《サイレンススズカ!!今一着でゴール!!凄まじい走りを見せてくれました!!》
興奮が収まらない実況の声がレースの決着を知らせると同時に、大勢の観客が会場を揺らすのではと思う程の声でその勝利を祝う。
鳴り止まない拍手、口々に飛び交う称賛の言葉と勝利を見届けた事に喜びを示す笑み。
そんな大勢からの気持ちに応えるべく、サイレンススズカも汗を流しながら笑顔を浮かべて観客へと手を振る。
こんな自分を応援してくれている全ての人に感謝を込めて。
「おめでとうございます、スズカさん」
そんなスズカに歩み寄り、手を差し出してきたのはグラスワンダー。
今日のレースを共に走り、一着を巡って激しく競いあった相手だ。
力強く、一瞬でも気を緩めれば抜かされてしまいそうになる彼女の走りは凄まじく、スズカにとってグラスワンダーは間違いなく強敵だと呼べる相手であった。
そんな相手から求められた握手。それを断る理由などないスズカは笑顔でそれを受け入れて、両者は力強く握り会う。
競いあった2人が握手を交わす。その光景に観客は盛り上がり二人へ向けて再度惜しみ無い拍手喝采が送られる。
盛り上がる観客の前で握手を交わしながらスズカは感謝の言葉を述べようとする。
貴女の走りは凄かったと、次のレースで走れるのが楽しみです、と。
けれどその言葉は――
《――ではこれよりメインイベントであるグラスワンダーとスペシャルウィークの結婚式を開催致します!!》
突如実況から流れた謎の言葉に阻まれた。
「――――――――――は、い?」
……けっこん?グラスワンダーさんとスぺちゃんが?
どういう意味なのか全く分からないとスズカはグラスワンダーに問いただそうとするが、それより先に――周りの景色が変化した。
先程まで駆けていたレース場は何処かへと消え去り、今目の前に出現しているのは純白の教会。
立派な教会――それこそテレビの結婚式のCMとかで使われているのと大差ない其処にサイレンススズカは気付いたら居た。突然の出来事に困惑し、戸惑いながら周囲を見渡して見ると、其処には当たり前の様に礼服やドレスを着たスピカの面々を始めとするスズカが良く知る面々の姿がある。事情を全く理解できないスズカが説明を求めて声をかけようとするが、それより先にスズカを除く全員が何かに気付いた様に立ち上がり、そして笑顔で拍手をし始めた。
その視線の先にあるのはスズカ――ではなくその後方。
何が?とスズカも慌てて振り返ってみると……其処にはウェディングドレス姿のスペシャルウィークとグラスワンダーが仲良く開け放たれた扉から入場してくる姿があった。
「…………………ぇ?」
その光景を前にサイレンススズカが発する事が出来た言葉はそれだけだった。
状況が全く理解できない、戸惑うスズカであったがそんなスズカを差し置いて時間は止まらない。
2人は幸せそうな笑みを浮かべながら祭壇へと進んで行くと、笑顔のまま指輪を交換し、それを見せる様に高々と互いの手を挙げる。
二人の指に輝く指輪、それを呆然と見ていると二人がスズカに気付いたらしく、小さく手を降りながら――
「スズカさん…私……今日からグラスちゃんの奥さんになるっちゃ♡!!」
「スズカさん、レースの一着は差し上げましたので、代わりにスぺちゃんの一着は私が貰っていきますね♡安心してください♡絶対に2人で幸せになりますから♡」
向けられた告白に、ただ呆然とするしか出来なかった。
状況が理解出来ず、目の前の現実が受け止めきれず、ただ呆然としてしまったスズカに向けてスペシャルウィークがブーケを投げる。投げられたブーケは綺麗にスズカの手に収まり、それを見た他のウマ娘達から拍手喝采が鳴り響く。
それを見届けた2人はとても幸せそうに笑みを向け合いながら、2人の顔が近づいていく。
互いに近づいていく2人の唇。それが何を意味しているのかに気付いたスズカは慌てて止めに入ろうとするが――
「――ッ!?」
脚が動かないことに気付いた。
まるで沼の中に居るかのように脚が思うままに動かす事が出来ない。
どうしてと困惑するスズカであったが、その間も時が止まる事は決してない。
近づいていく2人の唇、それを祝福する様に鳴り響き拍手喝采の中でスズカは必死に声を出して止めようとするが、鳴り響く拍手の音がそれを呆気なく打ち消してしまう。
段々と距離がゼロへと迫る2人、そして遂に互いの唇が――――――
「スぺちゃん!!!!!!」
「わぉ!!?ど、どうしたデスかスズカさん?」
まるで全速力でレースを走った後だと思ってしまう位、スズカの息は荒れていた。乱れた呼吸のままスズカは周囲を見渡し、其処が泊めて貰っているエルコンドルパサーの部屋だと分かると今のが夢だったと気付き、安堵する。
なんて悪夢だと額を伝う汗を拭い、起こしてしまったエルコンドルパサーにごめんなさいと謝る。
心配してくるエルコンドルパサーをなんとか説得して、再度ベットに横になるが、聞こえ始めたエルコンドルパサーの寝息に対してスズカは眠気さえ沸き上がらなかった。
「……スペちゃん…………」
保健室での出来事から1日が経過した。
あれからスズカは幾度かスペシャルウィークと接触しようと試みていたが、結果だけを言えばすべて失敗に終わっている。
散歩中に声を掛けてみれば逃走、食堂で声を掛けてみれば逃走、遊びの最中に声を掛けても逃走。
そんな具合にスズカからの接触に悉く逃走と言う結果で終わりを迎えていた。
今のスペシャルウィークにとってサイレンススズカはハッキリ言って赤の他人だ。
例えば今でこそ平気になっているスピカの面々だが、彼女達がこの段階に至るまで数日を必要とした。
それに対しスズカはまだ出会って一日だ。彼女の中で警戒心を抱くべき相手として判断されても可笑しくはない。
更に言えばスズカは無意識ではあるが、スペシャルウィークに声を掛ける際に以前のスペシャルウィークと接する様に声を掛けてしまっている。
幼い子供と言うのはそういうのに敏感だ。スペシャルウィークは本能的に彼女が自分を見ておらず、他の誰かを見ているのだと理解してしまい、それが彼女に警戒心を強める原因を与えてしまっていた。
それら全ての結果が、逃走。
スズカから逃げ出し、グラスワンダーかスーパークリークの下へと逃げ出してしまう。
スズカの様に記憶を失う前のスペシャルウィークではなく、今の自分を見てくれている安心すべき人の下へと逃げてしまうのだ。
「…………はぁ」
しかしそれを知らないスズカはただため息をつく事しか出来なかった。
スぺちゃんの記憶を取り戻す。グラスワンダーには必要ないと言われたが大事な親友の一大事にただのんびりと療養しているつもりはスズカにはなく、例え必要がないと言われてもスズカは独自で出来る事をしようと決意していた。
だが、これではそんな話以前の問題である。
スペシャルウィークの記憶を取り戻すにはまず第1に彼女の信頼を得なければ話にならないが、今のままではどうしようもないのは間違いない。
だがそれにはスズカの子供相手と接する経験の少なさが問題となっていた。
これまでの人生――いやウマ生の大半を走る事に捧げてきたスズカにとって、子供と接すると言うのはハッキリ言って数える程度しかない。
それもその数える程度と言うのも精々ファンとの交流会で幾度か言葉を交える程度だ。
そんなスズカにとって今のスペシャルウィークに信頼を抱かせると言うのは無理難題も良い所だろう。
――だからこそスズカは決意を固めた。
「ふんふんふ~ん♪」
その日、スーパークリークは最高にご機嫌で鼻歌を歌いながらバックに次々と荷物を詰め込んでいた。
詰め込まれていく荷物の大半は子供用の玩具を始めとする小さい子供向け道具や食べ物ばかり。
それらを手際よくバックに詰めるとカレンダーに視線を向ける。
《当番日♡》と書かれたそれが示すのは今日。
そう、今日はスペシャルウィークのお世話を担当する日で、ある意味スーパークリークにとってご褒美の日でもあった。
「今日は何をしましょうか~♪」
ルンルン気分で彼女は今日の予定を考える。
天気が良いから散歩をするのも良いと、お腹が空いたらご飯を食べさせて、眠くなったら膝枕をしてあげて子守唄を歌ってあげても良いなと、次々と予定を考えてその内容に彼女の気分がどんどんと良くなっていく。
ただでさえ最高にご機嫌だったそれが止まる事を知らずに上機嫌へと昇り詰めていく中で、
「…あの、クリークさん」
ふと声を掛けてきたのは同室相手であるナリタタイシン。
少し前に早朝ランニングしてくると言って部屋を出て行った彼女が戻ってきたのだとと理解しながらも、まだ出てそんなに時間が経過していない筈なのに?と僅かに疑問を感じながら振り返り―――
「スーパークリークさん……私に!!子供に懐かれる方法を教えてください!!!!」
呆れ顔のナリタタイシンの隣で土下座をしているサイレンススズカの姿を見た。