呪術師と駄菓子と人殺し   作:サイnon

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投げっぱなしになってたパパ黒の話とそれぞれの後日談。実質パパ黒の一人勝ち。
これで本当におしまいです。完結までだいぶ時間がかかりましたが、楽しかったです。


エピローグ

 

呪術師界は今までにない混乱の渦中にあった。

 

ある高専生の離反。その正体。そして、裏にあった上層部が非術師殺害を指示していたという大スキャンダル。

それを裏付ける証拠の数々は京都校だけでなく五条家、賀茂家にまで送り付けられた。

情報が拡散されてから早々に上層部の面々は行方をくらまし、高専の機能は一時的に麻痺状態に陥った。

夜蛾をはじめとする上級術師たちがなんとか指示を出し、補助監督も窓も休日返上で任務サポートと平行して事態終息にあたることになった。

 

阿鼻叫喚の状況を眺める情報提供者の男、伏黒甚爾はひどく愉快そうに煙草を咥える。

東京校には直々に出向いて全てを暴露した。ほとんど物見遊山気分である。星漿体の件で八つ当たりした五条家の坊と殺し合いになりかけたことは割愛する。

 

伏黒にとって呪術界がどうなろうと知ったことではない。どうせ上はまたすぐに席が埋まる。だが今回の一件で『上層部の決定には誰も口を出せない』という特権は失われたといっても過言ではないだろう。口実を得た御三家はここぞとばかりに介入してくるはずだ。それを見越したからこそわざわざデータをコピーして禪院家以外にバラまいたのだ。

星川が何を目的としていたか知りはしないが、せっかくだから私怨にも使わせてもらう。他家に遅れを取って歯軋りするのを想像するだけで笑いが出る。

右往左往する職員たちをのんびり眺めながら、伏黒は煙を吐き出した。

 

 

 

五条は資料室で夜蛾が集めた図像を眺めていた。

五条が知覚してしまった存在は恐らく『殺す』や『倒す』といった概念の埒外にある類いのものだろう。もしかしたら宿儺の指以上の脅威かもしれない。

 

「悟」

 

顔を上げるといつの間にか夜蛾が部屋に入ってきていた。目の下には連日の騒ぎの疲れが色濃く浮き出ている。

摘まみ上げていた図像を資料の山に放り投げる。

 

「悪かったよ、あのバカ殺せなくてさ」

 

「……いや、それについては俺の不手際だ。お前をあからさまに高専から遠ざけるために任務が回されてくるのを止められなかった。貴透も、もっと警戒してしかるべきだった」

 

「さすがに高専内で堂々と術師(同業者)に手出すとは誰も思わないでしょ。本当はあそこで完璧に仕留めるつもりだったんだけどさぁ。アイツを殺すのけっこう難しそうなんだよね」

 

()()()?オマエが?」

 

信じられないという顔の夜蛾を一瞥して、五条は椅子の背もたれに身体を預ける。

 

「俺は強いけど、アレ相手にはそれが逆に弱みになるんだよね」

 

存在を認識するだけで人間の精神を崩壊させるほどの力を持ったモノ。人より見えすぎてしまう五条にとって、あの存在は天敵も良いところだ。

 

あの存在を直視して五条だけが戦闘不能になるならまだいい。だが、まかり間違って敵味方の区別がつかないほど錯乱してしまったら五条を止められる人間はこの世界に存在しないだろう。

貴透を殺そうとした時だってほんの一瞬知覚しただけでも防衛本能で気絶しかけたのだ。確実に殺すためにはあれと向き合い続けなければならない。それがどれほどのリスクかは他ならぬ五条が一番理解していた。

それでも、殺さなければ近い未来に人の世は終わる。

 

「本当は七海か灰原あたりがやってくれるのが一番いいんだけどね」

 

「あの二人には言うんじゃないぞ、それは」

 

「言わないよ。言うわけないでしょ」

 

灰原もそうだが七海も相当に参っていると聞いている。

同期が殺人鬼だった上に人間ですらなかったのだから、目の前で喪うよりもよっぽどこたえるだろう。止めることすらできなかった七海は特に。

 

「どこ行ったかも分かんないし、しばらくは様子見じゃない?アレが完全に受肉する前に呪術師側(こっち)も体制整えて戦力になる人間増やさないとヤバいし」

 

伏黒が持ち込んだ情報を信じるなら、カルト団体が崇拝していた存在が貴透を通してこちら側に降りてきたときに対抗できるのは五条しかいない。なら、現状できることは完全体になる前に貴透に対抗できる術師を増員することくらいだ。

 

「んで、万が一俺がどうにかなっちゃったときは」

 

サングラスの向こうで蒼色が陽の光を映す。

 

「傑がなんとかしてくれるでしょ」

 

 

 

夏油が任務から戻ると、灰原が自販機横のベンチで俯いていた。

 

「灰原」

 

声をかけると力なく会釈を返された。

 

「…お疲れさまです。すみません、任務交代してもらって」

 

「気にしなくていいよ」

 

自販機に小銭を入れ、自分用のコーヒーと灰原にコーラを買う。

 

貴透が高専から逃亡した後、七海と灰原は貴透との共謀の嫌疑をかけられ一時的に隔離されて尋問を受けることになった。同期であることに加えて目の前で逃走を許してしまったのがまずかったらしい。そして尋問期間中に伏黒甚爾が現れたため、本来より期間が長引いてしまい二人が派遣されるはずだった任務に夏油が代員としてあてがわれた。

結果として、それで良かったのかもしれないと夏油は考える。

 

産土神信仰は土着の信仰が廃れ、忘れられた成れの果ての集合体。祓った夏油の体感としては一級相当の任務だった。もし尋問が長引かず予定通りに七海と灰原が派遣されていたら二人のうちどちらか、最悪の場合二人とも生きて帰れなかっただろう。

貴透の一件が間接的にではあるが七海と灰原の命を救うことになった、というのはなんとも皮肉な話だ。

コーラを一口含んでから灰原が口を開いた。

 

「……夏油さんはどう思いましたか」

 

「伏黒甚爾が持ってきた情報のことかい?」

 

「それもですけど、上層部についてです」

 

一般家庭出身の人間が呪術界の上層部について知る機会はそうない。五条や他の術師からそれとなく良くない噂は聞いてはいたが、未成年の子供を手駒にして最終的には切り捨てるという想像を遥かに超える腐敗っぷりだった。

夏油は苦く笑う。

 

「私は上の連中皆殺しにして高専を出たかったよ」

 

灰原の目が見開かれる。

 

「夏油さんまで高専辞めるんですか!?」

 

置いて行かれた子犬の顔になる灰原にツッコむところはそこなのか、と思わず笑いそうになった。けっこう人でなしなことを言った自覚はあるのだが、そこには目もくれないあたりこの後輩も中々にイカれている。

少し前まではね、と前置きして夏油は壁に背を預ける。

 

「正直、美々子と奈々子を連れ出したかった。このまま高専の保護下にあったらあの子たちもいつ汚い人間に利用されて使い捨てられるか分からないから」

 

でも、と目を細めて前髪をかき上げる。

 

「それじゃあ上がやったことと何も変わらない」

 

高専の庇護下を離れたいというのはあくまで夏油の考えだ。

夏油に対して少々、いやかなり崇拝じみた好意を寄せてくれている双子は自分が言えば二つ返事でついて来てくれるだろう。しかし、未成年の自分が女児二人をつれて誰の後ろ楯もなく生きていくのはきっと想像以上に困難になる。

 

ただ呪いから守ることだけなら夏油一人でもなんとかなる。だが、呪術師としての道を捨てて誰にも頼ることなく二人を育てるなら、きっとまともな道は選べなくなる。

汚れるのが自分の手だけならまだしも、あの二人まで奈落への道程に道連れにしてしまったら「大人に人生を歪められた子供」を自分で作ってしまうことになりかねない。それではそもそも高専を離れる意味がなくなってしまう。

 

「私は、卒業したらここで教鞭をとろうと思っている」

 

せめて、自分がこの腐った呪術界で擦り減らされるだけの子供を守る大人になる。

たとえ綺麗事と言われようと、そうありたいと夏油は願う。

 

「やっぱり、夏油さんは夏油さんですね!」

 

いつの間にか灰原の顔はいつもの明るいものに戻っていた。ベンチから勢いよく立ち上がり夏油に頭を下げてからにっこりと笑う。

 

「話してくれてありがとうございました。俺も自分のやりたいことが分かった気がします」

 

つられて夏油も微笑む。

灰原の腹は決まったようだ。残る一人はどんな選択をするのか。それについて口を出す権利は夏油にはない。

 

 

 

七海は呪術師が善であると思ったことは一度もない。

悪習がはびこるカビ臭い環境で、人にはない力があるからという理由で命を懸けさせられる。そんなもの生け贄と何が違うのか。貧乏くじもいいところだ。

 

灰原は補助監督になると言った。

呪術師ではなく、より広い視野で周りを見れるように。いつか、一番に貴透を見つけられるように。

見つけてどうするのかと問うと、いつも通りの笑顔で答えた。

 

「それは見つけてから考えるよ」

 

夏油は教師になると言った。

貴透のような大人の悪意による犠牲を身内から出さないために、まずは美々子と奈々子を守ることから始めるのだとか。

 

「せめて、私だけは守る立場でいないといけないんだ」

 

五条も教師になると言った。

呪霊よりも凶悪な脅威を取り除くために。いつ目覚めるかも分からない爆弾を放置してはおけないから、強い後身を育てると。

 

()だけじゃ、あいつは殺せないっぽいからね」

 

 

 

七海は。

 

七海は逃げた。

 

 

 

卒業の時に灰原が見せた寂しそうな顔は今でも覚えている。逃げる自分を責めずに送り出してくれたのはひとえに彼の優しさなのだろう。

その優しさすら受け取るのが後ろめたくて、それ以来連絡は取っていない。

 

一般企業に就職して分かったことといえば、社会も呪術界と似たり寄ったりにクソだということくらいだ。

悪意は当たり前にそこらじゅうに転がっていて、隙あらばこちらにまとわりついてくる。

金を稼ぐだけ稼いだら適当なところでドロップアウトして物価の安い外国で呪いも他人も無縁な生活を送る。金があればそれが叶う。寝ても醒めても金のことばかり考えていた。

 

転機はたまたま立ち寄ったパン屋だった。

コンビニでカスクートが取り扱われなくなって、仕方なく売っている店を探して見つけた場所だ。

人当たりの良さそうな女性店員の肩に蠅頭が乗っていることには気が付いていたがもう呪いに関わる気はない。

そのはずだった。

 

「大丈夫ですか?ちゃんと寝れてます?」

 

いつものように気さくに話しかける彼女の目の下にはうっすら隈ができていた。

 

「……貴女こそ疲れが溜まっているように見えますが」

 

「あ、分かっちゃいます?最近肩が重かったり眠りが浅かったりで。ダメですよね、接客業なのに」

 

そう苦笑いする彼女の肩には以前よりも肥大化した呪いが乗っている。

 

自分なら祓える。

だが、今さらそんな人助けの真似事をしてどうする。

 

呪術師はクソだ。だから逃げた。

でも、一番クソだったのはあの時貴透を生かすことも殺すことも選べなかった自分だ。

 

『七海はどうしたい?』

 

懐かしい同級生の声がよぎる。

 

「一歩前へ出てください」

 

店員は不思議そうな顔で言われた通りに前に進む。

七海は腕を振るい、肩に乗っていた蝿頭を弾き飛ばした。

 

「え、あれ?肩が軽くなった」

 

「もし何か症状が残るようなら病院へ。それでは失礼します」

 

「あ、あの」

 

パンを持って外に出る。もうこの店に来ることもないだろう。

七海の後に続いてドアが開け放たれる。

 

「ありがとー!」

 

背中越しに響く大きな声。七海は振り返らない。それでも声は続く。

 

「ありがとー!また!来てねー!」

 

ポケットの中にあるものを握り締める。もう何年も前に戯れで押し付けられたオモチャのカギ。捨てれば良かったのに、ずっと手放せなかった。

 

「どうしたい、か」

 

スマートフォンを取り出す。連絡先の一覧をスライドさせ、一瞬―か行で指を止めてまた下にスクロールする。

一番先に連絡を取るべき相手はこっちだろう。

 

「もしもし、灰原。私です。ええ、明日にでも高専に伺うので迎えを…。何を笑ってるんですか」

 

やるべきことはもう決まっていた。

 

 




お読みいただき本当にありがとうございました。
感想、質問等ありましたらコメントにお願いします。





貴透由衣

生まれた時点から人生詰んでたフォーリナー系女子。
一度目には流産され、二度目は邪神に産み直されるという九相図もびっくりな生い立ちをしている。死んでた時期も含めれば五条たちより年上。
倫理観も罪悪感もSAN値も持っていないが、中途半端に人間っぽく育てられたせいで思考は人間寄り。人間にまぎれて暮らせているのは母親の教育のたまもの。
その気になれば神話存在に進化できるが、七海と灰原が生きているうちはそれがストッパーになっているので人間を完全に辞める気はまだない。二人が死んで行きつけの駄菓子屋が全部潰れたら進化するかもしれない。
そのうちしれっと仔山羊を出したりスカートの中から触手が生えたりする。


いつか使えるようになるかもしれない領域展開

不帰之母胎樹(かえらずのぼたいじゅ)
領域内に一時的に神様を招来させて相手をぶっ殺すというアレすぎるもの。
この場合相手が死ななくても見たらまず精神が吹っ飛ぶのでどのみち助からない。よっぽど運が良くないと生きて出られない無理ゲー。
五条先生は目が良すぎるのでSANチェック成功しても1D100振らなきゃいけなくなりそう。

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