Contraindication   作:まっちゃんのポテトMサイズ

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第8話 担えたもの

未だウマ娘たちが登校する前、俺は理事長室に向かって歩を進めていた。

呆然としながら廊下を歩いていると、何時の間にか目的地に着いていた。

俺は扉をノックし、「どうぞ」という老人の声が聞こえたのを確認すると、中に入る。

そこには黒いスーツに身を包んだ老紳士が黒い椅子に腰を掛けていた。

俺が入ってきたのを確認すると、老紳士は立ち上がって俺の目の前まで歩いてきた。

 

「初めまして。君が仙宮零二君かな」

 

そう言って微笑んで手を差し出してきた。

俺はその手を取り、「はい」とだけ言ってその手を取った。

老紳士はゆっくりと手を引き抜き、自分が元居た椅子に腰を掛け直した。

俺は机を挟んで老紳士の前に立つ。

 

「…さて、私も君も悠長に世間話をするほど時間を持て余してはいないからね。早急に終わらせよう」

「そうですね」

「単刀直入に言おう。君の担当するウマ娘は…ビワハヤヒデだ」

 

老紳士は俺が余りに無反応だからか、驚いた様に少し目を見開いた。

その驚きを消すように一度咳き込んだ。

 

「どうやら、君は彼女に相当好かれているようでね。幾ら他のトレーナーが彼女に言い寄ろうと、全て断っていたんだ。彼女の最善策は一刻でも早くトレーナーを見つける事だったのにも拘らずだ」

「…それはありがたいですね。私も彼女を担当したかったものですから」

 

老紳士は溜息を吐き、「手続きはこちらで済ませておくよ。君はトレーナー室で好きにしていると良い」と言って椅子を回転させて俺に背を向けた。

俺は理事長室を後にし、その引き戸を開ける。

中には爺さんがアイマスクをしたまま椅子の背もたれに寄り掛かっている姿があった。

ああ、疲れているのか。

俺はなるべく爺さんを起こさないよう物音を立てずにあらかじめ用意された自分のデスクの席に着き、椅子の背もたれに寄り掛かって天井を仰ぐ。

 

「特にすることが無い…」

 

そう言った途端、爺さんがアイマスクを外し、こちらに視線を移した。

 

「何だ、来てるなら起こしてくれりゃ良かったのに」

「起こさねぇよ。起こしたところでする事なんざ無いだろ」

 

爺さんはアイマスクをデスクの上に置き、身体を伸ばして立ち上がった。

 

「やる事はあるぞ。ここの施設を全部見て回る事だ。お前だって全部把握してる訳じゃないだろ」

「…何だ。そんな事は後でやればいいだろ。俺だったら地図さえ見れば全部覚えられる」

「いやいや、器具の使い方は覚えとかないと使えないだろ」

「その時はあんたに聞くよ」

 

俺はそう言って行先を何も決めないままトレーナー室を後にし、ただ呆然と敷地内を歩き回る。

すると、視界の端に広大な敷地のレーストラックが入り込んだ。

それに視線を飛ばすと、数人のウマ娘たちと、指示を出すグレーのパンツスーツを着こなしているボードを持っているポニーテールの青髪の女性がいた。

きっと今後お世話になる人だろう。声をかけておきたい。

 

「…今声をかけるのは邪魔か」

 

俺は踵を返し、トレーナー室に戻ると、爺さんの姿は無く、その代わりにビワハヤヒデが居た。

 

「待っていたよ。私のトレーナーが決まったと聞いて飛んできたんだ」

「待たせて悪かった。今日から改めて宜しく頼む」

 

俺はビワハヤヒデに手を差しだす。

彼女はその手を取り、こう言った。

 

「ああ。こちらこそ」

「…まだ自己紹介をしていなかったな。俺の名前は仙宮零二」

「良い名前じゃないか」

「…ああ。まぁな」

 

俺はビワハヤヒデから目を逸らしながら奥歯を食いしばてそう言った。

 

「さて、それじゃあ私は教室に戻るよ。授業が終わっていないんだ」

 

ビワハヤヒデは手を離し、引き戸に手をかける。

 

「…ああ。それじゃあ、また放課後に」

「ああ。また」

 

彼女はそう言ってここを後にする。

俺は足早に自分のデスクに向かい、予め用意されていたノートパソコンを起動する。

細かいアカウント設定を終え、直ぐにWordを起動し、トレーナー試験で学んだ知識を基に練習メニューを作る。

それを作り終えると、左眼が熱を持っているのとその視界が赤くなっているのに気づき、俺は直ぐにWordに書き込んだ練習メニューをコピーし、直ぐにパソコンを閉じた。

コピー機が音を鳴らしながら出してくる練習メニューが書き込まれている紙を1枚1枚受け取り、束にしてホッチキスで右上の端の部分を止める。

それをデスクの上に置き、ポケットからスマホを取り出し、時刻を確認する。

 

「…もう放課後なのか」

 

俺はデスクの上の練習メニューを手にし、ストップウォッチを首にかけてレーストラックに向かう。

すると、俺より先にビワハヤヒデは既にジャージ姿でそこに立っていた。

 

「遅いぞトレーナー君」

 

彼女は俺を見るなり腕を組んでそう言った。

俺は直ぐに彼女に駆け寄り、「済まない。作業に集中しすぎた」と言って手元の練習メニューに視線を移す。

 

「先ずは今の仕上がり具合を確認させてくれ。勿論、トレーナーが不在の間もトレーニングは欠かさず行っていたんだろう?」

「ああ。無論そうだとも」

「じゃあ、1600mを走ってきてくれ。タイムを計る」

 

俺はポケットからスマホを取り出し、ストップウォッチを開く。

ビワハヤヒデは頷くと、直ぐに走り出した。

それと同時にスマホのタイマーを開始する。

彼女の走る姿を見つめながら、時折スマホの画面に視線を移す。

 

「良いペースだ。さて、上がり3F(ハロン)のタイムが47秒台なら良いんだが…」

 

ビワハヤヒデが最終コーナーに差し掛かったと同時にラストスパートをかけ、俺はビワハヤヒデが残り600mの地点に差し掛かった時点で首にかけたタイマーを開始する。

彼女はそのままの勢いで1600mを走り切る。

それと同時に俺は2つのタイマーを止め、俺の背後にある青いベンチに置いてあった彼女の黒いスポーツボトルとタオルを手にする。

 

「お疲れ」

「ああ。それで、タイムはどうだった?」

 

俺はビワハヤヒデのスポーツボトルを渡し、スマホの画面には1:36.3の数字が表示されており、首にかけたそれには47.6の数字が表示されていた。

 

「1分36秒3。上がり3F(ハロン)で47.6だ。まあまあなタイムだと思うが、まだデビューしたてだ。まだまだ伸ばせる」

「ああ。私も同感だ。改めて、これからよろしく頼むよ。トレーナー君。共に“勝利の方程式”を作り上げていこう」

「…そうだな。それが俺に出来る事なら」

 

“勝利の方程式”という大層な名前の概念の事を俺は知らなかったが、勝利という言葉が名前に付いているのだから文字通りレースに勝利するためのモノなのだろう。

だが、負けない為ではない。もし負けないための方程式とそれをはき違えているのなら、俺が正してみせよう。

それが俺に出来る事なら。

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