今年も一年よろしくお願いします!!
「むぅ~!!」
その日、車の中でスペシャルウィークは最高潮に不機嫌になっていた。
それはもう頬をめいいっぱい膨らませる程に。
何故そこまで怒っているのか?と問われれば、その理由は彼女の隣に座っているグラスワンダーと運転しているトレーナーにあるとしか言いようがないだろう。
以下、その原因のやり取りである。
《スぺちゃん。今から少しお外に行きませんか?トレーナーさんが車を出してくれるのでいつものスーパーで美味しいお菓子を買いに行きましょう》
《いく~♪》
《良し!それじゃグラスワンダー、スぺ、行くぞー!》
《お~♪》
《~♪………?(いつも行くスーパーヘの道ではない事に気付くスぺ)》
《???………!!?(何処へ行くのだろうと思っている矢先に見えてきた病院に驚愕し、まさかとグラスを見るスぺ)》
《(黙って視線を逸らすグラス)》
《――――!!!!!???(謀られたと察したスぺ)》
――と言った感じである。
騙された挙句に病院へと連れていかれたスペはもう大暴れ。
車内籠城を1時間程度実行するが、その後になんとか説得を聞き入れ病院内へ。
そこで待っていた先生達の検査においてはグラスワンダーの徹底したサポートがあってこれまた何とか終える事が出来たのだが、その後はずっとこんな感じである。
少しでも機嫌が良くなればと病院からの帰り道で買い与えたお菓子を頬張りながらその頬は相も変わらず膨らんでいた。それはもう見事に。
「…し、しかしあれだな!今日の検査も異常なしで良かったな!!」
「そ、そうですね!健康が一番ですから!」
運転するトレーナーの必死のフォローに相槌を打ちながら今日の検査を思い出す。
今のスペシャルウィークは月末に控えた記憶喪失回復傾向確認の為の検査とは別に、週1で病院で検査を行っている。ウマ娘の記憶喪失と言う未知の症状を前にもしもがあってはいけないと考えた病院と秋川理事長の判断から下された決定だ。
だが、当の本人であるスペシャルウィークは病院に行く事を大変嫌っている。
今回の検査で3回目なのだが、1度目は寮の部屋に立て籠もり、2度目はトレセン学園のトイレに籠城すると言う激しい抵抗の過去を持つスペシャルウィークが大人しく付いてくるわけがないと判断し、今回の策が実行されたのだが……
「むぅ~!!むぅむぅ~!!」
――その対価は大きかったと言う事だろう。
怒りを露わにするスペシャルウィークにグラスワンダーは困りつつも、部屋に帰ったら甘やかしてあげようと考える。騙して連れて行ったとは言え、以前に比べれば検査が始まってからは大きな抵抗をする事なく素直にしていた。それをいっぱい褒めてあげよう、そう思っていると――
「そろそろ着くぞー…って、なんだ?」
遠くに見えてきたトレセン学園だが、その校門に大きなバスが停車しているのが見える。
《帯広トレセン学園一行様》と書かれたそのバスを見て、トレーナーはそう言えば今日からだったなと思い出す。
《学園交流会》
その歴史は意外と浅く、秋川やよい理事長の提案によって始まった地方と中央との交流会だ。
地方と中央との間にある壁を無くす。その目的から始まった交流会は地方、中央問わずに好評であり、普段は出会う事のない地方と中央のウマ娘達がこの交流会を通して仲を深め、レースに対しての互いの知識を共有し、互いを切磋琢磨させる場として両校の生徒からかなりの高評価を得ている。
これまでも西は九州から、東は東北までと言った日本各地の地方校と交流会を重ねてきたが、今回初参加となる《帯広トレセン学園》によって東は東北までだった交流会の歴史が新たに更新されたのだ。
「オビヒロ…確か北海道の方にある学園、でしたか?」
「そうだな。地方校の中でも規模がデカく、在校している生徒も多い。その中には中央のみならず海外での出走も経験しているウマ娘も多くてな。地方だからと侮っていたら足元をすくわれる強敵揃いの強豪校だな」
強敵揃いの強豪校――その言葉にグラスワンダーはそうですかと短く答えつつ、抑えきれない笑みを浮かべた。
そんな話を聴かされたら、そんな強敵が居ると聴かされたら、競い合ってみたいと願うのがウマ娘の本能。
心の底から溢れ出る欲望と競い合いたいと言う本能、それを抑えようとして溢れた笑みが浮かぶグラスワンダーの表情に、トレーナーもまた笑みを浮かべる。
「安心して良いぞ。今回の交流会は長期間で行われる予定だ。その中に交流目的のレースもある。それに俺達も参加するつもりだ」
だからそれまでは耐えてくれ。そう言葉なく伝えてきたトレーナーにグラスワンダーは欲を抑えた。
競い会う機会はある。それまでは我慢だと抑えつつ、その時が楽しみで、とても待ち遠しいとグラスワンダーは思った。
「けどこれじゃ校門からは無理だな……仕方ない」
大型バス、そして帯広トレセン学園の生徒達とそれを迎え入れる中央の生徒達で校門から車を入れるのは無理だと判断したトレーナーは裏門へと回ろうと考えた。少し遠回りになるがそれも止む無しと思い、後ろに座る2人にそれを伝えようと振り返る。
だが、そんなトレーナーが見たのは――車から飛び出していったスペシャルウィークだった。
「え?す、スペちゃん!?」
「お、おいスぺ!?」
それに気付いた時にはもう遅かった。
止めようとしたグラスワンダーの手は彼女に届かず、2人の静止の声に耳を傾ける事なく彼女は校門を目指して駆けて行く。振り返る事なくまっすぐに。
その表情に、とても嬉しそうな満面の笑みを浮かべてーー
「シンボリルドルフ会長のご好意に感謝を」
コスモバルクの一件に力を貸してもらえる事になったモーリスは感謝の意味を込めて頭を下げて、それをシンボリルドルフが優しく笑って受け止めて、二人は会話を続ける。
帯広、そして中央の両生徒会が誇るウマ娘がそうして話す様はさながら一枚の絵画の様な美しささえ感じる程だ。
そんな光景を彼女はーー《オースミキャンデイ》はぽけーと見ていた。
「(はぁ~…流石は会長さん。私にはあんな話し方無理だな~)」
一癖も二癖もある帯広トレセン学園を取り纏める生徒会。
その会長であるモーリスは一言で言えば――完璧だ。
清廉潔白、成績優秀、運動神経抜群に美人で性格も優しい。それだけで完璧だと言うのに、更にはレースの成績も良く、誰にも優しくその愛を授け、そして誰からも愛されるまさに理想の生徒会長だ。
校内、校外問わずにファンが多く、一部からはお姉さまとまで呼ばれる程の知名度を有している(その代表が副会長だったりする)。
そんな彼女を私だって好意的に捉えている。
今回の自分の件も彼女がいなければ、彼女がこの交流会に自分を参加させてくれていなければ、きっと叶わなかっただろう。全ては彼女のおかげだ。
そんな彼女に対して否定的な感情を持つなんてあり得ない話だろう。
だからこそ素直に感謝してるし、その為に力を貸す事にだって別に不満等はない。
ただ、唯一心配なのはーーー
「ーーーーーねぇちゃ!」
「――!!」
そんな事を考えていると、不意に声が聞こえた。
遠くから聴こえたそれはあまりにも小さく、周りの群衆の声で掻き消される程だ。
だが、そんな声は確かに私の耳に届いた。この耳でしっかりと、懐かしいその声を聴いたのだ。
だからこそ私は振り返る。
両生徒会長から視線を逸らし、周りにいる生徒達からも逸らし、その視線を声が聴こえた方へ――校門の方へと向ける。
すると案の定、其処に《彼女》はいた。
校門から少し離れた車から降りてきたのだろう。相も変わらずの可愛い満面な笑みを浮かべて一生懸命に走り寄ってくるその姿を見た私もまた満面の笑みを浮かべて両手を広げた。
この世で一番かわいい存在、この世で一番私が守ってあげたいと思っている妹を、迎え入れる様に。
そして――
「オーねぇちゃ!!!!!!」
「スペ!!!!」
飛び掛かってきた彼女を、思いっきり抱き締めた。
痛くない様に優しく、けれど飛び掛かってきた妹が怪我しない様に、抱き締めた。
「オーねぇちゃ!!オーねぇちゃ!!!オーねぇちゃ!!!!」
「久しぶりっちゃスペ!!元気にしてたか!?」
「うん!!うん!!うん!!」
抱き締めた妹は嬉しそうに何度も顔を擦りつける。
何度も、何度も、飽きずに繰り返す。
スぺからすればきっと久しぶりの家族との再会と言う事になるのだろう。
久しぶりに会えた家族が嬉しいのだろう。私に必死にしがみ付きながら何度も頭を擦り付けて来るその姿を見れば誰でも分かる。
そしてそんなスぺの存在に気付いた周りの生徒達が一斉に集まり始めた。
「スぺちゃん?スぺちゃんだ!!おーい皆スぺちゃん居るよー!!」
「え?本当に!?」
「本当だ!!スぺちゃん!!」
「スぺちゃん!私のこと覚えてる?」
周りに集まる生徒達。
いつものスぺなら怖がるのだが、今日は違う。
何故なら―――
「みんなおぼえてる!!スぺはげんきです!!」
――知っているからだ。
彼女が覚えているのは3歳までの記憶。
だが、その記憶に確かに彼女達は存在していたのだ。
幼い頃に姉であるオースミキャンデイに連れられて遊んだ多くのウマ娘達。
そんな彼女達の面影が目の前にいる皆から感じられる。
だからこそ怖がることなく、スぺは笑顔を皆に向けられた。
「スぺ…?もしかして…スペシャルウィーク!?」
そんな人々の中に混じっていたウマ娘――コスモバルクがその名を聴いて立ち上がる。
先程までの老後生活の様な姿は何処へやら。スぺの所に集まるウマ娘達の間をすり抜ける様に走り抜けると――
「スぺぇぇぇ!!!!」
思いっきり、抱き締めた。
「うにゃ!?…あー!!コー!!」
「そうだよ~!!コーだよー!!……話は聞いてたけど本当に幼児化してるのね…か~わ~い~い~♪」
抱き締めたスペシャルウィークに頬を擦り付けるコスモバルクだが、そのあまりにも元気な姿に周りにいたウマ娘達が呆然としてしまうが、その中でもいち早く自我を取り戻したコトノアサブキが声を掛ける。
「ぜ、前会長!?元気になったんですか!?」
「こんな可愛いスぺが目の前にいて呆けられますか!!いやマジで可愛いんだけど!?ねえオースミキャンデイ!この子ウチに頂戴!!大事にするから!!」
「ペットみたいに扱わないでください前会長。却下ですスぺはうちの子です!」
そこをなんとか~と甘え声を出すコスモバルクに、以前の生徒会長を知る者達はいつもの会長が戻ってきたと笑い声をあげ、その光景を中央の生徒達やシンボリルドルフを始めとする生徒会の面々は呆然としながら見て、そして―――
「……ふふ♪」
――帯広トレセン学園生徒会長であるモーリスはそんなスペシャルウィークを愛おしそうに眺めていた。
基本的に帯広トレセン学園に通う生徒の大半と知り合っているスぺちゃん。
全てはオースミキャンデイお姉ちゃんのおかげです