呪術師と駄菓子と人殺し   作:サイnon

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若干呪術廻戦じゃない世界観が入ってますが原作でも陀艮とか出ているのでセーフだと思ってます。
クロスオーバータグが必要か分からないのでとりあえずそのままにしておきます。


【10】さくらんぼ餅

「夏油さん!お疲れ様です!」

 

グラウンドを通りかかると灰原に声をかけられた。ジャージ姿で手を振る彼の後ろでは同じくジャージの七海が貴透をきれいな一本背負いで投げていた。

間延びした悲鳴と共に地面に墜落していく。あの落ち方は受け身が取れているのだろうか。

 

「お疲れ。アレは罰ゲームか何かか?」

 

「特訓です!僕と七海は昇級の推薦来たんですけど、貴透だけ何にもなかったんで」

 

「ああ…」

 

そういえば前に墓地での任務で危うく呪霊に喰われるところだったと聞いた。

懐に入れた相手に甘い七海のことだ。彼女だけ置き去りにされないよう気を遣ってのことなんだろう。以前に五条がふざけて「ママ」だなんて呼んでいたが、保護者に似た立ち位置であることに間違いはない。

 

起き上がった貴透が七海に向かっていく。振り抜かれた拳をギリギリ避けて懐に入る。胴を狙った蹴りはあっさり受け止められ、脇で足を固められた。ジャイアントスイングの要領でブン回され、遠心力のまま放り出される。

土埃を上げながら数メートル転がってようやく止まる。ひっくり返った状態の貴透から「もうやだー」と情けない声が聞こえた。

 

「ムリー。疲れたー」

 

「それで根を上げてたら昇級なんてできないさ」

 

声をかけるとあからさまに嫌そうな顔をされた。

 

「何見てるんですか、すけべ」

 

「せめて起き上がってから言いなよ」

 

ひっくり返ったまま足の間から顔を覗かせている女子と喋るこちらの身にもなって欲しい。ジャージの背中が捲れあがっているが、インナーで肌が見えないのが救いだ。嬉しくないラッキースケベほど悲しいものはない。

本人は動くのも嫌なのか大の字になって駄々をこねている。

 

「そうだ、貴透。夏油さんに稽古つけてもらったら?」

 

「えっ」

 

「やだー!絶対一方的にボコられるじゃん!」

 

灰原の提案に足元の後輩から不満が噴出する。

 

「私からもお願いします。この人はそもそも基礎がなってないので教えにくくてしょうがない」

 

「七海まで…」

 

「同期が落ちこぼれるのは見たくないですしね!」

 

一番酷いをことを言っている灰原は悪意のない笑顔だ。

足元の貴透は駄々のこね方が大の字からブリッジに進化している。なんだまだ元気じゃないか。

 

夏油は思案する。

最近、すっかり一人の時間が増えていた。星漿体護衛時に全く呪力を持たない刺客に襲撃を受けてから、五条は任務以外ではひたすらに自身の力を試し続けていた。

今までも使っていた『術式順転《蒼》』に加え、新たに体得した『術式反転《赫》』、『虚式《茈》』、そして反転術式。

あらゆる隙というものが無くなった五条はもはや最強の呪術師といっても差し支えなかった。

 

もう、五条の隣に自分は必要ないのだろう。

寂しさがないと言ったら嘘になる。焦りもある。それ以上に、「自分では五条悟に追いつけない」という諦観が重くのしかかっていた。

一人だと余計なことばかりが頭をよぎる。最近は呪霊の味が以前よりも色濃く感じられ、菓子で誤魔化しきれなくなっていた。

こう言ってはなんだが、ストレスの捌け口を探していた節はある。

ここは後輩に胸を借してやろう、と思ってしまうほどには。

 

「よし、やるからには徹底的にやるぞ。ほらさっさと起きる」

 

「やだー!」

 

もがく貴透の首根っこをひっ掴む。彼女には悪いが思う存分やらせてもらおう。

秋めいてきた空に貴透の悲鳴が響いた。

 

 

 

オガミ婆は憂えていた。

好きに人を殺し、金を稼ぎ、自由を謳歌していたのが遠い昔のようだ。

五条悟という存在が誕生してから呪霊も呪詛師も日陰の道を歩まざるを得なくなった。忌々しいことこの上ない。

しかも、最近はさらに厄介な存在が現れた。

 

呪詛師、そして呪詛師に荷担する非術師を消して回っている『呪詛師殺し』の出現。呪術師なのか、呪詛師なのか不明。何が目的なのかすら分からない不気味な都市伝説的存在でありながら、確実に仲間は数を減らされている。

 

五条が表向きの抑止力ならば、呪詛師殺しは裏の抑止力だ。非術師であろうと容赦なく消している分、五条より行動に制限がなく尻尾を掴めない。

動きにくくて仕方がない。依頼主も呪詛師殺しを恐れてすっかり雲隠れしてしまった。

 

つまらない。自分達の自由はすっかり奪われてしまった。

 

ふと、視界が陰った。

窓を見てみるといつの間にか帳が降りている。どういうことだ、ここはオガミ婆と孫たちしかいない根城。術師がそう易々と嗅ぎ付けられるわけがない。

何か争っている音が聞こえてくる。

 

部屋の扉が開かれた。孫の一人が立っている。

 

「どうしたんじゃ、何があった」

 

返答はない。虚ろな目のまま、ゆっくりと床に倒れ伏した。孫の影に隠れて見えていなかった人物。顔色の悪い少女は血塗れのナイフを片手にオガミ婆を見ていた。

 

「貴様が呪詛師殺しか」

 

「なに、私そんな風に呼ばれてんの?」

 

やだなーと頬を掻く彼女は後ろにいるもう一人の孫に気が付いていない。容赦なく鉄パイプが振り下ろされる。

少女の体が前へと倒れる。その勢いのまま振り上げた左足が背後の男の顎を弾いた。衝撃で男の目の焦点が揺れる。その隙を逃さず、ナイフが喉を裂いた。

 

そっとオガミ婆は数珠を握る。

 

「なんかやろうとしても無駄だよ。もうお婆さん以外に生きてる人いないし、生きてる限りこの帳からは出られない」

 

「……何が目的じゃ」

 

「んー、強いて言うなら平和な学生生活のため」

 

「は?」

 

意味が分からない。唖然とするオガミ婆の鼻先三寸にいつの間にか少女が立っている。

 

「悪いけど長々と会話するほど余裕ないわ」

 

その声だけが暗転する意識の中で聞き取れた。

 

 

 

「っあー、きつい」

 

死体が転がる部屋で貴透は息を吐いた。ようやく胃の痛みと体の倦怠感が消える。

 

夏油による稽古という名の後輩いじめは何だかんだ役に立っていた。先ほどの背後からの一撃も以前の貴透ならもっと手間取っていただろう。

 

貴透はただ単に「不意を突く殺し方」を人より知っているだけだ。よっぽどの達人でなければ隙などいくらでも存在する。視線の外れる瞬間や、思考に引っ張られているときなどといった「意識の隙間」を狙えばいい。

何より、貴透は殺すことに一切の躊躇いがない。落ちたボールペンを手渡すように、会釈してすれ違うように、日常動作に染み付いた殺しの動作は一般人ならまず避けられない。

それに夏油直伝の体術が加わったことで前より効率的に動けるようになっていた。

 

だが、あの厳しさは絶対に何かしらの八つ当たりが入っていると思う。コブラツイストとか女子にかける技じゃない。

 

オガミ婆が座っていた座敷に腰かけ、ポケットからさくらんぼ餅を取り出す。

さくさくした外側と中のもちもちな食感が楽しい。

ちなみに夏油の机にも同じものを置いてきた。しごきの腹いせにパッケージに油性マジックで「最終鬼畜前髪先輩」と書いておいた。

 

付属のつまようじでピンク色の四角を口に運びながら貴透は足を伸ばす。

 

盤星教での任務の後、一時的に体調が改善したもののすぐにもとに戻ってしまった。いや、悪化したと言って良いかもしれない。

以前なら一人二人さっくり殺せば済んでいたのだが、あれ以来最低でも五、六人仕留めないと体調が良くならなくなっていた。体力的に厳しいところがある。

 

「なんとかならないかなぁ」

 

誰にも理解されない悩みに答える者はいない。

 

 

 

「何だこれは」

 

夜蛾は資料を前に頭を抱えた。

調査の結果、前以上に貴透由衣に関する情報は得られなかったが、母親についての情報は見つけることができた。できたが。

 

「なぜ出生記録が貴透の生まれる二年前にしかない」

 

母親は貴透が生まれる前に既に出産していた。否、流産していた。それ以降に出産の記録はない。

では、今高専にいる貴透由衣という人間はいったい誰なのか。

 

さらに嫌な記述が目に入る。流産以降、母親はあるカルト教団に入信していたようだ。

その名を「母なる黒山羊」。夜蛾には見覚えがあった。

流産や不妊に悩む女性が多く所属していたその宗教団体は()()()()()()()を信奉し、後に解体された。

 

これはいったい何を示しているのか。調査を依頼した術師ともこの情報を最後に連絡が途絶えている。

 

点と点が繋がるどころか余計に分からない事が増えた。ただ、早く何とかしなくてはならないという漠然とした焦燥感に駆られた。

 

 

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