そもそも筆者がファッションよくわからないのに、どうしてショッピング回なんて作ってしまったのか。これがわからない。
6月第2週の土曜日、私たちは活気に溢れる府中駅前のショッピングモールに来ていた。今日集まった面々は、ラフィさんたちアダラの6人に私とランさんを加えた8人――つまり、いつもの面子だ。今日はローズさんが安田記念を終えた翌週であり、トモエさんが出走予定の宝塚記念までまだ
皆上機嫌に尻尾を振っている中、一際目を輝かせているリツさんに今日の予定を尋ねる。
「今日は何から買うんですか?」
「ふっふっふ。それはね、ノヴァちゃん――」
リツさんはわざとらしく勿体ぶり、皆の方を向く。すると右の拳を高く上げて、高らかに問いかけた。
「夏と言えばー!?」
「水着!」
「制服!」
「パジャマ!」
「寝るなぁ!」
「いぇーい!」
リツさんの呼びかけに、ランさんがまず答える。するとトモエさんが珍しく小ボケをかまし、ネルさんが思い切りボケて、フユさんがボケも兼ねたツッコミを入れる。最終的にはこの一瞬でテンションを上げ切った5人で大盛り上がりだ。
……馴染んでるなぁ、ランさん。
アダラのウマ娘ではないとクラスメイトたちに言ったら、心底驚かれそうなほどだ。
大騒ぎには加わっていないラフィさんとローズさんは、楽しそうな5人を見てニコニコと笑っている。
2週間前、私の腕の中で泣きじゃくっていたラフィさんは、翌日にはすっかりいつも通りに戻っていた。実はまだ無理をしていたりしないかずっと見てきたが、あの夜に今まで溜め込んできた分は吐き出し切ったとみて良いだろう。涙と共に流し切れてさえしまえば、私でなくともよかったのだろうとは思うが、私としては力になれたようで一安心である。
「ところでラフィさん。6月に水着を買うのは早くないですか?」
「そうでもないですよ? 7月に入ってしまうと、良いなと思ったデザインの水着が売り切れてしまうこともありますから」
「そうなんですか?」
「はい。夏しか使わない分、数も出ないものが多いのでもっと早く買ってもいいくらいですよ」
「へぇー」
おしゃれな人は早め早めに服を買うのだなぁと感心する。流石ラフィさんである。
どこから回ろうかと皆が話している間、モールの中までは初めて来たと言うこともあって辺りを見渡してみる。やはり、私たちと同じように夏の買い物に来たらしいウマ娘たちの姿がちらほらと見える。今世の府中駅周辺は
元牡馬である私がここにいることがどうにも場違いに思えて、早くも「帰りたい」と言う気持ちが湧いてきてしまう。
……いや、まぁ、ラフィさんがどんな水着や服を買うのかだけは確かめてから帰りますけどね……!
ラフィさんと私は同室なので、普段から御着替えを横目で見たり、美しい私服姿に信仰を深めたり、春の感謝祭以来隣り合って湯船に浸かったりしている。しかし、水着には夏に特異的な非日常を感じさせる魅力があるし、新しい服を着たラフィさんにはまた新しい魅力が生まれるのだ。楽しみにしないはずがあるだろうか。
うへへ、と声を漏らしてしまいそうな心持ちでいると、ラフィさんが声を掛けて来る。
「ノヴァさん、行きますよ?」
「あっ、はい。わかりました!」
弾むような足取りで、私はラフィさんの後を追っていく。帰りたいなどと思っていたことは、すっかり忘れていた。
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「ノヴァさん、これはどうですか?」
「良いと思います」
「そうですか、そうですか。ではこれも試着して貰いましょう」
この上なく上機嫌なラフィさんが、膝丈よりも少し長いスカートを買い物かごへ入れていく。
以前『私を対象にした着せ替え大会をしよう』と皆が言っていただけのことはあり、ラフィさんたちは自分で試着する分以外に、私に着せたい服まで籠に入れてモールの中を進んでいく。数ある選択肢の中から悩むことそれ自体が楽しくて仕方ない。皆はそう言わんばかりの笑顔をしているが、私はと言えばいまだに自分でピンとくる服を見つけられていなかった。
それでも、楽しそうなラフィさんを見ているだけで無限に体力が湧いてくると言うものだ。そう思いながら皆の後について歩きまわっていると、店内の一角を占めるURAコラボTシャツが目についた。歴代の三冠ウマ娘たちをモチーフとしたものらしい。
なんとなく気になって近づいてみると、その中の1つは黒地に金色のゴシック体で『一着至上主義』と書かれていた。はっきり言って、ダサい。服飾に疎い私ですらそう考える一品だが、同時に私の感性に働きかける味のあるダサさでもある。無地の服よりも、インパクトがある方がやはり良いだろう。そして何より、どうしようもなく心惹かれる商品でもあった。なぜなら。
……このTシャツを作った人は良くわかっている。1着以外に価値なんかないのだから。
Tシャツを広げてうんうんと頷いていると、隣に他人の気配を感じた。突然道を逸れて立ち止まったから、ラフィさんたちが連れ戻しに来たのだろうかと思い、謝ろうとしたのだが――。
「あっ、すみませ――うっわぁ」
そこにいたのはキャスケット帽、サングラス、マスクをした見るからに怪しい人物だった。被っているキャスケット帽はごく普通のヒト用のものだが、2か所ほど盛り上がりがあるあたり、ウマ娘の変装だろう。私よりも少し大きな鹿毛の彼女は、私の持っているTシャツを指差し声を掛けて来る。
「あなた、それの何がいいと思って手に取ったの?」
「えっ?」
「ちょっとしたアンケートだと思って」
「はぁ」
随分と唐突な質問だが、アンケートだと言うあたり、このブランドのデザイナーか、URAの職員だろうか。ここは素直に答えるべきだろう。
「『一着至上主義』と言う言葉が良いですね。歴代の勝ちウマ娘として名を残せるのは1着だけですし、2着なんてどう言い繕っても負けですから。これを作った人は良く
「そ、そう……? そういう感性もあるのね……」
不審者ウマ娘は、私の言葉に困惑した様子を見せる。
しかし彼女の声に、何度も聞いたような覚えがあるのは何故だろうか。トゥインクル・シリーズの番組は積極的に見ていなかったので、声に聞いた覚えのあるウマ娘なんてニュースで報道でもされない限りはいないはずなのだが。
「あっ、ディ――じゃなかった、プイ先――でもなくて、プイちゃん、探しましたよ。みんな待ってますから、早く戻りましょう」
「待って、コント――ごめんなさい、レイちゃん、私にはこの野暮ったいグッズのどこがいいのか解き明かす義務があるの」
「そんなのありませんから。会長たちを待たせているんですから、早く行きますよ」
「あっ、ちょっと待って。答えてくれてありがとう!」
「あっ、はい」
どこからともなく表れた、やはり聞き覚えのある声をした不審者ウマ娘2号に引き摺られるように、不審者ウマ娘1号はモールの人込みへ消えて行った。
彼女たちとまるで入れ替わるようなタイミングで、リツさんが姿を現す。
「あぁー! ノヴァちゃんいた! いつの間にかいなくなってたから、みんな心配して――いや、ダッサいね、それ!?」
「いやいや、味のある良いダサさですよ」
「ダサいに味も何もないから、目を覚まして!?」
……解せぬ。
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店内を一通り回り終わり、試着室の前へ来たころには、みんなが私を見る目はすっかり珍獣を見る目になっていた。
「いやぁ、ノヴァちゃん。なかなか面白いセンスしてるね」
「センスないって直球で言ってあげないと、ノヴァちゃんわからないと思うよ」
おそらく婉曲的な物言いをしたのだろうネルさんに対し、フユさんは私を刺すようにその真意を伝えて来る。
「あれだけ色々見て回って、あの『一着至上主義』Tシャツを手に取るのは、相当なセンスしてるよ……」
「そんなに言いますか!?」
「そんなにだよ。ディープ先輩は被害者とか言われるレベルのダサさだよ?」
「そ、そうですか……」
半目で私を見るトモエさんとランさんが、いかにあのTシャツが論外レベルでダサいのかを説明して来る。
その横から、ラフィさんが意見を述べた。
「あと、ノヴァさん。何でもかんでも柄物にするはやめましょうか」
「ダメなんですか?」
「最初からコーデを考えて買うならありですけど、ノヴァさんは考えましたか……?」
「せっかく買うなら、無地より柄の方がお得そうじゃないですか?」
そう言うと、ラフィさんたちが頭を抱える。
「ご家族が変な顔をするわけです……」
「ちょっとこれは、想像以上ですね……」
「……とりあえず、試着して貰おうか。センスはそのうち身に着けて貰えばいいから」
「そうだね……じゃあ、トップバッターはラフィので」
ラフィさんが選んできた服を受け取り、試着室に入る。
服を脱いだ後、試着する前になんとなく値札に書かれた品名を見ると、ボリュームスリーブブラウスとタック入りミモレ丈フレアスカートと書いてある。
「ノヴァさん、ブラウスはふんわり膨らむようにウエストに入れて、袖はロールアップ――ええっと、捲ってくださいね」
「はーい」
ラフィさんの指示通りに服を着て、鏡を見てみる。袖を捲ったことでボリューム感の強調されたブラウスと、大きな襞の入った厚手のスカートが、ふんわりとした優美なラインを描いている。散々センスがないと言われた私でも、これがセンスの良いファッションなのだろうと言うことを察することが出来る素晴らしいコーデだ。
くるりと回って我ながらかわいいなと確かめてから、試着室のカーテンを開く。
「わぁ、かわいい! かわいいですよ、ノヴァさん! かわいい!」
「ラフィ先輩、流石ですね!」
「本当はこれにパンプスとタイツを合わせたいんです。後で靴も見て回りましょうね、ノヴァさん!」
「はい、わかりました」
ラフィさんのテンションの上がり方が、私の家族そっくりだ。予算については、先日実家に帰ったときに近々友達と服を買いに行くと言ったら、普通女子中学生に現金で渡さないような金額をポンと渡されたので心配はしていない。即金で出てくるあたり流石重賞常連トレーナーと言ったところである。正直に言うと「子供の金銭感覚を狂わせる気か」と怒るべきか判断に迷ったが、ありがたく貰っておくことにしたのだ。次に帰ったときに今日買う服で丸1日写真撮影会が条件だが、両親がそれで喜んでくれるのであれば苦ではない。
「じゃあ次は私だよ、ノヴァちゃん! スカートはラフィ先輩と被っちゃったからそのままで、このタートルネックとライダースジャケットを着てね!」
「わ、わかりました」
もちろん私以外もそれぞれに試着をして褒め合ったりした結果、服だけで午前中を消費する結果になった。
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午後の4時、昼食後に水着選びも終えた私たちは、「このまま帰るのももったいない!」と主張したリツさん主導でカラオケに来ていた。来ていたのだが。
「いやぁ、ノヴァちゃん? 普通の中学生は『小さきもの』なんてそもそも知らないからね?」
「いやいや、そんなはずは。だってテレビで見たんですよ?」
「専門チャンネルの再放送でしょ、それ」
「……ネルさんはわかっているじゃあないですか」
「私、オタクだし」
選曲を間違えたと言うほかない。ネルさん以外の全員がきょとんとした顔をしていたのだ。やってしまったなと黙り込んだ私に、ランさんが問いかけて来る。
「ノヴァちゃん、他に何が歌えるの?」
「『ぴょいっと♪はれるや!』なら、それなりに……」
今世では幼児向け番組の曲だ。GIレース出走経験のある重賞ウマ娘たちのうち出演を快諾したメンバーで、歌とダンスの練習も兼ねて教育番組で披露するのだ。競走ウマ娘を目指したことがないウマ娘でも知っているし、ある程度なら歌って踊れる曲である。
私自身は精神が幼児ではないのでその番組を見ていなかったが、本当に小さなころの美月にねだられて何度も一緒に歌って踊ったので、素人水準ならなかなかのものに達していると自負している。しかし、トゥインクル・シリーズを走るウマ娘は皆プロと言って良い水準でそれをこなすのだ。自信満々、と言うわけにはいかない。
「じゃあ、一緒に歌おう! ラフィ先輩もどうですか?」
「良いですね。リツ、歌いますよ!」
「おっけい! ローズ!」
「はい、はい」
あれよあれよという間に5人が揃い、それぞれにマイクが行き渡る。トレセン学園が近いせいか、全室が8本までマイクを同時接続できる仕様である。簡易なステージに上がると、ラフィさんとリツさんに背中を押されて真ん中へ立たされる。
「じゃ、ノヴァちゃんセンターね」
「えっ」
「いっくよー!」
ギターを掻き鳴らすイントロが室内に響き、慌てて喉の準備をする。
〽たったかつったか ぴょいっと駆けちゃお
私、ランさん、ラフィさん、リツさん、ローズさんの順にソロパートをこなし、滑り台代わりにラフィさんとローズさんを後ろに引き連れて、ステージの
〽つったかたった はれるや! ねっ♪
最後のポーズを決めて数瞬後、ピロリンと録画の終わる音が鳴り響いた。
「ミッション、コンプリート」
「ネルさん、何していたんですか……?」
「いやね、妹ちゃんに頼まれていてさ。今送ったところ」
「いつ頼まれたんですか……? そもそも、連絡先を何故?」
「連絡先を貰ったのはこの間の感謝祭だよ。頼まれたのはこの間、ノヴァちゃんが実家に帰った日の夜だね。『久し振りにお姉ちゃんの「ぴょいっと♪はれるや!」が見たい』って」
「そ、そうですか……」
……トレセン学園入学前まで、結構な頻度で一緒に歌って踊っていたはずなんだけどなぁ。
やはり、寂しい思いをさせているのだろう。小学4年生になったばかりなのに、自分で言うのもどうかと思うが、懐いていた姉が寮暮らしになって月1でしか顔を合わせなくなってしまったわけである。
……来月はもっと構い倒してあげよう。
そんなことを考えていると、ランさんが目を輝かせて次の曲を入れる。
「ノヴァちゃん、次は『彩 Phantasia』歌おうよ! ネル先輩はもちろん歌えますよね!?」
「もっちろーん。ティアラ路線狙ってるからねぇ」
「いや、あの、『ぴょいっと♪はれるや!』以外は本当にカラオケレベルですよ……?」
「私も今はそうだから、大丈夫大丈夫!」
ランさんの押しの強さに負けて、結局私も歌うことになる。
……私は牡馬! 牡馬ですよ!?
そんな心中の主張がランさんに届くはずもなく。皆で門限ギリギリまで粘って歌い、今日私が歌った曲は全て動画に撮られて当然のように美月へと送られたのだった。