呪術師と駄菓子と人殺し   作:サイnon

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※かなり生々しい表現があるのでご注意ください。あと、パパ黒ファンの皆様ごめんなさい。


【7】ミルクキャラメル 大箱

朝日がカーテンの間から差し込み、貴透は目を覚ました。

いつも通りの寮の自室。だが、決定的にいつもと違うことがあった。

 

「…ん?」

 

自分の目蓋はこんなに軽かっただろうか。

 

貴透は朝に弱い。普段は起床時間に爆音の目覚ましを複数セットしておかないと起きられず、起きれても30分以上はベッドの上で悶えながら眠気やだるさと戦うのが常だ。しかし、今日は目覚ましの5分前に自然と起きた。身体にのしかかるだるさもない。頭はすっきりと冴えていて、すぐに身体を動かせそうだ。

ここまで体調が良かったことは生まれて初めてかもしれない。

 

「マジで?」

 

すごい。鏖殺効果すっごい。いっそ呪術師ではなくガチの殺人鬼に転職してしまおうかとすら思える。いやまあ既に殺人鬼ではあるけども。

 

起き上がろうとすると下腹にどろりとした嫌な感触があった。女特有の憂鬱な感覚。それすら今は気にならなかった。

 

これがいつもの体調不良にかぶるとそれはもう悲惨だ。気絶したほうがマシに思える激痛には市販の鎮痛剤なんて効くはずもなく、内臓をミキサーで掻き回されているような痛みに歯ぎしりし、病院で処方された鎮静剤で無理やり眠ることの繰り返し。しかもそれを約一週間耐えなくてはならない。生き地獄もいいところである。

 

「今日は薬いらないかもなぁ…」

 

独り言をこぼしながら制服に着替えようとして手を止める。

 

こんなに体調が良いのに一人ぼっちの教室に行くなんて不毛ではなかろうか。任務が伸びたと連絡があった同期はおそらく昼過ぎにならないと沖縄から帰ってこない。

昨日、着替えた後に買い物に行こうとしたが、移動で車に揺られた瞬間に寝落ちし気が付いたら深夜だった。今は持て余しているキャラメルへの欲求を満たすべきではなかろうか。

 

決断は早かった。制服をクローゼットに戻し、ネイビーの半袖ワンピースに腕を通す。カバンに携帯と財布を突っ込みスキップで部屋を出た。

 

 

 

五条は脳髄をチリチリと炙られるような感覚を誤魔化すようにミルクキャラメルを口に突っ込んだ。

 

星奬体の護衛は今日が最終日だ。

つかの間の沖縄観光を終え、空港から高専の専用車に乗り込んだ。天内の懸賞金は既に取り下げられているとはいえ高専結界内に入るまでは油断できない。今までにない長時間の術式発動と睡眠なしでの移動に確実に疲労は蓄積していた。糖分を摂取して途切れそうになる集中力をなんとか持たせている。

 

口の中で喉に張り付くような甘味を転がしていると、隣から生温い視線を感じた。

鬱陶しいから目は合わせない。

 

「……なんだよ」

 

「いや、役に立ってるんだなって。貰っておいて良かったじゃないか」

 

「うるさい」

 

五条の右ポケットに収まっているオレンジ色の箱は貴透からの貰い物だ。

 

以前のわたパチ事件以来、貴透はたびたび二年の教室に現れては五条に菓子を押し付けていた。

本人曰く「布教活動」なのだとか。布教というより洗脳ではないかと思う。受け取らないと能面のような表情で「なんでですか」と連呼してくる。ハシビロコウを思わせる虚無な瞳はなかなか怖いのだ。

ちなみに、毎度同じ場に居合わせる同級生二人が助けてくれたことは一度もない。

 

星奬体の護衛任務が決まったときもふらりとやって来てキャラメルを五条と夏油に押し付けて帰っていった。

ポケットに入れっぱなしにしていた菓子が役立つとは思ってもいなかった。

 

「なんなら私の分もあげようか?」

 

「もうすぐ高専着くしいらねぇ」

 

夏油が差し出す未開封の箱を一瞥してまた車窓に視線を戻す。箱の中身はあと一つ。それが無くなるまでには終わるだろう。

 

終わるはず、だった。

 

筵山麓から参道を上り、高専の結界の中に辿り着く。長いようで短かった小旅行の終着点。

安堵の表情を浮かべる天内と少し複雑そうな黒井。夏油の労いの言葉とともに軽口をたたいて術式を解いた。

 

その刹那、五条の体を銀色の刃が貫いた。

 

 

 

数時間前。伏黒甚爾は「星の子の家」にいた。

もぬけの殻となった建物内には強烈な血の匂いが充満していた。天与呪縛により常人より遥かに優れた嗅覚を持つ伏黒は思わず顔をしかめる。残穢どころか血痕すら残っていないが、つい先日ここで虐殺が起きたのは間違いないだろう。

 

伏黒がわざわざこの場所に訪れたのは、他でもない『呪詛師殺し』の情報を集めるためだ。仕事の邪魔をされたこと以上に面倒だった諸々の下準備をおじゃんにされたことが我慢ならない。一方的にコケにされたままでいられるわけがなかった。

 

「マジでなんもねぇな」

 

人間がいた痕跡はある。しかし、起こったであろう虐殺の跡は気味が悪いほど神経質に消されていた。こんなに大掛かりなことを一個人だけで出来るとは考えにくい。呪詛師殺しが複数犯もしくは何らかの組織だとすると少々厄介だ。

 

建物の奥へ進むと、仰々しい飾りに隠されていた通路があった。一本道のそこは真っすぐに外へつながる扉へ通じている。ここだけ血の匂いが薄かった。だからこそ、普通の人間なら嗅ぎ分けられない僅かな残り香に伏黒だけが気が付いた。

甘い香り。

凄惨な場所に不釣り合いな香りには不思議な懐かしさがあったがどこで嗅いだものか思い出せない。だが、手掛かりは掴んだ。

伏黒は一人口の端を釣り上げた。

 

結論から言えば、それは手掛かりというにはあまりにも頼りなかった。

匂いは道路で完全に途切れており、周囲を捜索しても繋がるものが見つからない。どうしたものかと捜索の範囲を広げていると、一台の車が通りすぎていった。

スモークガラスのワンボックスは一見するとただの一般車両だが、『そちら側』の人間なら分かる専用ナンバーをくっ付けていた。要人警護用の呪術高専専用車。

それが通った瞬間、探していた香りが鼻をかすめて行った。

どうやら下準備は無駄ではなかったらしい。

 

 

 

普通ならまずは弱い奴を人質に取り、情報を引き出すのがセオリーだろう。が、そんな悠長なことは無下限術式相手にやっても返り討ちにあうだけだ。ならば削れている所をさっさと叩いてもう一人の術師に聞くのが手っ取り早い。

 

「っつーのもまあ建前なんだがな」

 

血だまりに沈んだ五条の頭を踏みつける。

金づると仕事を台無しにされた伏黒はそこそこ、かなり、イラついていた。そして、目の前には自分という存在を散々見下してきた呪術師という存在。

つまりは五条を殺したのは完全に八つ当たりだった。

 

後は逃げた術師と星奬体を追うだけだったが、伏黒はその場に留まっていた。というのも、戦闘中から気になっていた匂いが五条からするのだ。正確には彼の右ポケットから。

足で死体を転がして、血で汚れたポケットに手を突っ込む。

 

「あ?」

 

出てきたのはオレンジ色の小さな箱。それが記憶の隅をつついた。

思い出した。どこでこの匂いを嗅いだのか。

 

『甚爾くん、あーん』

 

もはや声色すら忘れてしまった、否、伏黒が意図的に忘れようとしていたもう二度と戻らない光景。

穏やかに微笑む彼女はそれを食べる時必ず伏黒に分け与えた。別に好きじゃないと答える彼に、二人で食べたほうが美味しいからと口の前に差し出した。

子供が生まれた時、今度は三人で分けないとねなんて言いながら腕の中の赤子をあやしていた。

 

太ももにナイフを突き立てて溢れそうになる記憶をせき止める。思い出すな。それは捨てると決めただろう。

 

完全にやる気が削がれてしまった。こんなものどこの売店でも売っているため、手掛かりですらない。なにより、これ以上記憶のかさぶたを剥がしたくない。

箱の底に残っていた最後の一個を遠くに放る。空になった箱を死体の上に落とし、伏黒は参道を下りた。

 

ぴくりと動いた五条の指先に気付かないまま。

 

 

 

伏黒は仏頂面のままこの後をどうするか思案する。

五条を殺して多少溜飲が下がったものの、呪詛師殺しの捜索は完全に手詰まりになってしまった。協力を仰ごうにも時雨はもうこの件には手を貸してくれないだろう。それにこれ以上金にもならない働きはしたくない。

 

腹の底に溜まった鬱憤を手近なゴミバケツにぶつけた。蹴り上げたバケツから吹っ飛んだ空き缶は宙を舞う。そして、手前の店から出てきた少女の頭にカコーンと良い音を立ててクリーンヒットした。

 

「いったぁ!?」

 

尻餅をついた衝撃で右手に提げていたビニール袋の中身が地面に転がる。

少女の非難がましい視線が伏黒に向けられる。一ミリも悪く思っていない口調で「悪ぃ、悪ぃ」と言いながら通りすぎようとした伏黒の足が止まった。

足元に転がっていたのはつい先ほども見たオレンジ色の箱。ため息をつきながら散らばった菓子を拾い集める彼女からは強烈な血の匂いがした。

 

一瞬、脳裏に『呪詛師殺し』の文字が浮かぶ。

いやいや、飛んできた空き缶を避けられもしない女がそんなわけ、と頭では否定するが彼女から発せられる匂いは気のせいではない。

気取られないように拳を固める。

 

「悪かったな、ホラよ」

 

少し凹んだ箱を拾い上げて差し出す。渋々といった表情でそれを受け取ろうと伸ばされた腕を掴んだ。少女は驚いて腕を引こうとしたがびくともしない。

 

「え、なに」

 

「その匂いはどこでつけてきた?」

 

「は?」

 

「血の匂い」

 

訳が分からないという顔をした彼女は数秒言われたことの意味を考えて沈黙する。

そして理解した瞬間、伏黒に対してゴミを見るような目付きになった。

 

その視線に伏黒は覚えがあった。

まだ子供が生まれる前。そのときは籍を入れておらず同棲中だった妻に血の匂いがするとうっかり指摘してしまったときの目だ。

いつも温厚だった彼女の笑顔が一気に氷点下まで下がった瞬間だった。

言い訳をするなら怪我を心配していただけで、女のあれそれについては完全に失念していた。

 

「なに、オジサンそういうことを指摘する専門の変態とかだったりすんの?」

 

「おい待て違う」

 

致命的な勘違いをされていた。

それ以前に嫌がる少女の腕を掴む男という図は第三者から見れば立派に事案である。

拘束が緩んだ伏黒の手を振り払って少女は立ち上がる。

 

「それあげるから近寄らないで」

 

「話聞けよ」

 

「あ、ついでにこれもあげる」

 

放り投げられたのは手元の箱と全く同じパッケージ。を三倍くらいにした大箱だった。

 

「ノリで買っちゃったけど、これからお土産が来るの忘れてて困ってたんだよね。奥さんかお子さんにでもあげて。いるか知らないけど」

 

それだけ言うと彼女は小走りで去っていく。

雑に記憶のかさぶたを引っぺがされ、追いかけることもできず、伏黒は懐かしい香りのする二つの箱を手に立ち尽くした。

 

 

 

「あっ」

 

音程の異なる声が重なった。

報告を終えた七海と灰原は寮へと戻ってきたところだった。門の前で貴透と鉢合わせる。七海は私服姿で片手に袋を提げた彼女を見て、授業をバックレたことを察した。

 

「おかえり!寂しかった!」

 

両手を広げて駆け寄る光景はドラマのワンシーンの様だ。そのまま彼女は二人に、ではなく灰原の持つ土産物の袋に抱き着いた。

 

「現金だなー」

 

「塩せんべい!アンダカシー!砂糖菓子!」

 

「絶対に買ってきて」とメールで送り付けていた菓子の名前を呼びながら袋に頬擦りする貴透の首根っこを七海が掴んで引き離す。

 

「ずいぶん元気、というか顔色が良いですね」

 

「お土産効果だって」

 

「定番のちんすこうとサーターアンダギーも買ってきたけどたべ」

 

「食べる」

 

食い気味な即答に灰原は笑ってしまった。飲み物はどうしようかと話しながら寮の共有スペースへと向かう。ふと、貴透が立ち止まる。

 

「ねぇ、私匂う?」

 

「え、別にそんなことないけど。なんで?」

 

「いや…、今日変態に嗅がれたから」

 

「は?」

 

七海の額に青筋が浮かんだ。

 

 

 

 

「……悟?」

 

疑問形になってしまったのは無理からぬことだった。天内と黒井を引き連れて薨星宮から戻ると、血塗れの五条が一人佇んでいた。

別れたときと明らかに雰囲気が違う。感情の抜け落ちた虚ろな瞳で手元の血に汚れたキャラメルの箱を見つめていた。

まるで、人間ではない()()に成ってしまったかのような。

吸い込まれそうな蒼の瞳がこちらを向く。

 

「傑、早かったな」

 

「あ、ああ。大丈夫か?アイツは…」

 

「逃げた。でも、追うより優先することがあんだろ」

 

夏油の背後にいる天内に視線が向けられる。泣き腫らした顔の彼女は五条に一瞬だけ怯えた表情を浮かべる。

 

「アイツだろうと天元様だろうと、今の()なら負けねぇよ」

 

握られていた小箱は手の中で塵となって消えた。

 

 

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