「今日も大活躍だったなテイオー!」
「ふふ~ん♪とーぜんだよね!どんなレースでもボクが一番に決まってるじゃん!!」
「こらテイオー。あまり天狗になっていますと痛いしっぺ返しが来ますわよ」
スピカのトレーナーが運転する車の車内。
そこでご機嫌な様子のトウカイテイオーとそれを窘めるメジロマックイーンが学園への帰路に付いていた。
今回行われたレースでトウカイテイオーはメジロマックイーンと大接戦を繰り広げた末にハナ差で勝利し、栄光ある一位を勝ち取った。その結果にご満悦なテイオーは奢ってもらったハチミツジュースを啜る。
「けどマックイーンも凄かったよ!ほんっとうにもうちょっとで抜けられそうだったんだから!」
「ふふ、当然ですわ。私の目標はテイオー、貴女を倒す事。その為に練習メニューも特別な物にしています。今日は力及ばずでしたが、次はそうは行きませんわよ。だからいつまでも天狗になっていますと私が貴女を置いていってしまいますわよ」
メジロマックイーンの挑発に対しテイオーも啜っていたハチミツジュースから口を離し、自身をライバルとして見詰めてくる彼女の瞳に向き合う。
絶対は譲らない、言葉なくそう伝えるテイオーとマックイーンが視線で火花を散らすのを横目にトレーナーはそうだとラジオを弄る。
「ん?どしたのトレーナー?何か聞きたい放送でもあるの?」
「何かって…おいおい。今日がグラスワンダーのファン交流会の日だっての忘れたのか?URAの支援を受けている大規模な奴だからな、テレビとラジオ中継されていたのを思い出して……お、これか?」
ラジオを弄る手が止まり、車内にラジオの音声が聴こえ始める。
まず聴こえたの大きな歓声だった。
老若男女問わずに口々に叫んでいるその歓声に、トレーナーはそう言えば時間的にそろそろ交流会最後のメインイベントであるレースが始まるんだったなと思い出し、この歓声は出バする豪華面々を前に鳴り響いている物なのだろうと推測した。
実際、その推測は間違いではない。
確かにこの歓声はファン交流会最後のメインイベントであるレースに参加したウマ娘に対してだ。
唯一その推測の間違いはこの歓声が参加する全てのウマ娘に対してではなくーーー
《これは驚きです!いったい誰が彼女の参加を予想していただろうか!?謎の療養期間からあのウマ娘が戻ってきました!!日本が誇るウマ娘!日本総大将!!あの!スペシャルウィークが!!今まさにパドックに姿を現したぁぁぁ!!》
ーーたった1人のウマ娘に捧げられた物だと言う事だろう。
「ーーは?」
「ーーえ?」
「ーーはい?」
「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!?」」」
「ちょ、ちょちょちょ!!お、おいどういう事だよこれ!?な、なんでスペ先輩がレースに出てんだよ!?」
「し、知らないわよ!?あ、アタシも何がなんだが……」
ウォッカとダイワスカーレットはそれを食堂に設置されているテレビで見ていた。映像に写し出されているのは間違いなくスペシャルウィークだ。恐る恐ると緊張気味にパドックに姿を現したスペシャルウィークに対して観客が歓声を鳴り響かせる。
無理もない。あのブロワイエさえも打ち倒し、日本総大将の名を己の物にした今や日本が誇る名バであるスペシャルウィークが久しぶりに姿を見せたのだ。それも真実はどうあれサプライズ風の登場となってしまった事もあってかファン達の喜びは止まらない。
更にはテレビクルーや記者達も突然の彼女の出現に驚きながらもその仕事を果たすべく彼女に向けてシャッターを切っている、
もはや会場の盛り上がりは絶好調を迎えており、それを止める事など誰にも出来ないだろう。
それは映像を見ていた学園側もである。生徒達がテレビに映るスペシャルウィークを見て驚き、困惑する様に騒ぎ始める。
どうして、なんでと騒ぎ始める生徒達。
今やほとんどの生徒が知っていると言っても過言ではない彼女の記憶喪失は回復の兆しさえ見えていない。
そんな今の彼女が走るなんて到底無理な筈なのにどうしてと騒ぐ生徒達であったがーー
「生徒会だ!この騒ぎはどうした!」
そんな彼女達の前に現れたのはシンボリルドルフとエアグルーヴにナリタブライアン。
生徒会長を始めとする生徒会全員の登場、普段であればそれだけで落ち着くであろう生徒達だが今は違う。
現れた3人を囲う様に集まりながら、誰もがテレビを指差した。
「会長!み、見てください!す、スペシャルウィークさんが!?」
「……スペシャルウィークが、どうした?」
向けられた問いに3人はテレビを見てーー驚愕する。
其処に写し出されている彼女の存在に、彼女が今まさにパドックから出てレースに参加しようとしている事に。
だが3人はそれを確認すると同時にすぐに思考を切り替えた。
「エアグルーヴ!すぐにイベント主催者に連絡を繋げろ!ブライアンは生徒達の混乱を静めてくれ!必要なら風紀委員にも協力を要請してくれて構わない!私は理事長の下へと向かう!」
生徒会長の指示に即座に行動を開始する二人を横目にシンボリルドルフは早足で理事長の下へと向かいながら、舌打ちをする。
「(……これはまずいぞ)」
これがまだ小規模なイベントであればどうとでも誤魔化しが出来た。だが、今回の交流会はURAの支援を受けており、また交流会に参加しているメジロ家の令嬢《メジロブライト》が善意で支援に参加してしまっているのもあってG1レベルと相違ない大規模な物と化してしまっている。
テレビ中継は当然、ラジオにネットと言ったあらゆる情報端末にてその様子は全国放送されてしまっている。
参加する面々が豪華だと言うのも注目を集める原因となってしまい、恐らくその視聴率はかなりの物だ。
そんな中でのスペシャルウィークの登場だ。
恐らく既にSNSを通してその登場は中継を見ていない人にも届いてしまい、それを知った人達はその姿を見ようと中継を見てしまい、それがまた誰かに知らされていく。
負の連鎖とはこの事だなと思ってしまう。
此処まで大事になってしまっては、もう間違いでしたは通じない。
残された道はただ1つ、だがそれはーーー
「ーーーッ!」
今はとにかく理事長に指示を仰ぐしかない。
それまでどうか……そう願いながらシンボリルドルフは足早に通路を駆けていった。
「スペシャルウィーク!!」
「スペちゃーん!!こっち向いてぇぇーー!!」
「よッ!日本総大将ぉぉぉ!!」
鳴り止まない歓声と期待の眼差し。
会場中の人達と言っても過言ではないそれらが一斉に彼女に、スペシャルウィークに向けられている。
しかし向けられた本人は戸惑っていた。
「……ぇ……ぅ……」
どうしてこの人達は私の名前を知っているの?
どうしてこの人達は私にそんなキラキラとした目で見てくるの?
どうしてこの人達は私に声を掛けてくるの?
そんな疑問が頭いっぱいに鳴り響く。
スペシャルウィークがあの部屋に居たのは偶然だった。
アグネスタキオンからの逃走後、何処へ行けば良いのか全く分からない彼女は奇跡的にも誰の目にも映る事なく会場をさ迷い続け、そしてあの部屋に辿り着いた。
誰もいない場所で休みたい、そう思っていた彼女にとってその部屋はまさに理想だろう。
置かれていたお菓子とジュース。勝手に取ってはいけないと思いながらも空腹に耐えきれずに手を出してしまい、それを食べ終えた頃に彼女がーーゴーイングスズカが部屋にやってきた。
そこからは知っての通りだ。
ゴーイングスズカに参加選手と勘違いされてパドックへと連れていかれて、そこで事情を知らないスタッフが案内されてきたスペシャルウィークがダイワスカーレットの代わりに呼ばれた選手だと誤解されてしまいーー今に至る。
「「「スペシャルウィーク!スペシャルウィーク!スペシャルウィーク!!スペシャルウィーク!!スペシャルウィーク!!!」」」
会場中から鳴り響くスペシャルウィークコール。
多くの人々が彼女の復帰を喜び、復活した走りに期待する事を示す様にそれは会場を震動させる程に鳴り止まずに響き続ける。
記憶を失う前の彼女であればそんなコールに笑顔で応えてくれただろう。日本総大将は此処に居るのだと示してくれただろう。
ーーだが、今の彼女にはそれは無理な話である。
「……ぅ……ぅぅ……」
そのコールの意味も、向けられた眼差しの意味も、何もかも分からない彼女からすればそれは単なる恐怖を増長させる物でしかない。
よほど怖いのだろう、その瞳からじんわりと涙が滲み出始めている。だがそれを興奮している観客達が気付ける筈もなく、コールも眼差しも止まる事はない。
瞳に溜まる涙、それが決壊しそうになったその瞬間ーー
「スペちゃん!!」
その声が聴こえた。
今のスペシャルウィークにとって最も安心する声を、観客が鳴り響かせる歓声の中でもそれは確かに彼女の耳に聴こえた。
その声に釣られる様にうつ向いていた視線が前を向く。
パドックの中央。其処で此方に向かって手を開きながら自身の名を呼ぶその姿を見た瞬間、スペシャルウィークは駆け出していた。
「ぐらちゃぁぁぁ!!」
グラスワンダーの姿の下へ駆け出すスペシャルウィークは勢いをそのままにパドックの中央で待つ彼女に抱き付いた。
観客から見れば復帰したスペシャルウィークが友人であるグラスワンダーに再会した感動的な光景にしか見えないそれに、再度観客が盛り上がりを見せる。
だがそんな観客の盛り上がりなど関係ないと言わんばかりにスペシャルウィークは抱き付いたグラスワンダーの身体で泣きじゃくっていた。
「ひぐ……うぐぅ……ぐらちゃぁぁ……」
「大丈夫…大丈夫だからね?」
泣きじゃくるスペシャルウィークをあやしながらグラスワンダーは必死にこの状況を打破する策を考えていた。
どうして彼女がパドックに出てきたのか、どうしてレースに参加する事になったのかは分からない。
だが、このまま走らせては……そう思っていた時だった。
「……グラスワンダー、ちょっと良いかい?」
スタッフと何かを話していたテイエムオペラオーが小走りに戻ってきて小声で会話を求めてくる。何かしらの打開策があるのでは?と耳を傾けるが、彼女の口から出たのはーー
「ーー理事長から連絡が入った。今回のレース、スペシャルウィークを……走らせてくれと」
ーー最悪過ぎる指示だった。