「反対ッ!!その提案には賛同出来ないッ!!」
《秋川…お前の気持ちは分かるがこいつは提案じゃないんだ。《指示》だ。こいつの意味をお前だって分かってるだろ?》
「それでも私は反対である!!今の彼女にレースを走れるとは到底思えぬ!!」
トレセン学園において最高権力を持つ秋川理事長が居る理事長室から鳴り響く怒声。
側に控えている生徒会長のシンボリルドルフの存在に気付いていないかの様に言葉の往復が続いている。
秋川理事長が声を荒げる相手、それは理事長室に設置された巨大なモニターで行われているテレビ電話の相手へだった。
《はぁ…あまり俺を困らせないでくれ秋川…》
テレビ電話の相手は1人のウマ娘だ。URA理事会に名を連ねる人物であり、URA内ではかなりの権力を持つ人物だ。秋川理事長の個人的な友人でもあり、トレセン学園の運営にも裏側ではあるが関与しているこの女性は秋川理事長の断固とした反応にため息をついていた。
2人を悩ますのはスペシャルウィークの件だ。
どうして彼女がパドックに姿を見せているのかは不明だが、もはや隠す事が出来ない状態になってしまっているのは誰の目に明らか。
それを踏まえて急遽URA理事会は緊急会合を実施し、その結果――スペシャルウィークのレース参加を正式に学園に指示したのだ。
「拒絶ッ!!例え友人である君の言葉でも今回ばかりは賛同出来ないッ!!」
しかしその指示に対し秋川理事長が猛反対。
今の彼女を走らせる事は出来ないと真っ向からURAの指示に反対し、その結果こうして言論戦争が開始されてしまったのだった。
《はぁ…秋川。何度も言うがお前の気持ちは分かる。だがこればっかりは俺にも、そしてお前にも無理だ。既に俺の意見を通してURA上層部はスペシャルウィークの本イベントにおけるレース参加を正式に認める方針で話を取り纏めている。後は秋川、お前が一言許可を出せば全てが解決するんだ》
「愚問ッ!それを私が認めると!?」
認めないだろうなぁとテレビ電話の向こうで女性は煙草を吸い始める。
安い、臭い、マズイの三拍子で有名な安煙草を吸う彼女を秋川はただ黙って見詰める。
彼女があの煙草を吸う時、それは己の考えを纏めている時だと知っているからだ。
だからこそ待てた。興奮が収まらない身体でも彼女の言葉を待つ事が出来た。今までもこの後に出てくる彼女の言葉に救われた事があるからこそ、待てた。
時間にしてほんの数秒程度だろう、彼女は口から煙草の煙を吐き出すと口を開いた。
《良いか秋川。俺はお前の味方だ。URA上層部にスペシャルウィークの今の姿を――ウマ娘の記憶喪失なんて前代未聞なそれが彼女の身に起きたと知らされたら今後の彼女の活動にどんな影響が出るのか分からないと言うお前の考えに賛同して、上層部に偽りを報告している。この時点で俺も立派なお前の共犯者だ。バレたら仲良く中央諮問委員会に召集されこの席からお別れだろう。だがそれも別に悪くはないし、お前と一緒に居ればこんな事多々あるから慣れたもんだよ。けどなぁ…今回ばかりはどうにもならない》
どうにもならない。今までの彼女の口から出た事の無いその言葉に秋川は思わず戸惑いを見せてしまう。しかしそんな秋川の様子に関係する事なく、彼女は語り続ける。
《秋川、上層部の一部はどうやらスペシャルウィークの状態に感づき始めているらしい。まだ完全には判明してないみたいだが、間違いなく疑いはし始めている。そいつらからすれば今回の事態は天のお恵みって奴だ。彼女がレースに参加できないと言うならURAから正式にスペシャルウィークに対してURA傘下の病院での健康診断を受ける様に指示されるだろう。そうなれば記憶喪失の事実が連中に露見しちまう。その後は連中の思うままのお祭りだ。俺は嘘の報告をした事でこの席からサヨナラコースだろうし、お前も恐らく理事長の席を追われる羽目になるぞ》
「愚問ッ!!私はお前に協力を頼んだ時よりその事態を覚悟していた!!生徒を守る事が出来るのなら理事長の席など惜しくも――」
《 馬鹿野郎ッ!!!! 》
彼女からの叫び。それが秋川の言葉を止める。
その先は絶対に言わせない。そんな確固たる意思を感じさせる強い言葉を前に、止められてしまう。
《……その先は絶対に言わせないぞ秋川。俺はな、お前に夢を託したんだ。《全てのウマ娘が幸せになれる学園を作る》ってお前の夢にな。その為に俺は危険な橋を渡っている。お前が夢を叶えられる様に全ての力を貸している。なんで此処までしてるか分かるか?それはな、全てお前だからこそ信じれた話だからだ。他の奴が同じ事を抜かしても笑い話で済まされる様な夢をお前は語り、そして今その夢を形にして見せているお前だからこそ俺は信じてお前の力になってきたんだ。そんなお前だからこそ俺の夢を託す事が出来たんだ……そんな俺に…その先を聞かせるな……》
テレビ電話の向こうで彼女は自らの脚を撫でる。
もう二度と走る事が叶わなくなった脚を、もう二度とあの風を感じる事が出来なくなった己の脚を愛おしく、そして悲しげに撫でる。
その姿を前に、秋川は思わず沈黙してしまう。
長年の友であるからこそ分かる彼女の言葉の真摯さに、そしてその言葉の重みに黙ってしまった。
彼女の想いを痛い程理解してはいる。
だがそれでもと秋川は彼女を見据える。
生徒を守る、その為に口を開こうとする。
だがそれを遮る様にーー
「理事長!ルドルフ!大変よ!!これを視て!」
突如理事長に入ってきたマルゼンスキー。
彼女が手渡してきたのは恐らく生徒から借りたであろうスマホ。
テレビ中継されているその映像に映し出されているのはーー今まさにゲートへと入っていくスペシャルウィークの姿だ。
「なッ!?」
「どういう事だ!!まだ理事長は許可を出していないぞ!?」
「私に言われても…けど会場に居るテイエムオペラオーからは《理事長からの指示》だって……」
理事長からの指示。
その言葉にまさかと秋川はテレビ電話の先に映る彼女を、自身に夢を託してくれた彼女に戸惑いの視線を向けた。
《……言っただろ?必要なのはお前の許可だけだって。書類も、証拠も、何も必要ない。ただ《許可》さえあれば全て解決すると》
「……ま、まさか…………」
《ーー《許可》を出させてもらったよ秋川。既にお前が認めたと上層部に報告は済んでいた。既に会場にも連絡が届いている。スペシャルウィークの参加許可が出た、とな》
その言葉に彼女の真意を理解させられる。
恐らく彼女はこの話し合いが始まる前から既に《秋川理事長がスペシャルウィークのイベント参加を認めた》と報告していたのだ。
その上でこの話し合いの場を設けた。
説得の為と言う偽りの理由の下で本来の目的をーー《時間稼ぎ》を果たす為に。
「ーーッ!!」
言葉にならない怒りとはまさにこの事だろう。
腸が煮え繰り返る様な凄まじい怒り、それを感じ取りながらも秋川はもうどうにもならない事を悟った。
今からどう足掻いてもあのレースは止められないと。
だからこそせめてと秋川は収まらない怒りをなんとか誤魔化しながら彼女に、自身を欺いた彼女に語り掛ける。
「……疑問。どうして此処までする?」
《……俺はな秋川、俺の夢をお前に託した時点で決めてたんだ。例えお前から恨まれようとも、憎まれようとも、どんな手を使ってでもお前を守るってな。だから、決められた。1人の犠牲でお前の夢を守れるならってな……それに》
「……それに?」
彼女は思う。
結果的には彼女をーースペシャルウィークを切り捨てる形となった今回のレースだが、決して完全に切り捨てたわけでもない。
今回のレースはあくまでグラスワンダーが主役のファン交流会でのイベントレースでしかない。
そのレースの結果は、多少成績に影響するだろうが公式レースのそれに比べれば些細な程度だ。
だからこそーー《絶対に勝つ必要がない》。
例えスペシャルウィークがこのレースでボロ負けし、最下位だとしても《まだ療養を終えてすぐなので体調が絶好調ではなかった》と言う名目でいくらでも世間の目を誤魔化す事が出来る。
だからこそ彼女には走ってもらう必要があった。
秋川理事長を守る為、そして彼女自身を守る為にーー
それを伝えれば秋川も納得するかもしれないなと思いつつ、それを伝える事はしないでおこうと判断する。
秋川は信頼している人に裏切られる経験が少ない。まあ秋川と言う人物を知る者であれば彼女を裏切る事はないだろうが……その可能性は決してゼロではない。
今後、彼女の存在を邪魔だと思う連中から今回みたいな敵対行為がされていくだろう。そんな彼女を俺だっていつまでも守る事は出来ない。だからこそ今回の経験は彼女の為になるだろう。
例え信頼している相手でもこういった行為を取る事もあると理解させるだろう。
その経験の為なら俺は喜んで悪役になるさ。
《(けどまあ、それもこれも後は全部……)》
ーースペシャルウィークが《走りきる》事が出来たらの話ではあるのだがな。
ちょっと更新止まるかもしれません……(リアル多忙の為)