呪術師と駄菓子と人殺し   作:サイnon

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日下部、未知との遭遇

リハビリがてら書いたやつです


【おまけ】チュッパチャップス

 

日下部は鼻腔をつく鉄の臭いに顔をしかめた。

 

数日前、地方の廃墟になった神社に呪霊らしきものが現れたと窓から通報があった。同時期にその神社へ複数の不審人物が入っていったという目撃情報もあり、呪詛師絡みと考えられ高専に調査が回ってきたのだ。

窓の担当者曰く、現れたとされる呪霊は気配のみで姿が見えず等級をしぼれていないらしい。

とりあえずは呪詛師をしょっぴいて、呪いの規模を確認するのが最優先だ。

そのつもりで来たのだが。

 

「冗談だろ……」

 

かつては多くの人が参拝に訪れた広い神社は見る影もなく荒廃してる。

そこまでは理解できる。だが、参道を中心とした光景の異様さを日下部の脳は受け入れることを拒否している。

赤黒く染まった石畳と砂利。

拝殿の前には魔方陣に似た巨大な幾何学模様の図形が描かれている。

 

「悪魔でも召喚するつもりかよ」

 

乾いた笑いと共につぶやいた言葉では目の前の異常性をごまかせそうになかった。

細部まで緻密に描かれた図形にはただのいたずらでは片づけられない異様なまでの執念と生々しさがあり背筋が寒くなる。

馬鹿らしいとかぶりを振ってしゃがみこんでこびりついた赤黒いシミを指先でなぞる。

残穢は残っていない。飛び散った血液はすでに乾いているが、量からして複数の人間がここで死んだのは間違いない。しかもかなり惨い方法でだ。

血痕が一ヶ所に集中し、逃げた痕跡がないのは殺された人間が拘束されて身動きがとれなかったのか。

 

「もしくは、殺されることを分かっていてここにいたのか……?」

 

そんな疑問を呟いた日下部の頭上から影が落ちた。

 

全身の毛が逆立つ。

そっと視線を前にずらすと、ひび割れた樹皮のようなものに蹄がついた何かの脚が見えた。

血の臭いを塗りつぶす強烈な獣臭さ。音も気配もなく、あまりに唐突に、理不尽に、()()は日下部の前に現れた。

刀に手をかけるが動けない。顔を上げたら最後、死が待っているという確信にも似た恐怖が身体を硬直させる。

うなじに何かの生温かい吐息がかかった。目の前の存在は日下部を上から覆うように見下ろしているのだ。

 

動けば死ぬ。動かなくても死ぬ。

なら、せめて隙を作って生存の確率を少しでも引き上げるしか道はない。

 

短く息を吐き出し抜刀の構えを取る。刀に呪力を込め引き抜こうとした瞬間、突然誰かの手に頭を押さえつけられた。

 

「っ!?」

 

「どうしたの?」

 

頭上から女の声が聞こえた。

言葉は日下部に向けられたものではない。手前から吐き気を催すおぞましい唸り声が響く。

女は唸り声に簡素に相槌をうつだけだ。

 

「分かった、私が帰らせてあげる。もうもらう分は全部もらったんでしょ、この人はだめだよ」

 

幼子に言い聞かせるような声とともに、ふっと覆いかぶさっていた影が消失する。

後頭部を押さえつけていた手が離れた。

 

「運が良かったね。アレを直接見てたらけっこうヤバかったよ」

 

目前の危機が去ったことにわずかに安堵しながら顔を上げ、声の主を見た日下部はふたたび凍りつく。

 

「た、かとう、ゆい」

 

「あれ、どこかで会ったことあったっけ?」

 

肩まで伸びた茶色いくせ毛を揺らし、少女は首を傾げた。

最悪だ。よりにもよってこんな厄ネタと鉢合わせしてしまうなんて。

十数年前、非術師の大量虐殺と総監部直属の術師を殺したことで指名手配された特級呪詛師。高専に所属していたときの等級はもっと低かったらしいが、()()五条の提言と追放以降の危険度を加味して特級に指定された。

 

高専所属当時の写真を見たことがあるが、一目でその異常性は見てとれた。五条なども加齢が顔に出ないタイプの人間だが、この女はそういう次元ではない。

髪型を除いて、十年前の姿とまったく変わっていないのだ。

 

冷や汗を垂らす日下部をよそに貴透はポケットからチュッパチャプスを取り出す。プリンが描かれたパッケージを剥がし口に放り込む。

 

「いっぱい味あるからあげる」

 

「いらねえ」

 

「まあそう言わずに」

 

3、4本まとめて日下部に押し付けてくる。心底受け取りたくないが、下手に目の前の女を刺激する方がまずいだろう。無言でトレンチコートのポケットに突っ込む。

 

「あー、助けてもらってどうも。じゃ、呪霊もいなくなったわけだし俺はこれで」

 

「いやいや、お兄さん高専の人でしょ?まだ仕事残ってるって」

 

有耶無耶にしてさっさと撤退したかったがそう上手くいくわけがなかった。ガシガシ頭を掻いて日下部は貴透に顔だけ向ける。

 

「この状況じゃ生き残りはいない。首謀者もおそらく逃げた。呪霊はさっきアンタが祓った。もうやることはないだろ」

 

「だからあるって。これはさ、いわゆる儀式の跡なんだよ。生贄を捧げて自分の望むものを与えてもらうためのね。さっき私が()()()()()()子は生贄をもらうためのおつかい。あの子が来てたってことは儀式自体は成功してたはずだから、その『成果』がどこかにある」

 

「儀式?何のための」

 

「平たく言うと死者蘇生かな。成長できずに死んじゃった子供とかそういうの」

 

「……笑えない冗談だ。しかもずいぶん詳しいんだな、アンタ」

 

「冗談じゃないって。少なくとも儀式をやってる人たちにとっては」

 

飴を咥えたまま貴透が落ちた瓦礫をひっくり返したり、朽ちた手水所を覗き込んだりしているのを日下部は遠巻きに眺める。

 

死人が蘇るなんてありえない。だが、それを教義として掲げていたカルト教団の存在は夜蛾に聞かされていた。とっくの昔に解体され、目の前の女を生み出したであろう組織は、崇拝する神による「産み直し」を謳って信者を集めていた。

 

母は強しと言うが、強いのはあくまで守るべき子供がいるからだ。子供を亡くした母親ほど脆く、弱い存在はない。

もう二度と戻らない過去に縋らなければ生きていけないほどに。

 

そんな残酷な現実を日下部はいやというほど知っている。

 

「んーいない。あとは拝殿の中ぐらいか」

 

「アンタが探すなら俺いなくてもよくないか」

 

「ダメ。たぶんそっちが回収しなきゃいけないモノもあると思うよ」

 

日下部のコートの裾を掴み、貴透は拝殿へ進んでいく。ものすごく行きたくない。

この神社に入ってから感じていた異臭。鉄臭さに混じって漂ってきているそれは拝殿に近付くほどに強くなる。経年劣化で歪んだ扉を開けてはならないと、理由もなく強く感じる。

 

日下部の嫌な予感はまさに正しかった。

 

貴透が開け放った扉の奥から、生ゴミを長期間放置したような強烈な悪臭が脳に直接突き刺さる。えずきそうになって口を押さえた。横の貴透はこんな状況でも平然とチュッパチャップスを口の中で転がしている。

 

埃っぽい拝殿のなかで人間が倒れていた。上半身が欠損していて男か女かの区別はここからではつかない。そして遺体の横に何かが蠢いていた。

赤子くらいの大きさのそれは体表をひっくり返したような見た目をしていた。粘膜や内臓のような部位が剥き出しになり、粘着質な音を立てながら遺体に寄り添っている。異臭の元は間違いなくこれだ。

 

「あれは……」

 

「生き返った子供、のなり損ないみたいなもんかな。神様って意外と万能じゃないらしいよ」

 

刀に手をかける日下部とは対照的に、貴透はなんの警戒もなしに蠢く肉塊に近づいていく。

下半身だけになった遺体のすぐ横に落ちていた物を拾い上げる。

簡素な表紙にホチキス止めされた冊子だった。血がところどころに付着したそれをパラパラとめくる。

 

「写本、にしてはずいぶん雑だなぁ。誰がこんなもの作ってるんだろ」

 

ざっと目を通し終えて冊子を日下部に放る。

 

「今は中を読まないほうが良いよ。まあ読んでもあんまり分かんないとは思うけど」

 

「なんだこれ」

 

「呪具というかなんというか。一般人の手に渡っていいものじゃないことは確かだね。高専に処分は任せるよ」

 

「その肉塊もか」

 

日下部は抜刀した刀の切っ先を貴透の足元に向ける。

生物かどうかすら怪しい。しかし、生かしておいてはいけないモノだと日下部は確信している。

そもそも刀で切れるのかも分からないが、おそらく存在させておくこと自体が禁忌のものだ。

 

「いや、この子は放っておいても害はないよ。体組織はたぶん人間と一緒だから、あと一、二時間くらいで死んじゃうと思う」

 

「死んだとして、その後に何も起きないとなぜ言い切れる。そもそも呪詛師のオマエを信用する道理がこちらにはない」

 

「そりゃそうなんだけど……。ちゃんと火葬するから大丈夫だって」

 

貴透はためらいなく肉塊を優しい手付きで抱き上げる。

 

「私もこの子と同じ。人間になりきれなかった、『貴透由衣』の情報を持った()()でしかない」

 

ゆらゆら空を掻く触手を指先でつつくと、くるりと巻き付く。まるで、赤子が母の指先を握るかのように。

 

「でも、産まれたからにはやっぱり生きたいものなんだよね」

 

小さく笑う横顔は、ひどく人間らしく見えた。

 

 

 

「日下部さん!」

 

石段を降りると、焦った表情の男が駆け寄ってきた。今回、日下部のサポートとして現地まで共に来ていた補助監督の灰原だ。

 

「よかったあ。帳が上がってもなかなか出てこないからてっきり死んじゃったのかと。……なんか日下部さん、変な臭いしません?」

 

「言うな」

 

灰原に呪符で巻かれた冊子を投げ渡す。封印がどれほど効果があるか分からないが無いよりはマシだ。

ついでにポケットからチュッパチャプスを引っ張り出し灰原の手にのせる。

 

「オマエの同級生に会ったぞ」

 

その一言で灰原の顔からすとん、と表情が抜け落ちた。普段は活発に輝いている瞳が揺らいでいる。

 

「気がついたら消えてたがな。幽霊よりタチが悪い。正直、あれは生かしといて良いやつじゃない。今回は敵意がなかったが、もし一対一(サシ)で戦わなきゃならないって状況になったらと思うとゾッとする」

 

日下部はため息をつきながら石段に腰を下ろす。服越しに伝わる石の冷たさを感じながら灰原を見上げる。

 

「オマエ、あんなのがマジで人間に戻れると思ってんのか?」

 

少しの間をおいて、灰原に表情が戻った。いつもの裏表のない笑顔ではなく、貼り付けたようなどこか嘘くさい笑顔だった。

 

「まさか。そこまで楽観視できるほど僕も子供じゃないですよ」

 

「じゃあなんで探してる」

 

「そりゃ……」

 

灰原は学生のときよりも大きくなった手のひらに転がる棒つき飴を見下ろす。ぐっと力を入れて握りこむ。

 

「一発ぶん殴ってやるためですよ」

 

拳の中で飴が砕ける音がした。

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