「スぺちゃん!スぺちゃん何処に居ますかー!!」
トレセン学園の中庭をグラスワンダーが叫びながら駆ける。
鬼ごっこの後、全員が目を離していたほんの隙に何処かへと消えてしまったスペシャルウィーク。それに気付いたスピカの面々は慌てて彼女を探し始めたのだ。
「(校門に居たたづなさんはスぺちゃんを見ていないって言ってましたから、学園内の何処かに居る筈なんですけど…!)」
既に他の場所にはスピカの皆が回っている。
後探していないのは此処くらいしかない筈なんですけど……
「――――ぁ」
そんな時に聴こえた声。
ほんの小さな声だったけれど、グラスワンダーはそれを確かに聴いて確信した。
間違いなくスぺちゃんの声だったと。
「スぺちゃん!!」
すぐさま声の方へと駆ける。
先程までの不安だった感情が薄れていき、見付けられた事への安堵感へ変わる。
「(もう、心配させて…)」
見付けたらまずは怪我をしてないかを確認して抱きしめてあげよう。
きっと1人で不安だったと思うから目一杯抱きしめてあげて安心させてあげよう。
その後に…ほんの少しだけ叱らないといけないだろう。
目を離してしまった私の責任、それは重々に理解しているけれど今後を防ぐ意味を込めてスぺちゃんにも人に心配させてはいけないと言う事を覚えてもらわないといけない。
だから本当に心苦しいけれど少しだけ叱って、その後は優しく頭を撫でて許して終わりにしよう。
「スぺちゃ――!!」
だけど、まずはとにかく無事な姿を見て安心したいと声の元へと駆け抜けて―――
「くりーく!くりーく!」
「はーい。クリークですよー。スぺちゃんは元気ですねぇー」
――スーパークリークにめっちゃ甘やかされているスペシャルウィークを目撃した。
「……えっと」
これはいったいどういう状況なんでしょう?と困惑する。
どうしてスぺちゃんがスーパークリークさんに甘やかされているんでしょうか?
いえ、そもそもスーパークリークさんは確かスぺちゃんが記憶喪失だとは知らない筈ですのに、と混乱する頭の中でいくつも疑問が浮かび上がって身体が固まる。
「んぅ…?あ!!ぐらちゃ!!」
そんなグラスワンダーに気付いたスペシャルウィークが笑顔で飛んできてグラスワンダーに飛びついてくる。
咄嗟にそれを受け止めるグラスワンダーであったが頭の中は完全に停止状態。
思わず呆然としてしまい、そんなグラスワンダーをスペシャルウィークが抱き着いたまま不思議そうに見上げている。
「(あ、スぺちゃん可愛い)」
そんなスペシャルウィークの姿に率直な感想を想っていると――
「…どーもその様子を見る限りやと、スペシャルウィークがそないなんなってんの知ってたみたいやな…グラスワンダー」
そんな言葉と共に、スーパークリークの隣から姿を見せたのはタマモクロス。
だがその姿は――ボロボロだった。
制服の裾や袖は引っ張られたのか伸びに伸び、巻いているリボンは既に解かれてどこかへと消え去っており、良く見れば髪の毛も涎塗れになっているのが分かる。
タマモクロスの傍で倒れているオグリキャップの次に狙われたのが彼女だったのが安易に分かる光景だった。
「言いたい事は山ほどあんけど…とりあえず、知ってる事全部話してもらうで」
涎塗れの笑み、その中に静かな怒りを秘めている彼女を前に、グラスワンダーは逃げられないと悟ったのであった。
「スペシャルウィークが記憶喪失やって!!?」
あれから場所を変えてスピカの部室。
スペシャルウィーク発見の知らせを聞き集まったスピカの面々とトレーナー、そしてスペシャルウィーク襲撃被害者であるタマモクロスとオグリキャップとスーパークリーク(彼女のみ被害ゼロ)が集合し、トレーナーの口より説明を受けていた。
「やっぱりですか~」
トレーナーの口から語られたスペシャルウィークの記憶喪失。
その内容にタマモクロスとオグリキャップが驚くが、逆にスーパークリークは納得がいったと言う風に手を合わせている。
「やっぱりって…クリーク分かっとったんか!?」
「確証は無かったですけど、今のスぺちゃんまるで託児所の子供達みたいでしたから、もしかして~って」
成る程、とトレーナーは納得する。
スーパークリークの実家が託児所をしていると言う話は聞いた事がある。
子供と接する機会が多く、進んで子供の相手をしていたスーパークリークだからこそスペシャルウィークに起きた異変に気付けたのだろう。
「はぁ~…けどまぁ説明を聴いたら納得は出来るなぁ。今日のスペシャルウィーク、ほんまに子供みたいなっとったから…おかげで酷い目にあったからなぁ…」
遠い目をしたタマモクロスがそうぼやく。
此処に来る前にシャワーを浴びて綺麗にしたが、此処まで来る間スペシャルウィークの視線はずっとオグリキャップとタマモクロスの葦毛の髪に向けられている。
気に入ったのかどうかは不明だが、スペシャルウィークを自由にすれば間違いなくあの悲劇が再発すると言う事だけは全員分かっていた。
ただまあ、その心配をする必要はないだろう。
何故なら―――
「はい♪あ~ん♪」
「あ~ん♪」
――現在進行形でスーパークリークの膝の上で彼女にプリンを食べさせてもらっているからだ。
「美味しい?スぺちゃん」
「おいしい~!」
かたやプリンを美味しそうに食べ、かたや幸せそうにプリンを食べさせているこの2人、スピカの部室に来てからずっとこの調子である。
どうもスペシャルウィークがスーパークリークに懐いたらしい。
元々子供を相手にするのが得意なスーパークリーク。器用にそして的確に子どもが好む会話や遊びのポイントを突きまくり、あっと言う間にスペシャルウィークに懐かれると、めっちゃ甘やかし始めたのだ。
その甘やかしが更にスペシャルウィークの好感度を勝ち取っていき、その結果部室に来てからはスーパークリークの傍を離れる気配さえ見せなくなったのだ。
面々からすれば暴走する可能性が低くなるので大歓迎な状態なのだが……
そうは思わないウマ娘が1人此処にいた。
「―――――――――――――――」
一言も物申さずに笑みを浮かべ、なれどその瞳に般若を宿すグラスワンダー。
その周囲に青いオーラの様な物を纏いながら2人をジッとただ見つめていた。
「…ね、ねえ…なんかグラスワンダー怖くない?」
「…トウカイテイオー。今のグラスワンダーさんと目を合わせるのは危険ですわよ」
「そうだぞテイオー。下向いとけ下…アタシでも分かる。あれはヤバい」
グラスワンダーが放つオーラに部室に居る全員が危機感を覚え始める。
だが当の本人達はそんな視線を向けられても関係ないと言わんばかりに甘やかし、その姿がさらにグラスワンダーの怒りを増していく原因となっていく。
一触即発、まさにその言葉がふさわしい程に部室内の緊張感が高まっていく中で――
「そうだ!スぺちゃん、良ければ今日は私の部屋で一緒に寝ましょうか!」
――爆弾発言をかました。
「くりーくのおへや?」
「うん、そうだよ。私の部屋だったらプリン以外にも美味しいスイーツとかたくさんあるわよ~ねえ、どうかしら?」
たくさんのスイーツ、その言葉が効いたのだろう。
スペシャルウィークの口から《行く》と言う単語が飛び出しそうになる。
だがそれは――
「――駄目よ~スぺちゃん。そんなに甘い物ばっかり食べてたらぷくぷくになっちゃうし、虫歯さんになっちゃうよ~」
――半目の笑顔を浮かべるグラスワンダーに阻まれた。
「大丈夫よグラスワンダーちゃん。ちゃんと食べさせ過ぎない様にするし、寝る前の歯磨きだって私がしてあげるから」
「いえいえ~スーパークリーク先輩のお手を煩わせる必要はないですよ~。それにスぺちゃん私に抱き着いて寝ないと眠れないですから~。だから《わ た し》が責任を持って面倒を見ますのでスーパークリーク先輩は気にしないで良いですよ~」
「――あら、そんなに気にしなくて良いわよ~。確かグラスワンダーちゃん前のレースの結果あまり良くなかったわよね?次のレースの練習だって忙しいでしょうからスぺちゃんの事は《わ た し》に任せて練習に集中したら良いと思うわよ~?」
「いえいえ~」
「うふふ~」
「…おっと、そろそろ閉めますか」
学園内にあるレース場。
授業や練習等で使われる場所であり、その使用に関しては学園側に使用許可書を提出する必要がある。
此処はそんなレース場使用に関しての窓口であり、時間的にもう使う生徒はいないだろうと窓口担当の職員が閉めようとするが――それを2人分の手が阻んだ。
「あの!!まだレース場の使用許可貰えますか!!?」
「大丈夫ですよね!?」
飛び込んできたのはグラスワンダーとスーパークリーク。
汗を流し、息を切らしている所を見ると全速力でここまで来たのだろう。
どうしてそんなに急いで来たのかと困惑しながらも職員は大丈夫ですと答えると、使用許可書が渡された。
その内容は―――
「模擬レース、ですか?」
――グラスワンダーとスーパークリークによる一騎打ちの模擬レースだった。