呪術師と駄菓子と人殺し   作:サイnon

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サイコサスペンスではなく日常回です。
行方不明者の数は1D100で決めました。


【8】ヤンヤンつけボー

夜蛾は職員室で腕組みをしながら物思いに耽っていた。

 

机上には高専一年生の貴透由衣の経歴資料が並んでいる。

中学三年のとき低級呪霊を自力で祓ったことで高専にスカウトされた。部活には入っておらず、学校では孤立気味だった。

ここまではとくに不審な点は見られない。一般家庭出身で呪いが見えてしまう子供はどうしても周囲から浮いてしまう。そういった子供に居場所を与え、力の使い方を教えるのが呪術高専の役割だ。

 

夜蛾の目に留まったのは彼女の家庭環境の項目だ。

母親の貴透藍子はシングルマザーであった。結婚も入籍もせず由衣を産み、たった一人で彼女を育てていた。そして、由衣が小学校六年生のときから重度の統合失調症を患って入院していたらしい。てっきり母親も見える人間で呪霊のせいで心を病んでしまったのかと考えていたが、身辺調査ではそんな情報は無かったようだ。

 

『■■精神病院にて、屋上から投身自殺。即死。ベッドの拘束具を外して脱走したものと思われる。』

 

痛ましいことだ。由衣が中学一年生のとき、母親は自ら命を絶っていた。

 

夜蛾が気になったのは入院先だった病院の名前だ。表沙汰にはされていないが、その精神病院ではしばしば行方不明者が出ていた。

精神病院で患者が脱走して行方不明になることはままある。が、問題はその数だ。

母親の藍子が入院してから行方不明となった人間の平均値がわずかに増えていた。気にしなければ誤差の範囲だろう。しかし、藍子が自殺し由衣が遠方の親戚に引き取られた時期を境に数字は入院前の推移に戻っている。一年にも満たない短い期間での変化。

 

これは本当に誤差だったのだろうか。

 

そんな疑念を抱いた理由は他にもある。

母親を亡くしてから由衣は親戚を転々としていた。環境が合わなかったのか、かなりの頻度であちこちたらい回しにされており、ひどい時は1ヶ月も経たずに引っ越している。

 

そして彼女がいた期間、その地域では呪霊による呪殺被害者数がまた僅かにだが増えていた。

地域ごとに単体で見ればとても小さな変化であり、気に留めるほどのことでもないだろう。

 

貴透由衣という存在を除けば。

 

極めつけが数週間前に起こった『盤星教信者集団行方不明事件』だ。

天元様を信仰し呪術界とそりの合わなかった宗教団体は星奬体の同化に当然干渉してきた。しかし、途中から盤星教による妨害がぱったりと途絶えた。元々問題があった団体であり星奬体護衛が終わったら解体する予定だったため、天内理子が同化を拒んだと五条から連絡が入ってすぐ高専の術師たちは本部である「星の子の家」に向かった。

 

そこには何もなかった。

呪術界側に関わる上役どころか一般の信者すら姿が見えない。

こちらの動きを察知して逃げたのかと思われたが、都内にある他の盤星教施設はパニック状態だったという。もちろん、呪霊による集団神隠しの可能性がまず疑われたが、そんな痕跡は一切見つかっていない。

 

調査の結果、代表役員であった園田茂をはじめ教団の中心幹部と一般信者総勢56名が謎の失踪を遂げていたことが明らかになった。

 

失踪事件が起こったのは五条、夏油、七海、灰原の四名が沖縄で星奬体の護衛にあたっていた日と推測される。その日は貴透は一人で任務に赴いていたはずだ。といってもまだ四級術師である彼女は一人で任務はこなせないため、現地で二級術師と合流している。そのことについては当該の術師に確認が取れている。

その任務にあたった場所が「星の子の家」とそう遠くない距離にあった。車なら数時間もせず行けるだろう。

補助監督として付き添ったのは上層部と懇意にしていると噂がある星川という男。

 

そして、貴透由衣をスカウトしたのも星川だ。

 

貴透由衣、行方不明、呪殺、星川。

果たしてこれは偶然なのか。

まだ点と点は線で繋がらない。判断材料が足りないせいだ。

 

ひとしきり悩んでから夜蛾は電話を取った。

 

「ああ、すまんが頼みたい。より詳しい身辺情報が欲しい。だが極秘にだ。上にも絶対知られるな」

 

通話を切って深く息を吐く。

 

もし、仮に、貴透が何か良くないことに関わっているとしたら。

それが大人の悪意によるものなのだとしたら。

絶対に保護しなければならない。子供は守られる存在であり、利用されるものではない。

 

教職者として、大人として、夜蛾には彼女を守る責務があるのだから。

 

 

 

天内理子は不安にかられながら帰り道を早足で進んでいた。

縋るようにスクールバッグのショルダーを握り締める。

 

星奬体の責務から解放された日から天内の生活は劇的にとはいかないまでも確かに変化した。

普通に学校に通える喜び。帰りに友達とファミレスに行くことも、カラオケに行くことも誰にも咎められない。

休日は門限があるが、以前よりはずっと自由だ。

与えられた平穏を天内は存分に享受していた。

 

一つだけ、気がかりなことといえばあの三日間自分を守ってくれた五条についてだ。

夏油に連れられて薨星宮から戻ったときの彼は異様だった。一日前まで海でふざけ合っていたのとはまるで別人のような雰囲気。

 

恐ろしいと思ってしまった。

 

あの時怯えるのではなく、ボロボロになってまで守ってくれた彼に、自分の選択を尊重してくれた彼に、お礼を言わなければいけなかったのに。

夏油は「悟は気にしないよ」と言ってくれたが、自分の気持ちに整理がつけられなかった。

それからなんとなく気まずくなってしまい連絡が取れずにいる。

 

今も、後ろから迫る足音を聞きながらも助けを呼べていないのはそんな理由からだった。

 

涙目になりながら角を曲がる。

最初は勘違いだと思った。一度色々な人間に狙われたから過敏になっているだけだと信じたかった。

そんな期待を裏切るように背後の何者かはずっと自分の足跡を追ってきている。

気が付けば人通りのない路地へと迷い込んでいた。

いつの間にか携帯の電波も圏外になっている。黒井に連絡を取ることすらできない。

 

前も後ろも見ることが怖くて、地面に視線を落として走り出した。だから、前に現れた人影に勢いのまま突っ込んでしまった。

 

「うわ!?」

 

「きゃっ!」

 

ぶつかった誰かごと転倒する。下敷きになった人がクッションになったことで天内に痛みはなかった。

下にいたのは天内と同い年くらいの女の子だ。ふわふわの茶髪が特徴的な彼女は痛みに呻いている。

 

「ご、ごめんなさい!大丈夫ですか?」

 

「背中とか尻とか頭突きくらった顎とか色々痛い」

 

「ごめんなさ…」

 

ハッとして後ろを見る。薄暗い路地には誰もおらず、足音はしなくなっている。安堵で力が抜けた。

 

「あのー、どいてほしいんだけど」

 

「あ、は、はい。…あれ?」

 

膝にまったく力が入らない。

 

「すみません、腰が抜けました…」

 

「えっ」

 

 

 

細い背中に揺られて、天内は見知らぬ商店の前に連れて来られていた。

女の子は「ここじゃなんだから」と言って軽々と天内を背負って歩き、天内は羞恥と申し訳なさで大人しく彼女の背中で縮こまっているしかなかった。

 

「あー、とうちゃんだ」

 

「だれその子、人さらい?」

 

「攫っとらんわ」

 

店先にいる小学生と会話しながら、自販機横のベンチに天内を降ろす。

 

「あの、ほんとにすみません…」

 

「あ、擦りむいてる」

 

「え」

 

指さされた天内の膝から血が垂れていた。先ほどは焦りとぶつかった衝撃で気が付かなかったが転んだ時に擦っていたようだ。女の子は天内を置いて店に入っていってしまった。

どうすればいいか分からずとりあえず大人しくベンチで待っていると、先ほどの小学生たちが隣に座る。

 

「あんた、とうちゃんの友達?」

 

「とうちゃん?」

 

「おんぶしてた人。友達じゃないならやっぱりさらわれたの?」

 

「いや、うーん…」

 

返答に困ってしまう。迷惑をかけたのはこちらだが攫われたというのも今の状況だとあながち間違いではないのだろうか。

どう回答するか悩んでいると「とうちゃん」が救急箱とパンダのイラストがプリントされた赤いカップを持って戻ってきた。

 

「とうちゃん人さらいは犯罪だよ」

 

「みのしろ金五億万円ようきゅうする?」

 

「しないってば。マコもヨーコもこれあげるからさっさと塾行きな。またママに怒られても知らないよ」

 

「はあい」

 

「みのしろ金わけてねー」

 

「ヤダ」

 

赤いカップを持ってランドセルを背負った二人は遠ざかっていった。同じものを天内にも手渡し、彼女は膝の手当てを始める。

先に沈黙に耐え切れなくなったのは天内だった。

 

「…あの、とうちゃんって」

 

「ん?ああ、あだ名。ややこしいから別のにしてほしいんだけどね。はい、終わり」

 

絆創膏が貼られた膝をペシンと叩かれ天内は飛び上がった。なんで最後の最後に雑な扱いになったのか解せない。

痛みに耐える天内の手からカップを取り上げて蓋を開ける。中にはスティック状のビスケットと茶色のペースト、白い顆粒が入っていた。

ビスケットをペーストにつけてボリボリ咀嚼する彼女はこちらにカップを差し出した。

 

「えっと」

 

「二度漬け禁止ね。トッピングは好きにつけていいけど」

 

「あ、はい」

 

流されるまま見よう見まねでビスケットを口に運ぶ。少し固めのビスケットにとろりとしたチョコレートクリームが合う。食べたことのないお菓子だが不思議と懐かしい味がした。

 

「なんか追っかけられてたの?」

 

「え」

 

「すごい勢いで走ってたから。あの辺不審者多いから通らないほうがいいよ」

 

「いや、でも勘違いじゃないかなって…。振り返ったら誰もいませんでしたし」

 

「いやいや、気のせいですますのって危ないんだよ。この世には出会い頭に人の匂い嗅いでくる変態とかいるし」

 

鳥肌が立った。天内が思っている以上に世界には変な人がいるらしい。

 

「…実は誰かに追いかけられて、気が付いたらあの路地に入ってしまって。と、友達に連絡しようかとも思ったんですけど、ちょっと今ギクシャクしちゃってて」

 

「んー。喧嘩中?」

 

「私が一方的に気まずくなってるというか…」

 

彼女はうーん、と考える仕草をしながらビスケットを齧っている。天内は差し出されているカップから二本目を取って今度は白っぽい顆粒も付けてみた。チョコの甘味にザクザクした食感がプラスされて美味しい。

 

「名前何だっけ」

 

「理子です」

 

「理子ちゃんはどうしたいの?」

 

「私は…」

 

ふと、夏油とのやり取りを思い出した。

同化か、帰るか。二人とも星奬体ではなく天内理子としての意思を尊重してくれた。だからこそ、天内も自分の本音を包み隠さずに話した。もっと皆と一緒にいたい。色んな場所に行きたい。色んな物を見たい。

もっと生きていたい。

 

「私は、繋がりを終わらせたくない。こんな形で疎遠になりたくない」

 

まだちゃんと感謝を伝えられていない。

 

「よし、じゃあ今電話しよう」

 

「……え」

 

「ほらほら携帯出して」

 

「い、いや心の準備が」

 

「そう言う人は一人じゃ絶対いつまでも準備できないから。ほーら観念しなって」

 

促されて携帯を取り出す。気付けば電波が入るようになっていた。

震える指で呼び出しボタンをプッシュするが、いつまでも出る気配がない。

 

「じゃあ、メール。今送ろう」

 

無慈悲だった。もう良くない?という天内の懇願の視線はあえなく無視される。

ビスケットを食べる彼女に見守られて、あーでもないこーでもないと悩みながら文章を入力する。最後の送信ボタンはどうしても指が止まった。が、横から伸びてきた指が天内の指先ごとボタンを押してしまった。

 

「あー!」

 

「はい送信」

 

「待ってよ、まだ見直してなかったのに」

 

「だめ、こういうのは勢いだから」

 

「変なこと書いてたらどうしよう」

 

「杞憂杞憂」

 

よくできましたと言わんばかりの笑顔でビスケットを口に入れられた。大人しく食べるしかなくなってしまう。

飲み込んだのと同時に携帯が震えて飛び上がった。ディスプレイに表示されたのは黒井の名前だ。帰りが遅いから心配のメールを送ってくれていた。

 

「ごめん、そろそろ帰らなきゃ」

 

「ん、じゃあお土産」

 

未開封の赤いカップを渡される。彼女にざっくり道案内をされ、なんとか暗くなる前に帰れそうだ。別れる前に携帯を取り出して彼女に問いかける。

 

「良かったらメアド交換しない?」

 

一つ増えた連絡先を見て、天内は足取り軽く帰路につく。

それに気が付いたのは黒井の待つマンションに着いてからだった。

 

「本名聞き忘れた」

 

携帯の連絡帳には「とうちゃん」の文字が登録されていた。

 

 

 

男は遠ざかる元星奬体の背中を見て歯嚙みする。

盤星教はもはや組織として機能していないが、金払いの良い残党は存在する。男もそんな信者の一人から依頼を受けていた。3000万には見劣りするが、しばらくは遊んで暮らせる程の金額だ。

星奬体の責務から下りた時点であの少女に呪術界のバックアップは存在しない。護衛のいない少女一人殺すなんて造作のないことだと思っていた。

 

「なんで高専の術師といるんだよ」

 

見たこともない術師。階級が低くても応援を呼ばれたら面倒である。どちらを先に殺すか迷っていると、先ほどまで術師の姿があった場所に誰もいなくなっている。

 

「最近は女子学生を狙うのが流行ってんの?」

 

背後から聞こえた声に肌が粟立つ。振り抜かれたナイフが的確に男の首を捉えた。しかし、ギリギリで術式の発動に成功した。

男の術式は一度だけ即死の攻撃から身を守るというものだ。もちろん代償を伴うが、術師は必殺の一撃の後がもっとも油断する。現に目の前の女も驚愕に目を見開いている。

もらった。

勝利を確信して呪具を引き抜いた。

 

「―術式展開」

 

女の声が響く。

それと同時に、男の首が音もなく地に落ちた。

 

「あーびっくりした」

 

物言わない死体を見下ろして胸を撫でおろす。まさか反撃されるとは思わなかった。

すぐさま携帯の番号をプッシュする。

 

「星川さん?すみません、術式使いました。わざとじゃないんで怒んないでくださいよー。人目は無いんで後処理お願いします」

 

通話を切って、ビスケットを口に放り込む。友達が増えて少し気が緩んでいたのかもしれない。

死体に手を合わせてから彼女は歩き出した。

 

 

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