トレセン学園内にあるレース場。
授業中、放課後と多くの生徒に利用されているのだが、其処に隣接されてある観客席は基本的に使われる事があまりない。友人やチームメイトの応援、または人気が高いウマ娘やリギルを始めとする有名チームの練習の際にはたくさんの生徒が利用しているが、それ以外においては閑古鳥状態が当たり前だ。
特に放課後の練習が終わる時間にもなれば誰1人として使う生徒はおらず、安全性の観点からレース場を閉める時間よりも早めに閉められている。
そして今の時間は普段であればもう観客席は閉められており、其処に誰かがいるなんて事はない――のだが、
「頑張れぇー!!グラスワンダーさーん!!」
「スーパークリーク先輩勝ってくださーい!!」
「グラスー!!負けちゃダメデスよー!!」
「クリークー!!絶対に負けるんやないで!!高等部ウマ娘の根性見せたれぇ!!」
――観客席は見事なまでに埋め尽くされていた。
多くのウマ娘達、そしてトレセン学園の職員やトレーナー達によって。
彼らの目的はただ1つ。
今から始まるレースを見届ける為だ。
「あらあら~いつの間にか大賑わいね~、ねえグラスワンダーちゃん」
「ええ。なんでも学園内に私たちのレースの話が一気に広がったみたいで皆それを観に来てるみたいですよ~。いったいどなたが話を広げたのやら……まあ、けどそれは些細な事です。周りが居ようと居まいと、お互いにする事に何も変わりはありません。全力で走り、そして――」
「ええ、そうね~全力で走って―――」
「「勝つだけ」」
レース場のゲート前で真剣な眼差しで見詰め合う2人の間に激しい火花が散る。
絶対に負けない、そう言わんばかりの覚悟を以て相手を見据える2人だが、その服装は学園指定の体操服――ではなく、勝負服だ。
本来G1を始めとする規模の大きいレースで着用するそれを、たかが模擬レースで着用するなんて事は無いに等しいだろう。だが2人はそれを着てきた。それはつまり――2人がこのレースに対し一切の手加減をせず、最初から最後まで全力で挑む事を証明しているのだ。
そんな2人の本気に周りも飲まれたのだろう。2人の本気の戦いを単なる模擬レースで終わらせるにはあまりにも勿体ないとスタッフ研修生を始めとするウマ娘達が映像中継用のカメラや実況席の準備をし始めている。レースに間に合わせる。その覚悟がレース場を駆けずり回るウマ娘達の表情から伝わってきた。
「…それで?どうしてお前の所にグラスワンダーを預けた初日にスーパークリークと一騎打ちをする事になったのかを納得がいく様に説明をしてもらえるのか?」
「…そんな目で見ないでよおハナさん……正直俺にも分からないから…」
そんなレース場の観客席でスピカのトレーナーは絶賛リギルのトレーナーである東条ハナに睨みつけられていた。若干殺意交じりのそれを全身で浴びながらも彼自身どうしてこうなったのかは分からないまま開催が決まった模擬レースへと視線を向ける。
その隣にはスピカの面々とオグリキャップ、タマモクロスが居並び――
「たーまー!」
「ちょちょ!?髪を引っ張らんといてなぁ!!あ痛たた…あんなスペシャルウィーク、今からウチはクリークの応援せんといけんねん。やからちょーちだけ大人しくしてほしんや。そん後に約束してたお好み焼き作ったるから、そしたら一緒に食べよう、な?ええか?」
「むぅ……んぅ!わかりました!」
「よっしゃえらいなスペシャルウィーク!」
絶賛タマモクロスに懐いたスペシャルウィークがそれに続く。
どうも遊んでもらった(?)一件で彼女に親しみを覚えているらしい。
グラスワンダーとスーパークリーク、恐らく今一番彼女が信頼している2人がいないので代わりにタマモクロスにまた遊んでもらいたいとちょっかいを掛けていたが、そのタマモクロスに説得される形で大人しく椅子に座ってレース場の方をジッと見始めた。
「…どうしてタマだけ……」
そんなタマモクロスとスペシャルウィークに複雑な視線を向けるのはオグリキャップだ。
彼女もまた遊んだ(?)仲だと言うのに、どうも距離を取られている様に感じていた。
試しにチラッとスペシャルウィークを見て精一杯の笑みを浮かべてみるが、数秒程ジーと見られた後にプイっと視線を逸らされ、ガーンと静かにショックを受ける。
「……何故だ」
ショックを受けるオグリキャップだが、決してスペシャルウィークは彼女の事を嫌っていない。
原因としてはオグリキャップが纏う雰囲気だろう。グラスワンダーとスーパークリーク、そしてタマモクロスやスピカの皆と言った賑やかな面々とは異なり、オグリキャップは物静かでクールな雰囲気を纏っている。スペシャルウィークはそんな雰囲気に押し負けてしまい、嫌ってはいないけど引っ付けずにいた。
だが、そんな事を知る由もないオグリキャップからすれば、自分は嫌われているのだと誤解するしかなく、スペシャルウィークを横目にただしょんぼりとするしかなかった。
「…スペシャルウィークは相変わらずか」
「だなぁ…どうにかきっかけを作りたいって思ってはいるけどこれがまた…だから、今から始まるレースには少し期待もしてるんだ」
スペシャルウィークにレースを見せる、いずれは試みておきたいと考えていたがそれがこんな形で訪れるのは嬉しい誤算だとスピカのトレーナーは思っていた。
それも走るのは彼女が懐いているグラスワンダーとスーパークリークだ。他の知らないウマ娘が走るレースなら飽きて逃げ出す可能性もあるが、この2人のレースならばそれも低い。
このレースがスペシャルウィークに記憶を取り戻すきっかけを作ってくれれば、そう願いながらもスピカのトレーナーは今から始まるレースへ期待を募らせていた。
「…まあ、此方としてもグラスワンダーの特訓だと考えれば損はない。だから今回の一件は特別に許してやる。だがしかし…スーパークリークか…」
スーパークリークの活躍、それを知らないトレーナーは恐らくこの学園には居ない。
持ち前のスタミナで終始乱れの無い走りを見せ、特にコーナーにおいては体力調整と加速の両方を簡単に実行し、出場するレースで勝ち続けている間違いなく優秀なウマ娘だ。
グラスワンダーの相手としては最適だが…同時にかなりの強敵でもある。
「…負けるなよグラスワンダー」
《さあ!!お待たせしました!!これよりグラスワンダーVSスーパークリークの模擬レースを始めますッ!!!!》
実況席から鳴り響くそれに合わせる様に観客席から盛大な歓声が沸き上がり、それを聴きながら準備を終えた2人が静かにゲート内へと入っていく。
レースが始まるまでもう間もなく。高まる緊張感の中で2人は観客席を――正確に言えばスペシャルウィークを見上げる。
「ぐらちゃ~!くりーく~!」
2人の視線に気づいたスペシャルウィークが無垢な笑みを浮かべて手を振り、2人もそれを笑みを浮かべながら手を振り返しつつ、覚悟を決め直す。
「(スぺちゃん安心してください――必ず私が勝ってスぺちゃんのお世話をしますから!!)」
「(大丈夫よスぺちゃん…絶対に勝ってめいいっぱい甘やかしてあげるからね!!)」
他人が見ればなんともまあな覚悟だが、今の2人にとっては何においても最優先される願いだ。
絶対に負けない、そう覚悟を決めながら前を見据えて―――
ゲートが開くと同時に駆けだした。