指に出来た疣の治療が予想より長引きそうなので、今後数話ほどの間は相応に投稿間隔が開くかもしれません。
夏休みの初日、私はラフィさんたちと一緒に府中駅から京王線とバスに揺られた後、遠い空に浮かぶ入道雲を眺めながら炎天下を歩いていた。たった数分歩いただけであるにも関わらず、いつもの白いシャツワンピースの下に着た
夏の濃い緑の匂いとアブラゼミの大声量に包まれながら、山沿いの平坦な道を進んでいく。すると、何台ものバスが止まっている広い駐車場が左手側に現れて――。
「着いたー!」
「やったプールだ!」
「暑かったぁ!」
「先輩たち! 早く早く!」
大きな屋根を備えた建物が見えた。先頭をどんどん進んでいたランさんと、せっかくだからと一緒に行くことになったクラスメイトたち3人――札幌でのデビュー戦を来週に控え、泣く泣く不参加となったエレジーさんを除く勉強会のメンバーは歓喜の声を上げると、こちらに振り返って待ちきれないと言わんばかりに両手を振る。
「よーし、あとちょっと! 皆行くぞー!」
「おー!」
それに応えるように、同じくテンションの上がったリツさんが耳をピンと伸ばしながら駆けだした。ランさんたち4人もそれに続き、突発的に駐車場ステークス(アスファルト300m)が始まる。
「走ったら危ないよー」
トモエさんが笑いながら注意をする。リツさんとトモエさんは体の一部分を除いてよく似ているので、普段から姉妹に見られることが多いらしい。しかし今日はトモエさんが髪をルーズサイドテールにまとめて来たせいか、お姉さんと言うよりはお母さんの雰囲気だ。
「ママみを感じる。良いよね。良い……」
「
私の前を歩くフユさんが腕を組んでうんうんと頷き、それにネルさんがツッコミを入れる。トモエさん絡みではいつもの光景だ。
「ふぅ。日が出ていると暑いですね、ラフィ」
「そうですね。ポニーテールにしてきてよかったです」
そして一団となって歩いて来た私たちの最後方には、ローズさんと真夏の女神様がいた。ほんのりと水色をした涼し気なサマードレスを身に纏い、日傘を差したラフィさんの姿は宗教画のようですらあった。
……うなじの辺りをくんくんしたい。真っ白な首筋をかぷかぷしたい。
邪念が混じったせいか、私の視線に気が付いたラフィさんが不思議そうに首を傾げた。
「……どうかしましたか? ノヴァさん」
「えっ? いえ、何度見ても綺麗だなぁと思いまして」
えへへ、と笑いながら麦わら帽子をかぶり直して誤魔化す。ラフィさんは私の様子を見て取ると、笑みを浮かべて答える。
「ありがとうございます。ノヴァさんも、とてもよく似合っていますよ」
「そうですか? いつもとほとんど変わりませんけど……」
「麦わら帽子があると、印象が違いますね」
「そうでしょう。そうでしょう」
「あー、わかる。白ワンピに麦わら帽子、青い空と白い入道雲。後は一面のひまわり畑にいてくれたら100点満点って感じだよね」
ローズさんとネルさんがラフィさんの意見に同調する。褒められて悪い気はしない。
……なんでひまわり畑何だろう?
そのような疑問も浮かぶが、ネルさんのことだからオタクネタなのだろう。
「
先行した5人のうちリツさんが痺れを切らしたようで、ボイストレーニングで鍛えた声量でこちらに呼びかけてくる。それにトモエさんが答えた。
「リツが早すぎるだけだよー!」
リツさんたちの頭上にある看板には、バブリーランドと書かれていた。
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バブリーランドは、バブル時代の浮足立った雰囲気を愛するオーナーが開園させた、ウォーターアトラクションを中心とする遊園地である。2度の転生で競馬やウマ娘に関係ない分野がほとんど破損している前々世の記憶が、脳裏で「サマーだったような……?」と自信なさそうに主張しているが、バブリーである。
2週間後にラフィさんの1勝クラス
今日は「合宿前に羽を伸ばして来い」と言うアダラトレーナー陣の粋な計らいで、ラフィさんたちはトレーニングを休んでバブリーランドにやって来たのである。
更衣室のブースに入り、水着に着替える。以前の買い物で買ったそれは胸元にフレア、腰にスカートが付いたフレアワンピース水着で、パッと見たら丈の短いワンピース服に見えるだろう。泳ぎが苦手なので、浮き具もネルさんお勧めのものをばっちり準備して来ている。後でポンプを借りて膨らませる予定だ。
変なところがないか確認してから荷物を持ってブースを出ると、丁度ラフィさんも出てくるところだった。
……ミ゜ッ!?
ラフィさんはハイネックのオフショルダーフレアビキニとパレオを身に纏っている。だがしかし、フレア部分とパレオが両方ともレース生地で出来ているので、白く柔らかな肌が透けて見えるのである。パレオからちらちらと覗く生脚も実に眩しい。
……隠さないよりえっちなんですが!?
ひひぃんと私の中に残された牡馬ソウルが嘶く。一緒に買い物に行ったし試着した姿も見ていたからわかっていたはずなのに、それでも魂からの高ぶりを抑えきれない。
「あっ、ノヴァさん! とてもかわいいです!」
「ひゃい。ありがとうごじゃいます」
呂律が回らない。
「ラフィさんも、とってもきれいでしゅ……」
「ありがとうございます! 早く遊びたいですね、ノヴァさん! 私、ウォータースライダーが大好きなんです!」
「ひゃい……」
水着に着替えて気分が開放的になっているのか、いつもよりも明らかにラフィさんのテンションが高い。キラキラ輝いて見えるラフィさんに対して、これから健全に遊ぶと言うのに抱いてしまう煩悩を抑えるため虚空を見つめる。ほんの数秒ほどで、視線の延長線上にあるブースの扉が開いた。
……ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!?
現れたのは、モノキニを着たランさんである。しかし胸周りのフレアと腰に巻いたパレオが、私に止めを刺すようにレース生地で透けている。ラフィさんと同じショップで買ったものなので、デザインが似ているのだ。
「あっ、ラフィ先輩! とても似合ってます!」
「ランさんも、よく似合っていますよ!」
「ありがとうございまーす!」
顔に熱が昇って来るのを感じ取り、悟られないように俯く。落ち着くのを待たなければ、と考えた次の瞬間には続々とブースの扉が開いて行く音がした。
「わぁ、みんな可愛い!」
「ふっ、わが生涯に一片の悔いなし……!」
「フユー、莫迦なこと言ってないで鼻血止めなー」
「トモエ先輩とネル先輩、すっごぉい……」
「メロンのはメロンじゃないもんね……」
「殴るよ? レーちゃん?」
早くも時間切れである。
……これもうだめかもしれない。
半ば諦めたような気持ちで、私は顔を上げた。
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「大人のおねーさんの色香に酔っちゃったかぁー! いやぁ、ごめんね!」
「えっ、私と大して変わりませんよね?」
「……私が子供だと言うかっ! ノヴァちゃん!」
「リツさん、言ってはならないことを……! 誰がお子様体型ですか!」
などと言う不毛なやり取りをリツさんと交わしたおかげか、どうにか調子を取り戻した私は一旦皆と別れた。青いクリア素材と白い半透明素材で出来たイルカ型の浮き具を、貸し出されているコンプレッサーで膨らませるためだ。膨らんだイルカをつんつんと突き、十分に空気が入っていることを確認してから、ラフィさんたちの下へと歩いて帰る。
ウマ娘は種族的に全員が美女か美少女なので、ラフィさんたちが変な奴にナンパされないか心配だったのだが、ネルさん曰く「自分より強い相手にしつこくナンパする男なんていないから、大丈夫だよ」と言うことらしい。確かに技量を無視して身体能力
私と同じくらいの大きさのイルカを抱えて歩いていると、何やら微笑ましいものを見るような視線を感じる。「何だろう」と疑問を持ちながらラフィさんたちと合流したとき、私は全ての答え――ネルさんの思惑を知ることになった。
「可愛い! 可愛いです、ノヴァさん!」
「だから言ったでしょ、ラフィ。ノヴァちゃんみたいな小柄な女の子が、でっかいイルカフロートを抱えているのは絶対絵になるって! ノヴァちゃん、写真撮るねー」
「えっ、あっ、はい?」
カシャカシャと、お母さんの持っているカメラとは違う電子音式のシャッター音が響く。
「帰ってからアダラのtwitterに写真上げてもいい?」
「……水着はちょっと」
「やっぱり? じゃあしょうがないかぁ。ノヴァちゃんの家族にだけ送るねー」
「まあ、それなら……?」
そう答えてすぐに、ネルさんのスマホから小さな電子音がする。
「よし。待たせてごめんね、皆。それじゃあ――」
「
「私が言おうと思っていたのに!?」
ネルさんのセリフを横取りしたリツさんが、巨大な屋内プールに足からドボンと飛び込む。
「心臓に悪いよー、リツー!」
先陣を切ったリツさんに続いて、他の皆もどんどんと入っていく。私もイルカを抱きかかえたまま、静かにプールへと入った。
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バブリーランドは非常に大きな施設であり、屋外にも多種多様なアトラクションが用意されていて、ラフィさんが大好きらしいウォータースライダーも屋外に設置されている。
私たちは屋内プールで1時間ほど遊んだ後、屋外にある巨大な流れるプールで半周分流されて、複数人でゴムボートに乗って滑るタイプのウォータースライダーに来ていた。
「もうすぐ順番ですね! はぁ、楽しみです!」
「そ、そうですね……」
ラフィさんは非常にわくわくとした様子で、尻尾がぶんぶんと勢い良く振られている。しかし、私には余裕がなかった。
……思ったより、高い。
プラットホームが5階建てビルの屋上ほどの高さにあるのだ。しかも最大6人程度で乗ることが出来るゴムボートは円形であり、最悪後ろ向きに傾斜47度を滑り落ちていくことになるのだ。
流れるプールで上半身を乗せて一緒に流されていたイルカくんを預けているので、怖いからと言って抱きしめるものもない。くるりと巻かれて脚の間から出て来た尻尾、その長い毛を掴んで心を落ち着ける。
「大丈夫? ノヴァちゃん」
「全く、全く大丈夫ですよ、ランさん。あはははは」
「目がやばいよ、ノヴァちゃん……」
クラスメイト達に心配されるが、問題ない。問題ないと言ったら問題ないのだ。
「先に滑ってきますね!」
「あっ、はい。行ってらっしゃい、ラフィさん」
専用ボートが最大6人乗りと言うこともあり、ラフィさんたちアダラの6人が先に滑り始めた。「きゃあ」と、聞いたこともないほど楽しそうなラフィさんの悲鳴が聞こえて来る。
そしてとうとう、私たちの番がやって来た。
……大丈夫大丈夫。菊花賞でも春天でも、淀の下り坂を全速力で駆け抜けたんだから。どうせ大した速度が出ないんだから大丈夫大丈夫。大丈夫大丈夫。
ボートの下り坂に正対する位置に収まり、しばらくしてボートが流され始める。スライダーの斜度が増す部分で内臓がふわりと持ち上がる感覚が、実に不愉快だった。しかし皆は楽しそうだ。そしてトンネル区間に入ると――。
……あ、あれ? 後ろ向きに滑り落ちている!?
さぁっと血が下がった瞬間に、角度が増した。
「うわ゛ぁ゛ー!?」
「きゃあー!」
本気の叫び声をあげたと同時にトンネルを抜け、漏斗状のコースへとボートが滑り落ちて行く。
気が付けば叫んでいるうちにゴールに達していたようで、ふらふらとした足取りでボートを降りる。
「ノヴァちゃん、肩貸そうか?」
「……お願いします」
そのままラフィさんがもう1周してくるまで、私はランさんに付き添ってもらいながらベンチで休んでいた。
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事前に寮へ届けを出していたこともあり、私たちは日が沈んでからバブリーランドを出発して帰寮していた。夕飯もバブリーランドで食べて来たので寮でやるべきことはお風呂に入るくらいであり、それすらもう済ませてしまったので後は眠るだけである。
「すっごく楽しかったですね。ノヴァさん」
「はい。トレーニングや授業以外では久しぶりでした」
乾かした髪を編んでいるラフィさんが、笑顔で話を振って来る。私としてはウォータースライダーでだいぶ肝を冷やしたが、心の底から楽しそうにしているラフィさんがとても可愛かったので、感情の収支はプラスである。
しかし、ラフィさんの笑顔を見ていると水着姿が脳裏を過ってしまい、午前中ぶりに頭に血が昇っていく感覚がする。このままではいけないと、慌ててベッドに潜る。
「ちょっと疲れちゃったので、その、おやすみなさい」
普段ならもう少し話してから眠るのに、今日は突然もう眠ると宣言した私に対して、ラフィさんは優しく微笑んで答えた。
「はい。おやすみなさい、ノヴァさん」
ウマ耳まで掛け布団をすっぽりと被る。顔の熱は、引きそうになかった。
記念アイテム:ノヴァとラフィの写真
ネルが撮影し、ノヴァの家族に送られたツーショット写真。
あまりの楽しさに体力を使い切っていたのか、帰りの電車でノヴァとラフィが肩を寄せて眠っている。