北海道にあるスペシャルウィークが住んでいた実家。
そこは所謂田舎の分類における場所にある。
交通手段は少なく、周囲はほとんどが手付かずの自然のまま。ちらほらと民家はあれど、住んでいる人はそこまで多くなく、目立った観光地などもないどこにでもある田舎だ。
そんな場所故に訪れる人は決して多くないのだが――
「――お久しぶりです」
その日は、珍しい事に来客があった。
訪れたのは2人。1人は元々この家に住んでいたが帯広に通う為に寮生活を始めたオースミキャンデイ。そしてもう1人は、そんなオースミキャンデイが通う帯広トレセン学園において生徒会長として君臨しているモーリスである。
スペシャルウィーク、そしてオースミキャンデイの義理の母親である彼女も、モーリスの存在を小さい頃から知っていた。
あの人から2人を頼まれ、愛情を持って育てる過程で2人と友達になってくれたウマ娘。
多少(?)愛が重い部分がチラチラと見えていた子だったが、昔はよくウチに遊びに来ていたのをよく覚えている。
オースミキャンデイが帯広へ、そしてスペシャルウィークが中央へ行く頃になると彼女が家を訪れる事は必然的になくなったのだが、それが突然に愛娘と一緒に我が家を訪れた事に驚きながらも2人を迎え入れた。
久しぶりの再会。話す会話は多く、良く弾んだ。
笑い話から驚かされる様な話。時には失敗談なども出てきた。
弾んだ会話。その内容に笑みを浮かべながらも彼女は理解していた。
この子達は私に何かを言いに来たのだと。
それを言い出す機会を待っているのだと。
そう理解されていると察したのだろう。
それまで弾んでいた会話のおかげで出来上がっていた明るい空間。
モーリスは敢えてそれを打ち壊す様に真剣な表情を浮かべると――《提案》をしてきた。
「……なるほどね」
その提案を全て聴き終えた彼女は察した。
自身がオースミキャンデイにお願いした事。それをモーリスも知ったのだろう。
それ故の《提案》。魅力的なそれを口にした彼女は、先程まで浮かべていた笑みとは異なる微笑を浮かべる。
「どうでしょうか?任せていただけるなら此方としてもありがたい話なのですが」
《提案》。その内容を頭の中で纏めると、ハッキリ言って此方には一切の不利益はない。
元々オースミキャンデイに託したお願いは1人には少し重い内容だったかもしれなかったと思っていた時のこの提案は正直、すぐにでも受け入れたいと思ってしまう程の魅力がある。
だが、それ故に問わねばならない。
例え相手が2人の友人であろうとも、1人の保護者として、そして1人の大人として問わねばならない。
「…なしてそこまでスぺの為にしてくれるの?この提案、確かにわたしには一切の不利益はない。むしろ利益しかない。けれど、貴女は違う。帯広トレセンの顔である貴女が失敗すれば、不利益は全て貴女に向けられる。そこまでの不利益を抱えてまでなしてスぺの為に頑張ってくれるの?その理由を聞かんと受け入れるわけにはいかん。スぺの為にも、貴女の為にも」
この提案で唯一気掛かりだった懸念。
それは、失敗した場合に生じる不利益の全てが彼女に向けられる事実だ。
それも昔のモーリスならばともかく、今の彼女は帯広トレセン学園の顔でもある生徒会長だ。もしもの不利益が彼女に掛かれば、その負担は決して軽くはないだろう。
それ故にどうしてもこれだけは聞いておかねばならなかった。
スぺの為に色々としてくれているのは親としてありがたい限りであり、その提案を無下にするのは申し訳ない。
けれども、親として、そして子供を守る大人として、スペシャルウィークの為にも、そして今まさに目の前に座るモーリスの為にも、その真意だけは聞いておかねばならない。
そんな彼女の気持ちに、モーリスは静かに笑みを浮かべた。
嗚呼、やはりそうだと。
きっとこの人はスペちゃんの為だけではなく、私の事も思ってこう言ってくれているのだろうと分かってしまう。
昔からこの人は優しくて、この人の優しさの傍に居たからこそスペちゃんも、オースミキャンデイも、こんな優しく良い子に育ったのだろう。
その優しさが変わらず私にも向けてくれている。
それが嬉しくてつい笑みを浮かべてしまいながら、モーリスは疑問に答える。
私がスぺちゃんの為に頑張る理由。
そんなもの、1つしかない。
それは―――
「――愛の為に、ですよ」
――ただ、この心に宿る感情のままに。
「…これ、は……」
「正真正銘ご本人直筆の同意書です。既に帯広学園側はこれを正式な書類として受理しており、この勝負に私達が勝利した場合の手続き等の用意も完了しています。後は中央側が受諾してくだされば問題はありません」
反論のしようがなかった。
スペシャルウィークの御家族直筆の同意書。これを提示された今、中央はモーリスが提案した勝負に乗るしか選択肢は無くなった。
それは即ち、この勝負に中央が負ければ、スペシャルウィークは中央に籍こそ残すが、実質帯広へ取られると見て間違いないだろう。
まだこの委任状が無ければ断る術もあったが……
「…なるほど。これは確かに朗報だな」
向こう側は断られる展開を読んだ上でこの切り札を用意してきたのだろう。
用意周到とはまさにこの事だ。
もはや中央にこれを断る術はなく、モーリスが挑むレースに乗るしかなかった。
事此処に至っては仕方ない。この勝負は受けるしかないだろう。
だがしかし――
「…モーリス。1つだけ聞いても良いかな?」
「ええ。何なりと」
「――何故、《これ》を使ってスペシャルウィークを奪おうとしなかったんだ?」
そう、1つだけ感じた疑問。
何故、彼女は同意書と言う切り札をこういう風に使おうとするのか。
同意書と言う切り札がある以上、やろうと思えばレースの勝敗などと言う段階を踏まずとも、直接スペシャルウィークと言う景品を奪い取れる位置に向こうはいる。
いや、それ以前に何故同意書と言う形にしたのか。スペシャルウィークの家族を味方に出来たのならばもっと他に有効な手段を選択する事も出来ただろうに。
それなのに、何故とシンボリルドルフは問い掛ける。
その真意を知りたい、と。
「…シンボリルドルフ会長。《私達》は何ですか?」
「なに、とは?」
モーリスは手にしたグラスの中身を一気に飲み干す。
甘く爽やかなニンジンジュースの味が口から喉へと伝わるのを感じながら、モーリスは続ける。
「知識や知略で謀り合う者?否」
「用意周到に手回しをして勝利を得る者?否!」
「自身の手を汚さずに栄光を手に入れる者?否ッ!!」
「私達は――ウマ娘ッ!!勝利も栄光も名誉も愛もッ!!!全てはこの脚で得る者達ッ!!!!だからこそ私は全力で挑み、そして勝利し全てを得るッ!!!!!それを阻むのであればッ!!!!!!」
「
―――嗚呼と、シンボリルドルフは静かに笑う。
久しぶりだと。長らく忘れていたと。
この胸の高鳴りを、この感情を、この鼓動を、久しく忘れていた。
「――感謝しよう。モーリス」
《生徒会長》には無用な物だと鳴りを潜めていた感情に火を灯してくれて。
《伝説》として民衆に愛される存在であろうとして眠っていたこの鼓動を呼び覚ましてくれて。
《シンボリルドルフ》として完璧な姿であろうと鎮火していた高鳴りを呼び起こしてくれて
嗚呼、故に―――
「――明日は、全力で君に勝ちに行かせてもらおう」
――《私》は全てを用いて君に挑もう。
「おー。やるねぇモーリス」
宣戦布告を叩きつけたモーリスの姿にコスモバルクはケラケラと笑いながら眺める。
賽は投げられた、とはこの事だろう。
これだけの多くの生徒の前で宣戦布告を果たしたのだ。もはや互いに逃げる選択はないだろう。
「ま、人が居ようが居まいが、あの2人には関係なさそうだけどねぇ~」
しっかし美味いな~これとパクパクと食事を食べながら、コスモバルクは堪え切れない笑みを浮かべる。
遂にこの時が来たのだと。これまで帯広を地方の中でもダントツに近い強豪校に鍛えたのはこの時の為だと。
「~♪~♪」
コスモバルクには夢がある。
華々しい中央に比べ、人々の目が行き届きにくく、資金も設備も実力も劣る地方。
そんな地方がもっと輝ける様にしたいと願う夢が彼女にはあり、その夢を多くの人々が支援してくれた。
そして今、そんな地方が中央に喧嘩を売った。
中央でも最強と名高いあの伝説――シンボリルドルフを相手に。
「ラララ~♪ふんふんふ~ん♪」
明日の勝敗がどうなるかは分からない。
けれど、間違いなくこれだけは言える。
明日が終わる時、人々の地方に向ける眼は必ず変化する。
故にコスモバルクの夢はこの宣戦布告だけでも、既に半分は叶っている。
だが、だがだ。
「明日は~♪――――――全力で勝たないとね」
――彼女は欲張りなのだ。