抱える袋の中には大量のたい焼き。
袋一杯に詰められたそれを、オグリキャップは器用にたくさん持ちながら黙々と食べ進めていた。
「…美味しい」
学園の近くに出来たたい焼き屋。
その特徴は何といってもパンパンに詰まった餡子だろう。
甘くて美味しい餡子が尻尾の先の方まではち切れんばかりに詰め込まれており、それなのに使っている餡子は低カロリーの物なのでヘルシーだと女性人気もかなり高い。
それでいて値段もお手頃価格ときた。
こんな好条件をトレセン学園の生徒達が見逃す筈がなく、毎日トレセン学園の生徒を始め多くの人達が行列を作る程に人気店となった。
そんな噂を耳にし、そのたい焼き屋に目を付けたのがオグリキャップ。
彼女の故郷、カサマツにあるカサマツ学園。そこで食糧庫を食い尽くしたウマ娘として食堂関係者に恐れられていた彼女の食欲がたい焼き屋を襲撃し、瞬く間に今日販売予定だった在庫は彼女に買い尽くされた。
今彼女が手にしているのはその戦果だったりする。
既に彼女のお腹は膨れ上がっている。知らない人が見れば妊娠しているとしか思えない程だ。
だがそれでも彼女の食欲は止まる事なく進み続け、1袋、また1袋と食い尽くしていく。
とてもではないが、ほんの1時間前に彼女の友人であるタマモクロスお手製のたこ焼きをたらふく食べた後とは思えない食欲だ。
「……む?」
ふと、パクパクと食べ進んでいた動きが止まる。
満腹になったからではない。たい焼きが遂にラスト1つとなったからだ。
もう食べてしまったのかとどことなくしょんぼりとしながら、最後の1つはゆっくりと味わって食べようとして―――
「………じゅるり」
――目の前で涎を垂らしながら此方を見ているスペシャルウィークと対面していた。
「…?どうしたんだスペシャルウィーク?涎が凄いぞ?」
スペシャルウィークに起きた記憶喪失。
今この学園内でそれを知っているのはトレーナーや学園上層部、そして一部生徒のみだけで、その一部の中にオグリキャップは含まれていない。
なので彼女はスペシャルウィークの記憶喪失など知る由もなく、彼女から見れば今のスペシャルウィークはまるで大好物の餌を前に待てをされている子犬のようにしか見えなかった。
「…たーやき」
「たーやき?…ああ、たい焼きか。欲しいのか?」
「うん!」
向けられるは、涎が凄い笑顔。
まるで無邪気な子供の笑顔みたいだなと思いながら、少し、ほんの少しだけ手放す事を惜しみながらたい焼きを差し出した。
「うわぁ!ありがとー!」
満面の笑みでお礼を言いながら受け取り、それを食べようとするスペシャルウィークであったが、その動きが急に止まる。
どうしたのだろう?と思っていると、彼女は受け取ったたい焼きを半分に割り、胴体を中心に頭と尻尾の2つに割れたそれをスペシャルウィークはジーと見つめてから――
「はい!どうぞ!!」
どちらかと言えば大きい頭の方をオグリキャップに差し出した。
「……いいのか?」
「はい!おいしいごはんはみんなでたべるともっとおいしいっておかあちゃんがいってました!!」
「…そうか、良いお母さんだな」
「えへへ…そうです!おかあちゃんはすぺのじまんのおかあちゃんです!!」
母親へ対する信頼に疑いもないその言葉に、オグリキャップもまた笑みを浮かべた。
小さい頃から膝が弱かったオグリキャップにずっとマッサージをし続けてくれて、生活的に余裕はあまりないのにカサマツ学園へ入学させてくれた大好きな母親を彼女の言葉で思い出したからだ。
「(お母さん元気かな…)」
スカウトを受け、中央に来てからそこそこの月日が経過したが、カサマツに里帰りする機会には中々恵まれなかった。
お母さんやカサマツの皆とは時々連絡こそ取っているけれど、直接会ったのはもう随分と前の事だ。
レースや練習、学業と普段は忙しくて考える事はなかったが、こうして考えてみるとやはり会いたくなるものだなと想っていると――急に頭に感触を感じた。
「…どうしたスペシャルウィーク?」
感触の正体、それはスペシャルウィークの手だった。
オグリキャップの隣に座り、何故かいいこいいこーと頭を撫でている。
いきなりどうしたんだ?と思ったが、すぐに納得した。
「(…顔に出ていたか)」
カサマツの事やお母さんの事を考えていた時、きっと顔に出てしまったのだろう。
それを見ていたスペシャルウィークが私が気落ちしていると勘違いして頭を撫で始めたと言った所だろう。
いらぬ心配をさせてしまったなと己の失態を反省しながら、スペシャルウィークにもう十分だと伝える。
だが…
「わぁ…!」
オグリキャップの手入れされた髪の毛並み、そして葦毛と言う珍しい髪色。
その2つがスペシャルウィークを夢中にさせてしまっていた。
最初は暗い顔をしていた彼女を慰めてあげようとして始めた頭なでなでも、今やオグリキャップ本人の制止の声が出ようがお構いなしで、気にする事なく夢中になって綺麗なその髪を幾度も撫でたり触ったりし始めていた。
「ん、んん?す、スペシャルウィーク?」
髪を撫でる感触が心地良いのだろう。
オグリキャップの制止を無視して止める気配もなく髪を触り続け、遂にはもしゃもしゃと口に咥えて遊び始める始末のスペシャルウィーク。
その姿に流石におかしいとオグリキャップは思い始めていた。
「(普段のスペシャルウィークはこんな感じだったか…?)」
オグリキャップとスペシャルウィーク。
両者の間にそこまで深い関係はないけれど、それでもある程度は理解しているつもりだった。
その記憶が伝えてくる。普段のスペシャルウィークと今のスペシャルウィーク、この2つがあまりにも異なり過ぎていると。
まるで子供に戻ったかの様な彼女に、戸惑いながらもしゃもしゃされるオグリキャップであったが――
「あー!!見つけたでオグリ!!まーた買い食いしたやろ!!ええ加減に食い過ぎやから自重せえって言うたばかりやないか!!」
「まあまあタマちゃん、そんなに怒らないのって…あれ?スぺちゃん?珍しいわね、オグリちゃんとスぺちゃんが一緒に居るなんて、それもそんなに引っ付いて…いつの間にか仲良しさんね~」
――救いの手現る。
ぷんぷんと怒りながら迫るタマモクロスと、そんなタマモクロスを笑顔で宥めるスーパークリーク。
怒っているタマモクロスからは逃げ出したい欲求もあるが、今はそれよりもと2人に助けを求めた。
「タマ…クリーク…すまないが…スペシャルウィークを剥がしてくれないか……」
「はぁ?剥がすって…てオグリの髪の毛食われとるやないか!?ちょちょちょ!!なにしてるんやスペシャルウィーク!!なんやお腹空いてるんか!?やったらウチがお好み焼き焼いたるから!!やからペッせい!ぺっ!!髪の毛なんて美味しくないで!!」
絶賛進行形でもしゃもしゃとオグリキャップの髪の毛を口に咥えているスペシャルウィークをタマモクロスが急いで引き離そうとするのだが、これがまた力強い。
よほどオグリの髪の毛を気に入ったのだろう、オグリキャップにしがみ付きながら全力で抵抗戦の構えを取るスペシャルウィーク。それに対し引き離そうとするタマモクロスが引っ付くスペシャルウィークを全力で引っ張り合う。
「やぁー!!」
「やぁーやない!!オグリの髪の毛食うてもお腹壊すだけっちゅーねん!!」
「…大丈夫だタマ。私は毎日髪を綺麗に洗っているから食べられてもお腹は壊さないで済むと思うぞ」
「食べられる前提で話すんなやぁぁぁぁ!!!!」
んぎぎ!と唸りながら引っ張るタマモクロスは自分1人の力では限界だと判断したのだろう。
クリーク!!ともう1人の友人に助けを求めるが、彼女は此方を見ていない。
視線の先はタマモクロスが引っ張っている相手であるスペシャルウィークを捉えており、その様子を見て何かを小声で呟いている。
「…これって…けど…」
「なにぶつぶつ言うとるんや!!とにかく引き離すの手伝ってや!!このままやとオグリの髪の毛が全部食われてまうで!!」
「…髪の毛って美味いのかな?」
「んなわけあるかい!!」
騒ぐ面々の中でスーパークリークはある可能性に気付いた。
あり得ない、そう理解しながらもスーパークリークは物は試しにとスペシャルウィークに向き合うと――
「こんにちわ~スぺちゃん。もしもスぺちゃんが良ければ…お姉さんと少しお話してみない?」
――持ち前の武器を最大限発揮させるのであった。