伏黒はベランダでタバコをふかしていた。
津美紀と恵は学校へ行っている。少し前に一気に金が入ったことでしばらくは働かなくても良くなっていた。
最初こそ賭け事に明け暮れていたが、津美紀に号泣されながら怒られてから頻度は減っていた。
津美紀以上に面倒なのは恵だ。津美紀号泣事件以来、外に出ようとすると絶対に突っかかってくるうえに帰ってきてからもじーっと睨まれ続ける。別に気にしてはいないが、次に騒ぎを起こしたらアパートから叩き出すと大家に釘を刺されてしまった。こっそり競馬に行ったとしても目ざとい恵にはすぐ見つかる。大家に垂れ込まれたらより面倒くさい。
だから、こうして大人しくタバコを咥えている。
つまらない。やはり競馬場にでも行くかと腰を上げようとした時だ。
ふと、伏黒の携帯が震えた。
ディスプレイにはアパートに金を持ってきて以来音沙汰が無かった男からのメールが表示される。
「んだこれ」
意味不明な文字の羅列。英語っぽくはあるが見たことのない単語が並んでいる。読もうとすると奇妙な頭痛がしてくる。理解できる部分がないか下へ下へスクロールさせていく。
ずいぶん下の方に伏黒宛のメッセージがあった。
伏黒は口の端を吊り上げる。ポケットから男から預かったUSBメモリを取り出す。男が死んだとき用に渡されたスペア。伏黒に渡しておけば時が来るまで絶対に術師側に漏れないと、莫大な金と信用を賭けられた。
一度だけ興味本位で中の情報を覗いてみたことがある。
「母なる黒山羊」というカルト団体の詳細情報、教団に関わっていたとある呪術師一族の顛末、そして化け物から産み落とされた『貴透由衣』という存在について。何も知らない人間が見れば悪趣味なオカルト創作で片付けられてしまうような内容が事細かに残されていた。
傑作だったのはその化け物の落とし子を使って、あろうことか呪術師界の上層部が呪詛師とそれに加担していた非術師の殺害を指示していたという証拠が大量に出てきたことだ。音声ファイル、テキストファイル、廃棄されたであろう機密書類のスキャンデータに至るまで、よくもまあ隠蔽を免れて集めたものだ。
その他にも
『呪詛師殺し』などとよく言ったものだ。伏黒よりもよっぽどタチの悪い殺人鬼ではないか。
男が言った爆弾という比喩はあながち間違っていない。起爆は伏黒に任されたというわけだ。
これらすべてが公になれば、貴透だけでなく地位にしがみ付いてふんぞり返っている爺どももただでは済まないだろう。
あの男はいけ好かなかったが、自分を猿だと嘲笑っていた連中の頭である性根も頭も腐った爺どもの鼻をあかすことができるなら悪くないと思った。
「ま、金はもらったしな」
タバコをコンクリに押し付けて、伏黒は立ち上がった。