呪術師と駄菓子と人殺し   作:サイnon

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【1】糸ひきあめとポテトフライ

その日、東京都立呪術高等専門学校において三人の新入生が教室に集まっていた。

一人は長身の男子。パッと見では日本人とは思えない彫りの深い顔立ちと金髪を持った彼は機嫌が悪いのか、元々そういう顔つきなのか、険しい表情をしている。

もう一人は金髪の彼ほどではないにしろそれなりの身長と体格を持った黒髪の男子。くりくりした大きな目と人懐こそうな笑みが印象的だ。

 

「七海建人です。よろしく」

 

「灰原雄です!家族以外で『見える人』に会うの初めてだなあ」

 

にっこり笑いながら握手のために差し出された手を七海は眉間のシワを深くして見下ろしている。

手を取る気はなかったが、灰原は力なく垂れていた七海の手首を掴んで強制的に握手に持ち込んだ。この時点で七海は既に高専に来たことを後悔し始めていた。呪術師なんて陰気な人間の集まりかと思っていたがこんな明るくて真っすぐな人間がいて大丈夫なのだろうか。すぐに死にそうだ、というのが目の前の男に対する感想だった。

 

「で、君は名前なんて言うの?」

 

「んー?」

 

二人のやり取りを頭一つ低い位置から見ていた少女に灰原と七海の視線が集まる。

ベリーショートの茶髪は癖っ毛なのかあちこちが好き放題に跳ねている。眠そうな表情の彼女の口元からはなぜか白いヒモが垂れ下がっている。

膨れた頬をもごもご動かしながら自己紹介を始める。

 

貴透由衣(たかとうゆい)でーす。しくよろ」

 

「それ何食べてるの?」

 

「糸ひきあめ。食べる?」

 

そう言って彼女が差し出した袋には白い糸につながれたカラフルな飴がいくつも入っていた。無数の糸は途中で一つにまとめられて袋の外にはみ出している。

 

「うわー、懐かしい!小学生の時よく食べてた!」

 

灰原は目を輝かせながらどのヒモを引こうか手をさ迷わせる。一方で七海はさらに眉間のシワを深めていた。なぜこんなにも空気が緩いのか。というか仮にも学校に堂々と駄菓子を持ち込むなよ。

 

「はい、七海くんもお近づきのしるしにどーぞ」

 

「結構です」

 

「まあまあそう言わずに」

 

「そうだよ七海。せっかくなんだし貰いなって」

 

「あなたは何でもう食べてるんですか」

 

貴透と同じく頬に飴を含んでいる灰原はちゃっかり二個目を摘まみ上げていた。大き目の水色の飴を見て「当たりだ」と自慢げに掲げている。

 

「ま、短い付き合いなんだし気楽にやろうよ」

 

貴透の血の気の薄い指先がヒモを引き抜き、七海の前に差し出した。白い糸の先では赤い円錐型の飴がくるくると回っている。

「短い」というのはこれから始まる学生生活のことなのか、命の長さのことなのか、どちらを指しているのか七海には分からなかった。

渋々ながらも受け取って口に放り込むと飴の表面についたザラメが舌の上に散る。フルーツの香りと水飴のどろりとした甘味が口内に広がった。

一個目を早々にかみ砕き、ヒモをちょうちょ結びにした灰原が屈託なく微笑んだ。

 

「僕は付き合いは長いほうがいいな。三人だけの同級生なんだしさ」

 

その言葉に毒気どころかツッコむ気力も抜けた七海は小さく「そうですね」と返した。

 

 

 

まだ等級の低い呪術高専新一年生は三人一緒での任務が常になっていた。

七海と灰原の実力がおおよそ同程度、貴透は動けないわけではないが二人には劣るのが実状だ。そのため、男子二人が先陣を切り、取りこぼしの雑魚を貴透が狩るフォーメーションが自然と出来上がっていった。

 

「前から思ってたんですけど。それ、呪具じゃないんですか」

 

今日も祓えど祓えど沸いて出てくる三級呪霊の討伐を泥だらけになりながら終え、補助監督の迎えを待っていた。

先の発言は七海が貴透の武器を指したものだ。

 

「あー、これ?多分違うんじゃない?」

 

「持ってる本人が分かってないのは流石にどうなんです」

 

「でも、確かに貴透のってあんまり呪具っぽくないよね。七海が持ってるやつと全然違うし」

 

「でも呪霊には攻撃が通ってるでしょう」

 

貴透の武器は包丁に似た形状の和式ナイフだ。人間相手なら十分に殺傷能力があるだろうが呪霊相手には少々力不足感がある。

 

「何となくだけど、呪力をこうフンヌッてやると呪霊にも通じるっぽい。多分。感覚的に」

 

「ふわっふわだね」

 

「何一つ説明になってませんが」

 

「言語化が難しいんだよ。ただでさえ呪力とかよく分かってないのに」

 

呪術師にあるまじき発言をしつつ貴透はポケットを漁っている。血色の悪い指先が白地に金髪の子供が描かれたパッケージを引っ張り出した。

本来は薄い円形の菓子であったのだろうが、ポケットの中でもみくちゃにされたそれは袋の中でバラバラに砕けている。特徴的なスパイシーな香りが辺りを漂い、灰原の腹が鳴った。

 

「疲れた時はポテトフライでしょ」

 

「あ、いいな。僕にもちょうだい」

 

「毎回任務にまで持ってくるな」

 

「はいはい七海くんも一緒に食べて共犯になりましょうねー」

 

問答無用で突っ込まれた欠片が口の中の傷を引っ搔いた痛みで七海は口を閉ざす。これ以上傷が広がらないように慎重に噛み砕けば、さくさくとした食感とチープなしょっぱさが疲れた体に沁みた。

 

「なんでこういうジャンクなお菓子ってクセになるんだろうね」

 

「分かりやすい味が好まれるのはいつの時代も同じでしょう。栄養と引き換えですが」

 

「カロリーは旨味だから仕方ない」

 

バリバリと咀嚼する灰原に対して、貴透はちびちびと欠片を齧っている。彼女のいつも血の気が薄い顔が今は青白く見える程になっている。

七海が深々とため息をついた。

 

「貴透、前にも言いましたが体調不良は早めに報告しなさい」

 

「うわ、本当だ。顔色ヤバイよ」

 

「すぐに気がつかなかった私たちにも落ち度がありますが、呪霊を相手にしているときに細やかなところまで気を遣うのは無理です。というかあなたばかりに構っていられない。倒れられたら誰があなたを運ぶと思っているんです」

 

言葉こそ丁寧だが要約すると「迷惑だから報連相くらいちゃんとしろクソ」である。

貴透は指についた粉を舐めとりながら七海の説教を聞き流している。

 

「ごめんなさい七海ママ」

 

「誰がママだ引っ叩くぞ」

 

「戦闘中は平気だったんだって。いつものことだから気にしないで良いって言ってんじゃーん。面倒なら置いてってくれても大丈夫だって」

 

「その体調不良って結局何が原因なの?貧血?冷え性?」

 

「知らーん。人の身体ってままならないモノだし」

 

貴透は頻繁に体調を崩すタイプだった。

初めて三人で任務にあたった日も任務が終わって早々に嘔吐していた。ひどい時は座り込んで動けなくなり七海や灰原がおぶって運搬したことも一度や二度ではない。そのくせ次の日にはケロっとしてるのだ。

最初は精神的なストレスから来ているものかと思われたが惨い見た目の呪霊を前にしても「お、ファンキーじゃん」の一言で片付ける図太い彼女には当てはまらない。

持病でもあるのかと七海が訊いたときは半笑いで二日目だからと答えていた。一瞬言われた意味を考え、すぐに後悔した。

額に青筋を浮かべた七海は容赦なく彼女の頭を引っ叩き、灰原は妹がいるからか慣れた顔で膝掛けと温かい飲み物を用意していた。

 

駄弁りながら菓子を消費しているとようやく補助監督の車が到着する。

三人が疲れた身体を引きずって乗り込むとすぐに車は高専へ向かって動き始めた。エンジンの振動が瞼を重くしてくる。貴透はシートベルトを締める途中で気絶するように寝落ちしていた。真ん中に座る灰原が代わりに締めてやる。その様子を横目に七海はまたおぶって医務室に運ぶ羽目になるだろうと確信しながら目を閉じた。

 

案の定高専に到着しても彼女が起きることはなく、間が悪いことに運搬中に問題児の先輩二人に捕まってしまった。五条には指を指されながら「すっかりママじゃん」と爆笑され、夏油には「あまり甘やかしすぎない方がいいよ」と生温かい表情で釘を刺された。

七海の八つ当たりによって雑にベッドにぶん投げられた貴透にそっと布団をかけ、灰原も医務室を後にする。次からは高専でおんぶするときは代わってやろうと考えながら。

 

 

 

男はしがない呪詛師だ。

幼いころから醜い容姿のせいでいじめられてきた男は人には視えないモノが視えていたこともあり、人の輪に入ることが絶望的だった。唯一自分の味方をしてくれていた女の子も陰では自分を蔑んでいたことを知ってしまった日以来、あらゆる女性を信用せず憎むようになった。

呪詛師になってからは夢中で金を稼ぎ、顔を整形した。見違えるほどに魅力的になった顔では面白いほどに女が釣れる。顔と紳士的な物腰で馬鹿な女を釣り上げ、完全に油断したところを嬲り殺す快感に目覚めるのに時間はかからなかった。

 

今日も深夜の街で獲物を探していると、一人の女が目に留まった。ワイシャツと黒いスカートの少女はまだ幼さが残る顔つきからして恐らく学生だ。

つい口角が上がる。こんな時間にふらふらしているのは決まって家出少女だ。優しい言葉と同情をかけてやればホイホイついて来る。内心の興奮を悟られないように笑顔を貼り付けて声をかける。宿泊場所を提供してやると言えば顔色の悪い少女は二つ返事で応えた。さりげなく肩を抱き、人通りが少ない場所へと誘導する。そろそろ頃合いか、と少女の腹を引き裂くために術式を展開しようとした時だった。

 

「あ?」

 

突如として視界が回転する。何が起こったのか理解できない。

意識が途切れる直前に男が見たのは首を失って倒れる自身の体と血まみれのナイフを持つ少女の姿だった。

 

 

 

死体が転がる路地で貴透由衣は深く息を吐いた。

先ほどまでずっと胃を締め上げていた激痛が嘘のように引いている。呼吸を妨げていた不快な喉の圧迫感も、身体にのしかかっていた倦怠感も消えた。

顔についた血を袖口で拭い、死体に手を合わせる。その行為は罪悪感からでも、男の死を悼んでいるからでもない。食事のときに手を合わせるのと同じだ。命をいただいたから、感謝のために目を伏せる。

 

「ままならないモノだよ、ホントに」

 

こうして定期的に人を殺さなければ生きていられないなんて、酷い欠陥だ。食事や睡眠より手間がかかる上に呪霊を祓う(殺す)ことでは満たされない。しかも、これは呪いでも何でもない()()()()()なのだから余計にタチが悪い。なぜただ生きるだけのことがこんなに面倒くさいのか。

 

返り血を隠すために上着を羽織り、携帯の通話ボタンを押す。

 

「あ、もしもし。終わったんで後処理と迎えお願いします」

 

血色が戻った指先が冷たい夜の空気をなぞった。

 

 

 

翌朝、七海が教室に入ると昨日食べるのを断念していたスナック菓子を幸せそうに頬張る貴透の姿が目に入った。机には金髪の子供がプリントされたパッケージがうず高く積まれている。頭を抱える七海の後ろから顔を出した灰原が珍しく笑顔を引っ込めて真剣な顔で言う。

 

「貴透、絶対食べ過ぎが原因だって」

 

その日、一年生の間で『駄菓子は一日二つまで』という掟が定められた。

 

 

 

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