秋の盾をあなたに   作:江芹ケイ

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前話までの下記の点について修正いたしました。
・ノヴァからアダラの先輩たちへの呼び方の表記ぶれ
・コンフュージョンのあだ名(『コン』から、初出時の『フユ』に揃えました)


第14話:メジロ家令嬢の未勝利戦

 トレセン学園に来てから初めて、ラフィさんのいない夜が明けた朝。昨日ラフィさんがどうしてもとお願いして来たので、寮の食堂でリツさんと待ち合わせたのだが。

 

「……ノヴァちゃん、昨日眠れなかったでしょ」

 

 リツさんは私を見ると眉をひそめて、開口一番にそう言った。

 

「なんでわかるんですか?」

「いや、もう、目が眠そうだし。どうしたの?」

 

 昨晩は人恋しさからなかなか寝付くことができず、ふとした拍子に思考が負に傾いてそのまま眠れなくなってしまったのだ。だいぶ記憶は怪しくなってきているが、前々世のまだヒトだったころから、床に就いた後で不安が噴出してきて眠れなくなってしまう悪癖があり、昨日もそうなったわけである。

 

 1度は覚悟を決めたのに、『半端者が本当に競走の世界に戻ってきてよかったのか』、またくよくよと考え込んだり。ラフィさんの運命をどうしたら変えられるのか悩んだり。不安事には事欠かない今世だ。

 

 結局ようやく眠気が来た時には朝の4時近くを迎えており、2日連続で朝練を休むことになった。

 

「布団の中で考え事をしていたら朝になっていまして」

「これじゃあ、ラフィを心配性だなんて笑えないなぁ」

「すみません……」

「寮に入ったばかりなら、そういうこともあるよ。ご飯取りに行こう?」

 

 そう言うとリツさんはお盆を持って、朝ごはんを取りに歩きだした。私も後をついて行き、今日のメニューを確認する。どうやらオムレツとサラダらしい。ご飯よりはパンの気分なので、ラフィさんがいつも好んで食べるクロワッサンを10個と、コンソメスープをお盆に載せてリツさんの前に座る。

 

「いっただっきまーす」

「いただきます」

 

 リツさんが食事を始めると、どんぶりに山盛りになった白いご飯があっという間に消えていく。尻尾が元気に揺れていて、ウマ耳もピコピコと擬音が聞こえてきそうなくらい動き回っており、実に上機嫌そうだ。

 

 ご飯を美味しそうに食べる人は見ていて気持ちがいい。そんなことを考えながら私もクロワッサンを食べる。サクサクとした食感とほのかな甘さは、ラフィさんがいつも食べる理由がよくわかる美味しさだ。ハムとチーズの入った、ふわふわのオムレツとも実によく合っている。

 

 私とリツさんが朝ごはんを食べ終えるのは、ほぼ同時だった。途中でご飯をお代わりしに行っていたのに、どうして私と同時なんだろう。そっくりさん4人組の中では1番小柄なのに、いったいどこに食べたものが消えているのか不思議でならない。

 

 自分の分のついでにリツさんの分の紅茶も淹れて、食休みを取る。どうやら紅茶のわずかな渋みも嫌いなようで、リツさんはミルクと砂糖をたっぷり入れて紅茶を飲んでいる。いつものルーチンだが、やっぱりラフィさんがいないと寂しい。

 

 少し紅茶が冷めてきたところで、リツさんは行儀など知らないと言わんばかりにティーカップを呷って紅茶を飲み干す。リツさんは立ち上がると、まだ紅茶を飲んでいる私に向かって声を掛ける。

 

「私は今日も練習があるから、もう行くね。今日は11時にはみんなカフェテリアに行くから、一緒にラフィの応援しよっか」

「はい」

「それまでは……」

 

 リツさんは私の目をじっと見て、提案した。

 

「もう1度寝てきたら?」

「……そうします」

「時間になっても来なかったら電話するねー」

 

 手を振りながら、リツさんが駆け出していく。

 

 ……紅茶を飲んだのは失敗だったかもなぁ。

 

 誰に言うでもなく、ポツリと一言を漏らした。

 

 

 

 ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ 

 

 

 

 10時30分、カフェインが効きだす前にさっさと眠り頭がすっきりとした私は、約束の時間からはだいぶ早いけれども、カフェテリアに来ていた。カフェテリアには土日になると多数のテレビが置かれ、その週に開催されているレースを観戦できるようになっている。1か所につき2台のテレビがあり、パドックの映像も流れるようになっていた。

 

 そのうちの1か所である長机の前に、ここにいると思っていなかった見覚えのある2人がいる。私が近づくとその2人――そっくりさんたちの中で唯一流星持ちのフユさんと、たれ目気味なのでおそらくネルさん――も気が付いたようで、手を振って来た。

 

「おはよう、ノヴァちゃん」

「おはようー」

「おはようございます。2人は、今日お休みですか?」

 

 リツさんが練習に向かったので、てっきり2人もトレーニングをしていると思っていたのだ。

 

「そう。私たちはまだデビュー前だし、やっぱりこの時期は忙しいからね。そっちに集中してもらおうと思って」

「リツはもうすぐ橘ステークスだし、ローズは京王杯スプリングカップに出るでしょ。トモエはなんと、ヴィクトリアマイルに出る予定なんだって!」

 

 ヴィクトリアマイル、4歳以上牝馬――シニア級ウマ娘のためのGI競走だ。牡馬牝馬セン馬の区分がない今世だと、安田記念と条件が丸被りしているレースだ。しかしウイニングライブの楽曲も『本能スピード』で被っていた前々世と異なり、今世では楽曲が異なるために格好いい系か可愛い系かで、アイドルとしての路線が異なるレースになっている。

 

「すごいですね!?」

「すごいでしょう! 私も誇らしいよ……」

「フユが走るわけじゃないでしょ……」

 

 ふんすふんすと胸を張るフユさんに、ネルさんがあきれた様な目を向けている。先輩ではあるけれど、なんとなく可愛らしくて思わず笑ってしまう。

 

 前世では当たり前のようにGI競走を走っていたので実感に乏しかったが、本来なら身内が重賞に出走することそのものがすごいことである。

 

「ここ、座ってもいいですか」

「もちろん。ノヴァちゃんの分も合わせて、最初から6人分確保してるからね」

 

 意識を向けていなかったが、確かに椅子と机の上に荷物を置いて席を確保しているようだった。マナー違反ではないだろうかと思い、フユさんに尋ねる。

 

「そんなことしていいんですか?」

「暗黙の了解ってやつよ。同じチームの子が出るときは、お互いに優先し合おうねって」

「そうなんですか」

 

 明文化されていないルールほど怖いものもないな、などと思いながらテレビから1番離れた席に座る。

 

「そこでいいの? ラフィが走るんだよ?」

 

 その様子を見ていたネルさんが、1番テレビに近い席を勧めて来る。しかし、だ。

 

「ありがとうございます。ただ、興奮しすぎて立ってしまうかもしれないので、ここでいいです」

「だって。フユも見習ったら?」

「トモエがすごいのが悪いんだよ」

「人のせいにしない」

「はい」

 

 大げさにシュンとするフユさんを横目にテレビを見る。阪神の第2レースが終わったようだ。ラフィさんが出るレースは福島の第4レース、前世と異なりパドックには1人1人順番に出てくることを考えると、ウマ番13番のラフィさんがテレビに映るのは11時の5分前くらいだろうか。

 

 ラフィさんの出番を心待ちにしながら、生中継されている映像を見る。未勝利戦ばかりと言うこともあって、前世の私ならソラを使っても勝てるだろう。それでも、0勝だった私よりもずっと立派な戦績をしている。

 

 フユさん、ネルさんと一緒に、さっきのレースはどうだった、私ならこうするなど話し合いながら過ごす。

 

 そうこうしているうちに福島のパドックお披露目が始まり、ラフィさんの番が来た。

 

『1番人気。7枠13番、メジロラフィキ』

「ラ゛フ゛ィ゛さ゛ん゛!」

 

 気が付いたら椅子を吹き飛ばして立ち上がっていた。テレビ越しでもわかる肌やキューティクルの煌めき、やる気に満ち溢れて輝く翠色の眼、パドックにいるファンに笑顔を振りまきながら手を振る所作、その全てが美しさと可愛さを奇跡的なバランスで両立させたうえで成り立っている。間違いなく絶好調だ。思わずテレビに向かって身を乗り出してしまう。

 

「……ノヴァちゃん」

「ラフィさん、カメラ、カメラを見てください!」

「ノヴァちゃん」

 

 ガシッと頭を両手で掴まれ、正面を向かされる。そこには、目じりをぴくぴくと震わせるネルさんがいた。

 

「いくらなんでも、もう少し静かに。ね?」

「……はい」

 

 周りを見ると、なんだなんだと他のウマ娘たちがこちらを見ていた。完全にやらかしてしまったことを察し、私は数mほど離れた場所に落ちていた椅子を回収して座り直した。

 

 

 

 ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ 

 

 

 

「いやぁ、それだけ元気そうなら2度寝した甲斐があったね」

「本当、ライブもマイク無しでできそうなくらいだったよ」

「すみません……」

 

 午前のトレーニングを切り上げた3人が予定よりも遅く合流した後、リツさんが今日休みだった2人に体調を尋ねると、当然のように私のやらかしの話になった。反省はしているが後悔はしていない。それはそれとして平身低頭するしかない。

 

「私は気持ちわかるけどねー」

「フユは同じようなことをトモエ相手にしましたからね」

「それほどでも」

「褒めてはいませんよ?」

 

 ローズさんがフユさんに釘を刺す。どうやらやらかし仲間がいたらしい。視線を送るとフユさんも気が付いたらしく、固く握手を交わした。

 

「友よ……!」

「推さずして何がファンでしょう……!」

「そこ、共感しあわない」

 

 半目になったローズさんの注意とほぼ同時に、映像が福島に切り替わったことを実況が知らせる。弾かれた様に私の首がテレビの方を向いた。スターターがスタンドカーに乗って持ち上げられていき、旗を振る。それを合図にファンファーレが流れ始め、ゲート入りが始まった。ラフィさんは落ち着いた様子でゲートに入り、じっと精神を集中させている。ラフィさんは逃げ先行型なので、13番は少々不利である。スタートが重要になって来るだろう。

 

 全員の枠入りが終わり、一瞬だけ静寂が訪れる。誰かが固唾を飲む音がして、ゲートが開いた。

 

 半数近いウマ娘が出遅れたが、ラフィさんは無事に良いスタートを切れたようだ。先頭から2バ身差の5番手で第1コーナーに入り、第2コーナーを回る頃には先頭から6バ身半、3番手から2バ身半の位置につけていた。ラフィさんは外枠だったこともあり、最内こそ取られてしまったものの、5番手の好位群であることには違いない。

 

 やや縦長の展開だが、向こう正面でラフィさんの後ろにつけていたウマ娘たちが上がり始める。ちらりと後ろを見てそれを確認したラフィさんはペースアップすると、第3コーナーで3番手のウマ娘の後方外側から上がっていく。

 

「うまく蓋したね」

「外々を回るのは辛いし、後ろは直線勝負かな」

 

 先行勢のトモエさんと差し勢のローズさんが、レース運びを分析している。後続の子はラフィさんとその内側を走る子に阻まれ、思うように走れない状態だ。私はラップ走法と大逃げの組み合わせ型なので、そういうのはあまり得意ではない。

 

 第4コーナー途中、残り3ハロンでラフィさんたちが加速する。先頭の子とゴールを鋭く見つめるラフィさんは、福島の短い最終直線に入ったときには2番手につけていた。他のテレビからもそれぞれに応援する声が聞こえてくる。それに負けじと私たちも声を張った。

 

「行け! ラフィさん!」

「やっちゃえ、ラフィ!」

「1バ身半なんて何とでもなる!」

 

 目を見開いたラフィさんが全力で走る。しかし先頭との差が、約2バ身差が埋まらない。

 

「あぁっ!」

 

 残り50mで後ろから差してきた子にラフィさんが交わされ、そのまま3番手でラフィさんは入線した。

 

 

 

 ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ 

 

 

 

 夜の0時過ぎ、静かな寮室で、私は自分のベッドに座りラフィさんを待っていた。

 

 カフェテリアでも放送されていたURA運営の専門チャンネルは、地上波ではその日のメインレース分くらいしか流さないウイニングライブを、最初から最後まできっちり放映してくれる。そこまでディープではないライトなファン層は、ウイニングライブの専門チャンネルだと思っている節があるくらいだ。畜産も扱っていた前々世のチャンネルとの最大の違いである。

 

 今日のウイニングライブに出たラフィさんは、何も知らない人が見れば輝くような笑みを浮かべてライブを成し遂げた。けれど、私やアダラのチームメンバーたちのように日ごろから付き合いのある人から見れば、意気消沈しているところを奮い立たせてステージに立っていることは容易に察することができた。

 

 ラフィさんは、名門メジロのお嬢様である。故に、どれほど落ち込んでいたとしても、ウイニングライブをきっちりやり遂げてしまえるよう教育を受けている。素晴らしいプロ根性ではあるが、だからと言って落胆しているときに元気づける必要がないわけではないだろう。それに、極めて個人的な理由だが、ラフィさんに今日のうちに「お疲れさまでした」と伝えたいのだ。

 

 私のウマ耳が、廊下を歩く聞き覚えのある足音に反応してぴくりと動く。廊下は足音が少し響くので、その特徴で歩いている個人を特定できるのだ。足音の主は私とラフィさんの部屋の前で止まり、動かなくなる。しばらくの後、少し躊躇う様にドアノブが回った。

 

 静かに開かれた扉の隙間から、様子を伺う様に翠色の瞳が覗く。

 

「お疲れさまでした、ラフィさん。おかえりなさい」

「……ただいま、帰りました」

 

 挨拶を返してくれたラフィさんが部屋の中に入り、そのまま私の前に来る。もじもじとした様子のラフィさんが小さな声で話す。

 

「ごめんなさい。勝てませんでした」

 

 ぺったりと頭に沿って折れたウマ耳と、脚の間に収まってしまった尻尾。相当心に来ている様子だ。どうしたら元気を出してもらえるか。少し考えて、私の調子が良くないときに妹がする方法を思い出した。自分の心臓が興奮のあまり破裂するかもしれないし、馬っ気が出てしまっている気もするが、手段としてはありだ。そう判断すると、私はラフィさんに声を掛けた。

 

「ラフィさん、少し屈んでもらえますか」

 

 ラフィさんは不思議そうに首を傾げたが、私のお願いを聞いてくれた。

 

 私はベッドから立ち上がると、目線が私と同じ高さまで下がって来たラフィさんを、正面から抱きしめた。予想していなかったのか、ラフィさんの柔らかい体が一瞬だけ硬直し、しかしすぐに力が抜けた。今日のレースとライブで疲れ切っているのか、体が少し熱を持っている。いつもラフィさんが纏う柑橘系の香水の匂いはせず、シャンプーのいい匂いだけがしていた。ウイニングライブの後、シャワーを浴びたのだろう。

 

「その、ハグ、をすると、ストレスが減る、らしいですよ?」

「……ありがとうございます」

 

 ラフィさんが私を抱きしめ返す。心臓の高鳴りも、体中に血が巡り頬に上る熱も、上ずった声も、全部、ラフィさんに伝わってしまっているかもしれない。この気持ちがばれて距離を取られたりしたら、嫌だと思う。それでも、もしこれでラフィさんが元気を出してくれるなら、やらない理由はなかった。

 

「ノヴァさん」

「はい」

「今日はダメでした。でも――」

 

 ラフィさんが腕を緩めて、真剣な目で私を見つめる。

 

「次は、勝ちますね」

「はい。信じています」

 

 力強く、ラフィさんは誓う。格好良くて、今にも倒れてしまいそうなくらいにくらくらとしてしまうけれど、どうにか答えを返した。

 

「……それはそれとして、あと5分だけ、このままでいいですか?」

「はぃ……」

 

 今日は、昨日までと別の理由で眠れないかもしれない。




別題:距離感ぶっ壊れ系お嬢様に手遅れにされる日

2021/10/03 09:45
橘ステークスの時期を間違えていたので修正いたしました
(来週はリツが橘ステークスに出るし→リツはもうすぐ橘ステークスだし)
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