シュワルツェネッガー「あれは嘘だ」
例によって例のごとく、劇場版シン・エヴァンゲリオンのネタバレがありますのでご注意ください。
真希波・マリ・イラストリアスは今、幸せの絶頂である。
同棲していた彼との結婚も秒読み段階に入り、後は式を挙げて籍を入れるだけとなっている。共働きで仕事は楽とは言えないが、収入はそれなりにあるし、家事はちゃんと分担できているし、とりあえず言うことは何もない、という感じである。
料理の腕に関して言えば、彼の方がずっと上。ただ、自分だって料理がまったくできないわけではないし、何より彼は自分の作った料理を美味しいといって食べてくれる。料理を作る人の立場としてはそれが何よりであった。
今日は珍しく、マリの方が仕事が早く終わる日だった。夕食は、先に家に帰った方が作るというのが暗黙のルールだったから、マリは何を作るか考えながら家路についていた。冷蔵庫に残っているはずの食材を思い出しながら、選択肢を並べ立ててはそれを消していく。カレーにするかなぁ……そういえば2週間前も作ったんだっけ……別にわんこ君はそんなこと気にしないとは思うけど……
そうこうしているうちに家が見えてきた。ふと違和感を感じてマリは立ち止まる。
照明が点いているーー
二人の愛の巣にーー古ぼけた借家であったがーー何故かリビングも玄関も照明が点いているのである。朝出かける時に消えているのは確認したはずだ。確かに今日は準備に手間取って慌ててはいたけど、照明はちゃんとオフだったのは記憶している。
もしかして彼が先に帰ったか、と思ってスマートフォンを確認したが、特にメッセージはない。先に仕事が終わったなら絶対連絡があるはずだし、そもそも彼はサプライズを嫌う方である。
ならば可能性は一つしかない。誰かが自分達の家に侵入している。
警察を呼ぼうか、一瞬そう考えた。だが、マリはその考えを却下した。もし、単なる思い違いや消し忘れであったとしたらとんだ恥さらしだ。トラブル解決能力に自信があったことが今回は仇となった。
唾を飲み込みながらインターホンを押す。はーいという声が中から聞こえる。その声にマリは背筋を震わせた。
この中に女がいるーー
「碇さんおかえりなさーー」
玄関のドアの向こう側から見える顔、それを認識したマリは固まってしまった。
「どうしてサクラさんがここにいるのかにゃ?」
リビングのソファでマリと中にいた女ーー鈴原サクラが対面する。テーブルには湯呑みに入ったお茶が二人分置いてある。用意したのはサクラの方で、マリはそれにもむかついたが一旦脇に置くことにした。
「それは私が聞きたい質問です。何で真希波さんがここに来るんですか?」
「へ?何故……って、ここが私の家だからだよ」
「私の……家?どういうことです?」
突如詰問口調に変貌したサクラに気圧されたマリであったが、言うべきことは言わねばならない。
「どういうことも何も、わん……じゃなくてシンジ君と私は一緒に住んでいるにゃあ!」
「一緒に……住んで……って本当ですか?」
いや家具とか見たら分かるだろ気づけよ、何で二人分茶碗や箸があると思ってるんだ、マリは心の中でツッコんだが口には出さなかった。
「それはそうと、何でサクラさんはここにいるのかな?エヴァのいない世界になって、元の記憶を持ってるのは私とシンジ君だけだと思ってたんだけど」
「それは……」
サクラはぽつぽつと話しだした。AAAヴンダーから脱出して、ポッドが着水したと思ったらショックで記憶が途切れたこと、気がついたらこの世界に居たこと。死んだはずの親兄弟が何故か無事で喜んだこと、しかし親兄弟にはニアサードインパクト近辺の記憶が無いらしく、自分が謎の記憶障害扱いをされたこと。そしてあれやこれやが一段落したら
碇シンジにどうしても会いたくなったこと。住所は、トウジが持っていた同窓会名簿に書いてあったこと、それを見て矢も楯もたまらず山口まで飛んで行ったこと。
「そっかー。記憶を持ったまま異世界転生したのは私やシンジ君だけじゃないってことかぁ。とすると、姫やヴィレのみんなも記憶を持ったままどこかに居るのかもね……それはそうと!どうしてご飯やお味噌汁の準備ができているのかにゃあ?」
「だって……男性の一人暮らしだと、食事も偏るだろうし、たまには美味しい手料理を食べたいと思っていると思うから……」
いやいやいやいや。ことシンジに関して料理の心配など全く無用だから。それはそうと、会いに来ただけのはずなのに料理まで作っているなんて、どう見たって会う以上の目的があるに決まっている。
「うーん。お心遣いは有難いけど、わんこ君にはその心配は無用だなぁ。それに、この私がついているから!」
「……本気で言ってますか?」
「ん?」
「前の世界で医官をやっている関係上、エヴァパイロットの個人情報はある程度掴んでいるつもりです。もちろん、他人に言うわけにはいかないですけどね。それによると、真希波さんはエヴァの呪縛で肉体の老化こそ進行しないものの、精神的年齢はもう50近いはず。一体、何を考えているんですか?」
痛いところを突かれたのか、マリの額に青筋が張る。
「……ほーう。サクラさんはタブー中のタブーに触れてますねぇ」
「シンジさんが心配だからです!万が一シンジさんが貴方と同棲しているとしたら、シンジさんが騙されているに違いありません」
「わんこ君には私の素性は全部話してあるにゃあ。それでも私と一緒に居たいと言ってくれたんだにゃあ!」
「なら、弱みを握られているんですね。あと、そのわんこ君はやめてもらえますか。シンジさんに失礼です!」
「ロベルト・〇タジーニは、年上の奥さんとうまくやっているにゃあ!じゃなくて、私とわん……じゃなかった、シンジ君はもうすぐ結婚するんだにゃあ!」
マリは左手の薬指にあるエンゲージリングをずいと突き出した。どうだ、とばかりに胸を張る。ただ、目の前にいるサクラの目が段々死んでいっているのに気が付いていない。
「ほーう……ならば一刻の猶予もありません」
突然サクラにみなぎりだした殺気に、マリはたじろいだ。
「う……一体何を考えているのかにゃ」
「道理をわきまえて身を退くのであれば、見逃そうと思うてましたが、そこまでやるんやったら、物理で身の程を知ってもらわんといかんですわ」
「やる気……何を考えているのか知らないけど……エヴァパイロットの腕力を舐めないでもらいたいにゃあ」
マリの殺気にもサクラは動じる気配がない。
「へぇ……医者や看護士がどうかは知りませんけど、医官は体力と腕力勝負ですから」
そう言うとサクラはポキポキと手の関節を鳴らし出す。実力行使上等と言いたいらしい。
「第一、年上年上言ってるけど、ネオンジェネシスが発動した時に、シンジ君と一緒に居たいと思ったおかげで、今の私は完全な28歳の体に再構築されているの!同い年にゃあ!」
「……え?折角の転生のチャンスなのに、わざわざアラサーになったんですか?超ウケる」
その一言に、マリの中で何かがキレた。
「人には言って良いことと悪いことがあるにゃあああああ!」
?????「一体何が始まるんです?」
?????「第三次大戦だ」
碇シンジは急いでいた。
三十分ほど前、今夜の夕飯についてマリにショートメッセージを送ったのだが返事が返ってこない。いつもなら秒で返答が来るはずなのに、いつまでたっても返事が来ない。おかしい、こんなこと今までなかったはずなのに。
というわけで、同僚に無理を言って仕事を切り上げ、急ぎ足で家路についていた。
異常に気づいたのは、自宅が見えた時だった。家の前にパトカーが止まっている。シンジの頭の中に悪い予感がよぎる。もう待っていられない。
全速力で家に向かう。パトカーの側も状況を察したようで、中から警官が出てきた。
「あ、すいません。碇さんですかーー」
「お巡りさん!マリに、マリに何があったんですか!!!!!」
警官と一緒に自宅に踏み込んだシンジは、その惨状に息を飲んだ。きちんと整頓してあるはずの廊下が荒れ放題になっている。割れた皿に綿のはみ出たクッション、散乱する洗剤、台風が来る方がずっとましだと思えるぐらいである。
なんでも女性の争い声が聞こえて煩くてたまらない、という通報を受けて警察が来たらしい。とするとこの惨状は女性同士の戦いの結果かーーそう思ってリビングに踏み込むと、果たして廊下と同じく荒れ放題となったリビングと、気絶している二人の人影があった。一人はもちろん真希波・マリ・イラストリアス。そしてもう一人はーー
「あれ……誰だっけ」
結果から言うと、マリとサクラの命に別条はなかった。痣やひっかき傷こそそれなりにあったものの、後々まで残るような傷痕はなかった。乱闘途中で互いにストレートを打ち込んだ結果、ダブルノックアウトとなり、仲良くリビングでのびてしまった、ということらしかった。
病院にて手当を受けた後、二人(と何故かシンジも)警察に連れていかれて、こっぴどく叱られることとなった。いや、叱られるで済んだ分だけまだマシだったかもしれない。話を聞く限り、どうも二人とも本気でやり合う気だったらしく、下手したら傷痕どころか後遺症という話になるところだった。
サクラについてはシンジが説得して、何とかエスカレーションを防ぐことができた。シンジがサクラに対し、マリへの切なる想いを説明すると、それが止めになったのか放心状態となり最後は気絶してしまったのだった。しょうがないので、シンジが鈴原トウジに対して電話をすると、大変な勢いで謝られてしまった。どうも、周囲に行先も告げず飛び出したらしく、捜索届を出そうかという事態になっていたらしかった。まぁ、何とかこの場はめでたしめでたし、である。関係者全員五体満足だった、という意味において。
「ところでさ、なんでサクラさんが家に入れたんだろうね。後に出かけたのはマリさんだったよね?」
「あーー結婚したら、マンションに引っ越そうかにゃ?」
「鍵かけるの、忘れたね?」
<タイトル詐欺は続かない>
二次創作における鈴原サクラの扱いがあまりに酷い……と思ったら自分も同類だったようです。でもそんなサクラさんがいなければ、このタイトル詐欺作品は産まれなかったです。