スペ「すぺしゃるうぃーく、さんさいです」   作:にゃるまる

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第4話

 

「グラスワンダーさん!?」

「え、ええぇ!!?ちょ、どういう事なのさトレーナー!!」

「誘拐か!?それとも脅迫か!?トレーナー……いつかやるとは思ったが……遂に犯罪に手を出しちまったのか…だけど、安心してくれよ!週1でトレーナーの好物のイナゴの佃煮持って面会に行ってやるからな!!」

 

グラスワンダーのスピカへの電撃移籍。

その知らせを当の本人から受けた面々は驚愕しながら(ゴールドシップだけ悲しみを帯びた面持ちで)トレーナーへと詰め寄った。

 

「落ち着け落ち着け!今から全部説明するから!!あと俺は犯罪に手を出してないし、イナゴの佃煮は別に好物でも何でもない!!」

 

騒ぐ面々をなんとか落ち着かせるとトレーナーは説明をし始めた。

スペシャルウィークが記憶を取り戻すまでの間、学園が全面的に支援してくれる事を。

スペシャルウィークの今後に関してはスぺの実家と話し合って決める事。

それが決まるまでの間、スペシャルウィークにも無理のない範囲で練習をしてもらおうと思っており、その為にスペシャルウィークが懐いているグラスワンダーに協力を求め、それが無事に受諾された事等を説明した。

 

「…まぁ、おハナさんにはデカすぎる借りを作っちゃったけどなぁ」

 

早朝に終わったスペシャルウィークに関しての緊急会議。

そこに参加していたスピカのトレーナーは、同じく参加していたリギルのトレーナーである東条ハナを捕まえてグラスワンダーの一時的移籍に関しての協力を求め、かなり難航した挙句に何とか承諾を得る事が出来たのだが……

その時に彼女に言われた言葉を思い出し、表情を暗くしてしまう。

 

《率直に言って、私は学園での生活継続と言うお前や理事長の考えに反対だ。今のスペシャルウィークに必要なのは安心出来る環境と休息だ。暫く実家に帰省させて経過観察をするべきだと私は考えている……あの医師の言っていたのはあくまで可能性だ。それを深く受け止めすぎて判断を間違えるなよ》

 

東条ハナが言う医師の話。

それは会議に特別に呼び出されたスペシャルウィークの検査を担当したあの老医師の事だ。

ウマ娘専属医師であると同時に精神科医として知名度が高いその医師はあくまで可能性の話ではありますがと言う前振りの後にこう語っている。

 

《私が最も恐れているのは記憶が書き換えられる事です。このままスペシャルウィークさんが記憶を取り戻せず、3歳児状態が長期間続いてしまえば、脳が今の状態を正しいと誤認してしまい、元の状態の記憶を間違えた記憶として書き換えてしまう可能性があります。もしもそうなれば…元の状態へ戻る確率は極めて低くなると思われます。ですのであくまで私個人としての意見ではありますが、以前と同じ生活をする事で今の状態が間違えていると脳に刺激を与え続け、記憶を取り戻すきっかけを作っていくべきだと思っています》

 

あくまで可能性の話ではある、そう理解してはいるがスピカのトレーナー、そして理事長はこの話をどうしても可能性の話だからと切り捨てる事が出来なかった。

確かに最も正しい処置は東条ハナの言う通り実家へ帰してあげて安心感を与えると同時に休息させる事だ。

実家で過ごす平和な日常こそ、今のスペシャルウィークには必要なのかもしれない。

 

だけど、怖いのだ。

その平和な日常が彼女を飲み込んでしまわないかと。

日本一のウマ娘になる、そう夢見てトレセン学園へ入学した事を、

スピカのメンバーとして多くのレースを走り、多くの絆を繋いだ事を、

ジャパンカップであのブロワイエを破って見せた事を、

そして、ウインタードリームトロフィーでの走りも、

その全てを飲み込んで、消えてしまうかもしれない可能性がある事が怖くて仕方が無かった。

 

スペシャルウィークの今後に関しては学園とスぺの家族との話となり、トレーナーは強く関与する事が出来ないだろう。

学園に残るのか、帰省するのか、それはまだ誰にも分からない。

だから、出来るだけの事をしておきたかった。

もしも帰省する事になったとしても、それまでの間にほんの少しでも記憶を取り戻せるきっかけを作れる様にトレーナーとして力になりたい。

それがスピカのトレーナーであるこの男の本音だ。

 

しかしこれを伝える事はこの不安を全員に広げてしまう事になる。

スペシャルウィークの事も大事だが、スピカの仲間達も同様に大事なのだ。

この不安を伝える事で必要のない心配をさせたくない。

だから敢えてそれを伝えずにトレーナーは笑みを浮かべた。

 

「とにかくだ!暫くの間、グラスワンダーにはスぺの練習サポートをしてもらうつもりでいるからそこんところよろしく頼むぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スペシャルウィークのサポートとしてグラスワンダーを加えたチームスピカ。

新しくなったチームスピカの初練習、それは―――

 

「まてぇー!!」

 

――鬼ごっこだった。

 

「ちょ!?スぺ先輩結構はやッ!!」

「流石はスぺちゃん!けどボクを捕まえるのは難しいぞぉ~!」

「なぁなぁマックイーン!どっちがスぺから逃げ続けられるかスイーツ賭けて勝負しないか?」

「こんな時にまで貴女は…ですが乗りましたわ!メジロ家の誇りにかけてスイーツは私の物です!!」

 

その光景は練習と呼ぶよりは単に遊んでいるだけにしか見えない。

いや、本当に遊んでいるだけなのだろう。

練習にある緊張感はなく、スペシャルウィークの無邪気な姿に釣られる様にスピカの面々もまた全力でこの鬼ごっこを楽しんでいた。

 

「良いんですか?貴重な練習の時間を使って鬼ごっこなんて」

 

そんな面々を眺める様に見ていたスピカのトレーナーに、休憩の為に抜けてきたグラスワンダーが問いかける。

スペシャルウィークの今後がいつ決まるのか、どうなるのか、それはまだ分からない。

だが速ければ明日や明後日にもそれが決まる可能性は大いにある。

そんな中で貴重な時間を使って鬼ごっこをさせている理由を聞きたいと見つめるグラスワンダーに、トレーナーは答えた。

 

「良いんだよ。今のスぺをコースで走らせるのは危険だが、こうやってグラウンドで遊びで走る分なら問題ない。無理に危険性のある練習をさせるよりもまずは遊びを通して走る感覚を体験させて、記憶を失う前のレースで走っていた感覚を脳に思い起こさせる。それだけじゃない、こうやって遊びの中で今のスぺには何が出来るのか、何が出来ないのかを見極める。出来ない事をさせて怪我させるわけにはいかないしな。それにスぺだけじゃねえ。あいつらもレース間近で最近緊張気味だったからな、丁度良い息抜きにもなる。だからこの遊びの時間は、決して時間の無駄なんかじゃないさ」

 

その回答にグラスワンダーは少し驚きながらも、感心していた。

本当におハナさんの言う通りですね、と。

スピカへの移籍の前、報告しに東条ハナの下へ行った際に彼女は言っていた。

 

《グラスワンダー、お前の練習メニューに関しては私からあいつに伝えておくが、何かあれば遠慮なくあいつを頼れ。あんな奴だが間違いなく誰よりもお前達の事を考えている奴だ。絶対に力になってくれるさ》

 

あのおハナさんにそこまで言わせる、その事に驚いたけれど今こうして接していて分かった。

この人は本当に、私達の事を考えていてくれてるんだな、と。

そう感心しながらトレーナーと一緒に遊びまわる皆の姿を眺めて――

 

「まーくいーんたっち!!」

「あぁッ!?そんな……まさか…私がゴールドシップに負けるなんて…」

「へへッ!!やったなスぺ!!ほらこれ約束のご褒美の飴ちゃんだぜ!!」

「うわーい!」

「ちょ、ちょっとお待ちなさいゴールドシップ!!その飴はなんですか!!いえそれよりも約束とは何の事ですか!?」

「んん?何の事かアタシにはさっぱり――」

「ごるがまーくいーんたっちしたらあめさんをくれるってやくそくしてくれました!」

「おまッ!?」

「………そう、良い子ねスペシャルウィークさん。ちょっと私ゴールドシップとお話がありますのであちらでスカーレットと遊んでいてくださいまし……さあゴールドシップ、ちょっと彼方へ行きましょうか」

「だが断る!!ゴルシちゃんは颯爽と逃げ――え、ちょ、速ッ!?あ……ま、まてマックイーン!!悪かった!!悪かったからやめ、あ、ああああああああああ!!!!」

 

――聴こえる自業自得の悲鳴に目を背けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「疲れた~!!もうへとへとだよぉ~」

 

鬼ごっこ開始から1時間程度が経過した。

当初は手加減していたスピカの面々であったが、彼女達の想像よりも速い速度で迫るスペシャルウィーク相手に手加減などしている余裕がなく、レースの時の様な全速力でこそないけれど、本気になって遊んでしまい、その結果全員が疲れ切って地面の上に倒れ込んでいた。

 

「スぺちゃん、楽しかったですか?」

 

「うん!!」

 

そんな面々とは異なり、スペシャルウィークはまだまだ元気そうであった。

駆け回って土塗れになったジャージを身に付けたまま嬉しそうに笑顔を見せるその姿にグラスワンダーも釣られる様に笑みを見せるが、彼女が汗まみれになっている事に気付く。

タオルと飲み物を、と起き上がって持ってきていたバックから水筒とタオルを取り出そうとするが、

 

「グラスワンダー、ちょっと良いか?」

 

トレーナーに呼び出されたので仕方なく一度それらをバックに戻してからスペシャルウィークに声を掛ける。

 

「スぺちゃん、ちょっとトレーナーさんとお話してきますのでそこで待っていてくださいね」

 

「はい!」

 

素直な返事に安心してグラスワンダーは足早にトレーナーの下へと向かうと、ほれと一枚の紙が差し出されてきた。

その内容はスペシャルウィークの今後の練習メニューであり、内容の大半は今日の鬼ごっこの様な遊びを交えたものばかりで、危険性があるものは1つも無い。

今後はこう言った感じの遊びを通しての練習を中心にしていき、安全だと判断すればコースでの走りも加えて行きたいとトレーナーは考えているらしく、それについての意見を聞かせてほしいとグラスワンダーに問われたので、それならばとグラスワンダーも遠慮する事なく自身の見解を述べていった。

 

時間にして数分程度だろう。

トレーナーとスペシャルウィークの今後の練習メニューについての意見交換、そしてグラスワンダー自身の練習メニューの内容確認を終え、さあ、とスペシャルウィークの下へ戻ろうとして―――

 

 

 

 

「――――?あれ、スぺちゃん?」

 

 

 

 

―――彼女の姿がどこにもない事に気付いた。

 

 

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