秋の盾をあなたに   作:江芹ケイ

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第21話に一部加筆を行いました。
詳細については後書きに記載しています。
このままお読みいただいて問題ありません。


第22話:顔を合わせると気まずいあの子

「ノヴァちゃん、ノヴァちゃん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 

 大型連休が明けた水曜日、午前中の授業を終えて「さぁ、お昼だ」というタイミングでクラスメイトが話しかけてきた。緊張しているのか、長い葦毛のサイドテールを指でくるくると弄っている左耳飾り(牝馬)の少女である。

 

「な、なんですか? ネレイドランデブーさん」

「もう、『ランって呼んで』って言ってるじゃない。それに、そんなに身構えられると傷付くんだけど……」

「す、すみません……」

 

 意図せず引き絞ってしまったウマ耳を撫でつけ、向きを元に戻していく。クラスメイトに話しかけただけなのに耳を絞られたら、当然不愉快だろう。無意識とはいえど配慮が足りなかった。

 

 彼女は私が一方的に苦手にしていると言うか、引け目を感じているウマ娘だ。なぜなら――。

 

 ……前世の繁殖相手がクラスメイトとか、三女神様とやらは絶対に性格悪いと思う。

 

 前世の種牡馬時代、私は100頭以上付けた初年度産駒の勝ち上がり率1割切り(・・)の悲惨な繁殖成績を残し、種牡馬としての需要はあっという間になくなった。しかしその後でも、孫娘さんは『ドリーちゃんの子でGIに勝つ』と言って、私に血統上期待できる繁殖牝馬を割り当て続けた。もちろん現実というものは非情で、私の知る限り産駒の成績は2勝クラスがせいぜいだった。

 

 そんなゴミのような遺伝子を持った私の最晩年の相手が彼女、ネレイドランデブーである。3歳でエリザベス女王杯を、翌年にヴィクトリアマイルを勝利し、血統も超が付く良血の牝馬だった彼女は、まかり間違っても終わった種牡馬である私に割り当てて良い繁殖牝馬ではない。彼女に種付けした回数は4年連続4回――最初の産駒がデビューする直前くらいの時期に私は死んだが、牝馬の貴重な繁殖機会を4回も無駄にさせてしまったことは想像に難くない。

 

 今世の彼女は、そんなことを露知らず『運命的な何かを感じるの』と言って、にこにこと明るく絡んでくるのだ。

 

 ……それは悪縁だと思うよ。

 

 そんなことを言うわけにもいかず、ただただ前世由来の申し訳なさで胃痛がしてくる。この調子だと他にも前世での相手だった子が学園にいそうで、今から恐ろしい。

 

 そもそも、15年以上世代が異なるはずなのにどうしてクラスメイトにいるのか不思議でならない。まあ、マルゼンスキー(77年クラシック世代)サトノダイヤモンド(16年クラシック世代)が同時期にトレセン学園にいる時点で、そういうものだと思うしかないのだが。私と最低でも20年以上世代が離れたラフィさん(女神様)と同室の後輩になれたと考えれば、この不思議現象も悪いことばかりではない。

 

「あの、何の用ですか?」

「あ、うん。この写真なんだけど……」

 

 そう言って彼女が見せてきたスマホには、2つの画像が表示されていた。先日の誕生日会で撮影された、私とラフィさんのツーショット写真と、自撮り棒を使って撮ったチームアダラのウマ娘とトレーナー全員プラス私の記念写真だ。アダラの広報用ツイッター公式アカウント――「1番ネットに詳しいから」という理由で、ネルさんが運用しているそれ――にアップロードされたものである。

 

 彼女は艶やかな髪を指に絡めながら、ほんの一瞬だけ口を開いたまま固まる。

 

「誕生日だったんだね?」

 

 すぐに言葉は続いたが、私にはそれが何から言おうか迷った結果であるように感じられた。

 

「はい。教えていなかったのですが、春の感謝祭でお母さんから聞き出していたみたいで」

「ふぅん。そうなんだ。ふーん……」

 

 目を合わせてそう答えるも、目を逸らした彼女は薄く化粧した唇を尖らせた。

 

 ……なんだか、不機嫌そう?

 

 そのような疑問を覚える。しかし彼女は、私が深く考える前に間髪入れず次の話題に進んだ。

 

「ノヴァちゃんは、やっぱりアダラに入るの?」

 

 落ち着きなく髪を弄ったまま、彼女は首を傾げる。

 

「選抜レースもまだなのに、入れるわけないじゃないですか」

「でも、仲良さそうだし……」

 

 ……もしかして、抜け駆けしていると思われているのかな。

 

 大半の学園生は、選抜レースで見せ場を作って初めてトレーナーの目に留まる。数少ない例外はいるが、珍しいからこその例外だ。では、もしトレーナーに見つけて貰うために頑張っている横で、先輩のコネでチーム入りするような子がいるとしたら。当然良い気はしないだろう。

 

 もちろん、コネで見込みのない子を担当するような人間は中央のトレーナーにはいない。トレーナーだって少しでも能力のある子、成長の余地のある子を担当したいと思っているし、それでも、原石だと思った子がただの石ころのまま終わってしまうなんて、よくあることだ。

 

 だが、例えば同程度に才能を感じさせる子が同じ世代に2人いて、その2人の目指す路線が被っているなど、どちらかを選ばねばならないとしたら。知己であるかどうかということは、トレーナーとウマ娘の双方の意思決定に影響を与えうる。

 

 コネは担当を決めるうえで決定的な要素にはならないが、迷った時の最後の一押しにはなるのだ。

 

 一瞬の間、どう弁明するか考えをまとめるために黙り込んだ後、彼女に答えを返す。

 

「ラフィさんは同室の先輩ですし、その繋がりでアダラの皆さんにも良くして頂いていることは事実です。でも、トレーナーはそれで担当を決めるほど甘い人ではありませんよ」

「……そうじゃないんだけどなぁ」

 

 ポツリと彼女がつぶやいた言葉が、私の耳に入る。どうやら抜け駆けに対する釘差しではなかったらしい。ならば。

 

「あっ。どこか見学してみたいとかですか? どこのチームも、それこそリギルやスピカでも、生徒の見学ならいつでも受け付けているらしいですよ?」

「そうでもない、んだけど……。うん、良いこと聞いたよ。ありがとう」

「どういたしまして……?」

 

 もはや彼女が何を望んでいるのか、皆目見当もつかない。前世牡馬には、女心の理解など夢のまた夢ということだろうか。

 

「……ねぇ、ノヴァちゃん。今日は一緒にお昼食べようよ」

 

 うんうんと悩んでいると、数回深呼吸をした彼女が、意を決した様に一つの提案をしてきた。

 

「うーん、今日もラフィさんと約束してますし……」

「じゃあ私も一緒でいいか聞いてもいい? ダメだったら今日は諦めるから」

 

 私が少し渋る様子を見せて言外に断りを入れるも、彼女は妥協案と共に踏み込んで来る。

 

「まぁ、それなら……」

 

 どうやら逃げ切れないようだと悟った私は、白旗を上げることにした。

 

 

 

 ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ 

 

 

 

「もちろん、いいですよ」

「わぁ、ありがとうございます。ラフィ先輩!」

 

 笑顔でそう答えたラフィさんに、ランデブーさんが両手を合わせて満面の笑みで感謝を返す。急な話なのに、心優しいラフィさんは快諾してくれたのだ。やはり女神か。

 

「それにしても、安心しました」

「ん? 何がですか?」

「お昼ご飯はほとんど毎日一緒に食べていますよね? お友達と仲を深める邪魔をしていないか、実は心配だったんです」

 

 心底安心した様子を見せるラフィさんだが、ネレイドランデブーさんは別に友人というわけではない。少なくとも、彼女に苦労を掛けさせただろう私からそういうべきではないのだから。真実を伝えるべきだろうか。

 

「いっつもお昼になるといつの間にかいなくなってて。やっとノヴァちゃんを捕まえられたんですよ!」

「やっぱりそうでしたか。3年生の方がカフェテリアに近いのに、何時もノヴァさんが先に待っていたので、そうじゃないかとは思っていましたが……」

「はい。休み時間に約束しようとしても、いっつも難しそうな本読むのに夢中で話しかけにくいし……」

「ノヴァさん、高等部の先輩たちでも読むかわからないような本を読んでますからね……」

 

 言おうかどうか迷っているうちに、彼女と私が友人であるとラフィさんに印象付けられていくのを感じる。ここまで来ると余計な波風を立ててしまうだろうと判断し、訂正は諦めることにした。食事を先に摂るべきだろう。

 

「あの、ラフィさん、ランデブーさん、まずはお昼取ってきませんか?」

「それ! 先輩、ノヴァちゃんひどいんですよ! あだ名で呼んでって言っても聞いてくれないんです!」

「えっ、そうなんですか?」

 

 

 私の声を聞くや否や機敏な動きで振り返り、私をびしっと指さしたランデブーさんは、ラフィさんに向かって再度振り向き不満を漏らす。するとラフィさんは意外なことを聞いたような表情で私を見た。

 

 ……やばい。藪蛇突いた!

 

 緩い三つ編みをふわりと揺らしながら、ラフィさんは首を傾げて口を開く。

 

「ノヴァさん、私やリツたちのことはすぐあだ名で呼んでくれましたよね?」

「いいなぁ。いいなぁ!」

「いえ、それは、その……」

 

 回答案その1――あだ名で呼んでと言われたから。

 

 ……ランデブーさんをあだ名で呼ばないことと矛盾が生じちゃう。

 

 回答案その2――先輩からそう言われたから。

 

 ……ラフィさんが「先輩だからですか?」と、先輩であることの優位性を使ったと勘違いして気にしてしまうかも。

 

 回答案その3――前世で引け目があるから。

 

 ……電波女呼ばわりは勘弁。

 

 完全に、詰みだ。

 

「なんとなくで、別に理由があるわけではないですけど……」

 

 答えないのも不自然だからと、しどろもどろな答えを返してしまう。するとランデブーさんが私の両手を彼女の両手で包む。

 

「じゃあ、『ラン』って呼んでくれるよね?」

「えっとぉ……」

「ね?」

 

 彼女はさらに一歩踏み込み、私に圧を掛ける。目線を逸らしてラフィさんに助けを求めるも、女神様は友情が育まれる過程を観覧するつもりなのか、これに関しては完全に傍観者でいるつもりのようだ。

 

 観念せざるを得なくなった私は、ランデブーさんと目を合わせて声を発する。

 

「……ランさん、でいいですか」

「うん、うん!」

 

 私の目の前で、パッと明るい笑顔が咲く。ラフィさん(女神様)は別格としても、ランさんもウマ娘だけあって美少女だ。牡馬だった身としては、なんだか気恥ずかしくなってしまう。

 

「ジャス子ォ! しっかりしろ!」

「あしげ、あしげ、ゆり、とうとみ……」

「お前、葦毛なら誰でも何でもいいのか!」

「違うの、シップ、聞いて……」

 

 カフェテリアのどこからか、聞いたことのある声と、聞いたことのない声が響いていた。




当初予定になかった子が増えてしまいました。
反省はしますが後悔はしません。

新しく増えた子はアプリ版のモブウマ娘が元なので、検索すればどんな容姿なのかビジュアル的にわかります。
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