スペ「すぺしゃるうぃーく、さんさいです」   作:にゃるまる

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第10話

 

「……ん」

 

窓から差し込む朝日の眩しさでスズカは目を覚ました。

見える天井に見覚えは無く、けれど何処か懐かしさを感じる雰囲気に身体を起こし、周囲を見渡して此処が何処かを確認してみると、そこは懐かしき母校であるトレセン学園の保健室である事が分かった。

消毒液の独特な匂いがする中で目覚めたスズカは、思わず戸惑ってしまった。

自分はどうしてこんな所で寝ていたのだろうか?と。

保健室で寝かされている理由に心当たりのないスズカは戸惑いながらも、どうしてこうなったのだろうかと自身の記憶を遡って行き、そして――《昨日》の記憶を思い出してしまう。

 

《んぅ?…だーれー?》

 

親友から向けられた以前と変わらない笑みで発せられた言葉の刃。

それはスズカの心を容易く砕いてしまい、そのショックで気絶したのだと思い出すと同時に、スズカは先程まで自身が眠っていたベットに力なく横たわってしまった。

 

「…ふ……ふふふ…」

 

横たわったスズカの口から出てくるのは、乾いた笑い声。

親友の口から出た核弾頭クラスの威力がある言葉の刃を思い出し、それが何度も彼女の脳内で再生されていき、その言葉を聴く度にスズカの口から乾いた笑い声が出続けてしまう。

 

その可能性を考えた事はあった。

夢を叶える為に始めたアメリカでの生活。それはとても充実していた。

日本では経験出来ない海外ならではのレース、強敵と呼ぶに相応しいウマ娘達との出会いと彼女達との競い合い。それらは間違いなくスズカに夢を叶える為の力を与え続けてくれており、スズカ自身アメリカでの生活を悪くないと思うようになっていった。

だが、そんなアメリカでの楽しい時間が続いていくに釣れてスズカは《ある不安》を抱く様になった。

 

スぺちゃんが私の事を忘れてしまわないか?と言う不安を。

 

その不安が生まれたきっかけはスズカ自身はっきりとは覚えていない。

だがアメリカでの充実とした時間を過ごす中で、スズカはずっとその不安を感じていた。

もしかしたら日本でもっと速いウマ娘と出会って私の事なんか忘れてしまうかもしれない。

もしかしたら会えない時間がスぺちゃんの中から私を消し去ってしまうかもしれない。

そんなもしかしたらが何度もスズカの不安を煽り立て、その都度スズカは電話やメールをしていた。

スぺちゃんとの絆が消えてしまわない様に。

 

しかし、現実はどうだろう。

久しぶりの日本への帰国、そして久しぶりの再会。

その果てにあったのは――恐れていた不安が的中していたと言う残酷な現実だ。

 

「………ふ…ふふ…ふふふふ……ふふふふふ…」

 

悲しい笑い声を出しながら、スズカは布団の中へと丸まっていく……左回りで。

ぐるぐると巻き上がっていき、ベットの上で完成した簀巻きスズカはただメソメソと悲しい笑い声を出していく。その姿は時間が時間ならば《保健室から聴こえる簀巻きウマ娘の泣き声》とか言う名前で怪談話にされそうな程に、ハッキリ言って怖い。

 

「お、スズカ目覚めたみたいだ……おい。何時から此処は怪談話の舞台になったんだ」

 

そんなスズカの前に現れたのはスピカのトレーナー。

ベットの上で左巻きで布団に丸まり、悲しい笑い声を出し続けるスズカの姿に困惑し、そして納得する。

 

《あの、トレーナー…実はね、スズカ、スぺちゃんに会ったみたいなんだ…何を話したかまではわかんないけどさ…もしかしたらショック受けてるかもしれないからさ、スズカに優しくしてあげてね》

 

此処に来る前にトウカイテイオーから聞いた話、そして目の前の惨状。

スペシャルウィークがサイレンススズカに何を言ったのかをトレーナーは簡単に想像する事が出来た。

あちゃ~…と頭を抱えるが、仕方がないかと覚悟を決めると――

 

「スズカ。スペに関して大事な話がある。聞いてくれるか?」

 

――本人に隠していたスペシャルウィークの現状を話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スぺちゃんが…記憶喪失!?」

「…いきなりで信じられんだろうが事実だ。今のスぺは3歳程度までの記憶しか持ってない子供状態になってる。だから俺やスピカの皆、学園の生徒達のみならず…スズカ、お前も含めてみんな綺麗さっぱり忘れているわけだ」

 

スズカは最初、彼の言う通りその話を信じる事が出来なかった。

あまりにも突拍子過ぎる内容で、嘘かドッキリの類かと思う程だ。

しかしそんなスズカの疑問を払拭する様に差し出されたのはビデオカメラ。

普段はフォームの確認やレースの記録等で使用されているそれに記録されていたのは――スズカの知るスペシャルウィークと全く異なる姿だった。

 

スピカの面々と泥だらけになりながら笑顔で鬼ごっこをしている姿。

スーパークリークにお世話され、それを嫌がる事なく受け入れている姿。

お好み焼きを満面の笑みで食べ進んでいく姿(これだけは普段と一緒な気がします)

 

それらを見たスズカは、認めざるを得なかった。

昨日の出来事、そして見せられた映像と証拠はもう十分だった。

間違いなく彼が言った言葉は本当で――スペシャルウィークは記憶を失ってしまっていると。

 

「……そんな…」

 

驚きを隠せないと言った感じに呆然とするスズカ。

まさか自分がアメリカに行っている間にこんな事になっているなんて、と驚愕する。

だが、その中でスズカはほんの少しだけ安堵もしていた。

アメリカでの時間が親友から自分を消し去ったのではないと確認できたからだ。

自分の不安は杞憂だったと確認できた事にほっと安心しながらも、スズカはどうにかしたいと思った。

 

「(スぺちゃんの力になりたい――!)」

 

スズカにとってスペシャルウィークは親友であり、ライバルであり、そして――決して忘れる事の無い大事な人でもある。そんな相手が記憶を無くして困っているのだ。ここで力にならずしていつなるのかとスズカは覚悟を決めた。

 

「私にも…私にも何か手伝える事はないですか!?」

 

大事な親友を助けたい、そう願う一心でスズカは提案した。

以前と同じ生活をするならばずっと一緒だった自分が役に立てると。

幸い休暇は結構な期間で頂けている、その間ならばどう動いても何も問題はないと説明しようとする。

しかし、その説明は、その想いは―――

 

 

「――いえ。その必要はありませんよスズカさん」

 

 

――保健室の入り口から姿を現したグラスワンダーによって阻まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私にも…私にも何か手伝える事はないですか!?」

 

聴こえる声に、嗚呼やっぱりと納得する。

きっと貴女ならそう言うと思っていましたよと盗み聞きをしていたグラスワンダーは思い、そして――敵意を抱いた。

スぺちゃんを元に戻してあげたい。その気持ちに関してはグラスワンダーとて嘘偽りはなく、本心からそう望んでいる。けれど同時に――独占したいと言う欲望も彼女にはあった。

 

「…ごめんなさいスズカさん」

 

自覚はしている、今から行う行為が間違えている事だと。

本当ならばスズカさんにも協力してもらって一緒に記憶を取り戻すきっかけ作りを探す事こそが正しい選択だと理解している。そうするべきだと理解している。

 

ーーだが、それでも無理だったのだ。

このまま一緒に記憶を取り戻したとしても、その先にあるのは以前と同じ日々でしかないからだ。

スぺちゃんの瞳は貴女だけを見て、私は友達と言う関係でしか居られないそんな同じ日々。

以前ならばそれでも耐えられた。苦しくても、悔しくても、それでも《友達》で居られた。

この絆が消えるよりは、と耐えられた。

 

けど、もう無理だった。

スぺちゃんの瞳が私だけを見てくれている。スズカさんではなくて私を見てくれている。

あの感覚を一度でも体験してしまえば、もう《以前》に戻るのは無理だろう。

 

きっとスズカさんの協力を得て記憶を取り戻したら、スぺちゃんはまた貴女を見てしまう。

記憶を取り戻す事に尽力した貴女を、以前以上に見てしまう。

もしかしたらそこに《親友》を超える感情を抱いてしまうかもしれない。

最低でも、私なんかよりも貴女を一番に思ってしまうのは間違いないだろう。

それが分かっているからこそ、私は―――

 

 

「――いえ。その必要はありませんよスズカさん」

 

 

――貴女(サイレンススズカ)を否定します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グラスワンダー!?いきなりどうしたんだ?」

「ぐ、グラスちゃん?」

 

突然姿を現したグラスワンダーに2人が驚き、そして彼女の口から発せられた内容に困惑する。

しかしそんな2人の感情の変化など関係なしと言わんばかりにグラスワンダーは笑顔で言葉を続けた。

 

「盗み聞きするつもりはなかったんですが、お話が《偶然》聴こえてしまいまして…申し訳ありません。ですが私としてはスズカさんにお手伝いしてもらう必要はないと思いまして」

「え…け、けど…」

「スズカさん、今回の帰国は療養の為と聞いています。アメリカでのレースや練習が日本のものよりも厳しい事は同じアメリカでの生活を経験している私も理解しているつもりです。それを癒す為に帰国しているのにさらに追い打ちを掛ける様な真似をさせるのは流石に申し訳ないです。無理を重ねて身体を壊してしまったら、それこそスぺちゃんが泣いてしまいますよ?ですから――スズカさんは無理をせずに療養してください」

 

グラスワンダーの言葉を前にスズカは思わず押し黙ってしまう。全てが正論だったからだ。

スズカは今回療養と言う名目で帰国している。

サイレンススズカの名前は今やアメリカ国内でも有名で、街を歩いていればサインや握手を求められるのはざらで彼女を元にしたグッズ関係の売れ行きもかなり良い。そんな有名ウマ娘が突然日本に帰国したとなれば騒ぎとなってしまうのは確実。それこそゴシップ記事辺りが余計な真似をする可能性がある位にだ。

だからこそ向こうのトレーナーと相談して決めたのが療養と言う名目だったのだが、この名目もあながち全部が全部嘘ではない。

 

レースや訓練での肉体面での負担。文化の異なる生活で生じた精神面での疲れ。

スズカ自身これ等を自覚しており、今回の帰国で少しでも癒せればと思ってはいた。

だからこそ、グラスワンダーの言葉を前に押し黙ってしまった。

 

しかしとスズカは口を開く。

確かに療養は大事だが、それよりも親友を助けたい。

その為ならばと説得の言葉を出そうとして―――

 

 

「ぐらちゃ~!!」

 

 

突如、保健室へと入ってきた親友の姿に言葉が止まってしまった。

 

「あら?どうしましたスぺちゃん?」

「ひ~ま~!!」

「あらあら。ごめんなさいねスぺちゃん。もうお話は終わりましたからお外で遊びましょうか?」

「んぅ!あそぶ~!!」

 

グラスワンダーの言葉を素直に聞き入れて我先にと飛び出そうとするスペシャルウィーク。

その姿にサイレンススズカは思わず叫んでしまった。待って、と。

スズカの声にスペシャルウィークは反応し、スズカをジーと見つめた後に――部屋を飛び出していった。

速く遊びたい、そんな雰囲気を纏いながら。

 

スズカはただ呆然とそれを見送るしか出来なかった。

親友の為に用意した話の数々、それらが口から出る事はなく、スズカはただ無邪気なその姿を見送る事しか出来なかった。そんなスズカを前にグラスワンダーはすみません失礼します、と丁寧にお辞儀をした後にスペシャルウィークの後を追い掛ける様に保健室を出ようとして――

 

「大丈夫ですよスズカさん。スぺちゃんは―――私に任せてください」

 

――そう言い残して去って行った。

 

 

 




火サスかな(震え声)
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