Zodiac 学園記   作:羽桜千夜丸

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 気まぐれで書いたファンタジー小説です。バトル、恋愛要素あります(今回はそうでもない)。
 設定の解説は、架空の文献などからの引用の形で行っていきます。
 楽しんでいただけると嬉しいです。


第1話 アライメント

 小さな明かりが集まり、暗い夜空を美しく彩る。そして、明かりはやがて星座となった。

 

 これは、若き才能が星々の如く集い、繋がり、そして輝く、そんな学園の伝記である。

 

 

 アライメント

 

 

 

 そのエネルギーは、太古の昔から存在する。

 起源は定かではないが、それは直接消費されることではなく、流れ方によって様々な物理現象に干渉する。よって、このエネルギーの流れを制御すると、自然法則を超越した現象を引き起こすことが可能となる。

 

 古来より、このエネルギーを体内に蓄え、意思によって制御できる生物は魔物(Mythical ones)と呼ばれた。これらの生物は、通常の自然科学では解明できない能力を備えており、人類の天敵となった。この未知なるエネルギーは、魔物が持つ力の源となっていることから魔力(Mythic energy)と呼ばれた。

 

 やがて人間の中にも魔力を蓄えられる者たちがいるとわかると、その利用法が世界各地で盛んに研究され始めた。この研究活動が始まったのは、各地域においてほぼ同時期であると推測される。

 この研究が実を結び、人類は魔物に対抗する手段を手に入れた。しかし、魔物による被害がほとんど無くなった今日でもなお、魔力の利用法は研究され続けている。長い歴史の中で知識が蓄積され、いつしか一つの学問分野を形成した。

 

 

 この学問こそ、諸君がこれから学ぶ、魔力を制する術、すなわち魔術(Mythic arts)である。

 

 ロナルド・トレミー著『魔術基礎事項』(獅子出版)序文より抜粋

 

 

 彼、アレク・エルタは、読んでいた本を鞄に入れ、タクシーの窓から外を見た。西の空は夕陽に燃え、東の空には明星が輝いている。

 

 都市部を出たタクシーは住宅街をいくつか抜け、巨大な門の前に停まった。アレクはトランクからスーツケースを取り出し、運転手に料金を払う。

 

「ありがとうございました」

 

「また乗ってください!」

 

 運転手は快活に別れの挨拶をして、愛車を走らせて去って行った。

 

「さてと……」

 

 鞄を背負い、門の横に置かれた石板に学生証をかざすと、石板から光が漏れ、重々しい音とともに扉が開かれた。

 

「行くか」

 

 門を潜ると太い通りがあり、左右には建物が整然と並ぶ。

 アレクの眼と同じ焦げ茶色の髪が、寮へ向かう歩みに合わせて揺れる。

 

「ホントにデカいな…」

 

 それらの建物は全てが大きく、中世時代の城下町を彷彿とさせるような、どこか古めかしいデザインで統一されている。通りはなだらかな坂道となっており、さながら丘の上に築かれた街だ。

 

「寮は真っ直ぐ行った先の……あの建物だな。しかし遠いな。まぁ、5年間も魔術を勉強するんなら、これくらいの規模になるのもわかるけど。それにしても……」

 

 スーツケースを引きずる彼の足取りは少し重い。

 

「朝に家を出発してバスを乗り継ぎ空港。そこから首都に向けて3時間近いフライト。さらに首都の空港から鉄道を使ってアステリオンに着き、駅からタクシーで郊外のここ……」

 

 門の近くのプレートに刻まれていた文字列を思い出した。

 

「王女立国家高等魔術学園、通称ゾディアックへ。全部合わせれば8時間以上の長旅だ。なんでこんな強行日程組んだの、俺……」

 

 

 早くも疲れながら、彼は寮の入り口に到着した。

 

「お待たせしましたー」

 

 建物に入ると、広い玄関ホールが現れた。そこは二階まで吹き抜けになっており、アレクの正面には事務室と書かれたプレートが付いたカウンターがあり、その両側には螺旋階段が、それらの下には大きな扉がある。向かって左の扉の上には男子寮、右の扉の上には女子寮と書かれている。

 

 玄関ホールには、小洒落たテーブルとイスがいくつか置かれている。おそらく談話スペースなのだろう。

 そのイスに座っていた女性が、アレクを見て立ち上がる。

 

「お前がアレク・エルタだな」

 

「はい」

 

 スラリとした体格に長いブロンド、切れ長の碧眼。自信に溢れた口調。ぱりっとしたスーツを着こなしたこの女性が教員であると、アレクはすぐに理解した。

 

「私がお前のクラス担任、アイラ・ラリスだ」

 

「よろしくお願いします」

 

「よし。では付いて来い。お前の部屋に案内しよう。箱で送られて来た荷物は既に運んである」

 

「助かります」

 

 アイラがカウンターの左にある扉を開けると、塀で囲まれた庭に出た。右手には2階建ての大きな建物があり、その向こう側に、正面に見える男子寮と同じ形の建物がもう1棟あるのが見える。もっとも、屋根と壁しか見えないが。

 

 庭に作られた屋根付きの廊下を歩き、男子寮に入る。その道すがら、アレクは気にしていたことをアイラに尋ねた。

 

「あの、俺、入学式から2週間も遅れて来てますけど、本当に大丈夫なんですか?授業の進度とか……」

 

「ああ、その件であれば問題ない。お前がこの夏を犠牲にして学んでいた、魔術の基本事項があるだろう?」

 

「あ、はい。昨日まで。苦労しましたよ…」

 

「あの程度なら、魔術師の家系に生まれた者、つまりここの入学者ならば知っていて当然の事柄だ。この2週間、授業ではそれらについての確認のみを行なっていたからな」

 

「はぁ……」

 

「お前であれば、これからの本格的な授業に付いて行くことも十分可能だ」

 

「そうですか……。でも魔術師の家系でここに入れるってことは、俺以外の皆はエリートってことですか?」

 

「お前の感覚ではそうだろうな」

 

「上手くやっていけるか不安だなぁ。俺魔術師の家系でもないし、金持ちは目指してる方なんですよね」

 

「お前でも魔力は蓄えられるし少しは扱える。入学する資格があると我々も認めてはいるが……しかしお前のような特待生に対して、内心快く思っていない生徒もいるだろう。当然な」

 

「ルームメイトはいいヤツであってくれ……」

 

「そこは心配ない。ほら、着いたぞ」

 

 話している間に彼が暮らす部屋の前に来ていた。3階の6号室である。

 

「私だ。ルームメイトを連れて来たぞ」

 

アイラがドアを軽く叩くと、中から背の高い男子生徒が現れた。短く切りそろえられたグレーの髪に、精悍な顔立ち。かなり体力がありそうだ。

 

「アレク・エルタ、彼が同部屋のジャック・ポルグスだ。寮のことは、彼から聞くといい」

 

「よろしく頼む、アレク」

 

 そう言って、ジャックは右手を差し出した。

 

「お、おう……。よろしくな」

 

 平均的な体格のアレクは少し圧倒されていたが、ジャックの好意的な行動に促され、握手に応じた。

 

 二人の挨拶が終わると、アイラが紙を取り出し、アレクに渡した。座席表や時間割などが書いてある。

 

「お前の席はここ、11番だ。1時限目は錬金術基礎。教科書など忘れぬようにな」

 

「わかりました」

 

「では、また明日」

 

 アイラはドアを閉め、その場を去った。

 

 

 早速スーツケースを開き、箪笥に服を入れる。ふと、植物から抽出されたような香りがアレクの鼻をくすぐった。

 

「なんだ?この匂い……」

 

「俺が持ってきてしまった匂いだな。苦手だったか?」

 

「いや、そんなことないけど……これってハーブティーか?」

 

「ああ。俺の趣味だ。クラブ棟の部屋を借りて、そこで淹れたり飲んだりしている」

 

「へぇー、そんな施設もあるのか。いい趣味だな。女子にモテるんじゃないか?」

 

「……さてな」

 

 ジャックは肩をすくめ、苦笑いで答えた。

 

 服を片付け終わり、次に段ボールから教科書や日用品を取り出す。その間に、アレクが気付いていたことを口にした。

 

「そういえばポルグスさんって、有名な探検家がいたよな?」

 

「幻の妖精を探している人だろう?俺の父親だ」

 

「ええ!やっぱ本当なのか?!」

 

「よく知ってるな」

 

「そりゃそうだって。旅行記読んだことあるからな。今どのあたりにいるんだ?」

 

「たぶん太平洋の……どこかだろう」

 

「広っ……て言うか遠いな!」

 

「まあな。おかげで年に一度くらいしか家に帰ってはこない」

 

「なるほどなぁ。……そうか」

 

 アレクは荷解きの手を止めて、少し考え事をした。

 

「どうかしたのか?」

 

 空を見つめる彼にジャックが問いかける。

 

「いや、何。俺も頑張らなきゃなって思っただけだ」

 

(こういう人たちと対等に渡り合う…それが、俺の目標達成につながる、か)

 

 彼はアイラから受け取った紙に書かれた、ある催し物の案内を見た。

 

 アレクが荷物を片付け終える頃、ジャックが部屋に備え付けられた時計で時刻を確かめた。

 

「ふぅ。どうにか片付いたな」

 

「ちょうど夕食時か。食堂に行くとしよう。今日はたしかイタリア料理だったはずだ」

 

「そりゃあいい!」

 

 寮から出た2人は、先程アレクがアイラに連れらて通った庭を横切り、事務室のカウンター横のドアから螺旋階段を登る。その先にある広い空間が食堂だ。趣のあるイスとテーブルが整然と並び、先に来ていた生徒が厨房から料理を受け取っていた。

 

 男子生徒と女子生徒が入り混じり、それぞれが思い思いの場所に座って食事をしている。

 アレクとジャックも食事を受け取り、テーブルについた。メニューはベーコンとトマトを使ったピザに魚介のスープ、そしてチーズが入ったサラダである。効率化のためか、これらの料理が一つのトレーにまとめて乗せられていた。

 

 席に着き、早速味わう。

 

「おお、美味いな」

 

「ここの料理は品質がいいからな。アステリオンでは肉も魚も野菜も、新鮮な物が手に入る」

 

「いいことじゃないか」

 

「ただ、高級感はあまりない。俺はそうでもなかったが、最初はここのスタイルや食材に不満を言う生徒もいたそうだ。安っぽいと……」

 

「そりゃあまた、言っても仕方がないことを。学生寮の食事ってのはどこもこういうもんだろうに」

 

「そんな彼らも、もう慣れたようだがな」

 

 

 今日は休日と言うこともあってか、生徒たちは皆気楽な服装である。一人で来ている者は黙々と、グループで来ている者は談笑しながら食事を楽しんでいた。

 食堂は混み合っておらず、広々とした様子だ。

 

「なんだか人が少ないよな」

 

「俺たちは一期生だからな。700人以上の生徒を受け入れられるこの寮に、今は140人にも満たない人数しかいない」

 

「全校生徒は800人の予定で、1学年160人の4クラスか。ってことは、家から通ってくるヤツも案外いるのか?」

 

「2割くらいだな。ここ……アステリオンの郊外は別荘地帯だから、魔術師の家系の生徒も通い易い場所だ」

 

「そこまで考えられてるのか、ここは」

 

「おそらくな。元々このあたりに住んでいる者も多いだろうから」

 

 

 世間話をしつつの夕食を終えシャワーを浴び、明日の準備などをしていると夜も更けてきた。寮の規則で決められた、就寝時刻に近づきつつある。

 

「気分が落ち着いたら一気に眠気が……。さっさと寝ようかな……」

 

「疲れていたのか?」

 

「今日はずっと移動の連続でさ…くたくただよ」

 

「そうか…。俺もすることはもうないな。寝るか」

 

 部屋の明かりを消し、2人が2段ベッドに入る。ジャックが上側、アレクが下側を使う。

 

「寝坊するなよ」

 

 ジャックからの警告に、眠い目を開けながら答えるアレク。

 

「んなアホな。目覚まし時計もあるし、ちゃんと起きる…て……」

 

「……いい夢を」

 

「おう……」

 

 こうして、アレク・エルタのゾディアックでの最初の1日が幕を下ろした。

 

 

 

 妖精(Fairy)とは魔力を生命の源とし、人間と魔術とを繋ぐ橋渡しを担う生物の総称である。人語を使う者が多いが、言葉無しに意思疎通を行える者もいる。

 後述のように妖精は固有の能力を持ち、魔力を通した魔術の形で人間に能力の使用権を譲ることができる。妖精をこの状態にすることを契約と呼び、妖精の能力を依代にする魔術を特に妖精魔術と呼ぶ。

 

 効率化を図るため、妖精は契約者に封印するのが常である。また、近年では新たな妖精を発見し、契約することは難しく、妖精魔術は親子間で継承される形となっている。

 

 ジェシー・メシエ著『妖精と魔術』(獅子出版)第1章 妖精の生態より抜粋

 

 

 翌朝、制服に着替えて朝食を終えたアレクはアイラと共に教室に移動するため、ジャックとは一旦別れて校舎に向かった。

 

 制服は紺のジャケットに無地のズボンとネクタイというシンプルなもので、女子はほぼ同じデザインのジャケットに、ズボンをスカート、ネクタイをリボンに置き換えたものとなっている。ジャケットの下にニットの服やパーカーなどを着ている者も散見され、着こなしの自由度は高いようだ。

 

 

 外から見て予想のつくように、ゾディアックは建物の中も広く、教室がある棟は3階建てに匹敵する高さだが1階建になっている。

 廊下の天井も見上げるほど高く、それを支える柱にも装飾が施され、細長い窓の円形の上部には小さなステンドグラスがはめ込まれていた。

 全体の飾り付けは華美すぎることもなく、洗練された設計となっている。

 

 2組と書かれたプレートの下にある大きめの扉をアイラが開ける。教室の中は、一体となった机と椅子が、教卓を中心とした同心円状に配置されている。外側、つまり教室の後ろに向かうほど高く、どの席からでも教卓と大きな黒板が見やすい。古代ローマの劇場を思わさせるつくりとなっている。

 教室の壁に窓はないが、天井に斜めに作られた天窓から、外の光が取り入れられている。

 

 既に教室には生徒が集合して、自分の席に着いていた。アイラと共に教卓まで行き、彼女がホームルームを始めると、アレクは黒板に名前を書いて自己紹介した。

 

「どうも。アレク・エルタです。無事に皆と合流できて嬉しく思ってます。どうぞ宜しく」

 

 挨拶を終えると教室内にジャックを含めた数人の拍手が響いた。アイラがホームルームを進めていく。

 

「席は11、ギウスの隣だ。それからレグル。時間があるときに、彼を案内してやれ。今日中だぞ」

 

「え…?私が?!」

 

 心底驚いたという顔で、アレクの席から離れた場所に座っていた女子生徒が立ち上がった。アイラが呆れ顔になる。

 

「はぁ…。意気揚々とクラス委員に立候補した者は誰だったか?これくらいやれ。容易いことだろう」

 

「うう……」

 

 彼女は面倒くさそうな顔をして座った。

 

 その間に、アレクは言われていた席に着く。彼の隣には、細身で色白の女子生徒が座っていた。肌だけでなく髪も見事に白く、ジャケットの下には薄いパーカーを羽織っている。

 パーカーの袖には親指が抜ける穴があり、手の甲まで袖で包まれていた。また、彼女の瞳は赤く、スモークがかかったメガネをかけている。どうやら彼女は、ヒトのアルビノであるらしい。

 

 アレクが座ると、アイラはさらに進める。

 

「さて、諸君も知っての通り、来週には新入生魔術競技会が行われる。1組代表との試合が3回あり、このクラスの3回戦目の選手はまだ希望者がいないが……エルタ。出てみないか?」

 

 彼女の言葉に、教室が少しざわつく。当のアレクはやはりといった顔になり、アイラに質問を返した。

 

「何となく誘われそうだとは思ってましたけど……命の危険はないんでしょうね?」

 

「当然だ。万が一生徒が暴れても、我々教員が制圧するから心配はいらん」

 

「余計に物騒な言い回しもいりませんよ……。まぁいいです。出ますよ、競技会」

 

 彼がさらりと引き受けたことに対して、教室内がどよめいた。手を前に突き出して、アイラが話を再開する。

 

「静粛に。では放課後、エルタには職員室に来て貰おう。担当者が詳細を伝える。これにて本日のホームルームは終了だ。各自、授業を抜かりなく受けるようにな。では解散だ」

 

 

 アイラが教室から去ると、それぞれの生徒が鞄から教材を取り出し始めた。アレクは隣の席になっている女子生徒に挨拶しておく。

 

「これから宜しくな。えーと、ギウスさん?」

 

 アレクが右手を出すと、彼女も手を伸ばして握手した。

 

「はい。マリー・ギウスです。気軽にマリーとお呼びくださいね」

 

「おう。ん?」

 

 雰囲気に似合った丁寧な声でマリーが答える。そんな彼女の後ろから、学級委員と呼ばれていた女子生徒がアレクの席に近づいて来た。

 

「今後ろから来てる人は……」

 

「あ。クラス委員のエマ・レグルですね」

 

 胸元まである栗色の髪を三つ編みにした女子生徒がアレクの前に立つ。緑色の瞳と、目元の小さなホクロが印象的だ。

 

「そうよ。変に気を遣われたくないから、私もエマでいいわ」

 

 こちらは少しキツめの口調で、マリーとは対照的だ。

 

「宜しく…て、ちょっと待て。レグルさんと言やぁ……」

 

アレクは鞄から出した教科書の裏表紙を見た。その下側にライオンの足跡のロゴが付いている。獅子出版が出している教科書だ。

 

「この教科書会社のCEOだ?!」

 

「ええ。確かに獅子出版の経営者は私の父親よ。でもそんなこと、今はどうでもいいわ」

 

「凄い人もいたもんだな。で、そんなあんたがどういった用件で?」

 

「学校の案内よ。今日は移動教室もないし、昼休みでいいかしら?さっさと終わらせたいの」

 

「そりゃあ別に構わないが……。昼飯の後だよな?午後の授業、間に合うのか?」

 

「余裕よ。簡単に済ませるから」

 

「手は抜かないでくれよ?」

 

 アレクの心配の声を無視して、エマは自分の席へと戻った。彼はそんな彼女の背中を呆れ気味に見送る。

 

 

 そうこうしている間に錬金術の授業を担当する教師が来て、講義が始まった。

 アレクはどうにか授業に付いて行くことはできたが、ノートやレジュメにメモを取るのに精一杯であった。

 

 次の数学の授業は錬金術に比べれば気楽であったが、魔術絡みの内容になるとどうしても彼には難解なものとなる。

 

 昼休みが始まった頃には、彼はかなり疲れていた。立ち上がりドアに続く通路に出ると、ジャックと合流した。

 

「あ〜……。腹減った……」

 

「大丈夫か?」

 

「慣れればいいんだろうけど、それまで時間かかりそうだ」

 

 会話しながら食堂に向かう2人を、少し離れた場所からエマが見つめていた。

 

 昼食を終えたアレクがまたジャックと共に教室に戻ろうとしていると、校舎に繋がる通りの中程で後ろから声がかかった。

 

「今いいかしら?」

 

 声の主はエマであった。彼女も昼食を摂ったのだろう。

 

「ん?ああ、頼む。じゃあ……」

 

「わかった。後でな」

 

 ここから、アレクとジャックは別行動となる。

 

「ごめんなさいね、ジャック。せっかくの話し相手を」

 

「別に構わないが。教室にはアレク以外にも話し相手くらいいる」

 

「あらそう」

 

 ジャックと別れ、エマの後ろについて歩くことにした。

 

 

 それなりの距離を歩き、寮の裏手に差し掛かる。

 

「どこまで行くんだ?」

 

「丘の頂上よ。そこからはゾディアックの施設が全部見える上に、案内板もあるから」

 

「……へぇー、そうか」

 

 いよいよ頂上というところで、アレクが疑問を口にする。

 

「一ついいか?たぶん頂上に行くだけだったら初めて来た人でもできるよな。どうして御丁寧に俺を案内するんだ?『頂上に行って案内板を覚えろ』と言うこともできただろ?」

 

 平たくされた丘の頂上には太陽系を模したようなオブジェが置かれており、それを囲むように円形の水路、弧のベンチ、そして星座のマークが描かれたプレートが設置されていた。

 水路に晴天と2人が写る。

 

「そうね。最初はそう言うつもりだったわ。だけど、先生があんなことを言うものだから気が変わったのよ」

 

「何の話だ?」

 

「先生が突然、貴方を競技会の選手に推したことよ。競技会は戦闘用の魔術の腕を競う物。私は貴方の名前を知らない。有名な魔術師の家系ではないわよね?」

 

「残念ながらな」

 

 アレクが肩をすくめた。それを見た彼女が続ける。

 

「当然、何か強い魔術を身に着けているとも思えない。それなのになぜ、先生は貴方を選手にしたのか。知りたくなったのよ」

 

「あぁそれで俺を案内したわけだな。入学して2週間も経てば誰も来なくなるような場所に。学校の中で騒ぎが起きないようにするためか」

 

 現在、このオブジェの周囲には2人の他に誰もいない。

 

「そういうことよ。率直に訊くわ。貴方は何者で、何ができるの?今ここで答えなさい」

 

「返答次第では俺を再起不能にする……なんて言わないよな?」

 

「……言わないわ。でも……」

 

 

 瞬間、エマは水色の光に包まれ、あっという間にアレクの背後に移動した。

 

 驚いた彼が後ろを向くと、エマは右手を彼に向けていた。その手のひらに紫電が迸る。

 

 

「不可能ではないわよ?」

 

「……なるほどな。それがあんたの”できること”か。そして魔術を見せれば、”何者か”ってことの説明にもなるわけだな?」

 

「ええ」

 

 アレクが少し考え込む顔をした。

 

「とは言ってもなぁ…。今の俺が満足に使える魔術となると……」

 

 

 彼は右手のひらを上に向けた。そこに白い光が集まり、円と正方形を組み合わせた図形を描く。

 そのまま手首を返すと、輝く図形の中央から細い鉄パイプがスルスルと出てきた。

 

「………え?」

 

「物質召喚くらいなんだけど……」

 

 また手首を返し、パイプを握り直してエマに見せた。同時に光の図形が消える。

 エマは溜息をつき、左手を額に当てた。

 

「は……。物質召喚ですって?召喚魔術の中でも特に役立たずな物しかまともに使えないって言うの?」

 

「役立たずとは心外な。これでも覚えるの大変だったんだぞ?」

 

「そうでしょうね。武器も、魔術道具も、魔物も呼べない召喚魔術なんて、わざわざ教えてくれる人なんていないもの」

 

「おいおいバカにするなよ。コイツには今までにない使い方の可能性が…」

 

「もうわかったわ。警戒する必要すらなかったわね。貴方を選手に選んだのは、先生の気まぐれってことがはっきりしたから」

 

 

「……ああもう!あんたがそう思うんならそれでいいや!それより案内板の説明をしてくれよ!おーーい!!」

 

 

 エマは彼を置いて先に坂道を下り、校舎の方へと戻ってしまった。

 

「……なんて人だ。絵に描いたような自分本位の性格だな、全く呆れるよ。……さてと、えー何々?」

 

 アレクは星座のマークが描かれたプレートに目を落とす。しばらくして、書かれている内容を理解した。

 

 

「……そうか。ゾディアックは名前の通りに、黄道の星座に対応する13の施設があるんだな。食堂は校舎にもあってまとめて山羊座、男子寮は獅子座、女子寮が乙女座で教室棟が天秤座。プールは魚座で、それとは別の水に関わる競技場が蟹座、陸は牡牛座。ここで競技会するのか。戦闘魔術の訓練場所が射手座?物騒な施設だ。ジャックが言ってたクラブ棟は双子座だな。そして研究所と先生がいる管理棟を合わせて蛇遣い座……。蠍座は毒物とかの薬品を扱う場所か。医療施設も兼ねてるとは言え、近づきたくない。図書館が牡羊座で、広場が水瓶座?噴水があるからか。へぇー」

 

 一通り目を通したしたアレクは、まだ右手に持っていた鉄パイプを見る。もう一度手の中に光で描かれた図形が現れた。今度は図形が光の粒となり、鉄パイプもろとも消え失せる。魔術を解除したのだ。

 

「早いとこ教室に戻らないとな。結構遠いぞ」

 

 

 教室に戻ると、彼の席の近くにはジャックがいた。

 

「遅かったな」

 

「まぁな」

 

「何かあったのですか?」

 

 マリーも尋ねる。

 

「何って、あの人……エマが俺に魔術見せつけて来た上に、案内板の所に放ったらかしてくれたからだが?」

 

「エマの魔術か…」

 

「妙に攻撃的だったけど何だあれ?身体強化と電撃?」

 

「そうだな。身体強化……特にエクシードと呼ばれる物は身につけている者が多い。俺たちの年齢でもな」

 

「電気はきっと妖精魔術ですね」

 

「わかるものなのか?」

 

「はい。ええと……ほら。魔術の封印は大抵、肌の下に隠れて見えないんですが、妖精魔術は別です。妖精が封印されている場所には、こんなふうにC字の模様が浮かんでくるんです」

 

 マリーに促され、ジャックが左手首の外側をアレクに見せる。そこには円が一部欠けたような図形があり、欠けた部分には花のような模様が付いていた。

 

「エマの肌にもこういう模様があるんですよ」

 

「つまり、妖精の力を借りれば学生の身でも一人で複数の魔術が使えるわけだよな。しかし……」

 

「その分、負担は増えていく。いくら魔力が消費量に見合わない現象を起こすエネルギー源でも、魔術を併用すればあっという間に減っていく」

 

「それを平然と使いこなすエマって……」

 

「はい」

 

「良い才覚の持ち主だ」

 

 3人は離れた席で悠々と授業の準備をするエマを見た。

 

 

 今日の終業を告げる鐘が鳴り、生徒が教室からゾロゾロと出て行く。

 アレクも鞄に教材を仕舞って教室を出て、管理棟の職員室で用事を済ませた後にクラブ棟へ向かった。

 

 クラブ棟は校舎よりもこじんまりとした建物だが、つくりは校舎や寮と同じく洗練されていた。

 ハーブの香りを頼りにジャックが借りている部屋を探すと、あっさりと見つかった。

 

「よ。ちょっと失礼」

 

 扉を開けたアレクの前には、湯を沸かすジャックが居た。コンロの向こうにある窓からは夕陽が斜めに差し込み、ヤカンを持つ彼を引き立たせる。

 

「君も来てくれたのか」

 

「今日は疲れたんでな。ゆっくりしに……え? ”も”って、誰だ?」

 

 

「私だ」

 

 

「うぁああ?!」

 

 ちょうどアレクの視界の死角に置いてあるソファーには、なぜかアイラが座っていた。足と腕を組み、リラックスしている様子だ。

 

「ラ、ラリス先生?!どうしてここに?」

 

「なんだか気に入られたようでな…」

 

「当然だとも!」

 

 彼女は嬉しそうな声を上げる。普段よりもいい笑顔だ。

 

「構内で美味い茶が飲めるのだ。おまけに菓子もあって全てタダ!これ以上にない憩いの場だろうが!」

 

「先生、職場環境に不満でもあるんです?」

 

「そんなことはどうでも良いぞエルタ。それより早くレモンバウムとやらをもて!飲みたいのだ!」

 

 生徒の前とは言え、横柄な態度のアイラには思うところがある。アレクはガラスのポットにハーブを入れるジャックの耳元でそっと話しかけた。二人の背後には「んん〜良い香りではないか!」などと気の抜けたことを言う教師がいる。

 

「なぁジャック。いっそのこと先生からは金取ったらどうだ?アレは教員としてあるまじき姿だと思う」

 

「そうは言ってもな……。ここは学校の施設だし、それに……」

 

「何だよ?」

 

「……最初に先生が嗅ぎつけて来たときにな、『趣味ですから気が向いたらいつでもどうぞ』と言ってしまったんだ。簡単に追い払えないし、金も取れない。まさかここまで来るとは思わなかったんだ」

 

「後悔したか?」

 

「……しばらく前、少しだけな」

 

「あ……そうか」

 

 どこか遠い目をしながら、傾いた陽射しに照らされる窓外の校舎を見るジャック。その様子から、彼が今でも後悔しているということを、アレクは何となく察した。

 

 しばらくして、アイラが座っているソファーの前にあるテーブルに、ティーカップが3つとクッキーが置かれた。アレクはアイラの向かい、ジャックはその間にある小さなソファーに座り、3人でテーブルを囲む。

 

「ふふ。やはり美味いな」

 

「先生満喫してますね……。美味いのは事実だけど。そういえば、俺の前に試合に出る2人って誰なんです?」

 

「ん?ああ、レグルとギウスだが?」

 

「ええ?!」

 

「なんだ、意外か?」

 

 ジャックがとぼけたように訊く。

 

「いや、エマはわかるけどマリーは……なんか雰囲気に合わないというか……」

 

「せっかくの機会だからと言っていたぞ。彼女の性格は落ち着いているが、積極的な面もある。そうだろうポルグス?」

 

「え?はぁ、そうですかね」

 

 

(なんでジャックに振ったんだ?適当に返してるし……)

 

 アレクが疑問に思っていると、アイラが続ける。

 

「女子2人の後がお前の出番だ。恥を晒すなよ?」

 

「変なプレッシャーをかけないでください。ベストは尽くしますから」

 

「それでいい。……っふふ」

 

「先生……」

 

 アイラは茶菓子のクッキーを頬張り、満足気に笑った。アレクが呆れても彼女は気にしない。

 

 一頻りリラックスしたアイラがクラブ棟から出ていく。

 その様子を、校舎の窓から見つめる1人の女子生徒がいた。ヴィヴィア・アルテイル。それが彼女の名前である。切れ長の金眼に、腰まである艶やかな銀髪をポニーテールにしている、背の高い少女だ。口調はどこか男性的である。

 

「学校の歴史が始まってわずか2週間。早くも奇妙な動きが、対戦相手の1組に見られる。おそらくその正体は競技会で明らかになるはずだ。エアロ」

 

 彼女が呟くと、左肩の上に小さな旋風が起こり、薄緑色で半透明の、人型の生物が現れた。身長は15センチほどか。

 

「あの情報が正しいとなれば、我々は圧勝せねばならない。そのときは、相手が誰でも容赦するな」

 

『かしこまりました。御主人様』

 

 人型の生物、彼女が契約している妖精のエアロが威厳のある声で答えた。

 

 

 やがて夜が訪れる。

 

 アステリオンの街明かりがうっすらと見える高い岩山の頂上で、それは獲物を視界に捉えた。自らの役割を認識したそれが空を見上げる。

 

 

 晴れ渡り、星の煌めきがはっきりと見える秋の夜。その凛とした空気を、突如として獰猛な叫び声が震わせた。




 舞台はヨーロッパのどこかという雰囲気でやっていますので、新学期は9月からとしています。
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