秋の盾をあなたに   作:江芹ケイ

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作中の日程にミスを見つけたため、第7話、第9話について一部内容を改稿しました。
詳細については各話後書きに記載しています。
このままお読みいただいても大きな支障はありません。


第10話:新入生歓迎! トレセン学園特別競走

 入学してから最初の金曜日、昼食の限定煮干しラーメンを食べ終えた私とラフィさんは、食後の紅茶を楽しんでいた。窓から差し込むうららかな春の日差しが大変に心地良く、気を抜いたら眠ってしまいそうなほどだ。

 

「ノヴァさんは誰が勝つと思いますか?」

 

 瞼が重くなってきて、このまま閉じてしまおうかと思ったとき、ラフィさんが声を掛けてきた。1杯目の紅茶を飲み切ったようで、ポットからお代わりを注いでいる。

 

 誰が勝つか。今日登校してきているトレセン学園生なら、何にとは尋ねない。十中八九、今日実施される新歓レースの話だ。カフェテリアにいる他の生徒たちも、普段ならグループごとに異なる話題で盛り上がっているが、今日ばかりは昼一番に詳細が発表されたレースの話で持ち切りである。

 

「確か、芝2000mですよね?」

「はい。長すぎず短すぎず、と言ったところですね」

 

 東京、芝、2000m。今年の新歓レースは、私にとって因縁の深い秋の天皇賞と同じ条件で行われると告知された。出走者18名も、前々世から一方的に知っている面々ばかりである。そのうち、仮にも大逃げ馬である私が期待するウマ娘は2人いる。しかし、勝てる可能性があると思えるウマ娘は1人だ。

 

「サイレンススズカ先輩に期待しています」

「むぅ、意見が合いませんね」

 

 後ろに耳を引き絞ったラフィさんが、ティーカップをソーサーに置きながら半目で私を見た。今年の出走者を知ったラフィさんからすれば、当然の反応だろう。なぜならば。

 

「ラフィさんはやっぱり?」

「当然、タイキ先輩です!」

 

 よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、ラフィさんは両掌を胸の前で打ち鳴らし、耳をピンと立ち上げた。タイキシャトルが出るのだ。自他ともに認める大ファンであるラフィさんからすれば、1点買いして当たり前ということだろう。前世なら応援馬券に3万は突っ込みそうな勢いだ。

 

「距離どうでしょう? マイルの印象が強くて」

「2000なら持ちます! ドリームトロフィーリーグ(DTL)でも勝っていますから!」

「なるほど。確かに……」

 

 トゥインクル・シリーズではマイル以下のレースにだけ出ていたタイキシャトルだが、DTLでは2000mのレースでも実績を残している。タイキシャトルがサイレンススズカを差し切る展開は、十分に考えられることだ。しかし、2000mが適性の上限だろうタイキシャトルと、左回りなら2400mも視野に入るサイレンススズカなら、有利なのはどちらか。

 

「いいえ、二言はありません。私はサイレンススズカ先輩に賭けます!」

「むむっ、タイキ先輩が勝ちます!」

「東京なら、ウオッカが来ると思うよ」

 

 横から割り込んできた声の方へ顔を向けると、ラフィさんの所属するチームであるアダラのメンバーが揃っていた。ウオッカを推したのは、差しを得意とするトンネリングボイス(ネル)さんだ。

 

「ウオッカ先輩が来るなら、スカーレット先輩も当然来るよね」

「今年はターボも出るんでしょ? 七夕賞みたく全員潰れたらチャンスだね」

「いやぁ、メンバー的に無理じゃない? 楽しい展開にはなると思うけど」

「ライスさんに勝ってほしいのですが、2000では短いでしょうか……」

 

 それぞれに推しを語るのは、トモエナゲ(トモエ)さん、ブリッジコンプ(リツ)さん、コンフュージョン(フユ)さん、ミニローズ(ローズ)さんだ。鹿毛のラフィさんと黒鹿毛のローズさん以外は尾花栗毛である。先週順に顔を合わせたときから考えていたのだが、アダラのトレーナーは無類の金髪好きなのだろうか。

 

「それでも、タイキ先輩が勝ーつーんーでーすー!」

 

 頬を膨らませるような勢いでラフィさんが強く主張する。誰が勝つにせよ今言えることは、少し子供っぽいところを見せているラフィさんがとても可愛いということだ。

 

 

 

 ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ 

 

 

 

 午後1時30分過ぎ、私を含めたトレセン学園生のほとんどが、東京レース場の観客席にいた。今はルドルフ会長による特別レースの要旨説明の時間である。新歓レースは主催がURAではなくトレセン学園であるため、スタンドはゴール前を新入生が、直線全体を見渡せる席をその他の生徒が占めている。また、余った席は一般にも開放されているため、数多くのファンが詰めかけていた。

 

 私にとって東京競馬(レース)場は前世以来となる。しかし、席に座ったのは前々世が最後であるためか、今自分が地下馬道や芝の上にいないことに違和感を覚えてしまう。会長の話が終わった後も、そわそわとどうにも落ち着かない気分でいると、隣にいたウマ娘が口を開いた。

 

「楽しみだね」

「えっ? あっ、はい。そうですね。楽しみです」

 

 いきなり話しかけられたとはいえども、もう少しきちんとした受け答えができないものか。そう反省しながら隣を見る。頭の高い位置で短いツインテールを結んだ、黒鹿毛のウマ娘だ。ここ数日で顔を合わせた覚えがないので、栗東寮所属で別クラスのウマ娘だろう。新入生用に確保された席の中なら各自好きに座って良いと言われているので、クラスごとに着席しているわけではない。こういうこともある。

 

「誰が勝つと思う?」

「サイレンススズカ先輩の逃げ切りに賭けます」

「あなたも? 私もなんだ。スズカさんみたいに逃げられたら、すごく気持ちよさそうだよね!」

「はい。逃げ切れたら、良い気分でしょうね」

 

 私は1度も逃げ切れなかったけど、とは言わない。

 

 どうやら逃げ馬仲間らしい彼女とは、この先も話す機会があればきっと仲良くなれるだろう。勝手に親近感を抱いていると、未だに聞きなれない本バ場入場曲とともに、勝負服を身に纏った今日の出走者が入場を始めた。

 

 サイレンススズカが軽やかな足取りで芝の上を駆け出し、ライスシャワーがその後について行く。

 

 タイキシャトルが元気溌剌、絶好調と言うように飛び出した直後、ツインターボが全力で返しウマを始めた。

 

 その様子を見ていたダイワスカーレットが「今から全力を出して大丈夫か」と言うような目を向け、ヤエノムテキはコースに出ると深呼吸をしてから「押忍!」と声出しをした。

 

 新入生の黄色い声を聞いたらしいキタサンブラックが席に向かって手を振り、その後に入場したタマモクロスが耳聡く「小さい言うな!」と叫ぶ。

 

 スペシャルウィークはサイレンススズカの傍に近づいて言葉を交わした後、きりっとした凛々しい顔つきに変わる。入場する前から挙動不審だったアグネスデジタルだが、既に尊みに震えているようで、外ラチに掴まりやっとの思いで立っていた。

 

 生徒会所属であるために出るとは思われておらず、サプライズ出走となったエアグルーヴが、機嫌の悪そうなトーセンジョーダンと入場口の間で、何かを阻むように睨みを利かせている。

 

 エイシンフラッシュはその傍で芝の様子を確かめながら、何かへの対策の手伝いをしている。その後から出て来たテイエムオペラオーは帽子を脱ぐと胸の前で抱え、観客席へ向けて完璧なお辞儀を見せてファンサービスに余念がなく、ゼンノロブロイは何時如何なる時でもファンの存在を忘れない彼女に感心している様子だ。

 

 スーパークリークは入場するや否やタマモクロスを宥めに行き、ウオッカは返しウマ中に偶々傍を通ったダイワスカーレットと口喧嘩を始めた。最後に入場したゴールドシップは、トーセンジョーダンにちょっかいを出そうとしているのか、エアグルーヴとエイシンフラッシュの隙を窺っているように見える。

 

 このメンバーが発表された瞬間、学園内にどよめきが生まれたことにも納得できる豪華さだ。出走者の多くは秋の天皇賞を勝っているのだから。

 

 発走時刻が近づき、それぞれに散らばって返しウマをしていた出走者たちが、第1コーナー奥のポケットへ向けて、近道を通り集まっていく。競走馬ではないためか、ぐるぐると輪乗りはしないようだ。

 

「ゲートが遠くて、ちょっと残念だね」

「そうですね。2400なら目の前にいたはずですから」

 

 新歓レースは毎年条件を変えていると聞いたので、こればかりは運と言うことだろう。

 

 聞き慣れないファンファーレが流れた後、各ウマ娘がゲートに収まっていく。大外のゴールドシップが収まり、係員が退避するための少しの間が開いた後、ゲートが開いた。

 

 ハナを切ったのは、当然のようにツインターボだ。それと競り合うようにサイレンススズカが前に出て、第2コーナーを曲がっていく。逃げ潰れることがわかっているツインターボと競り合うなどということは、普通ならしないのだろう。しかしこれはレクリエーションだ。楽しんだもの勝ちとでもいうような、意気揚々とした顔で2人が競い合っている。

 

 向こう正面に入り、先行勢は大逃げ勢の後を追う展開だ。8馬身程度後ろの好位につけているのはタイキシャトルとダイワスカーレット、少し遅れてライスシャワーとキタサンブラックだ。そのすぐ後ろにヤエノムテキ、スペシャルウィーク、外目にアグネスデジタルが控えている。真剣な眼差しで前方を見据えるスペシャルウィークを見て、アグネスデジタルの頬が緩んでいる様子がターフビジョンにばっちり映っていた。

 

 1000m通過タイムは57秒1、だれもが予想した通りのハイペースかつ縦長の展開でレースは進んでいる。

 

 東京の2000mは内枠が有利ということもあって、外枠勢は後方集団となった。第3コーナーに入り最終直線を見据えた攻防が活発になっている。似たような展開で走ったことがあるトーセンジョーダンが、やや有利に走っているか。差しに向いたハイペース展開だが、逃げ潰れがあまり期待できないサイレンススズカを差し切れるか心配しているようで、厳しい表情だ。

 

 大欅を超えて第4コーナーで、最後方にいたゴールドシップがまくり始めた。それとは対照的に先頭を走っていたツインターボが垂れていき、それを躱そうとしてバ群がばらばらに崩れる。

 

 一足先に最終直線に入ったサイレンススズカは、ツインターボとの競り合いで息を入れる隙がなかったようで、苦しそうな顔で長い坂を駆けあがっていく。先行勢もほとんどはバテ気味のようでなかなか上がってこないが、タイキシャトルは持ち前のパワーを活かして坂で一気にサイレンススズカに迫る。

 

 控えていた後方集団は溜めていた脚を使って、先頭との距離を詰める。しかし、垂れてきたツインターボに乱された影響で仕掛けが遅れたようだ。ぎりぎり届かないように見える。

 

 ゴール前50mで、タイキシャトルがサイレンススズカに並ぶ。大歓声の中、ラフィさんが珍しく大声を出して全力で応援しているのが聞こえてきた。必死な顔をしたトーセンジョーダンが2人に並びかけて、決勝線を駆け抜けた。

 

「熾烈な熱戦、アタマ差でタイキシャトルが制しました!」

 

 実況がタイキシャトルの勝利を伝えた瞬間、ラフィさんのもはや声になっていない叫び声が響いた。

 

 

 

 ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ 

 

 

 

 眠る前の自由時間に、私とラフィさんはネットのタイムシフト配信で今日の新歓レースを見返していた。ラフィさんの私物のタブレットをベッドに置き、その前にスツールを移動させて2人で並んでいると、お風呂上がりのいい匂いがして胸が高鳴ってしまう。

 

「坂を駆けあがるタイキ先輩、何度見ても本当に格好良いです……!」

 

 新歓レースの後からずっと上機嫌そうなラフィさんは、膝の上に載せて抱きしめたタイキシャトルのビッグぱかプチに、お風呂上がりのほんのりと赤い顔を埋めてそうつぶやいた。

 

「正直、最終直線に入った辺りではタイキシャトル先輩が来ると思っていませんでした」

「かなりハイペースでしたからね。そう思うのも無理はありません。でも、タイキ先輩は勝つんです!」

 

 ラフィさんが背筋を伸ばして、えへんと胸を張る。「私は今とても気分が良いです」と自己主張するように、ピンと立ち上がった耳がピコピコと動いていた。推しが活躍すると自分のことのように嬉しい。そう思う気持ちはよくわかる。

 

「でも最後、トーセンジョーダン先輩が来ましたね」

「そうですね。ターボ先輩が一気に垂れてなければ、差し切られていたかもしれません」

 

 トゥインクル・シリーズ芝2000mのレコードを記録しただけのことはある。ほんの少しでも展開が違えば、18人の誰が勝っていたのかわからないレースだった。

 

 もう1度レースを見返そうとしたとき、スマートフォンのアラーム音が今日の就寝時間を知らせる。

 

「あっ、時間ですね。そろそろ寝ましょうか」

「はい」

 

 私はスツールを、ラフィさんはぱかプチを元の位置に戻し、それぞれのベッドに潜り込む。左を向くと、掛け布団を被ったラフィさんもこちらを向いていた。

 

「おやすみなさい、ラフィさん。明日はよろしくお願いします」

「いえいえ、こちらこそ。おやすみなさい、ノヴァさん」

 

 ラフィさんが手元のリモコンで照明を消して数分後、安らかに寝息を立て始めた。

 

 私はと言えば、全く寝付けなかった。頭の中をぐるぐると巡るのは、今日のレースでもし私が出ていたら、どう走ったのかということだ。もちろん、今の私では勝てないことはわかっている。本格化も迎えていないし、相手は歴戦の名()達だ。デビューもしていないウマ娘が考えることではない。

 

 しかし、前世の私ならどうだっただろうと考えてしまう。競走馬として生きていた中で、間違いなく最高に仕上がって絶好調だった、2回目の秋天を走ったときの私ならと。たとえ大外でも、サイレンススズカに負けず劣らず逃げることはできただろう。ツインターボの垂れがなくても、タイキシャトルやトーセンジョーダンから五分五分で逃げ切ることはできただろう。

 

 でも、何ら意味のない仮定だ。私の左前脚は折れて競争中止になり、落馬した鞍上は騎手を引退せざるを得ない大怪我を負った。種牡馬になっても、ただの1勝もできなかった馬に価値などない。オーナーを継いだ娘さんの牧場に負担だけかけたようなものだ。最後の世代の子たちの顔を見ることはできなかったが、それまでを考えたらまず活躍はできなかっただろう。

 

 私は、私に期待された何もかもを裏切ったんだ。




レースを書くのはとても難しい、ということを学びました。

2021/08/22 06:55
ノヴァからアダラチームメンバーへの呼び方を変更いたしました
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