
「さて、あやりシェフ。この松茸様はどのように調理しますか?」
「はい。幸い虫食いはなさそうなので、ここはシンプルに『焼き』でいこうと思います。リンさん、グリルをお借りしてもいいですか?」
「はい。焼き網はきれいにしておいたよ」
「ありがとうございます……本来『焼き』に適しているのは、『つぼみ』から『中開き』と呼ばれる状態のものだそうで、こういった傘が大きく開いた『開き』は土瓶蒸しや炊き込みご飯にするのがいいらしいのですが、もちろん『焼き』でもおいしいですからね」
そう説明しながら半分に、大きさによっては四分の一に裂いた松茸をグリルの上に並べていく。表面に軽く塩を振り、火が通ってきて汗をかきはじめたらひっくり返して、焼き色がついたら出来上がり。
「そろそろ良さそうですね。すだちか……せめて柑橘系の絞り汁でもあればよかったのですが……」
皿に取り分けながら残念そうにそうつぶやくあやりに「はい、これでよかったら」とリンが昼間使ったレモン汁を差し出す。それを受け取ると醤油と合わせて、箸先でちょんちょんと優しく乗せるように焼きあがった松茸に付けていく。
それぞれ皿がいきわたると誰かの「では」という声と共に、まるで示し合わせたかのように香りを楽しむ音が聞こえてくる。皆ひとしきり香りを楽しむと、続いて一口パクリ。
一瞬、誰もが動きを止め、薪がはぜる音だけが響たが、なでしこの「ふあー!」という奇声を皮切りにそれぞれがその味を語りだした。
「これはすごいね。あやりさんの焼き加減も塩加減もばっちりだ。松茸自体は初めてじゃないけど、香りを楽しむってこういうことなんだなぁ」
「ほんとほんと、普通にしててもいい香りだけど、口に入れたときにレモンの爽やかな香りと一緒にこう、ぶわっと?ふわっと?ねぇサッちゃん?」
「ねー、すごいよね。でもサチ、これでもっとおなかすいてきちゃったかも……あやり、お肉、焼かない?」
そういうサチの向かいで、なでしこも大きく頷いている。どうやら食いしん坊二人の胃袋が本格始動し始めたようだった。
お読みいただきありがとうございます
松茸……食べたい
夜のシーンはちょっと長くなってしまったので今日はここまで
明日は残りの料理を平らげます