秋の盾をあなたに   作:江芹ケイ

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予定から6週間と3日間投稿が遅れたうえ、短くて申し訳ございません。


第40話:サプライズお出迎え、失敗?

 ラフィさんが入院している間、私とラフィさんを繋ぐものはメッセージアプリだけだった。

 

 ラフィさんから送られてくるメッセージは、そのほとんどが『私は元気です。心配しないでください』と主張するものだった。『起き上がってベッドに腰掛けられるようになりました!』と自撮りが送られてきたり、『今晩から普通のご飯です!』と配膳された病院食の写真が送られてきたりと、順調に回復している様子を伝えるメッセージだ。ラフィさんが倒れていた時に酷く狼狽していた私を気にしているのか、少しでも私を安心させようという心遣いが感じられる。

 

 しかし、メッセージは些細な回復でも送って来てくれるのに、お見舞いや通話は理由をつけて断られてしまった。お見舞いは『1週間で退院できるそうなので大丈夫です』と断られ、通話も『まだ喉が痛くて』と拒まれては、どうしようもない。

 

 ただ、これらの理由は本音ではないだろう。通話を断られたときに、最初は『八つ当たりしてしまいそうなので』と吐露するメッセージが送られてきたのだ。そのメッセージはすぐに送信を取り消されて喉を理由としたお断りが送り直されてきたし、『ごめんなさい』『さっきのは忘れてください』と矢継ぎ早にメッセージが来たが、忘れられるわけがない。

 

 全てが終わった後もラフィさんの心が悲鳴を上げ続けるほど出たかったダービー、それを諦めて再設定した大目標である菊花賞にも出られないことが確定し、トレーニングですらいつ再開できるかわからないのだ。今世の私の1つ上――14歳の女の子でしかないラフィさんには、酷な話だ。そんな状況でもラフィさんは他人を気遣っていて、負の感情を見せることを良しとしない。

 

 ……ただ少し長く生きているだけの私と違って、ラフィさんは立派だなぁ。

 

 私は少なくとも40年以上生きているのに、未だに前世の夢を見た日は丸1日不調になるし、それで周りを心配させてしまうことがある。今も昔も、結局私は自己中心的な駄()のままだ。

 

「ノヴァちゃん?」

「あっ、はい! 何ですか?」

 

 自己嫌悪に陥っていたところに、リツさんの声が聞こえて我に返る。私とそう身長の変わらないリツさんが、私の目をじっと見つめてきていた。

 

 今日はラフィさんの退院日だ。アダラの大浪トレーナーがラフィさんを車で迎えに行っており、寮の前で下ろす予定になっている。退院したばかりなのだから一旦実家で療養させたら良いのにと思ったが、どうやらすぐに学園へ戻ってくるのはラフィさんの意思らしい。

 

 そこで、ラフィさんと同じくアダラに所属するリツさんたちがサプライズお出迎えを計画し、それにラフィさんと同室の私が呼ばれたのだ。このために早めに勉強会を切り上げた後、時間があるからとランさんもついてきていた。

 

「ぼーっとしてたけど、大丈夫? 水飲んできたら?」

「ちょっと考え事してただけなので、大丈夫です」

「そう? なら良いけど……」

 

 私も含めてローズさん以外は正門すぐ傍の寮敷地内にある植え込みに身を隠していたのだが、両隣りにいたリツさんとランさん以外のみんなが、私の様子が気になったのか出てきてしまっていた。

 

 安心してもらうため、「大丈夫ですよ」と両手をひらひらとさせて皆にアピールする。しばらくの間――特に隣にいたリツさんとランさんが――疑うような目線を向けてきたが、根負けしたのかみんな隠れ直した。

 

「ローズも、体調悪くなったらすぐ言ってよ」

「ちゃんと準備してますから、問題ありませんよ」

 

 ローズさんも正門前での道路の監視に戻る。私としては、「アダラの中では一番目立たない色だから」と言う理由で正門前に立つことになった黒鹿毛のローズさんの方が、熱中症が心配である。

 

 意識が現実に返って来たせいか、つば広の麦わら帽子の中に籠った湿気が少し不快だ。帽子を何度かパタパタと持ち上げて換気する。

 

 そのまま隠れていると、予定よりも2分ほど早くローズさんが呼びかけてきた。

 

「来ました」

「オッケー。ローズも隠れて」

 

 ローズさんも双眼鏡――お母さんと同じ、かなり高級なもの――をしまいながら植え込みに隠れる。

 

 トレセン学園の共用バンと思わしきエンジン音が正門前で止まった。そしておそらくは運転席側のドアとスライドドアの開く音がして、続けて誰かが下りてくる音、荷物を下ろす音がする。

 

「ありがとうございました。トレーナーさん」

「これも仕事だ。気にしなくていい。そもそも俺の指導力不足が原因だからな」

「そんなことは――」

「そうなるんだ。それがトレーナーの責任って奴だ」

 

 ラフィさんが少し大きな声で否定しようとしたのを、トレーナーが遮る。

 

「夢を叶えてやれなくて、すまなかった」

 

 ラフィさんからの返答は、ない。

 

 視線を感じて振り返ると、ランさんと目線が合った。

 

 ……この雰囲気でサプライズするの? 本当に?

 

 不思議と何を言いたいのか伝わってくる。リツさんの服の裾を摘まんで振り向かせ、ランさんと一緒になって目線で訴える。リツさんは正門を挟んで反対側のメンバーと身振りでやり取りすると、口パクで「やるよ」と言った。アダラのウマ娘たちが中止の意思を見せないので、サプライズお出迎え継続である。

 

 私たちが言葉もなくやり取りを終えた直後、大浪トレーナーが溜息を吐いた。

 

「本格的なトレーニング再開は、医者の許可が出てからだ。それまでは特別に運動をしようとするなよ。今は日常生活の運動でもきついだろう?」

「……はい」

「俺は車を返してくる。それで、あぁ、なんだ」

 

 大浪トレーナーが一瞬口ごもる。

 

「みんな待っているから、行ってやれ」

 

 ……もしかして、今サプライズのこと思い出しました!?

 

 結果的に盗み聞きになってしまい、非常に後ろめたい気分だ。

 

「……はい。お疲れさまでした」

「あぁ。お疲れさん」

 

 ドアが閉じて、車が走り去る。ラフィさんの気配だけが正門前にあった。リツさんの身振りに従って飛び出そうとした直後、ラフィさんが独り言ちる。

 

「みんなは、進んでますよ」

 

 ……あっ、まずい。

 

 おそらく、全員の心が一致した。しかし動き出した勢いは止められず、みんな植え込みから姿を現す。

 

「退院おめでとう!」

 

 もう破れかぶれだったが、奇跡的にみんなの祝福の声が揃う。ラフィさんは目を白黒とさせて固まっており、私たちは盛夏なのに空気が凍り付いている。結果論だが、割と最悪寄りのタイミングでのサプライズだった。

 

 セミの鳴き声だけが響き渡る中、リツさんが口火を切る。

 

「えっと、その、盗み聞きするつもりはなかったって言うか。ごめんね」

「あの、えっと、それは大丈夫、です」

 

 少しぎくしゃくとしながらも、同じアダラのウマ娘と言う関係性で会話が進みだす。

 

 その間、私は見に徹していた。一見すると元気そうに振舞ってはいる。だがしかし、意図せず盗み聞いてしまった会話とこぼれた独り言、数日前に取り消されたメッセージからして、元気なはずがない。そういう先入観を持って観察していて、ようやくわかる以前からの変化があった。ラフィさんのウマ耳は常日頃であれば感情に合わせてとても良く動くのだが、今日は全く動いていないのだ。おそらく、付き合いの長いアダラのウマ娘も気が付いているだろう。

 

 アダラの5人がラフィさんと話し終わる頃合いを見て、私も声をかける。

 

「面と向かっては、お久しぶりです。ラフィさん」

「はい、お久しぶりです。ノヴァさん」

 

 ラフィさんの耳が、ほんの少し萎えた。

 

「お見舞いとか、ごめんなさい」

 

 断ったことではなく、メッセージで一瞬とは言えども負の感情を漏らしてしまったことへの謝罪であるように感じた。それに気が付いていない振りをして、私は答える。

 

「療養が1番ですから、気にしてません。おかえりなさい」

「……はい。ただいま帰りました」

 

 いつも見ていたはずの笑顔が、今日はどこか儚げだった。

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