秋の盾をあなたに   作:江芹ケイ

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第9話:桜吹雪の入学式

 短い春休みは、あっという間に過ぎ去って行く。

 

 ラフィさんとのツーショット写真を家族に見せたら、妹から「誰よ、その泥棒猫……!」などと冗談半分にメッセージで言われたり。わざわざ電話をしてきたお父さんお母さんから、かなり真剣な様子で私の内心に理解を示されたり。

 

 両親の話を要約すれば、「トレセンはどこも女子校だから、トレーナーとしてそうなる子は数多く見てきた。ノヴァの気持ちに素直になりなさい」と言うことだ。我ながら尋常ではない様子の写真だったから、私のことなどお見通しと言ってよい両親からすれば、一目瞭然だったのだろう。

 

 お昼になるたびにラフィさんのチームメイトが1人だけ来て軽く話したり。

 

 ラフィさん曰く、「ノヴァさんがどんな子なのか皆さん気になるそうですけれど、集団で押しかけて委縮させたくないそうです」と、気遣った結果らしい。気遣いは大変ありがたいのだが、1度に来てくれた方が助かったかもしれない。なにせ、間違い探しレベルでブリッジコンプさんに似ているウマ娘が3人もいるからだ。本人含めて4人のそっくりさんを、比較なしで見分けるのはなかなか骨が折れた。コンフュージョンさんは流星があるのでわかりやすいが、トモエナゲさんとトンネリングボイスさんはあまりにも似すぎていた。一目でわかるほどに身長に違いが無ければ、まず見分けがつかなかっただろう。

 

 毎夜毎夜、集団でお風呂に入り慣れていない恥ずかしがりの演技をして、入浴中のラフィさんから自主的に距離をとったり。

 

 トレーナーの娘がトレセン学園で不祥事を起こしただなんて、私だけでなく両親まで社会的に死んでしまうかもしれない。万が一がないようにと、お風呂ではラフィさんから離れたのだ。ラフィさんが少し寂しそうにするので心が痛んだが、俗にいう『裸の付き合い』の更に先、括弧書きで意味深と付け足されそうなうまぴょい領域へ至りかねないので我慢である。

 

 ……私にしてはなかなか濃密な春休みだった。

 

 そう思い返しながら、新しく買った姿見を使って制服に変なところがないか確認する。実家でお披露目のために袖を通して以来だが、鏡に映る姿は我ながらやはり可愛い。紫を基調とした冬服に、葦毛ウマ娘特有の輝く髪が良く映えている。まさに鬼に金棒、()子にも衣裳だ。しかし中身は私なので、前々世の意味でも()子にも衣裳である。

 

 制服に皺が寄ったり、リボンが崩れていたりしないと見て取ると、気分が良くなった私はその場でくるりと回った。ふわりとスカートの裾を翻えらせてから回転を止め、顔の横に両手でピースサインをする。朝練を早めに切り上げてシャワーを浴びたばかりなせいか、少し頬が赤い。

 

 なかなか決まったなと自画自賛をした瞬間に部屋の扉が開く音がして、シャワー上がりのラフィさんが現れた。ばっちりポーズを決めていた私を見て、何やらにこにことしている。

 

「ふふふっ。とても可愛いですよ、ノヴァさん」

「……見なかったことにしてもらっていいですか」

「良いじゃないですか、可愛いのですから」

 

 制服を着たばかりなのに、恥ずかしさで変な汗が噴き出て来る。私はよろよろと後ずさりしてベッドに腰を下ろすと、朝からリュックサックの中に入れっぱなしだった水筒から冷たい水を飲んだ。熱くなった体を中から冷まそうとしたのだが、焼け石に水のようだ。

 

 ラフィさんは私と異なり、かなり手慣れた様子で冬服に着替えている。この数日の間に私がじっと見ているのにも慣れたのか、特に気にするそぶりも見せなくなった。何度見ても均整の取れたとても綺麗な体をしているなぁ、などと思いながら見ているうちに、あっという間に着替え終わってしまった。

 

「お待たせしました。朝ごはんに行きましょうか」

「はい!」

 

 実家にいた頃とも、ここ数日寮で過ごしてきたそれとも違う朝だけど、これが新しい日常になる。

 

 今日は、入学式だ。

 

 

 

 ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ 

 

 

 

 ラフィさんは朝から始業式があるが、入学式は昼から始まる。朝ごはんを食べてラフィさんと別れた後、流石に制服を着て運動するわけにもいかず、時間を潰すために部屋に戻って本を読んでいた。前世で苦労させられた骨折に関して記述された章を読んでいると、生徒集合時刻の30分前に設定したアラームが鳴った。そういえばお昼を食べる時間を考慮に入れ忘れたなと思いながら、私は書籍に栞を挟んで本棚にしまう。新品のスクールバッグを肩に掛け、部屋にしっかりと鍵をしてから玄関へ行く。

 

 私と同じ新入生だろうウマ娘たちが、この数日でできたと思われる友人たちと談笑しながら廊下を歩いていた。私は1人であるが、寂しいということはない。如何せん前世由来の価値観と精神年齢の違いがあり、今世で同年代の子たちとはなかなか話が合わない。合わせることはできるが、疲れるのだ。もちろんラフィさんは女神様なので別枠である。

 

 人の流れに乗って靴を履き、道路1本を挟んだ学園の正門へ足を運ぶ。一部のウマ娘は、合流した家族と一緒に桜が満開の正門で記念撮影をしているようだ。今日は程よく風が強い。桜吹雪が良く映える良い写真が撮れるだろう。

 

 せっかくだからと、他の人たちが離れたタイミングを見計らって、荷物を置いて自撮りに挑戦する。今日来られなかった両親も喜ぶだろうと思ってのことだが、今日が入学式だと示す立て看板の文字、トレセン学園の標識板、咲き誇る桜をいい感じに入れようとすると、なかなかうまくいかない。腕を伸ばしても写る範囲に限界があり、思った通りの写真が撮れないのだ。

 

「むっ、この、あぁ、もう! 腕が短いし、カメラが狭い!」

「撮ってあげようか?」

 

 悪戦苦闘し続けた末に1人で怒り出す醜態を晒していると、正門の近くにいたウマ娘がやって来た。生徒会の腕章をした鹿毛の彼女は、前髪に流星の白いメッシュが入っており、右耳に巻いたリボンは赤、黄、青の3色が両外側から順に配されたものだ。間違いなく初めて会ったはずなのに、彼女を見ているとなぜか自分自身の不甲斐無さに苛ついてくる。何ら瑕疵がない彼女に対して、斜行を始めた機嫌を表に出さないように気を付けながら、撮影をお願いした。

 

「ご迷惑でなければ、お願いします」

「いいよ、いいよ。スマホ貸して」

 

 随分と軽いノリで引き受けた彼女は、私がどう撮りたいのか説明すると、手際よくその通りの写真を撮ってくれた。やはり記念写真は他人に取ってもらう方が楽である。頭を下げて彼女に感謝の意を示す。

 

「ありがとうございました」

「どういたしまして」

 

 彼女も礼儀正しく言葉を返す。好感の持てる人だ。どうして私の機嫌が悪くなるのか不思議に感じていると、彼女は思い出したように口を開いた

 

「あっ、そうだ。中央広場にクラス分けが張ってあるから、それを見て自分の教室へ行ってね。入学式はその後だから」

「はい。ありがとうございます」

 

 改めてお辞儀をしてから親切なウマ娘と別れ、鞄を肩に掛ける。私は他の人の記念写真に写り込まないように注意しながら、桜吹雪の先に見える女神像へ真っ直ぐ向かった。

 

 

 

 ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ 

 

 

 

 B組の窓際から2列目、前から3番目、そこが私の席だった。A組(1番)ではないあたり私らしいというべきか、出鼻を挫かれたというべきか悩むものだ。きゃいきゃいと姦しいクラスメイトになる子たちの声を聞きながら、いまいち釈然としない気持ちでいると、制服姿ではない誰かが教室に入って来た。スーツを着たヒト、間違いなく新担任だろう。

 

「おはようございます。これから体育館へ向かうので、名前順に廊下に並んでください」

 

 先生の指示に従って廊下に並び、ぞろぞろと移動を始める。そのまま体育館の扉を通り、順番を保ったまま着席した。

 

 いよいよ入学式が始まる。競走馬で言えばようやく育成牧場に入ったくらいではあるが、それでも競走ウマ娘になる第一歩を踏み出したと言っていい。

 

 関わった全ての人たちの期待を裏切った競走馬が、この世界に戻っていいものか。芝の上で走るだけなら競走ウマ娘になる必要はないのだから、今世ではただの観客に徹するべきではないか。そう思っていても、テレビでレースを見るたびに「私なら」と考えてしまう。自分が何者なのか、いつまでも中途半端なままだった。入試を受けている最中ですら、本当に競走の世界に戻るか覚悟が決まらなかった。

 

 しかし、合格通知が来たときに決めたのだ。私が生きて死ぬべき場所はそこしかない。後悔があるなら、それを払えばいい。古馬1年目の宝塚までのように、「1着取れなくても、自分の食い扶持を稼げたらそれでいい」だなんて怠慢はしない。たとえまた左脚が壊れるのだとしても、その前に必ずGIを勝つ。

 

 改めて決意を固めたその瞬間、周りが一斉に立ち上がった。いつの間にか入学式が始まっていたらしく、慌てて私も立つ。ステージに登壇している人たちは、私が他の子から思い切り遅れたことに気が付いただろう。こういうものは意外とよく見えるのだ。

 

 逃げ馬の癖に出遅れたと言う個人的な問題を除けば、入学式は粛々と進んでいく。秋川理事長の式辞や府中市長を始めとする来賓の方々の祝辞、祝電披露が終わり、ルドルフ会長が在校生の代表挨拶のために立ち上がった。視線を生徒会の面々が座っている場所に向けると、朝に写真を撮ってくれたウマ娘もいた。

 

 登壇したルドルフ会長だが、流石というべきか立ち居振る舞いの1つ1つが目を引くものだ。皇帝の名は伊達ではない。話も平易な表現を使うようにしており、小学校を卒業したばかりの大半の新入生たちでも分かるよう配慮が行き届いている。新入生たちのほとんどは憧れるような視線を向けて、会長の言葉を真面目に聞いている。

 

 私はと言えば、気を張って会長の挨拶を聞いていた。油断した瞬間にダジャレが飛んできてうっかり吹き出し、顰蹙を買わないようにするためである。結局会長がダジャレをぶち込んで来ることはなく、少々肩透かしをされたような心持ちのまま、担任の紹介が始まった。

 

 

 

 ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ 

 

 

 

 入学式を始めとする新入生がするべき諸々を終えた後、空腹に耐えかねてカフェテリアで軽く食事をしてから部屋に戻る。ラフィさんは勉強をしていたようだが、扉が開く音で振り返ったらしい。緩い三つ編みが少し揺れて、止まった。柔らかい笑みとともに、ラフィさんが問いかけてくる。

 

「入学式はどうでしたか?」

「考え事をしていたら、立つの遅れましたね……」

「……まあ、そういうときもありますよ」

 

 何と言うべきか困ったように笑うラフィさんが可愛い。いや、困らせてはいけないし、実際2度と式典で失敗をしないようにするつもりではあるが、それはそれとしてラフィさんが可愛いのである。

 

 女神様の素晴らしさを改めて感じていると、そのラフィさんが思い出したように声を掛けてきた。

 

「あっ、ノヴァさん。入学式が終わったので、チームを見学できるようになったのですけれど、今度の土曜は空いてますか?」

「空けます」

「……あの、無理をして空けなくてもいいですよ? クラスメイトと約束があるなら、そちらを優先してくださいね?」

 

 ラフィさんは、予想していなかった返答に戸惑うような声を上げる。だがしかし。

 

「何があろうと空けます! 大丈夫です!」

 

 ラフィさんのお誘いを断る人がこの宇宙に存在するだろうか。いないのである。いたとしたら顔面に蹄鉄の痕をつけてあげるから、来なさい。

 

「そうですか……? では、トレーナーさんとリツたちにそう伝えますね」

「はい!」

 

 勢いよく返事をして、ふと気が付いた。

 

「でも、ラフィさんは大丈夫ですか?」

「何がですか?」

「今週レースなんですよね?」

 

 ああ、と思い至ったように声を出したラフィさんが、にこにことしながら答える。

 

「出るのは日曜のレースなので、土曜のトレーニングは軽いものだけなんです。だから大丈夫ですよ」

「わかりました。週末が楽しみです!」

 

 トレーニングの邪魔にはならないと知り、安心して気合を入れた私を見て、ラフィさんが笑う。

 

「そんなに楽しみにしてくださって、ありがとうございます。でもその前に、金曜日の新歓レースをちゃんと見てくださいね。毎年本当にすごい人たちばかり出ますから」

 

 特別レースのことが完全に頭から飛んでいた。そういえば先生がそんなことを言っていたはずだ。何でも毎年出走者が変わるとか。

 

「ラフィさんのときは、どうでしたか?」

「キタ先輩とオペラオー先輩が、お互い譲らずにゴールへもつれ込みましたね。レクリエーションの一環なので、写真判定まではせず同着になったのですけれど、本当にすごいレースでした」

 

 ラフィさんがうっとりと感慨にふける。前々世の賞金ランキングトップ3のうちの2人だ。それは見ごたえのあるレースだっただろう。

 

 今週の楽しみが1つ増えたなと思いながら、私は荷物をベッドに置いた。




2021/06/07 18:45
推敲から漏れた表現の重複を削除しました
(女神像へ向かって真っ直ぐ向かった→女神像へ真っ直ぐ向かった)

2021/06/20 00:25
第7話でレースの日取りについて修正したため、併せてチーム見学の日程について修正いたしました

2021/08/22 06:45
ノヴァからアダラチームメンバーへの呼び方を変更いたしました

2022/05/02 01:10
ライブシアターで確認したところ、トモエとネルの身長が15cm近く異なっていたため、作中の描写を修正いたしました
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