呪術師と駄菓子と人殺し   作:サイnon

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【2】ビッグカツ

呪術師はたとえ高校生であったとしても命懸けの任務に身を投じなければならない。人の負の感情の塊である呪いを祓い、日常的な命のやり取りに耐えるにはある程度イカれている必要がある。

こいつはそれとはまた別のベクトルでイカれている、と七海は視界の斜め下で跳ねまくっている茶髪を見ながら思った。

 

先ほどまで相手にしていた呪霊は本当に最悪だった。見た目はモロに吐瀉物だったし、巨体から強烈な悪臭を放っていた。それで執拗にこちらに突進してくるのだから堪ったものではない。祓い終わるころには七海も灰原も完全にグロッキーだった。

ぐったりしている二人の横で貴透はポケットを漁り、細長い袋を引っ張り出す。白と赤のパッケージには揚げ物の写真がプリントがされている。

一見すると衣だけのそれに貴透は躊躇い無くかじりついた。中々噛み切れないのかもにょもにょと口を動かしている。

その光景に七海は口元を押さえて目を背けた。幸か不幸か鼻は呪霊のお陰で麻痺しており、油の臭いを拾うことはなかったが今は何かを食べる行為を見ることすらしんどい。夕飯はやめておいた方がいいだろう。

灰原も今日は菓子をねだる気力がないのか大人しくしている。

 

「食べる?」

 

「いや、流石にいらない…。貴透よく食べられるね」

 

「食べるのは勝手ですがせめて5mほど離れてくれませんか」

 

「どうせ鼻逝っちゃってんでしょ?臭わないなら良いじゃん」

 

「視界に入ることが不快です」

 

「軟弱者どもめ」

 

鼻で笑いながらも二人の目には入らないように背を向けてやる。

数日前とうって変わって貴透は元気だ。なぜあの呪霊を相手にした後に平然と物が食べられるのに、体調が悪いときはすぐに吐くのか灰原も七海も疑問でならない。メンタルだけ鋼を通り越して金剛石でできていそうだ。

 

「これ名前はビッグカツだけど中は肉じゃなくて魚のすり身らしいよ」

 

どうでもいい豆知識を聞き流しながら七海は早く補助監督が来るのを願う。

 

 

 

「じゃ、お疲れ」

 

車に乗る二人のポケットにビッグカツをねじ込み、貴透は手を振る。

 

「え、帰らないの?」

 

「帰んないよ。寄るとこあるし」

 

「その悪臭が染み付いた服でどこに行くって言うんです」

 

「もうストックが切れそうなんだよ」

 

ストックとは即ち駄菓子のである。

彼女は任務が終わると度々ふらりといなくなり地元の駄菓子屋を巡って買い込んでいた。金のほとんどをつぎ込んでるのではないかと疑うほどだ。以前怒った七海が縛りまでして「駄菓子は一日二つまで」と約束させたが、買う数も制限をつければ良かったと今更ながら後悔する。

バックミラー越しに手を振る貴透の顔は生き生きとしていて、七海は盛大に舌打ちをした。

 

貴透は事前にチェックしていた道を鼻歌交じりに歩く。

任務前にその土地の地図とにらめっこし、ネットで情報を集めるのが習慣になっていた。意外と大人になっても駄菓子の魅力に囚われたままの人は多く、巡ったおすすめの店がブログなどで紹介されていることも珍しくない。

駄菓子屋はたいてい繁華街よりも住宅街のど真ん中や商店街の外れにある。地元の人しか通らないであろう裏道を辿るのも醍醐味の一つだ。

ふと、先ほど七海に言われたことを思い出す。そんなに臭いだろうかと袖口を嗅いでみるが鼻がマヒしたままでよく分からない。流石に悪臭をまき散らしながら店に入るのはマナーがなってなさすぎる。とりあえず呪霊の血がついた上着を脱いで適当に丸めてから近場のゴミ捨て場に放り投げる。これで少しはマシだろう。どうせ替えは腐るほどあるのだ。

 

何を買おうか、何をしようか。確かこれから向かう店はレトロゲームの筐体が店先にあったはずだ。昔自分が通っていた店はゲームのコイン認識が壊れており、コツさえつかめば百円一枚で二、三時間は余裕で遊んでいられた。流石にこの年齢でそこまでセコいことはしないが、昔より金がある分堂々と長時間遊べる。

期待に胸を膨らませ、足取り軽く踏み出した一歩で足元を這っていた蠅頭を踏みつぶした。

 

 

 

女は抑えきれない期待を胸に成り行きを見守っていた。

数日前に出会った少年は呪霊が見える体質ゆえに同級生から仲間外れにされていたそうだ。自分も同じものが見える、と少年に笑顔と同情を向ければすぐにこちらに懐いてきた。

友達をつくる方法を教えてあげるから、あの子たちを連れておいで。耳元で囁かれた悪魔の言葉に少年は従順だった。約束だよ、と目を潤ませながら駄菓子屋の前でたむろする同級生たちのもとに向かって行った少年を見送ってから女は下品に口元を歪める。

女の獲物は幼い子供だ。純粋な目と愛らしい顔を恐怖と苦痛に染めるのが何より楽しい。術式を使ってその表情のまま形を固定してしまえば女専用の愛玩人形に早変わりだ。あの少年も一緒に人形になってくれる友達がいれば寂しくないだろう。

しゃがみこんだままじっと視線を店先に向ける。

さあ、早く連れて来い。早く。早く。早く。

 

「ねえ」

 

唐突に背後からかけられた声に振り返る。ワイシャツ姿の少女だ。妙な悪臭が鼻をつく。どんな顔なのか逆光でよく見えない。

 

「子供の楽園を覗き見するなよ」

 

言葉の意味を理解するより前に降り降ろされた刃によって女の意識は刈り取られた。

 

 

「なんだよ、何か用かよ」

 

リーダー格の少年のもの言いに気圧される。

連れておいでと言われたもののどう連れて行くかについて彼は完全に無策だった。でも、友達になるためにはここで踏ん張らなければ。と決意したはいいが何を言えばいいのか。

言うべき言葉が見つからず口をもごもごさせていた少年の頭上に何かが落ちてきた。手に取ったそれは少年にも馴染みがある赤と白に揚げ物がプリントされたパッケージだ。

 

「君たちここの常連?」

 

逆光でよく見えないはずの顔が優しく微笑んでいる気がした。

 

「ねーちゃん誰」

 

「うわ!なんか変な臭いする!」

 

「くっせー!」

 

「え、マジで?そんなに臭い?」

 

慌てた様子で自身の服に鼻を近づける彼女をよそに同級生たちは放り出していたランドセルを抱え蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 

「逃げるぞ!」

 

一人が少年の腕をとって走り出す。足をもつれさせながら必死について行く。何だかくすぐったくて息を切らしながら少年は笑った。悪魔の囁いた約束など、とうに頭からかき消えていた。

 

走っていく小学生たちを見送り、貴透はちょっぴり凹んでいた。そんな必死に逃げることないじゃん。くせーのは謝るけど。

気を取り直して駄菓子屋に入ろうとして、足を止める。携帯を取り出していつもの番号を呼び出す。

 

「星川さん?貴透でーす。この前言ってた呪詛師の女の人たまたま見つけたんでいただいときました。隠してあるんで処理お願いします」

 

住所を手短に伝え、携帯の電源を切った。傷ついた心を癒すためにも今日は奮発しよう。後に待ち受けるだろう七海からの説教を頭の片隅に追いやり彼女は店の中に消えた。

 

 

 

深夜に灰原は目を覚ました。

高専に戻ってからも食欲はわかず、臭いの取れない制服をゴミ箱にシュートして布団にくるまった。

ようやく嗅覚が戻ってきている。まだ鼻の奥に残っている気がする臭気を押し出すように深呼吸するとそれに呼応して腹が鳴った。冷蔵庫を見てみるが水くらいしか入っていない。がっくりと肩を落としてベッドに戻ろうとしたとき、別れ際に貴透に押し付けられた菓子の存在を思い出す。制服を捨てる時にポケットの中身を机の上に避難させたはずだ。

お目当てのものはすぐに見つかった。薄いビニールを破ると油のチープな匂いが食欲を刺激した。一口で半分を齧りとる。じゅわっとジューシーな衣が美味しい。もきゅもきゅと弾力を噛みしめながらパッケージ裏の成分表を読む。彼女の言葉通りに成分の先頭には魚のすり身の文字があった。

 

「身近だけど案外知らないもんだなあ」

 

ぽつりとひとりごちる。

思えば数か月も一緒にいるのに貴透由衣という人物の事をあまり知らない。なぜ呪術師になったのかも、あんなにも身体が弱いのかも、病的なまでに駄菓子に固執するのかも。

長い付き合いが良いというのは紛れもない本音だ。しかし、それが現実的な願いではないことを灰原は既に知っている。呪術師の世界はいつ隣にいる人がいなくなるか分からない。

 

「うん。明日聞いてみるか」

 

思い立ったが吉日。できることはすぐに実行するに限る。それが手を伸ばせばすぐ届くものならなおさら。

二口でビッグカツを完食して灰原は再び布団にもぐる。明日も授業がある。目を閉じて羊を数えるが、またすぐに起き上がった。

しまった。中途半端に食べたせいで余計に空腹感が強まってしまった。この時間では七海の部屋に助けを求めに行くこともできない。

ひもじさに打ちひしがれながら灰原は早く朝が来ることを祈った。

 

 

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