秋の盾をあなたに   作:江芹ケイ

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主人公の立ち絵を掲載いたしました。八代明日華(Twitter:@gurivinesyu)様に依頼し描いていただいたものとなります。ぜひご覧ください。
【挿絵表示】



プロローグ:終わりの始まり

 肌寒さを感じる十月下旬の週末、東京レース場は吹き抜ける木枯らしを物ともしない熱気に包まれていた。各々個性豊かな勝負服で着飾ったウマ娘たちが、パドックでのお披露目を終えてコースに繋がる地下バ道へ向けて歩いて行く。

 

「ノヴァ!」

「ノヴァ先輩!」

「ノヴァちゃん!」

 

 その中の1人を、人々をかき分けて観客席の最前に出て来た青年と数名のウマ娘たちが呼び止めた。白を基調としたブレザー型の勝負服に身を包んだ葦毛のウマ娘がくるりと振り向く。装飾品の少し不可思議な形をした三角環と止まった懐中時計が揺れ、ろうそくの炎を想起させる美しい色の瞳が彼らを捉えた。そのウマ娘は首を傾げて不思議そうに尋ねる。

 

「どうしたの? みんな。コースの方にいなくて大丈夫?」

「私が少々我儘を言いました」

 

 緑と白の縦縞柄の耳カバーをした鹿毛のウマ娘が答えると、葦毛のウマ娘が眉を下げた。

 

「安静にしていないとだめでしょ? ラフィ」

「首を痛めたのはもう半年も前ですよ? 後遺症もありませんし、ノヴァは心配性が過ぎます」

「でも――」

「でももだってもありません。ノヴァ、私の心配をするくらいなら、自分の心配をしてください」

 

 葦毛のウマ娘はじっと見つめてくる圧に負けた。一般に無理無茶無謀と言われるような量のトレーニングをしていたことは完全にばれているようだった。

 

「……ありがとう。だけど、あれくらいやらないと勝てないと思ったから」

「ノヴァがそういうなら、そうなのかもしれませんけど」

「相手が相手だから」

「……待ってますからね。ウィナーズサークルで」

 

 ラフィと呼ばれたウマ娘が下がる。すると、『キャンドルノヴァしか勝たん!』と書かれた横断幕を手にした、少し幼さの残る葦毛のウマ娘がしっぽを振りまわしながらずずいっと前に出て来た。

 

「ノヴァ先輩!」

「ルネ、気持ちはうれしいけど横断幕はやめようね」

「えぇっ!?」

 

 ルネと呼ばれたウマ娘がしっぽをビンと立ち上がらせて、心底驚いた様子で声を上げる。喜んでもらえると思って作ってきたのだろうことは、キャンドルノヴァもよくわかっていた。しかしここはレース場である。

 

「後ろの人に迷惑でしょ?」

「……確かに! じゃあ、他の人の声が聞こえないくらい大きな声で応援します!」

「……まぁ、それくらいなら。喉を潰さないようにね」

「はい!」

 

 性格は違うのにどことなく似たような雰囲気を持つ2人の会話に一区切りついたところで、他のウマ娘たちもキャンドルノヴァに声をかけていく。青年だけが、悩むような表情で沈黙を保っていた。

 

「トレーナー! あとはトレーナーだけです!」

 

 青年は少々逡巡した後、それが叶わないことだと覚悟した様な面持ちで声をかける。

 

「ノヴァ。勝てなくてもいい。絶対に無事で帰って来い」

「トレーナー!? どうして縁起でもないこと言うんですか!」

「もう少し言い方というものがありますよね?」

 

 チームメンバーのトレーナーを窘める声を無視するように、2人はただ見つめ合う。

 

「……勝ってきますね」

 

 たとえ、ゴール板の1歩先でどうなったとしても。

 

 キャンドルノヴァは困ったように笑いながら、しかし言外に意思の固さを感じさせる声でそう言い残すと、地下バ道へ歩いて行った。

 

 

 

0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 A B 0

 

 

 

 その鹿毛のウマ娘にとって、キャンドルノヴァは初めて一緒に走ったあの日からずっと、警戒に値するただ一人のライバルだった。故に、小柄な葦毛の少女の振る舞いがいつもと違うことに気が付いた。

 

 普段なら、最終直線の芝の様子を見た後、ゲート最寄りの待避所でぐるぐると輪を描くように歩き回るルーティンをこなしている時間だ。しかし今日は、発走位置までの引き込み線で立ち止まって振り返り、時折左脚の様子を気にしながらじっとホームストレッチを見つめている。

 

 少し調子が悪いのだろうか。生徒会の一員として、もし体調が芳しくないようなら出走を取り消させよう。今日はつまらないレースになってしまうだろうが、今後のレースをひりつくような楽しいレースにするための必要経費だ。

 

 そんなことを考えながら、そのウマ娘は声をかけた。

 

「珍しいね、ノヴァ。いつものはやらなくていいの?」

 

 少女が左回りに振り向く。

 

【挿絵表示】

 

 風に揺れる白の合間から、焔が覗いている。矮星へと流れ込んでいく大量のガスのようにも、太陽に焼かれながら尾を引く大彗星のようにも見えた。

 

「ご心配なく」

 

 いつも通りの少しつんけんとした声色で、ただ一言。少女はゲートへ向けて芝の上を歩いていく。そう思われたが、すれ違うその一瞬だけ再び立ち止まった。

 

「ギンシャリボーイ」

 

 何か大きな、数百キログラムはある生き物が真隣に立っている。名を呼ばれたウマ娘は、そんな錯覚を覚えた。

 

「今日は、僕たちが勝つ」

 

 いつもと異なる一人称でキャンドルノヴァはそう宣言して、立ち去っていく。

 

 ほんの一歩、まるで気圧されるように脚を引いていたと鹿毛のウマ娘が気が付くまで、そう時間はかからなかった。




2021/04/04 16:47
一部登場人物の名前変更(タウリ→ルネ)

2021/04/05 19:33
登場人物間の呼び方を一部修正

2021/04/10 04:30
医学的に誤った描写である可能性があったため、該当箇所を修正いたしました。
(車いすに腰かけた→緑と白の縦縞柄の耳カバーをした)
(痺れも取れましたし、未だに車いすなんて大げさです→後遺症もありませんし、ノヴァは心配性が過ぎます)
(車いすの→ラフィと呼ばれた)

2024/01/04 22:10
主人公立ち絵を前書きに掲載いたしました。

2025/01/04 20:00
勝負服に関する描写を修正いたしました。
ラフィ、及びトレーナーの台詞を一部修正いたしました。
加筆を実施し、挿絵を追加いたしました。挿絵は前書き掲載の立ち絵と同じく、八代明日華(Twitter:@gurivinesyu)様に依頼し描いていただいたものとなります。
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