秋の盾をあなたに   作:江芹ケイ

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大難産でした(N度目)。


第31話:開放感に満ち溢れたひととき

「試験時間終了です。筆記用具を置いて、裏返したまま後ろの人から解答用紙を前へ回してください」

 

 試験官を担当する先生のその言葉と共に教室内がざわざわと騒がしくなる。宝塚記念の終わりを待って始まった期末試験から、生徒たちが解放されたのだ。

 

 学習指導要領に則った義務教育に加えて、レースに関係して来る分野も教科として存在すると言うこともあり、トレセン学園の試験はとにかく科目数が多い。ほとんど小学校の復習だった最初の中間試験とは異なり、期末試験では当然ながら新しく学んだ範囲からも出題された。数か月前まで小学生だったほとんどの1年生にとっては、なおさら負担が大きく感じられたことだろう。先生も本来であれば全ての答案を回収できたと確認するまで静かにさせなければならないのだが、初めてということもあり多少は大目に見てくれているようだ。

 

 体をねじって後ろの席の子の様子を伺い、お互い息を合わせて答案の束を受け取る。それに自分のものを重ねて前の席の子へ渡した。そのまま、私は姿勢を正し沈黙を保つ。

 

「よし。これで期末試験は全て終了です。皆さん、お疲れ様でした」

 

 しばらくして全数の確認を終えた先生が、試験終了を告げて教室を出て行った。

 

 正真正銘期末試験が終わったのだと確認してから、両手を組んで腕を天井に伸ばし、緩める。付随して声が漏れるが、それを咎めるような人はもう教室の中にはいない。誰も彼も、早くも夏休みに何をするかの話題で持ちきりだ。

 

 教室の後方、聞き慣れた位置から私目掛けて足音がパタパタと迫る。軽快なリズムのそれを聞き取った私のウマ耳が、半ば無意識に動く。

 

「ノヴァちゃん、打ち上げ! カラオケ行こ!」

 

 輝くような葦毛のサイドテールを棚引かせ、もう待ちきれないと言わんばかりに現れたのは、予想通りランさんだった。立ち止まった彼女にほんの少し遅れて、そよ風が吹く。1度柔らかな髪束に含まれたのだろうそれは、蜂蜜の匂いがした。

 

「早く早く!」

 

 テストが終わりもう遊ぶことしか考えていないらしい彼女は、私の左手を掴んで立ち上がらせようとしてくる。だがしかし。

 

「落ち着いてください。お昼どころか、帰りのホームルームもまだですよ」

「あっ、そっか。じゃあまた後でね!」

 

 軽やかな足取りでランさんが席に戻っていく。私たちのやり取りを見ていたらしいクラスメイト達が笑っていた。ここ数日のランさんは表情が明るかったので、よほどの手応えがあったのだろう。そこに試験期間終了の解放感が加われば、テンションが振り切れてしまうのも致し方ないことだ。

 

 今日の午後は授業もないので、勉強会に参加していたメンバーで集まって簡単な打ち上げを予定している。梅雨真っ只中ではあるが、窓の外を見る限り天気は持ちこたえそうだ。

 

 しばらく待っていると、廊下から耳に馴染んだリズムでパンプスの靴音が響いて来る。それは私たちのいる教室前で止まると、教室の引き戸を開いた。予想通りに担任の先生だ。私たちと干支が1周しない程度の年齢差しかない彼女は、トレーナー資格こそ持っていないが教員としての評判はすこぶる良い。普段であれば生徒たちもすぐ着席して静かになるくらいには、このクラスを良くまとめている。しかしながら、今日ばかりは皆、静かになることなく歓談し、そわそわと自席以外を動き回ったままである。

 

「ホームルーム始めるよ。席についてー」

 

 先生は仕方ないなぁと言わんばかりの苦笑を浮かべながら、両手を叩いて皆の注目を集めた。

 

 

 

 ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ 

 

 

 

 お昼を終えてから、完全にテンションが上がり切った勉強会の参加者――ランさんやエレジーさん、クラスメイトたちと一緒にカラオケ店に入る。この時期は多いのか、店員も慣れた様子だ。そうして広めの個室に通されるなり、私はランさんに背中を押されてモニターの前に立たされた。

 

「あの、ランさん? 何ですか?」

「打ち上げの挨拶、何か一言言ってよ!」

「そういうの、あまり得意ではないのですが……」

 

 皆をまとめることは、苦手とまでは言わないがそう得意ではない。前世の現役時代もボス馬らしき立場には立たされた。しかしそれは、2着続きとはいえ一応GI常連だった私に厩舎のスタッフたちが下にも置かない対応をしている様を見て、他の馬たちが勝手にそう扱ってきただけの話だ。併走でこそ全員打ち負かしていたが、馬格に劣り基本的には人間に良く従う私は、本来ボス馬扱いされるタイプではない。

 

 今世でも小学校では1人でいることが多かったので、やはりリーダー役にはふさわしくないだろう。渋る私を見て、クラスメイトの1人――栗毛を三つ編みにしたアクアフォールさんが口を開いた。

 

「まぁまぁ。先生がいなかったら、みんな今頃死んだ顔して追試の予定確認してただろうし」

「先生ではないです」

 

 彼女の言葉に訂正を入れる。勉強会に参加していた子たちは、どうにも隙あらば私を先生扱いして来る。

 

「えぇ? ノヴァちゃんは先生だよぉ。ねぇ?」

 

 するとエレジーさんが改めて私を先生扱いし、うんうんとランさんやクラスメイトたちが頷く。

 

 どうやら味方はいないらしい。これは、腹を括るしかないだろうと1つため息を吐いた。

 

「仕方ありませんね……」

 

 私が抵抗を諦めた途端、ぱちぱちと拍手の音がいくつも響く。部屋の中を見渡せば、隣に立ったままのランさんも、ソファに座っているエレジーさんやクラスメイト達も、みんな笑顔だ。期末試験の手応え的に、後顧の憂いはないと言うことだろう。

 

「えぇっと。表情を伺う限り、皆さん期末試験では手応えがあったようで、私も嬉しく思います。ですから、うーんと……」

 

 良い感じの言葉が思いつかない。ボス馬をさせられていた頃は1つ嘶けばだいたい何とかなったので、こうして皆の前で挨拶をすることには慣れていない。

 

 ……まぁ、長くてもあれだし、もういいか。

 

 半ば投げやりな気持ちで、右手を高く上げて宣言した。

 

「今日は楽しみましょう!」

 

 「いぇーい!」だの「ふぅー!」だの、皆思い思いにハイテンションな掛け声をあげ、タッチパネル付きのリモコンに手を伸ばす。その様子を見ながら私はソファのモニター側、皆が空けておいてくれた場所へ腰かけると、ランさんは私の向かい側に座った。

 

「メロン、何歌う?」

「『夢咲きAfter school』!」

「……先生、ウイニングライブで歌うの以外知ってるかな?」

「……どうだろう?」

「何ですか? スレーインさん。エフェメロンさん」

 

 黒鹿毛の長い髪をそのまま下ろしたスレーインさんと、褐色肌と長い葦毛のコントラストが印象的なエフェメロンさんに一言物を申す。

 

「私だって、いくつかならウイニングライブで歌わない曲も知ってますよ」

「じゃあメロンちゃんが歌いたい曲、知ってる?」

 

 ふふんと胸を張ろうとしたところで、ランさんに言葉で制されて私は固まった。記憶の中を一通り探るも心当たりがない。沈黙は、金だ。

 

「テレビ見てれば絶対知ってるはずなのに……」

「……ノヴァちゃん、この間歌ってたバラードっぽいのと、ウマ娘が歌ってるの以外で知ってる歌、ある?」

 

 黙っている私に、アクアフォールさんとランさんが追撃を仕掛けて来る。前々世でウマ娘関連の曲として発表されたものと『小さきもの』を除くとなると。

 

「……教科書に載ってる奴なら、全部そらで歌えるようにしました!」

「ノヴァちゃん、すごいなぁ。でも、世間知らず(・・・・・)なのは変わらないねぇ?」

 

 ポツリとエレジーさんの零した言葉が止めだった。努力を認められている分、威力が高い。何も言い返すことが出来ず、言葉にならない声を出した後で私は黙り込んだ。

 

「ごめんごめん。ノヴァちゃん拗ねないでよぉ」

「拗ねてないっ」

 

 エレジーさんの一言でウマ耳がぎゅうと引き絞られていることに気が付いた私は、それを手で撫でつけて向きを戻そうとする。何度正そうとしても、それはしつこく手が離れた傍から後ろを向き続けた。

 

 ……別に、前世込みで27歳は年下の女の子から『世間知らず』呼ばわりされたのが悔しかったわけじゃない。悔しかったわけじゃないから!

 

「感謝祭でもそうだったけど、ノヴァちゃん本当に負けず嫌いだよね」

「口調崩れてるの、気が付いてなさそう」

「何ですか。何かありますか」

 

 こそこそと声を潜めて何か話していたスレーインさんとエフェメロンさんに声を掛ける。

 

「んー? 世間で人気の歌なら、私たちがノヴァちゃんの先生になれるねって。ねー?」

「ねー」

 

 2人は顔を合わせてお互いに同意し合う。思わずむっとしてしまいそうになるが、1回深呼吸をして頭を冷やす。27年と13年、合わせて40年生きているのだ。それを考慮したら、あまりにも今の私は子供染みていた。

 

「……それでは、お願いします」

「本当? 任された! レーちゃん!」

「よし! 私とメロンで最初に歌うね! みんな良い?」

「良いよー」

「おっけぃ」

 

 皆の賛成と共に始まったその歌は、未来は夢と希望に満ち溢れていて当然だと信じている少女たちが今を謳歌する明るい曲だった。

 

〽だから全開前進目指したい

〽希望ばっかり膨らむ今が好き

〽声そろえて海に叫んで

 

 あいつと出会った弥生賞――前世で遅れに遅れたデビュー戦までは、姿形は違えど私もそうだった。鞍上となら誰にも負けないと根拠もなく信じていた。だが、そうはならなかった。

 

 ……今思い出すことじゃない。もう、終わった話だから。

 

 軽く頭を振って思考を切り替えると、机の上に置いてあったタンバリンを手に取る。どこで合いの手を入れるべきかは、2人が1番を歌っている間に覚えたから問題ない。

 

 他の人が歌っている間に合いの手を入れて見たり、ウイニングライブの曲をみんなで歌ってみたり。世間知らず扱いがやっぱりまだ少し悔しかったので、教えて貰った曲のうち1つを皆が忘れた頃に歌い、1発である程度形にしたそれで皆を少し驚かせてみたり。全力で時間いっぱいカラオケを楽しんだ私たちは、すっかり声を嗄らして店を出る。

 

 最初に年甲斐もなく不機嫌な態度を見せてしまったことを除けば、全体として打ち上げは極めて円満に終わった。

 

 

 

 ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ 

 

 

 

 週が明けて月曜日、1時限目のテスト返しが終わった直後に、私の席へランさんがやって来た。

 

「ねえねえテスト何点だった?」

 

 ランさんは歓喜に心弾ませているのか、歌うように私に問いかける。淡灰色の瞳は輝きを増し、ウマ耳は私の答えを待ちきれないと言わんばかりに忙しなく動き、尻尾が上機嫌そうにゆらゆらと揺れていた。

 

 問いかけの歌には心当たりがある。何せ、2日前に教えて貰ったばかりなのだから。故に、それをなぞるように答えた。

 

「いい点取ったんでしょ?」

「うん!」

 

 にっこりと絶好調の笑顔をランさんが見せる。1枚写真を撮って国語辞典に載せたら、『喜色満面』の解説はそれで十分だろうほどだ。

 

「ノヴァちゃん! 凄い点取っちゃった!」

「私史上、最高得点!」

「私たち、やればできる子だった!」

 

 ランさんの後に続くように、勉強会の参加者たちが成果を見せに来た。みんな満面の笑みを浮かべて嬉しそうに声を弾ませている。私にとって、その光景は何よりの褒美だった。




2022/6/20 23:55

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