秋の盾をあなたに   作:江芹ケイ

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第3話について、文章が一部抜けていたので改稿をしました。
詳細については第3話の後書きに記載しています。
このままお読みいただいて支障ありません。


第4話:同室のお嬢様

 メジロラフィキ。曖昧になりつつある前々世の記憶の中で、私にとって一番強く印象に残っている競走馬の名前だった。父に連れられて初めて競馬場へ行った夏のある日、ソフトクリームを食べながら見ていた第11(メイン)レース『中山グランドジャンプ』で、先頭のまま最終障害を飛越した直後に転倒し、第3頚椎を骨折して即死した競走馬だ。当時幼かった前々世の私でも、場内の異様な雰囲気で何か致命的なことが起きたと悟ったことを思い出す。

 

 もし運命の通りに物事が進むとすれば、目の前で優しく笑う彼女は遅くとも数年後に死んでしまうのだ。間違いなく全宇宙にとっての損失である。運命が意地悪をする前に、そっとではなく全力で蹴り飛ばさなければ。

 

「あの、大丈夫ですか? 体調が悪いようでしたら、医務室に案内しましょうか?」

「はい、大丈夫です! これからよろしくお願いします、ラフィキ先輩!」

 

 すぐに返事がなかった私に、先輩が心配するように声をかけて来た。私は慌てて心配がない旨を伝える。

 

 彼女が印象深い競走馬の魂を受け継いだウマ娘であると知って物思いに耽ってしまい、失礼にも反応が遅れた私の体調を心配してくれる。美しいうえに性格もいいだなんて、やはり女神ではないか。これからは三女神ではなく四女神の時代である。こんなに素敵な人と同室になれたのだから、これ以上礼を失することなく仲良くなりたい。

 

 頭がのぼせたままだと自覚しながら、ラフィキ先輩の様子を伺う。先輩は私に目を合わせたまま少し考え込むように唸った後、名案を思いついたように笑顔で手を打ち鳴らした。

 

「そう固くならず、気軽にラフィと呼んでください」

 

 少しでも距離を詰めたいと思っていたら、先輩の方から超光速で詰め寄って来た。私の思考が読まれたかのようなあまりにも都合がいい展開に、思わず先輩に確認を取ってしまう。

 

「いいんですか?」

「ルームメイトになるわけですし、あまり堅苦しいのは苦手なんです。……駄目ですか?」

 

 ラフィキ先輩は少し不安そうな表情で願うように胸の前で指を組むと、こてんと可愛らしく首を傾ける。耳がばらばらの方向にくるくると動いていた。ここまで言われて応じない人がいるだろうか。

 

「わかりました! えっと、ラフィ先輩?」

「もう一声」

 

 耳を私にピンと向けたラフィ先輩が、真剣な眼差しでぐいっと迫ってくる。柑橘系のいい匂いがした。先輩の期待に応えるため、私は勇気を出してもう一歩踏み込む。

 

「……ラフィさん?」

「はい、ノヴァさん。末永くよろしくお願いいたします」

 

 ラフィさんは組んだ指を解くとそのまま柔らかな両手で私の右手を包み込み、花咲くような笑みとともに私の名を呼んだ。既にのぼせていた頭がとどめを刺されたように熱暴走を起こす。

 

 ……お父さんお母さん、ごめんなさい。私はもうだめです。孫の顔だけは期待しないでください。

 

「ノヴァさん」

「は、はひっ!」

 

 ラフィさんの呼びかけに私は返事をしようとして、思い切り声が上ずった。

 

 残念なことに私の手を離したラフィさんは、私の荷物が入った段ボールの傍に寄り1つ提案をする。

 

「荷解きを手伝いますから、終わったら一緒にお茶しませんか?」

「します! ありがとうございます!」

 

 我ながらどうかと思うほど食い気味の即答である。

 

「いえいえ。実はアップルパイを食べ切れなくて困っていたので、こちらこそありがとうございます」

 

 にこにこと嬉しそうなラフィさんの力になるため、ラフィさんに余計な手間を少しでもかけさせないために、私は超特急で荷解きを終わらせることにした。

 

 

 

 ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ 

 

 

 

「すごく広い……」

「驚きました? オープンスクールだと寮の食堂までは案内しませんから、びっくりしますよね。美浦寮だけでもすごい人数なので、これでも朝は席が空くの待ったりするんです」

 

 もともと入寮してからいろいろと買い揃えていく予定で荷物が少なかったこと、ラフィさんが手伝ってくれたこともあり、あっという間に荷解きを終えた私たちは寮の食堂棟に来ていた。所々に柱が立ち梁が見える食堂は、丁寧にワックス掛けされたフローリングでさえなければスタートダッシュの練習ができそうなほど広く、暖色のLED電球が光る天井は高く開放感があり、採光のための大きな窓と白い壁が明るく清潔な印象を与える。広々とした屋根の下には、6人用のハンギングテーブルと椅子のセットが無数に並べられていた。お昼過ぎの食堂には、所々にわいわいきゃいきゃいと楽しそうに話したり、あるいは勉強を教えあったりと各々自由に過ごすウマ娘たちの姿が見える。

 

「ノヴァさんはここで座っていてください。準備してきますから」

「手伝います!」

「そうですか? ありがとうございます。ではついて来てください」

 

 先輩であるために勝手知ったる様子で歩いて行くラフィさんについて行くと、ドリンクバーコーナーがあった。改めて周りを見てみると、食堂内のあちらこちらに同じように設置されているようだ。気が付くとラフィさんは、部屋の共用冷蔵庫から持ってきたアップルパイを置いてある電子レンジに箱ごと入れて、紅茶セットをテキパキと用意し始めていた。

 

「わ、えっと」

「慌てなくていいですよ。お盆を2枚準備してもらえますか」

「はい!」

 

 微笑みながら優しい声で指示された通り、お盆2枚をカウンターから見つけ出して持ってきた時には、ほとんどの準備が終わっていた。手伝うと言ったのに、これではただついてきただけである。力になれなかったことに気落ちしたままラフィさんに謝る。

 

「あまり手伝えなくてすみません……」

「何がどこにあるのか知らないのですから、しょうがないですよ。次の時はお願いしますね」

「……はい!」

 

 ラフィさんは暖まったアップルパイと食器をお盆に乗せ私に手渡した。気を取り直して絶対に落とさないように注意しながら、紅茶セットのお盆を持ったラフィさんについて行く。ラフィさんがお盆を置いて椅子に腰かけた場所は、最初に座っていてほしいと言われた場所と同じだった。私はラフィさんの向かいに座る。

 

「良い場所でしょう?」

「はい!」

「窓際で明るくて、良い感じに隅っこなのでお気に入りなんです」

 

 先ほどから返事がラフィさん全肯定ボットじみている私だが、実際に良い場所であることは事実だ。他のウマ娘の様子が良く見える。しかしなんとなく、ラフィさんが迷いなく壁の方を見るように座ったことが気になった。とは言えども尋ねるほどのことではないと考えを切り替え、ラフィさんが紅茶を注いでいる間にアップルパイを一切れずつ皿に移す。

 

 「いただきます」と2人で手を揃えて、アップルパイを口にする。シナモンの良い香り、サクサクとしたパイの食感、少しだけレモンを利かせたりんご煮の甘さが口の中に広がる。とても美味しくて、皿の上のアップルパイがあっという間に消えてしまった。ふと気が付くと、ラフィさんはアップルパイを食べかけたまま私の様子を見ていた。

 

「とても美味しいです!」

「良かった。実は手作りだったんです。私の好みで作ったので、ノヴァさんの口に合うかわからなくて」

 

 ラフィさんは胸を撫で下ろすと、アップルパイを口にした。「今回は会心の出来ですね」と頷きながら、ウマ耳をくるりと横に向けて幸せそうな笑みで食べている。

 

 ……女神様手ずからの料理を食べたということは実質洗礼では。今日からラフィさん信徒になります。

 

 頭の中の冷静な部分が「またやってるぞ」と忠告をしてくる。気持ちを落ち着かせるため、紅茶を口にした。ティーバッグを使ったにしてはずいぶんと美味しい紅茶だ。

 

「私が淹れるのと別物だ……」

「使用人がいないので、美味しい紅茶を飲みたかったら自分で淹れられる様になるしかありませんから。お姉さまたちならもっと美味しい紅茶を出すと思いますよ」

「メジロのお姉さま……。マックイーン――先輩とか、ライアン先輩とか、パーマー先輩とか、ドーベル先輩ですか?」

「……はい」

 

 ラフィさんの身内である有名人を危うく呼び捨てかけて冷や汗をかく羽目になった。しかしそれ以上に、メジロの名前を出した途端目に見えて気分を沈ませてしまったラフィさんのことが心配だ。耳がぺたんと折れてしまっている。1日中楽しく走っていたのに、翌日が月曜日だと気が付いてしまった夕方並みの落ち込み方である。

 

「ラフィさん、何か悩み事があるなら力になれませんか」

「……新入生に言うことではないので」

「誰かに話すだけでも楽になるって聞きました」

「……それでも、です」

 

 俯いていたラフィさんが顔を上げて答える。少し無理をした笑みが張り付いていた。その証拠に耳は折れたままだ。おそらく、無理に聞いても言ってくれないだろう。口ぶりから察するに、先輩としての矜持もあるのだろう。

 

「さあさあ、アップルパイを食べましょう。今日中に食べ切らないと傷んでしまいますから」

「わかりました。あ、紅茶どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 ラフィさんは声を張ってアップルパイを皿の上に乗せ、カップが空になったことに気が付いた私が紅茶を入れる。ラフィ先輩が時々何かを言おうとしてやめるのを何度か繰り返しながら、美味しいアップルパイが2人の胃袋の中に黙々と消え去った。私は紅茶を飲みながら何か良い話題の変え先はないかと考えを巡らせて、部屋のぱかプチを思い出す。

 

「そういえばなんですけど」

「はい」

「部屋に置いてあったぱかプチ、メジロ家のもの以外にタイキシャトル先輩の――」

「良いところに目を付けましたね!」

 

 驚くほどに食い気味だった。ラフィさんがテーブルに手をついて身を乗り出してくる。話題変更に付き合う空元気もないわけではないだろうが、ほとんど素だろう。目の輝きが違うし、耳がピンと立っている。

 

「去年の安田記念CM見ましたか!? 『大雨のなかの無敵』! 格好良くないですか!? URAのCM担当者の方は天才ですよね! あの安田記念はもう格が違うというか、何度見返しても惚れ惚れする末脚です! 私は脚質が逃げなので参考にはできないのですけれど、憧れるのは自由だと思うんですよ!」

 

 他のウマ娘たちがなんだなんだと視線を寄せるが、声の主がラフィさんであることを知ると興味を失ったようにそれまでしていたことに戻っていく。どうやらこれはラフィさんの『いつものこと』であるらしい。タイキシャトルの大ファンであることが判明したラフィさんの驀進的な勢いの話は、3時近くになって食堂に新入生が集まってくるまで続いた。




2021/04/17 21:40
使用楽曲コードが抜けていたため追記しました
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