その名を知らない者は存在しないと断言しよう。
シンボリルドルフが中央トレセン学園でその名を馳せる前、《神バ》の異名を以て中央最強を誇っていた教科書にも載るレベルの実力を有していたウマ娘。その活躍は数多く、シンザンが出たら他のウマ娘が勝利を諦めるとまで言われる程、その実力を多くのウマ娘が認めており、それを証明するが如くその戦歴は凄まじく、数多くの勝利を刻むその実力を前にすれば《神バ》と言う異名を彼女が名乗る事に異論を唱える者は誰もいなかった。
そしてその実力は多くの人やウマ娘を魅了していった。
シンザン関連のグッズは瞬く間に売れ尽くし、イベントに参加すれば多くの人が殺到するレベルで彼女の人気は日に日に高まり続け、その存在はもはやただのウマ娘としての枠から超越し、アイドルや芸能人さえも上回る人気と知名度を手にしており、その高すぎる人気と知名度は、彼女が居るからと言う目的で中央トレセン学園を目指すウマ娘の数を急増させ、それを証明する様に彼女が居た頃のトレセン学園の受験率は例年の数十倍以上に跳ね上がったとまでされている。
もはや、生きている限り必ずと言っても良い程に誰もが知っている高い知名度を持っていたレジェンドウマ娘、シンザン。
ではそんな彼女が何故トレセン学園からいなくなったのかと言われると、それは単純な答えとなる。
――シンザンが自ら出て行ったのだーー
ある日、本当に何の前触れもなく寮にある自室に一つの書き置きを残して彼女は失踪。
その内容も短く、ただ《世界を見てくる》とだけ。
そんな書き置き一つ残しての突然の失踪に、学園もURAも大騒動となりすぐさま捜索が開始するが、彼女の動きはまさに自由そのもの。
世界中あちこちで目撃が成され、慌てて追い掛けてみればもう別の国で目撃された、と言った自由過ぎるその動きのせいで世界規模の追い駆けっこをする羽目になっていた。
されどそんなおいかけっこは遂に終わりを迎える。
彼等が掴んだ彼女の最後の足取り。それはとある空港から自らの脚で隣国の激戦地へと向かっていったと言うものだった。
其処は数年前から続いている激戦地で、国とテロ組織による激しい争いが毎日繰り広げられる危険地帯。それ故に各国は入国を危険と判断して数年前よりその国に対しての入国を全面禁止にしていた。
そんな危険地帯へと自ら飛び込んで行った、と聞かされた関係者は驚きを通り越して青ざめた。いくらなんでも危険過ぎると。
彼女が入国した目的は不明だったが、そんな危険地帯に居たら万が一があると大慌てでトレセン学園とURAは日本政府に協力を要請し、国を挙げての捜査兼保護隊を派遣しようとしたのだが……
件のその国が日本の捜査隊の受け入れを拒否したのだ。
理由としては激戦地における捜査隊の安全が確保出来ないからと言う建前だったが、数年前よりその激戦地において発生している数々の不祥事を知られたくないからこその決定だと言うのはすぐに分かった。
それでも何とか受け入れを認めてもらおうとする日本だったが、交渉は難航。あれやこれやと調査受け入れを拒否し続けるばかりで交渉は進まず、その間にシンザンにもしもがあればと世界中が恐怖し――そしてそれは現実のものとなる。
日本が国連や諸外国からの協力を取り付け、もはや断る事が難しくなり、捜査隊派遣が決まりそうになっていた矢先、受け入れ拒否を続けていた国が交渉の場でとある物と共にこう言ったのだ。
《これがとある爆撃地の廃墟で見つかった》と。
その発言と共に出されたのは――シンザンの学生証。
中央トレセン学園に在校している事を示すそれの持ち主は、学園関係者を除けばただ一人しかおらず、それが今此処にある事が示す答えはただ一つしかなかった。
その数日後、世界中に向けてその報道は流された。
世界中に大々的に報道されたその知らせは瞬く間に全ての人々が知る事となり、偉大なるレジェンドの死を誰もが悲しんだ。
偉大過ぎる人を失ったと、あの走りをもう観られないと。
されど、そうされどーー
「え?え!?え、えぇぇぇぇ!!?」
「ど、どういうこと!?どういうこと!?」
「うわうわうわ!ま、マジで!?マジでシンザン大先輩なのかよ!?」
「うそ……いや、ですけれどあのお姿は間違いなく……」
「お、おいおいおい……流石のゴルシちゃんも理解が追い付かないんだけど……」
スピカの面々もーーいや、この会場に居る全ての者が、突然現れた亡くなった筈のシンザンの登場に大いに戸惑いを見せる。
それは当然スピカのトレーナーであるこの男もだ。
「……うそ、だろ?」
言葉にしながらも、トレーナーは理解していた。
あの姿を、テレビや会場で幾度も目撃し、いつしか彼女の様なウマ娘と共に頑張りたいとトレーナーとしての夢を与えてくれたあの偉大なるレジェンドを間違えるものかと。
間違いないと。
絶対の自信を以て断言ができると。
彼女はーー彼女こそが間違いなくーー
「……シンザン……だ……」
トレーナーがそうポツリと呟くとほぼ同じく、会場中の騒ぎが一気に広がりを見せていく。
無理もない、亡くなっていたと思われていたシンザンが、実は生きていて、それが突然姿を見せたのだ。
まさに英雄の凱旋とでも言えば良いだろう。
あまりにも呆気なく、そして唐突に現れた彼女に会場中が大騒ぎの中でーー
「あー、やっぱりこんな風になっちゃうかー」
当の本人はと言えば、たははーと口元を栗の様にしながらどうしたとんかなぁーと戸惑い半分、悩み半分と言った感じに頭を掻いているとーー
「シンザンッ!!」
会場中の混乱を遮る様な大きな声。
それが誰から発せられたのかをシンザンは即座に理解し、小さく笑みを浮かべながら《彼女》へと視線を向ける。
「やあ、トキノ……あー、違った。今はたづなちゃんだっけ?久しぶりー。元気だった?」
其処に居たのは駿川たづな。
トレセン学園において誰もが知っている彼女は、戸惑っている様な怒っている様ななんとも言えない表情でツカツカとシンザンに歩み寄るとーー躊躇なく拳を振るった。
パーではなくて、もろにグーで。
「うわぉッ!?ちょ、ちょっと!?久しぶりの再会にグーは辞めよ!グーは!!此処はハグとか愛情を感じるものだと私は嬉しんだけどなぁ!!」
「うるさいです!勝手に消えたと思ったら、勝手に死んだと世界中に思わせといて!どれだけの人に心配させたと思ってるの!?生きている事まで内緒にして!!それでいきなり勝手に戻ってきた馬鹿にはこれで十分ですよ!!殴らせなさい!避けるな!!」
「いや!私も色々とあってね!話すと長くなる…て、うわ!?今かすった!?かすったんだけど!?」
たづなの何処か殺意を感じさせる拳を何とか避けながら会話を続けるシンザンと、いつもの姿とは異なるたづなの姿に会場中の混乱が更に増していく。
そんな状況の中でーー
「シンボリルドルフ会長」
その声にシンボリルドルフはハッとなる。
会場の混乱の空気に自身も飲み込まれていたのだと理解しながらも、聞こえてきた声ーーモーリスに視線を向けると彼女は静かに頭を下げていた。
「申し訳ありませんシンボリルドルフ会長」
その体勢のままに発せられたのは謝罪の言葉。
されどシンボリルドルフはその謝罪の意味が理解できなかった。
この状況で彼女が何を謝っているのか、と。
されどその言葉の意味はーー
「当学園の生徒がご迷惑をおかけして申し訳ありません」
ーーすぐに理解させられた。
「当学園……とは……」
「はい。当学園の生徒ーーシンザンが皆様にご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
その謝罪の意味、そしてその意味がもたらす結果をーー
「改めまして。今回の交流レースですが、帯広トレセン学園側より私モーリスと、副会長エスポワールシチー、そしてコスモバルク前会長と、スペちゃんの家族のオースミキャンディ。そしてーー我が校の生徒であるシンザンを含めたこの面々で挑ませて頂きます」
偉大なるレジェンドが、《敵》である事実を。