「す、スペちゃん!?」
突然車から飛び出していったスペシャルウィークの後を追いかけたグラスワンダーが見たのは、大勢のウマ娘に囲まれる彼女の姿だった。
いけない、それがその光景を見たグラスワンダーが最初に思い浮かべた言葉だった。以前に比べればマシにはなったが、基本的に知らない人に対しては強い警戒心を持っている今のスペシャルウィークがあれだけの人に囲まれたらどうなるのかを知っているグラスは慌ててその囲いに飛び込もうとした。
助けないと。ただその一心で。
しかし囲いに辿り着いたグラスワンダーが見たのはーー
「いや、マジでスペ可愛いんだけど!?前から可愛い思ってたけど今は更に可愛いんだけど!!ねえオースミキャンデイ!!この子本当に頂戴!嫁で良いから!!私が旦那になるから!!スペと幸せな家庭作るから!!!!」
「却下です!!てか、先程よりも要求内容がえげつなくエスカレートしてませんかね前会長!?」
「きゃきゃ♪」
ーー大勢に囲まれながらも楽しそうに笑うスペシャルウィークの姿だった。
「…………す、スぺちゃん?」
あまりにも想像とは異なる光景を前に思わずたじろいでしまう。
いつものスペシャルウィークならば周囲を囲う他人に恐れ、泣き出し、真っ先に自身の下へと逃げて来るのに、今の彼女は終始笑顔で囲うウマ娘達と談話をしている。
彼女達に向けられるその笑顔は、グラスワンダーにいつも向けている安心しきったそれと全く同じだ。
それだけ彼女達の存在はスペシャルウィークにとって好意的である事が分かるのだが、グラスワンダーからすればあまりにも突然の出来事に困惑するしかなく、脚が止まってしまった。
「…?」
そんなグラスワンダーの存在に気付いたのは1人のウマ娘だった。
スペシャルウィークを囲うウマ娘達を突破できなかったのだろう。中心へと行きたいのに叶わずに外側でうろうろとしていた彼女は必然的に近づいてきたグラスワンダーにいち早く気付いた。
スペシャルウィークの下へ向かおうとしていた彼女だったが、グラスワンダーが中央トレセン学園の生徒である事に気付いたのだろう。一瞬、囲いの中心にいるスペシャルウィークに名残を感じながらも、彼女は足早にグラスワンダーへと近づいてきた。
「…あ、あの…もしかして、グラスワンダー先輩、ですか?」
「――ぇ?あ、はい。そうですけど…貴女は?」
グラスワンダーの返答に対し、目の前のウマ娘は目をキラキラと輝かせながら勢いよく、深々と頭を下げながら彼女は己の名を口にした。
「やっぱり!あ、私《ブエナビスタ》と言います!北海道でスぺ先輩の後輩兼妹分をしてました!!グラスワンダー先輩の事はスぺ先輩からずっと聞いてました!!だから会えたら話をしたいってずっと思ってて…あ!スぺ先輩との宝塚も観ました!!スぺ先輩が負けたの悔しかったけどグラスワンダー先輩の走りを見て私もあんな風に走れたらってずっと憧れてて!!それでそれで!!」
よほど興奮しているのだろう。
矢継ぎ早に繰り出される言葉と共に振り回される尻尾が彼女の興奮を現わしていた。
そんな彼女の勢いに飲み込まれて呆然としてしまっていたグラスワンダーだが、不意に思わず笑ってしまった。
彼女のその姿が、故郷のアメリカに住む妹を思い出させたからだ。
その姿が似ているわけではない。
だが、好きな事に対して熱中するその姿が何処か妹を連想させるのだ。
「(…元気にしてるかな)」
思い返せば、妹とまともに連絡を取り合ったのは何時が最後だっただろうか。
スぺちゃんの記憶喪失、そしてそこから始まった数多くの出来事でここ最近はあまり連絡をする事が出来ずにいたから……
「(ああ、思い出しました)」
思い出したのは妹からの可愛い宣戦布告。
《いつか絶対に負かす》と告げられた可愛らしい宣戦布告を、私が《いつでも受けて立ちます》と受け入れたのが妹とまともに交わした最後の連絡だったと思い出す。
それ以降も短いやりとり程度は交わしているが、長時間の連絡でと言えばそれが文字通り最後だっただろう。
「(…久しぶりに連絡をしてみましょうか。きっとあの子怒ってるでしょうから)」
今晩でも可愛い妹との久しぶりの会話をしようと決めるグラスワンダーは微笑みを見せるが、今はと目の前にいるブエナビスタにあの囲いについて聞こうとしたが、
「はい。皆さんお静かに」
聴こえたその声がスぺちゃんを囲って大騒ぎしていたウマ娘達を一瞬で静かにさせた事で、止められてしまった。突如静まり返った帯広トレセン学園の生徒達にきょとんした表情を浮かべるスペシャルウィーク。
そんな彼女の下に静かに悠々と、それでいてその存在感を示す力強い足取りで《彼女》が――帯広トレセン学園生徒会長であるモーリスがスペシャルウィークの前へと進み出る。
周囲の囲いは彼女の進みを邪魔する事なく静かに道を開き、その道を彼女は進む。
圧倒的威圧感を誇る威風堂々たるその姿はまさに一校の代表たるウマ娘に相応しい貫録であった。
そんな彼女の脚がスペシャルウィークの前で止まる。圧倒的存在感、圧倒的な威圧感を持つ彼女はスペシャルウィークに向けて静かに笑みを浮かべると―――――
「スぺちゃぁぁぁぁぁぁぁんッッッッッ!!!!!!!!!!!!!
――つい先程まで見せていた仮面を脱ぎ捨てて、ちょっと引く位の笑みでスペシャルウィークを抱きしめていた。
「モー!!」
「そう!!モーですよ~♪嗚呼ッ!!数か月ぶりのスぺちゃん!!この温もり!!この抱き心地!!嗚呼癒されますぅぅぅ!!!!もうスぺちゃん本当に可愛い可愛い可愛いぃぃ!!!!あ!お腹ちょっとむにむにになってますね!!やぁ~ん♪そんな所も可愛いですぅぅぅ!!!!あ、そうだ!!スぺちゃん!!お土産がたくさんあるから後で一緒に頂きましょう!!美味しいお菓子いっぱい持ってきてあげましたからね~♪」
「たべる~♪」
「――やぁ~ん♪この子本当に天使です~♪オースミキャンデイさん!!この子を我が家に下さいませんか!!立派なウマ娘に育てますから!!私が立派に育てますから!!私がスぺちゃんのお母さんになりますから!!」
「婚約者希望の次は母親希望と来ましたか!?却下です会長!スぺはうちの子です!!あげませんッ!!!!」
先程までの威風堂々たる姿は何処へやら。
其処に居たのはコスモバルク同様になんか色々とハチャメチャになってしまいながらスペシャルウィークに抱き着くモーリスの姿。あまりにも突然の変化に中央の生徒達は誰もが呆然とするが、対する帯広トレセン学園の面々はと言えば、目の前で起きた突然の変化に何ら驚く事なく、むしろそれが当たり前であるかのように慣れた反応を示している。
そんな光景を前にグラスワンダーもまた呆然としてしまう。
先程まで見せていた姿と今見せている姿があまりにも異なり過ぎて、驚きのあまりにそうしてしまう。
「あー、会長遂に限界みたいですね…」
そんなグラスワンダーの隣にブエナビスタは笑みを見せながらそう呟く。
帯広トレセン学園の生徒の大多数にとって、中央で活躍を続けるスペシャルウィークは憧れであると同時に幼少期の頃からとても可愛がられてきたマスコット的存在でもある。
特にモーリス、コスモバルクはその中でもダントツで彼女への愛情を強く持っていると言っていいだろう。
年上のコスモバルクは可愛い妹分として、年が近いモーリスは良き友として、それぞれ重ねてきた交友は強い信頼関係を生み出し(多少歪んでるけど)、そしてその信頼関係は今のスぺにも影響をもたらしているのだろう。
今のスぺが覚えているのは幼少期の頃の2人であり、記憶するその姿と目の前の姿はあまりにも大きく異なっている。
それだと言うのに、スぺは彼女達を受け入れていた。
その姿は記憶にある者とは異なり、成長した姿であるのに、それでも受け入れていた。
疑う事もなく、間違える事もなく、受け入れる事が出来たのは、きっとその信頼関係があったからだろう。
そして受け入れられた事が素直に嬉しい2人はまさに有頂天。
久しぶりの再会とその喜びが合わさり、多少(?)暴走して外向け用の姿が崩壊し、スペシャルウィークが居た頃の帯広でのいつもの姿へと戻ってしまっているとブエナビスタは語った。
そんな暴走した2人を帯広トレセン学園の生徒は平和そうに、中央の生徒達は呆然と見つめる中で、グラスワンダーだけは周囲とは異なる視線を2人に――いや、正確に言えばスペシャルウィークに抱き着いているモーリスへと向ける。
「(……なん、でしょうか…この嫌な予感は……)」
あの人を見ていると何故か胸がざわつくのを感じる。
それが何なのかは分からない。ただこれだけは絶対の自信を以て言えた。
きっと、私はあの人とぶつかる事になると。
「―――ふふ♪」
そんな未来を予想するグラスワンダーの視線の先で、彼女もまたスペシャルウィークに向けるそれとは異なる笑みを静かに浮かべながらグラスワンダーの視線を受け止めていた。
簡単に帯広トレセン学園生徒紹介
《エスポワールシチー》
まだ若いウマ娘であるが地方はもちろん中央でのレース経験があるウマ娘。
その成績は良く、中央でのレースの際にURA職員の目に留まり中央への勧誘を受けるが拒否。そのまま地元である帯広トレセン学園に入学。
コスモバルク不調事件で起きた生徒会長を決める選挙においてモーリスを強く支持し、その活動を支援。
モーリス会長就任後は彼女に誘われるまま生徒会へ参加し、その実力を余す事なく発揮し、副会長へと昇り詰める。
また、帯広トレセン学園内外で密かに活動している《モーリスお姉さま愛好会》の会長を担当しており、モーリスへ対して強い愛情を抱いている。
スペシャルウィークとはオースミキャンデイ関係で幼少期から知っており、手の掛かる可愛い妹と言う感じで時には厳しく、時には優しく接している。