呪術師と駄菓子と人殺し   作:サイnon

14 / 21
色々とガバガバなのは筆者があんまり深く考えずに書いてるからです。(言い訳)
誤字・脱字報告ありがとうございました。


【12】モロッコヨーグル

肌寒さに身を縮こまらせた貴透は七海と共に呪詛師の目撃情報があった廃倉庫を訪れていた。

外の人の出入りを確認できる位置から様子を窺う。

 

「わざわざ捕縛とかする必要あるのかなぁ。帰っていい?」

 

「駄目に決まってるでしょう」

 

「相手三級相当でしょ?七海一人で十分だと思うんだよね」

 

「それとこれとは話が別です。というかあなた今一人で行動できないでしょう」

 

七海の言うとおり、貴透は現在任務だけでなく個人的にも単独で外出することを禁止されている。それが貴透に言い渡された『処分』だった。

約一週間前、術式訓練として五条と立ち合ったところ大怪我を負い、教師陣にしこたま怒られた。特に夜蛾のおっかない顔は思い出したくない。その後、『三か月間の緊急事態を除いた単独行動の禁止』が枷として付けられてしまった。行動の制限に高専敷地内は含まれない。言い換えれば今までのように外に買い物へ行くことも出来なくなってしまった。

 

「私だけなんか厳しくなーい?五条先輩は謹慎だけだったんでしょ?」

 

「文句は先生方に。付き添いを任されるこちらの身にもなってください」

 

「どうせ大体一緒に任務行ってるんだからあんまり変わらないじゃん」

 

「今日は私しかいないからフラフラするなと言っているんです」

 

灰原は二級への昇級のため、別の任務に就いていた。現状は七海が二級、灰原が三級、貴透は残念ながら四級のままだ。

七海は同期であるがゆえに真っ先に貴透の世話を押し付けられてしまった。この同級生が嫌いなわけではないが、自分の時間を取られたくないというのが正直なところだ。

 

「それに単独で動くのを推奨されてないのは私たちもです」

 

少し前から呪術師界にも伝わってきた噂。呪詛師とそれに手を貸す非術師までも消している『呪詛師殺し』。オガミ婆一派が消息を絶ち、一派と交流があった呪詛師を捕らえたことでその存在は呪術師界にも知られることとなった。

まだ呪術師の被害報告は上がっていないものの、警戒のため二級以下の呪術師には複数で任務にあたるよう情報共有がなされた。

 

「ふーん。お、当たりだ」

 

「食べるならさっさとしてください」

 

「分かってないなー。これはチマチマ食べるから良いんだって」

 

しゃがみこみ、ポケットから引っ張り出したのは手のひらに収まる白いカップ。象がプリントされた蓋を剥がし、小指ほどしかない木のスプーンで中身を掬って口に運ぶ。

同じものを七海にも差し出す。七海は何も言わずに受け取り立ったまま蓋を剥がした。この流れにも慣れてしまった。

扱いにくい小さなスプーンで食べ進める。といっても三口ほどで終わってしまうのだが。

口の中で溶ける甘酸っぱさを飲み込む。貴透を見るとカップの中身は半分も減っていなかった。

ため息を吐きながら貴透の手にあるカップを取り上げる。

 

「…だから体調不良の報告はしなさいと言っているでしょう」

 

「さっきまでは平気だった」

 

「今は今です。先に迎えを呼びましょう」

 

「いいって。どうせ戻っても良くなんないし、二度手間じゃん」

 

貴透の体調は悪化していた。

以前までなら次の日にはケロッとしていたのに、最近は数日間症状を引きずることが増えている。

番号をプッシュする手を止め、携帯を一旦しまう。この調子では戦闘は無理だろう。

 

「手早く終わらせます。ここを動かないように」

 

「…はーい」

 

浅い呼吸を繰り返す彼女の背をさすってから立ち上がった。

 

 

 

報告にあった呪詛師たちは非術師に呪具を横流ししていた。取引現場を押さえ、顧客であろう非術師もまとめて拘束する。

 

「これで全員か?」

 

先ほどまで殴りつけられていた男は怯えながらも口元を歪ませた。

 

「全員だよ、呪詛師(俺たち)はな」

 

「何?」

 

取引に用意されていた呪具が目に入る。拘束した非術師の数より()()()()()

舌打ちと共に男を殴って気絶させる。例え非術師であっても、今の動けない貴透では相手ができると思えない。

すぐさま倉庫を飛び出し、彼女の待機位置に向かう。こちらが餌に釣られたのだとしたら、もう手遅れの可能性もある。

崩れたコンクリの塀を飛び越え、待機位置である業務用通路に入る。

目に入ったのは取引に来た非術師の一員であろう男。態勢を崩し、倒れかけている男に向かって白刃の切っ先が向いている。

 

「待て!」

 

七海の声にナイフを振り下ろす腕が一瞬強張った。しかし、勢いは止まらず男の首から鮮血が舞う。

倒れた男は出血する首を押さえて震えていた。怪我は浅くないが生きている。

 

「貴透…」

 

「……あ、おかえり」

 

「その人は、非術師でしょう」

 

「そう、なのかな。ごめん。あんま頭回ってなくて」

 

虚ろな目は焦点が合っていない。

 

まただ。墓場で呪霊を殺した時と同じ不安感と違和感。呪霊とはいえ人の形をしたものを殺すのにあまりにも躊躇いがなかった。

彼女は()()()()()()()()()()()()()()()()()()という疑問。

 

「七海はどうしたい?」

 

視線を明後日の方向に向けたまま貴透は問いかける。

 

「…殺しません。あくまで彼らは捕縛対象です」

 

「そっか」

 

それだけ言うと貴透は力なく座り込んだ。

 

 

 

五条は職員室の扉を睨んでいた。

夜蛾に呼び出されたものの、謹慎明けでまた説教を聞かされるのかと思うとうんざりする。いっそ帰ってしまおうかと踵を返したとき、扉が開いた。

 

「もう来ていたのか、悟」

 

「帰るとこでーす」

 

「待て、話すことがある」

 

「なんだよ、こないだのはただの喧嘩っつっただろ」

 

「ここじゃなんだ、場所を移そう」

 

そう言うや否や夜蛾はさっさと歩いていく。

無視して拳骨を落とされるのも面倒臭い。大人しくついていくと、夜蛾は資料室へと入っていった。五条が続いて部屋に入ると、夜蛾は会話が漏れないように簡易結界を張った。

デスクには資料が山となっていた。専門書、学術書、民俗学に宗教学。オカルトめいた悪魔崇拝に関する本まである。

 

「単刀直入に聞く。悟、貴透の術を受けた時に何を見た?」

 

「何、つっても」

 

「答えにくいなら質問を変えよう。これに近いものを見たか?」

 

そう言って夜蛾は資料の山から一枚の紙を取り上げて五条に差し出す。そこに描かれていたのはある図像。

空を覆うほどの巨大な黒い雲を裂く涎を滴らせる口。大地を踏み砕く大樹のような蹄の脚。雲から生えた無数の触腕は足元の人間を何人も絡めとり、口へと運んでいる。

見ているだけで頭痛がしてくる狂気的な絵だった。

 

「これ…」

 

「既に解体されている宗教団体が信奉していた特級呪霊を元信者の証言のもと描き起こしたものだ。いや、正確には特級に()()()()()()()()()()存在だ。詳しくはまだ不明だが恐らく、貴透はこのカルト宗教と関りがある」

 

姿は若干異なるものの、間違いなく五条が知覚したのはこれだ。

 

「あの時は他の教員の目もあり、誰に聞かれているかもわからなかった。きちんと話を聞く事が出来ずすまなかった」

 

「いや…。俺が後輩にめっちゃムカついたからやったとか思わなかったの?」

 

「自分の力に自覚があるオマエが、簡単にそんなことはしないだろう」

 

その言葉に押し黙るしかなかった。この熱血教師は雑そうに見えて生徒をよく見ている。

 

「俺の権限では貴透の行動を三か月制限するのが精一杯だった。流石に特級のオマエを貴透と組ませるわけにはいかんだろうが、高専内ならまだオマエの目が届く。異常があればすぐに報告してほしい」

 

「監視役ってこと?んなことしなくても、あいつふん縛るなり閉じ込めるなりすりゃいいだろ」

 

「恐らく貴透は上層部と通じている。そう簡単には手が出せん。だから、処分という名目がある今がチャンスだ」

 

行動制限があるうちに彼女が何をさせられているのか、上層部が何をしているのか尻尾を掴まなければ。彼女の身に異変が起きる前に。

宗教団体の教義であった『産みなおし』と呼ばれる儀式。生贄を捧げることで水子に崇拝する呪霊の魂の一部を分け与え、命を繋ぎとめることと引き換えに呪霊へ間接的に生贄を捧げ続ける存在へと変える。

それが事実なら貴透はいずれ人を殺し、()()()()()()()()()()()

 

 

「若人の未来を、保身ばかりの大人に踏みにじらせるわけにはいかん」

 

 

 

 

星川は思案していた。

 

こそこそと貴透について嗅ぎ回っていた術師は最後まで口を割らなかったが、誰の差し金かはおおよそ予想がつく。夜蛾正道という男は裏表がない分行動が読みやすい。生徒のためとなったら率先して動くような『教師らしさ』を持っているのは夜蛾くらいのものである。

 

貴透の母親についての資料があちらに渡ってしまったのは想定外だったが、星川の計画に大きく影響を与えるものではなかろう。もう事態は第二段階に移っている。

 

『協力者』からの援助を受けるために、天元と星奬体の同化を阻止するのは骨が折れた。

上からは盤星教を潰すように指示されたが、そんなことをすれば星奬体暗殺に釣られた呪詛師たちが手を引いてしまうのは明白だった。「術師殺し」も金が無ければ依頼から離れると思っていた。

 

だから、貴透に()()()()()()()()()()()()()()()殺させた。

上層部からは「園田と中心幹部の殺害」しか依頼されていなかったが、星奬体が生存した場合に同化を止めるための対上層部の保険として。

ただでさえ非術師側に手を出すよう命令し、さらに被害者まで出してしまったとなれば口を噤まざるを得ないと考えた。

 

星奬体側が同化を拒否してくれたのは僥倖だった。おかげで上層部を黙らせるのは容易かった。

切り捨てられることも想定し、信者たちの死体と暴露材料は残しているが今のところその気配はない。想像より爺どもは臆病だったようだ。

だが、それも時間の問題だろう。あまり暴走が過ぎればあっさりと掌を返してくるに違いない。

 

『協力者』は術式というものに異様なまでに造詣が深かった。

星川の持つ術式は「物体の移動」だ。頭の中で移動先への動線を明確にイメージし、手で触れられるものを任意の場所に転送することができる。今までの死体の運搬も痕跡の抹消も全て星川がやってきた。

この術式の問題点は生き物は対象に入らないということだった。移動には何かしら人目に付く交通機関に頼らざるを得ない。

しかし、『協力者』の力添えによってそれが解決する糸口をつかんだ。呪具に星川の呪力を込め、転送対象となる人間に所持させる。『星川の意志で発動できない』ことと『対象者以外の全ての物体を術式対象外とする』という二重の縛りによって実現した新たな形。まさに発想の転換だった。

後は実験の後に実用化するまで。

 

実験に適した場所の確保は住んでいる。山奥の排他的なとある村落。外との交流もほぼなく未だに前時代的な思想が残り、理解の及ばないものを淘汰しようとする。情報によれば少し前から呪霊による神隠しと思しき騒ぎが起こっており、高専に依頼が回ってきていた。

これほど好都合なこともないだろう。

 

もうすぐだ。もうすぐ痴れ者の統べる時代は終わる。

より良い環境のために、可及的速やかに呪術界を転覆させる。大いなる母の降臨に、呪術師の存在は不要だ。

 

 




シュブニグラスは人間を丸吞みにして産み直し人ならざる存在へと変える、という恩恵があるそうですよ。
そして、要求する生贄の数はエスカレートしていくそうです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。