秋の盾をあなたに   作:江芹ケイ

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第25話に一部加筆、修正を行いました。
詳細については後書きに記載しています。
このままお読みいただいて問題ありません。


第26話:初めての試験とその結果

 トレセン学園は、中高一貫の女子校である。午後の授業が全てレースやライブに関することに割り当てられていたり、メディアから取材を受けることがあったり、少々特殊なところこそある。しかし午前中に限れば、文科省の学習指導要領をどうにか守ろうと奮闘する普通の学校だ。つまり。

 

「はい、そこまで。鉛筆を置いて、後ろの方から答案を裏向きにして前に渡してください」

 

 試験がある、ということだ。オークスやダービーを控えたこの時期にやるのかと思わなくもないが、日程の都合上、この時期にねじ込むしかないらしい。ヴィクトリアマイルの翌日――初めての中間試験1日目は、全てなかなかの手ごたえとともに終わった。

 

 昨日から精神的に少々の不調を抱えていたが、中学1年生の最初のテストは小学校の復習のようなものだったから、どうということはない。レースやライブに関する科目の試験はまだだが、きちんと授業を聞いてさえいれば90点は固いし、ケアレスミスが無ければ100点だって狙えるだろう。まともに記憶のない前々世のおかげなのか、それとは関係なく今世の地頭が良いのかはわからないが、試験の心配をしなくて良いと言うのは、その分レースのことだけを考えていられるので助かることである。

 

 試験期間の間は4時限目で授業が終わる。チームに所属していて成績に問題のない子は午後からトレーニングがあるようだが、私にはまだ関係のないことだ。ラフィさんはどうだったのかなとか、お昼は何を食べようかとか、とりとめもないことを考えながら、指を組んで体を伸ばす。十分に全身の筋肉が緊張したことを感じてから力を緩めると、気の抜けた息が漏れた。

 

 一時の解放感を堪能して数十秒が経ち、お昼前の授業(4時限目)終わりにすぐ私の机までやって来ることが恒例となりつつある彼女が現れないことに、私は違和感を覚える。

 

 ……いつもなら(・・・・・)、もうランさんが飛んできているはずなんだけど。

 

 そう考えた直後、あだ名で呼び合う関係になってからまだ2週間しか経っていないのに、随分と絆されたなと自分がおかしくなって、口元が弧を描く。

 

 ……たまには、私から行こうかな。

 

 前から3番目の私の席から後ろの方であるランさんの席に向かおうと、自席を立って教室の後ろへ振り返る。

 

 そこには、瘴気が立ち込めていた。もし今が夜だったら悪霊の類が出て来そうな雰囲気で、絶対に近づこうと思わなかっただろう。周りの子たちも少し引いていた。少々尻込みしてしまったが、流石にお昼から幽霊は出てこないだろうと自身に言い聞かせ、尻尾を掴んで前に引っ張りながら歩みを進める。

 

「あはは。おそら、きれい……」

 

 ランさんは魂が抜けたように消え入りそうな声で何事かを呟き、窓の外に視線を投げたまま机に突っ伏していた。私に気が付いた様子を見せないまま、青い窓枠の中に浮かぶ雲を見つめている。

 

 野次ウマと化したクラスメイト達が、早く話しかけてと言うような視線を私に送って来る。私は1度深呼吸をすると、意を決して声を掛けた。

 

「あの、テストどうでしたか、ランさん」

 

 直球で尋ねるのかと周りの子たちが目を見開き、ランさんが油の切れたブリキ人形のような動きでゆっくりと首を上げる。彼女の目はこれ以上ないほどに死んでいた。

 

「ノヴァちゃんは――」

 

 ……地獄の底から話しかけていらっしゃる?

 

「――ノヴァちゃんは、どうだったの?」

 

 普段なら将来への希望で輝いている灰色の瞳が、今日ばかりは艶が無く光を吸い込んでいるようだった。

 

 再び、すぅっと息を吸って答える。

 

「そこそこ、ですね」

 

 一時凌ぎの嘘をついた。正直に「余裕でしたね」などと言おうものなら、憑り付いてきそうだった。結果が返ってきたらバレる噓だが、そこは「手ごたえよりも良かった」と誤魔化しが効く。死因が呪殺は勘弁である。

 

「へぇ。ふぅん。そうなんだ。なるほどー」

 

 再び俯いたランさんが、椅子を膝裏で退けながら立ち上がる。彼女が全身から発する圧に、私も野次ウマの子たちと同様一歩引いてしまう。

 

 ゆらりと動いたランさんが、私の両肩を掴んだ。これから一体何が起きるのか分からず、私の耳が引き絞られていくのを感じる。彼女は1度大きく深呼吸すると、面を上げて私と目線を合わせた。

 

「勉強、教えてぇ!」

 

 先ほどまでのホラー映画を思わせる雰囲気は霧散し、困りに困ったランさんが潤んだ瞳で泣きついてきた。

 

 

 

 ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ 

 

 

 

「あぁ、わかるわかる。小学校の時より自習に使える時間減るんだよね」

「確かに、慣れるまでは少し大変でしたね。一般授業の進みも早くなりますから」

 

 リツさんは何かを思い出すように遠くの方を見つめ、私の左に座っているラフィさんはそれに相槌を打つように口を開く。

 

「ですよね! 無理ですよね!」

「まぁ、どんなものかわからないと、なかなかね」

 

 私の向かいに座るランさんの主張に、口の中のものを飲み込んだフユさんが条件付きながら同意した。

 

 「お昼時だし、食べながら話そう」と言うことでカフェテリアへ行き、ラフィさんたちと合流したのだ。その時に意気消沈していたランさんの様子を見かねた先輩たちが何があったのか尋ね、それにランさんと私で答えた結果が今である。私は一夜漬けでどうにかさせてあげられるほど教えることが上手くないので、先輩の知恵を借りたいと言う心算もある。

 

「1週間あれば少しは教えてあげられたんですけど、今日言われても正直どうしようもないので。何か良い案ありませんか?」

「過去問、スキャンしたので良ければ持ってるよ。あげよっか?」

 

 藁でもいいから掴もうと思ったら、随分と軽い乗りでネルさんが救難ヘリを出した。これには全力で乗るべきである。

 

「良いんですか? ありがとうございます、ネルさん」

「良いってことよー。グループ作るから、2人とも入って」

「ありがとうございます、ネル先輩……!」

 

 一件落着、とまでは行かないが、これでかなり楽になったことは確かだ。だいたいの山が分かれば、教える必要のある範囲も多少は絞れると言うものである。ほっと胸を撫で下ろしていると、ラフィさんが少し心配そうに声を掛けて来た。

 

「ノヴァさん」

「なんですか、ラフィさん?」

「ノヴァさんは、テストどうでしたか?」

「え゛っ」

 

 軽く首を傾ける動きに合わせて、艶やかな鹿毛の三つ編みが揺れる。大変美しいのだが、それはそれとして。

 

 ……ラフィさん、ラフィさん。よりによって今その話を振るんですか!?

 

 純粋に尋ねているだけだとはわかる。しかし、先ほどランさん相手に教室で誤魔化したばかりだと言うタイミングが最悪だった。かといって、私の目を覗き込んで来る女神様の質問に答えないわけにもいかない。故に。

 

「まぁ、そこそこ、でしたね」

「そこそこ、ですか?」

 

 嘘を積み重ねた。心配を深めたようにラフィさんの眉と耳が動く。

 

「大丈夫だよ、ラフィ。心配しなくても、そういうこと言う子は大体成績良いから」

 

 トモエさんが含み笑いをして余計なことを言う。

 

「そうですか?」

「そうですよ、ラフィ。良かったではないですか。勉強が得意な後輩で」

「どうだろうね。ラフィは頼られたがりだからなー」

「リツ、余計なことは言わなくていいです」

 

 ローズさんが安心させようとした横からリツさんがちょっかいを入れ、ラフィさんが頬を朱色に染めて俯く。

 

 うすうすそうではないかとは思っていたが、ラフィさんは他人に頼られることに喜びを見出す性格らしい。私が入寮した初日からいろいろと世話を焼いてくれたのも、きっとそれが理由の1つなのだろう。

 

 トレセン学園に入学してからまだ1か月と少ししか経っていないことが信じられないほど、心中穏やかでない出来事が多々起きている。しかし、精神的に沈んだままになっていないのは、間違いなくラフィさん(女神様)のおかげなのだ。

 

「でも、1週間くらい前からずっとそわそわしてたじゃん? 分からないところとか、遠慮せず聞いて欲しかったんじゃあないの?」

「それ、は……」

 

 ほんの一瞬だけラフィさんの視線が私の方へ向いた後、顔はもちろん制服の襟から覗いている肌まで真っ赤に染まったラフィさんが黙り込んで俯く。恥ずかしいのか、ラフィさんのウマ耳は横向きに垂れていた。

 

 今にして思えば、ラフィさんは初めて会ったときから先輩らしいことをしたがっていた。少し前から「わからないことがあったら、何でも聞いてくださいね」とにこにこしながら言っていたのも、私が汲み取り切れなかっただけで、言外に「遠慮せずに」という意味も含んでいたのだろう。

 

 ラフィさんも試験で忙しいだろうし、今回は余裕だから聞かない方がいいだろう。そう考えて勉強について特に尋ねたりしなかったのだが、ラフィさんとしては頼ってほしかったわけだ。信徒一生の不覚である。三生目だけど。

 

「ラフィさん、次からは遠慮せず聞きますね」

 

 パッと上げられたラフィさんの顔に喜色が浮かび、翠色の瞳と鹿毛の耳が私の方へ向く。パタパタと揺れ出した尻尾の送る風が、私の尻尾の毛を撫でた。

 

「そうですか。えぇ、えぇ。何でも言ってくださいね!」

 

 食器を手放して両手を合わせたラフィさんが小首を傾げ、不意打ち気味にまだ赤みの残るとびきりの笑顔を向けられる。食事中だと言うことも忘れて、私はただただ見蕩れることしかできなかった。

 

「よし、一件落着!」

「1回煽る必要あった?」

「ラフィは感情的になると隠し事できなくなるからね」

「あぁ、確かに」

 

 リツさんとネルさんが何やら話していることも全く耳に入らず、手にしていた箸が落ちた音で私はようやく我に返ったのだった。

 

 

 

 ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ 

 

 

 

 試験が明けた翌週――今年の樫の女王が決まり、ウマ娘(競走馬)にとって1年の区切りとなる祭典(ダービー)を週末に控えた月曜日に、試験結果の返却が始まった。

 

 今日返却された科目に関しては、2科目を除いて満点であった。他の科目もこの調子ならば、学年1位の成績――レースでこそないものの、死んでなお焦がれた1位の称号が手元に転がり込んで来るかもしれない。しかし、ほとんど記憶が残ってないと言えども前々世持ち、と言うことで少しずるをしているような疚しさもあり、素直に喜ぶことは出来なかった。

 

 ……私に前世の記憶なんてなければ、浮かれて家族に自慢していたんだろうなぁ。

 

 少し憂鬱な気分を抱えながら7時限目の授業を終えると、ランさんと共にカフェテリアへ行く。お昼にリツさんに呼ばれ、アダラの皆さんと答案の見せ合いをする約束になっているのだ。

 

 食堂棟の広い開口部を通り少し見回せば、アダラのウマ娘が集まっている一角がどこなのかすぐにわかる。尾花栗毛が4人もいるチームなど、アダラくらいのものだからだ。ネットの無責任な噂話ではあるが、大浪さんたち3人に金髪フェチ疑惑が上がっているのも頷ける話である。

 

「お待たせしました、リツさん」

「おっ、来たね! 座って座って!」

「ノヴァさん、どうぞ」

「ありがとうございます、ラフィさん」

 

 ラフィさんが引いてくれた椅子に私は座り、ランさんはその向かいに座る。

 

「2人とも、お茶をどうぞ」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます、先輩」

「どういたしまして」

 

 机の真ん中にはお茶請けのクッキーが置かれていて、元は綺麗に盛られていただろうそれが少々乱れている様子から、それなりに減っていることが伺える。

 

「今日はトレーニング早く終わったんですか? リツ先輩、今週葵ステークス出るんですよね?」

 

 ラフィさんたちが、そこそこの時間カフェテリアにいたらしいことを悟ったのだろう。ランさんが疑問を口にする。

 

「今日はレースの練習じゃなくてライブの練習だったからね。私は優秀だから、流れ確認するくらいで終わりだよ。私は優秀だから!」

「リツが優秀かどうかはともかく――」

「えっ、ひどくない?」

「――施設の予約とかがあって、毎日レースの練習ができるわけではないから」

 

 トモエさんが、リツさんの抗議を涼やかに無視しながらそう答える。無視されたリツさんは頬を膨らませ、耳が緩く絞られていた。

 

「そうなんですか? チームに入ったら、毎日レースのトレーニングが出来ると思ってました」

「授業を一緒に受ける人がクラスメイトからチームメイトに、教官や先生がトレーナーさんに変わるだけで、基本的なところは変わらないよ。もちろん、メニューは専用のものになるけどね」

「へぇー」

 

 ウマ娘は『走るために生まれて来た』と言われることもあるが、当然人権がある。競走馬のように『走るためだけ(・・)に生まれて来た』家畜ではないので、そのあたりが差異として現れる。競走馬と比べて減少する練習量は、知能の違いに由来する練習効率や朝夕の自主練で補う形になっているのだろう。

 

「リツ、いつまで拗ねているんですか」

「優秀だもん……」

「オープンウマ娘ですからね。優秀ですよ」

「ローズ……」

 

 嬉しそうにリツさんが顔を輝かせる。

 

「お勉強はダメですけど」

「ローズ……?」

 

 へにゃりとリツさんの耳が垂れた。

 

「まぁまぁ、クッキーどうぞ」

「ふぐぉ?」

 

 問答無用で突っ込まれたクッキーを咀嚼するにつれて、再びリツさんの耳がピンと伸びて来る。クッキーを飲み込んだリツさんは紅茶で口の中を流すと、高らかに宣言する。

 

「おいしいから、まぁいいや! それじゃあ皆揃ったし、アダラNo.1頭脳決定戦、withノヴァちゃん&(アーンド)ランちゃん、開始ィ!」

「私は答案を1枚伏せて、ターンエンド!」

「7枚全部、表で出しなさいよ」

 

 ネルさんがネタに走り、それにフユさんがツッコミを入れる。いつもの光景だ。

 

 何とも言えないセンスの名前をした行事だが、お昼に聞いた話だと、何でもアダラの習わしらしい。アダラのトレーナーである大浪さんは文武両道を是とする教育方針で、赤点を取るとトレーニングを取りやめてでも補習させると言う話だ。この方針はサブトレーナーである安城さんや紗雪さんも賛同しており、大浪さんが引退してもアダラと言うチームの教育方針がぶれることはないだろう。

 

『重賞を取れる奴はほんの一握り。ほとんどの奴は勝てねぇまま卒業なり退学なりするんだ。人生は(なげ)ぇんだから、進路に困るような成績は取らせねぇぞ』

 

 お昼に、リツさんが大浪さんの顔真似と声真似をしながら語った内容である。全く似ていなくて、思わず笑ってしまったが、生徒思いの良い指導方針だ。

 

 それはそれとして、このタイトルには1つの問題がある。

 

「まだ7教科しか返ってきていませんよ?」

「私たちのバトルフェイズは、今日だけで終わらないぜ!」

 

 少し声にドスを利かせてネルさんが答えてくれた。おそらく何かのネタだろうが、私にはわからない。とにかくネルさんのテンションが高まっていることだけは理解できた。

 

「ネル、多分ネタ通じてないよ」

「えっ? あっ、ごめんね」

「いえ、大丈夫です。これ、毎日やるんですか?」

「私たちはそうだけど、ノヴァちゃんとランちゃんは時間が合えばで良いよ」

 

 ネタモードから復帰したネルさんがそう口にする。

 

「もういい? それじゃあ、1番は私!」

 

 自信満々にリツさんが答案を広げる。最も良い教科で75点であり、50点代が多くを占めていた。

 

「どうよ!」

「30点代どころか、40点代も無い……!?」

「なんか最近分かって来たんだよね!」

「私たちの苦労がようやく実り始めたんですね……!」

 

 トモエさんが戦慄し、ローズさんが涙を浮かべて感極まった様子を見せる。以前のリツさんはどれだけ悪かったのかが伺える。

 

「リツ、さっきはごめんね。間違いなくあなたは優秀なウマ娘だよ!」

「えぇ、えぇ!」

 

 トモエさんもローズさんも完全に保護者面モードである。ラフィさんたちも一緒になってひたすら褒めちぎり、リツさんが流石に照れ始めてからようやく次の人の番となった。

 

 アダラメンバーの結果だけ述べるなら、平均で90点を超える成績の良い組がラフィさん、トモエさん、ローズさん、惜しくも90点に届かなかったのがフユさん、70点越えがネルさんだった。

 

 頭が良くて髪が艶々で肌が輝いていていつも良い匂いがして抱きしめ合うと柔らかくて世話焼きでお料理上手とは、やはりラフィさんは女神様で、二物を与える天側の存在なのだと確信を深めざるを得ない。

 

 ネルさんが低い理由は、アダラのTwitter広報アカウントのフォロワー数を増やしたり、Youtubeで配信したりと言った、学園の勉強では習わない部分に興味と時間を使っているかららしい。その部分も考慮したらネルさんは90点越えクラスの能力があると言う話だ。

 

 ……ラフィさんたち、とんでもなく優秀では? ずるしてる(前々世持ちの)私の立つ瀬がないが?

 

「じゃあ次は……、ランちゃん、行こう!」

「えっ、ノヴァちゃんから行きませんか、リツ先輩?」

「ノヴァちゃんはなんとなく良さそうだし、過去問パワーでどれくらいカバーできたか気になるからさ」

「うぅ、わかりました……」

 

 そう言ってランさんは恐る恐る自分の答案を出す。初日に受けた科目はギリギリのところで赤点を回避、過去問を参考にして私と一緒に勉強してから挑んだ科目は40点代後半が多く、得意だと自称していた教科なら70点に惜しくも届かないと言ったところだ。決して良いとは言えないが、勉強のコツさえ掴めばすぐにでも伸びるに違いない。おそらくは、今まで非効率的なやり方で勉強をしてきたのだろう。

 

「良いじゃないですか。今回は準備不足でしたけど、次はもっと良い点取れますよ」

「本当……?」

 

 自信なさげに背中を丸めていたランさんの灰色の瞳が、潤んだ上目遣いで私を見つめる。ウマ娘は美少女しかいない種族だ、と言うことを改めて感じる可愛らしさである。

 

「本当です。次はもっと早くから一緒に勉強しましょうか」

「ノヴァちゃん、ありがとう……!」

「私より先に感謝する人がいると思いますよ」

 

 私の言葉を聞いたランさんは背筋をピンと伸ばして立ち上がり、ネルさんに深々とお辞儀をした。

 

「ネル先輩も、ありがとうございます!」

「いいよいいよー。役に立ったなら光栄だよー」

 

 美少女が仲良くしている様は絵になる。アグネスデジタルの気持ちがわかると言うものだ。

 

 ほっこりとした気分に浸っていると、リツさんが声を掛けて来た。

 

「じゃあノヴァちゃん、行こうか」

「はい」

 

 特に臆することなく、私は答案を広げる。100点が5教科、1問うっかりミスをして100点を逃した教科が2つだ。

 

「うわ、こっわ」

「怖いって何ですか、怖いって」

 

 リツさんが少し身を引いている。冗談7割、本音3割と言った顔だ。

 

「ノヴァちゃん、そこそこって、なんだっけ?」

「ここまで良いとは思っていなかったんです。信じてください。ね?」

「うーん、本当かなぁ?」

「本当ですよ、本当」

「まぁ、そこまで言うなら……」

 

 いまいち釈然としない様子のランさんを何とか宥めすかす。先週の勉強会の効果が出て点数が良かったおかげか、何とか成功した。

 

「間違えた問題は……数学が1問と、レース基礎が1問ですか。すごいですよ、ノヴァさん!」

「そ、そうですか?」

 

 にこにこ笑顔のラフィさん直々に褒められて、「ふへへ」と我ながら気持ち悪い笑い声が出てしまう。恐悦至極である。

 

「数学は……単純に計算ミスだね。レース基礎は――」

 

 私が間違えた問題を確認しているトモエさんは、レース基礎の誤答を見て妙な顔をした。

 

「――随分珍しい間違いだね?」

 

『問.下記のGI、J・GI競走に賞を提供する団体を答えなさい(中山グランドジャンプ・中山大障害・安田記念・阪神ジュベナイルフィリーズ)』

 

 その問題に対する私の回答は『農林水産省』だ。しかし。

 

「『文部科学省』と『農林水産省』を間違える子、初めて見たよ」

「うっかりしてましたね」

「うっかりで間違えるかなぁ?」

 

 私は再び嘘をつく。間違えた理由なんて、この世界では誰も理解してくれないのだから。




キャンドルノヴァのヒミツ①
実は、オカルトがとても苦手。



2023/12/03 22:00
第9話及び第31話と矛盾していたため、ノヴァの席の位置を修正しました
身長が低い(150cmを切る)ので、私の席は最初の席替え前ではあるが最前列だ。ランさんの席に向かおうと自席を立って教室の後ろへ振り返る。→前から3番目の私の席から後ろの方であるランさんの席に向かおうと、自席を立って教室の後ろへ振り返る。)
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