「――だ。さて、せっかくの祝いの場だ。堅苦しい話はこれまでとしよう。それでは諸君、中央と帯広トレセン学園の今後を願って――乾杯」
「「「乾杯~!!!!」」」
壇上に上がるシンボリルドルフの言葉を合図に帯広トレセン学園歓迎パーティーが始まりを告げた。
「ねえねえ!!帯広トレセン学園ってどんな所なの?」
「良い所だよ~!中央と比べたら流石に劣っちゃうけど施設だって立派だし、景色も良いし、食堂のご飯だって美味しいし!!特に牛乳!あれが美味いのよ!!」
「牛乳~?私苦手なんだよね~」
「え~!?勿体ないよそれ!!私の知り合い――あ、あそこにいる子なんだけどね!見てよあの立派なお胸!!あれも毎日牛乳飲んでるおかげだって!!」
「――その話詳しく」
「「さ、サイレンススズカ先輩!?」」
中央と帯広、普段は会う事が難しい両校の生徒達がそれぞれ交友を重ね、信頼を深めていく。
地方と中央と言う壁を越えて仲睦まじく会話をするその姿を前に、微笑ましい気持ちになりながらシンボリルドルフは壇上で語り疲れた喉を癒そうと飲み物を探して――
「ほい。ルドルフ」
ーー思わず狙ったのかとツッコミを入れそうになる。
それほどまでに完璧なタイミングで彼女ーーコスモバルクから差し出された飲み物に手を伸ばす。
「あ、ああ。ありがとうコスモバルク」
感謝しながら受け取ったルドルフはそのままの流れでそれを飲もうとして、ふと手を止める。
手渡されたグラスの中身に入っている飲料。それはルドルフが普段から好んで飲んでいるものだ。
今回の歓迎パーティーの為に数多くの種類の飲み物が用意されている中でそれを見つけ出してきてくれた事、そして自分の好みを覚えていてくれた事に思わず笑みを浮かべてしまいながら、今度こそそれを飲んでいく。
そんなルドルフの隣でコスモバルクもまた自身のグラスに注がれた飲料を静かに飲みながら彼女に語り掛ける。
「いやぁ~しっかし、本当に久しぶりだよね~あれだよね?最後に会ったのって去年だっけ?」
「……あ、ああ…そうだな」
向けられる屈託のない笑み。
それを前にシンボリルドルフは思わず、目を逸らしてしまった。
自分にその笑顔を向けられる資格はあるのだろうか、と悩んで。
モーリスより聞かされたコスモバルクに起きた一連の出来事。
それを聴いた時、ルドルフはその内容に驚愕するよりも――《それ》を知らない自分に驚いた。
ルドルフはコスモバルクを大事な友人だと思っている。
互いの立場と、中央と帯広と言う頻繁に会うには大きすぎる距離が2人を隔てているとは言え、それでもルドルフはコスモバルクの事を大事な友人だとーー思っていた。
だが、そんな友人に対して自分はどうだろうか。
大事な友人である彼女にそんな出来事が起きていたなど露知らず。
彼女が苦しんでいた事さえも知らず、それを知ろうとさえしていなかった事実に気付かされ、驚愕した。
これのどこが友人だと言うのかと。
友人の力になれないどころか、それさえ知らなかった自分にコスモバルクの友を名乗る資格はあるのだろうかと、そう悩んでしまい、その顔を視る勇気を失ってしまっていた。
そんなルドルフの心境をコスモバルクはどことなく察したのだろう。
相も変わらずの堅物くんだねぇと内心笑みを浮かべながら、仕方ないなぁと言わんばかりにため息をつきーー
「あのさ、ルドルフ。どーせ貴女の事だから、モーリスから聴いた私の過去話が原因で色々と考えてるんだろうけどさぁ……ルドルフがそれで悩む必要はないからね」
「ーーッ!しかし!」
「しかしもくそもありませーん。あのさルドルフ、確かにアンタは私に起きた出来事を知らなかったかもしれないし、それを知ろうとしていなかったのかもしれない。けどさ、それ言ったらお互い様だからね。私だってルドルフが中央でどれだけ努力しているのか、はたまた苦しんでいるのかなんて知らないし、知ろうともしていなかったから」
「そ、それは……」
「そう、仕方なかった。友人だからって相手の全てを知らなければならない、なんて出来る筈ないでしょ?私には私の。ルドルフにはルドルフの生活があって、そこには互いに知らない事もたくさんあるし、知られたくない事だってある。そう言う互いに踏み入れて欲しくない場所に手を出さないのも友情だと思わない?」
「……確かに君の言葉に間違いはないかもしれない。だが……だがもしもその時私が君に起きた出来事を知っていれば……」
「……力になれたかもしれないって?まあ、そうね。確かにルドルフがあの出来事を当時知っていたら力になってもらえたかもしれないわね。もっと別の結末があったかもしれないわ。けどねルドルフ……それで私が喜ぶと思う?」
ーー思わず先程までの迷いを忘れて彼女を視た。
言葉の最後に感じた僅かに怒りに気付いて、彼女を視ていた。
そこにあったのは言葉に混ざって怒りと同一の感情が込められた瞳。いつも笑顔を浮かべている彼女が普段浮かべる事のないそれが今、シンボリルドルフに向けられている。
「仮にルドルフがあの時全てを知っていて、私の力になろうとしてくれたとしてーーどうするの?私に怒りの言葉をぶつけてきたあの子に更に怒りの言葉でもぶつける?ウマ娘達の憧れである貴女が?そんな事をしたらその怒りを向けられた子がどうなるのか分かるでしょ?それとも私が起こしたミスを隠蔽でもするの?そうなれば貴女が積み重ねてきた信頼は崩壊するでしょうね」
ーー言葉を重ねられて理解する。
もしもが起きたとしても、シンボリルドルフがコスモバルクを助けようとすれば何が起きたのかを理解させられる。
自分が今いる場所に、どれだけの責任があるのかを再認識させられる。
「……あのねルドルフ。貴女が私を心配してくれるのは嬉しい。貴女が私みたいなウマ娘を友と呼んでくれるのも嬉しい。けどね、私は貴女に守られる為に友人になったわけではないの。私は貴女と対等な立場で、対等な意見を語り合える友として、貴女の側に居たい。だからもしもモーリスの話を聞いて何かしら悩んでるのなら……それは忘れて欲しい。きっとそれが貴女の中にある限り、貴女は私を《そう言う目》で視てしまうから」
ーー彼女の言葉に、思わず納得してしまう。
確かに、私は今彼女に対して対等な立場で視ていなかった。
守らないといけない、手を差し出さなければならないと《下》に視ていたと認めてしまう。
そこに友としての関係はなく、守られる者と守る者と言う上下関係しか存在していなかったと。
それが、その見方がコスモバルクが望む友としての関係を破綻させているとは知らずにーー
「(……やっぱり、君は強いよコスモバルク)」
きっと、もしもをコスモバルクとて考えた事はあるだろう。
もしもあの時誰かが助けてくれたら、と。
もしもあの時誰かが側にいてくれたら、と。
そんなもしもを考えただろう。
けれど彼女がそれを言葉にする事は決してない。
何故なら彼女は既にあの結末を受け入れ、そしてその目はもう過去を視ていないから。
己を追い詰めた過去を、己を追い詰めた彼女を、一切恨む事なく、その全てを受け入れて、既に未来へと歩き始めているから。
もしもそれが自分であれば同じ事が果たして出来るであろうか。
己を追い詰めた全てを容易く受け入れて、飲み込み、恨む事なく未来へと歩き始められるだろうか。
コスモバルクと言うウマ娘はそれが出来る。
他者を恨むより、過去を悔やむより、未来を視て歩き始める事を容易く選択出来る。
だからこそルドルフは強い子だと思った。
その精神を、その心の強さを称賛し、そしてーー
「……分かった。君の要望に応えるとしよう」
ーーコスモバルクの友でありたいと思えた。
「ーーふふ、どーも」
そんなルドルフに、コスモバルクの要望に応え先程までの遠慮が抜けた彼女にコスモバルクもまた笑みを浮かべてグラスを差し出す。
差し出されたグラス、その意図に気付いたルドルフもまたグラスを差し出し、カチンと軽く当ててグラスの中身を飲み干していった。
「でさでさ!うちで飼ってるハナコがさ!あ!ハナコってのは牛なんだけどね!これがまたね!美味しい牛乳出すのよ!!今度ルドルフにも飲ませてあげるからね!!」
「あ、ああ。ありがとう……」
ーー思わずルドルフはグラスの中身を再確認してしまう。
先程の乾杯から数分、コスモバルクはテンション上がりっぱなしでずっとマシンガントークを続けている。
さながら酔っぱらってるかの様に。
だがグラスの中身は間違いなくジュースであり、決してアルコールの類いではない。
なのにこのテンションの上がり様は何なんだろうかとコスモバルクのマシンガントークに相槌を立てながら聴いているとーー
「あ!そいやさルドルフ!あれ……ああ!《交換交流》!あれ誰出すのか決まってるの!?」
コスモバルクの口から出たその単語にそう言えばと反応する。
《交換交流》、正式名称は《他校実地交流会》。
地方の生徒が中央へ、中央の生徒が地方へと実際に決められた日数の間その学園へと通い、互いの学園の良さを理解しあい、交流を深めるのが目的の学園交流会のメインの1つだ。
この交換交流は両校の生徒から大変好評であり、中央では基本的に希望者を募り、そこから選ぶのだが……
「いや、すまない。実はまだ決定していなくてな……」
今回、学園交流会開催の情報を聴いたのが開催少し前であったのもあってか、学園交流会開催の準備を優先したせいで生徒の選出が出来ていなかったのだ。
交流会の中で時間を見つけて選出するつもりであったルドルフは率直にそう伝えると、コスモバルクはふーんと呟きながらにたーと笑みを浮かべた。
その笑みが何であるのかを理解出来ずに一瞬戸惑うルドルフであったがーー
「こちらでしたかシンボリルドルフ会長」
そこに姿を表したのはモーリス。
帯広トレセン学園の制服をきっかりと着こなし、グラス片手に歩み寄ってくるその姿はルドルフの眼から視ても美しい。
彼女をお姉さまと呼び慕う生徒の気持ちも分からなくもないなと思っているとーー
「モーリスー♪」
いつのまにやらコスモバルクが彼女に抱き付いていた。
その姿はまんまめんどい酔っぱらいの仕方をした人にしか見えず、抱き付かれたモーリスもあははと乾いた笑みを浮かべながら抱き付いてきたコスモバルクを受け止めるが……
一瞬、ほんの一瞬だが二人の顔つきが変わった。
それに気付けたのは恐らくシンボリルドルフのみであろう。
コスモバルクがモーリスの耳元で何かを囁き、それを聴いたモーリスが一瞬だが表情を変えたのだ。
真剣な、それでいてどこか勝ち誇る様な、そんな表情をーー
だがそれは次の瞬間には戻り、モーリスはコスモバルクを引き剥がすとルドルフの前に立つと、静かに、それでいて一切無駄のない綺麗なお辞儀をしながら挨拶をした。
「この度は私達の為にこの様な立派な歓迎パーティーをありがとうございますシンボリルドルフ会長。帯広トレセン学園生徒一同の代表として感謝を」
「そうかしこまらないでくれモーリス。遠方より来た仲間を迎えるのに当たり前の事をしただけだ。むしろ無事に楽しんでもらえている様で私の方が感謝をしなければならないな」
そう笑いあう二人はそのまま会話を続ける。
両校の今後を、互いの夢を、そして何気ない日常の会話を。
モーリスとの会話は充実としたもので飽きを感じさせず、それでいて楽しいものだった。
終始相手の事を思いやった会話でありながら、自分の想いを伝える事を忘れない会話に思わずルドルフも感心させられる。
あのコスモバルクの代わりとは言え流石は生徒会長になったウマ娘だと。
だからこそ、だろう。
そんな彼女の口から出た言葉に、その内容にーー
「そう言えば、先程コスモバルク会長から聴いたのですが、中央ではまだ交換交流の生徒が決まっていない、と」
「そうだな……すまない。可能な限り迅速に決定し、そちらに報告をーー」
「ああ、いえ。急かしたつもりはないのです。むしろそれならばと1つご提案がありまして」
「提案?」
「はい」
「明日行う予定の交流会レース。そのレースで我が校が勝利したら、スペちゃんを交換交流生徒として選出してもらえませんか?」
ーー驚愕させられた。
帯広トレセン学園 簡易生徒紹介
《コスモバルク》
帯広トレセン学園前生徒会長 現生徒会役員
帯広を地方強豪校にまで成長させた傑物。
地方に過ぎる訓練設備や道具の投入、優秀なトレーナーの勧誘、経済的余裕のない生徒に対する数多くの支援等を取り決め、それを導入する為にURAのお偉いさん達相手に言葉による戦争を挑み、そして勝ち取ってみせた。これにより帯広トレセン学園は中央に比べれば劣るが地方校の中ではトップをいく環境を作り上げる事に成功し、そのおかげで数多くの優秀なウマ娘達が誕生していっている。
またそのカリスマ性で多くの生徒達を魅了し、彼女を慕う生徒も決して少なくはない。
レースの成績も優秀であり、地方のレース活性化の為に数多くのレースに挑んでいる。
スペシャルウィークとは昔からの仲良し関係。
スペシャルウィークに対しては姉として接し、その関係は良好だが、多少愛が行き過ぎている。