Zodiac 学園記   作:羽桜千夜丸

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 今回は戦闘シーンありですが、グダグダ感は否めません……。




第2話 外合

 

 外合

 

 魔力の流れは意志によって制御することができる。その流れをイメージできるように記号と専用の文字を使って、魔力と意志を練り合わせ空中や物体に描かれる図を魔術陣(Mythic circuit)、その起源となる図形を魔術の封印(Mythic seal)と呼ぶ。

 妖精も同様の形式で、人体に封印することができる。

 

 この図形は本来、魔術専用の道具である(Wand)に刻まれる物であったが、人間の身体を杖の代わりにする方法が確立されて以降は杖を用いる魔術は衰退し、人体に直接封印を施す方式が主流となっている。

 こちらは杖を持ち歩く必要がなくなることは勿論、手を加えて調整することが容易になり、迅速な起動や完全な秘匿も可能になるなど、杖を用いる魔術よりも多くの利点がある。

 また、妖精は生命のある人体にのみ封印できるとわかっている。

 

 ロナルド・トレミー著『魔術基礎事項』(獅子出版)第1章 魔術の基本原理より抜粋

 

 

 

 

 魔術学園ゾディアックの学園長室。そこでは2人の男性が話をしていた。時刻は既に夜。いよいよ明日、新入生魔術競技会が開かれるというときだ。

 

「よろしいのですか?試合の選手の組み合わせがこのままで」

 

 古めかしいローブを着た男が、正面のデスクに着くもう1人の男性に問う。

 この豪奢で威厳ある机を使う資格があるのは、学園長のみである。初代にして現在の学園長は、銀色の髪と眼、年齢は50代後半といったところか。

 

「問題はない。今になって変更することもできぬからな」

 

「しかし、万が一御息女が負けてしまえば………」

 

「構わんとも。そうなれば良い教育になる。あれはまだ敗北を知らんからな」

 

「そう…ですか」

 

 ローブの男は踵を返し、大きな扉の取手に手をかけた。

 

「……後悔だけはなさらぬよう」

 

「すると思うのか?」

 

「お気になさらず。私の勝手な心配事であります故」

 

 学園長の問いかけに答えた彼は部屋を後にした。

 

 

 教員毎の事務室や職員室がある蛇遣い座の管理棟。

 夜には歩く分には不自由しない程度の明かりしか灯されない長い廊下を進みながら、彼は独言た。

 

「どちらが勝っても損はない。我々にも、あの方にも」

 

 彼は懐から2枚の書類を取り出した。

 アレク・エルタとヴィヴィア・アルテイルの顔写真が添付された、身分証明書のコピーである。

 

「竜が負ければ我々の杞憂が一つなくなる。竜が勝てば貴様の娘が、ここの生徒の力量を測る目安となる。どちらにせよ我々には有益な情報だ。娘を出場させたことそのものが、後でどのような結果を招くか……」

 

 くつくつと笑いながら、彼は廊下の闇に消えて行った。

 

 

 

 午前の太陽が照らすのは、入り口に牡牛座のマークが刻まれた競技場。

 8000人程度なら容易く収容できる大きな施設であるが、最も目を引くのは競技が行われるスペースである。

 

 幅は優に100メートル、長さに至っては200メートルを上回る。

 その長方形の地面は砂で満たされ、その地面から5メートルほど上には、競技スペースの出入り口と、半円形のステージが迫り出している。

 

 このステージ、直径は10メートルほどで、短い辺の中心部分に2つ設置されており、その真下にも出入り口が作られている。また、長い辺の中間にも出入り口が設けられ、計6つの場所から競技スペースに入ることができる。

 

 

 アレク・エルタはこの競技場の観客席、それも最前列に、体操服を着て座っていた。

 

 体操服のデザインは男女兼用である。白のハーフパンツと、同じ生地でできた軽い半袖の上着。その下には肌に密着する黒いウェアのような物を上下とも着ており、シルエットだけを見れば、簡素な鎧を纏った古代ローマの兵士を思わせる。

 支給された運動靴は、軽量化がなされているとはいえゴツゴツしており丈夫な拵えである。

 アレクは登山靴の親戚だと思った。

 

 

「人が集まって雰囲気が変わってきたな……」

 

「緊張しますか?」

 

 彼の隣にはマリー・ギウスが座っている。肌に着ている物と同じ素材の黒い手袋をはめ、上着の襟に収納されているフードを深くかぶっている。

 眼鏡も教室で使っている物より黒く、紫外線対策がしっかりされていた。

 

「緊張ね…。しないでもないが、俺はもう慣れてるからな」

 

「そうですか。羨ましいです」

 

「と言うかあんた、ぱっと見て誰かわからないぞ?特にその眼鏡のおかげで」

 

「やっぱり変ですか?でも、今日みたいに晴れた日は、これくらいじゃないと…外が眩しくて…」

 

「苦労するんだな、アルビノは……。お?」

 

 アレクの耳に、これから放送がかかるという合図の鐘が聴こえてきた。

 

『これより新入生魔術競技会第1部が開始されます。最前列の生徒、並びにお客様は、目の前の手すりに手を触れないでください。防御用の結界が展開されます』

 

 淡々とした男性の声が流れた直後、アレクの眼前に光の帯が現れ、それが上に登っていった。

 注意深く見れば、光の下側に透明な膜があることがわかる。

 

「おお…!ここまでするのか?」

 

「はい。戦闘用魔術の競技では、何が起こるかわかりませんから」

 

「……俺、とんでもなく物騒な学校に入ったんだなぁ…」

 

 彼がしみじみ感想を漏らすと同時に冷や汗を流していると、さらに放送がかかった。

 

『アイラ・ラリス教師の独断と偏見により、競技スペースの地形が変更されます』

 

「何だそりゃ?!」

 

 アレクのツッコミが終わると同時に、競技スペースの長い辺の中心の入り口から、彼らのクラス担任でもあるアイラが姿を現した。

 

 彼女が足を上げると、靴底に魔術が展開される。それを地面に踏み込むと、紫色に輝く線が砂地に走り、見る間に地形を変えていく。

 

「えええええ?!」

 

 驚くアレクの視線の先では、砂が集まって四角い塔を形作っていく。

 

 

 競技場の地面は、たちまち中世期の牙城となり変わった。砂でできた原寸大の城の模型である。

 

「先生こんなことできるのか?!」

 

「ラリス先生の御専門は錬金術の形状変化と聞いていますが…これほどの規模を……!」

 

 感想を口にする2人の背後では歓声が上がり、会場のテンションが高くなっていく。

 

『それでは第1試合の選手、1組のジョン・メンケン、及び2組のエマ・レグルは入場してください』

 

「来たな!」

 

 牙城のディテールの一部となったステージ。アレクたちの席に近い側にはエマが、遠い側には相手の男子生徒が現れた。

 

「よかったら使ってくれ」

 

 アレクとマリーの背後にやってきたジャックが、2人にある物を手渡す。

 出場しない生徒は、彼を含めて制服を着用している。

 

「双眼鏡ですか?」

 

「お、ありがとな!これでよく見える」

 

 2人はオペラグラスを受け取り、再び会場に目を向けた。

 相手の生徒は背が高く、ブロンドの癖っ毛と尖った青い眼、何より自信に満ちた笑みが印象的だ。

 

 

 エマ・レグルは200メートル先で不敵に笑う生徒と対峙する。

 これほどの距離でも、彼女にとっては”間合い”の範囲内だ。

 

 観客席をちらりと見ると、オペラグラスで会場を観察するアレクが目についた。

 

(見せてあげるわ、アレク・エルタ。魔術のぶつかり合いを。貴方がいかに場違いであるかを!)

 

『……勝利条件は対戦相手に1度でも攻撃を当て、降伏するべき状況を作ることとなっています。相手が降伏した場合の追撃は行わないこと……』

 

 司会者が淡々とルール説明を行っていく。

 

 そして。

 

『では試合…開始!』

 

 

「サンサ!ライラ!」

 

 スタートの合図と共に、彼女が契約している双子の妖精を呼び出す。腿の外側に封印されていた薄紫の妖精が、同時に魔術を起動する。

 

 正六角形の半分が交互に連なり、円弧が加えられた芸術的な魔術陣が、稲妻とともに彼女の手の中に閃く。

 

 やがてそれは2振りの短剣に変貌を遂げた。紫電を纏う幅が広い諸刃の短剣の、その柄。後ろに付くC字に欠けた円輪が、妖精に作られた武器であることを示す。

 

 

  一方、相手の生徒も妖精を呼び、同時に魔術を起動していた。下に向けた左手に、アレクの物と似た、しかし異なる魔術陣が輝き、そこから戦鎚を出現させる。

 

 それは奇妙な形状をしていた。

 通常の戦鎚には打撃を与えるヘッドは一つだが、彼が呼んだ物は、柄の両側にヘッドが付いている。

 

「相手は武装の召喚魔術だな」

 

 アレクの後ろからジャックが分析する。

 

「変わった形だが…ただのハンマーだよな。となると」

 

「形勢を決めるのは、あちらが従えている黄色の妖精ですね。その魔術にエマがどこまで対応できるか……」

 

 

 

「さあ見せてやれ、ストラ!」

 

『御意』

 

 エマと向き合う生徒、ジョン・メンケンも妖精魔術を起動する。

 

 彼が空いている右手を高々と挙げる。その頭上に、一斉に魔術陣が出現した。多数の鋭い逆三角形が宙に浮く。

 

「あれは……!」

 

 ジャックが声を上げると同時に、ジョンが編み出した魔術陣が一斉に空気を取り込み始めた。

 競技スペースに風が流れる。

 

 また、ジョンの左手からは黄色の光が漏れ、その筋が戦鎚の輪郭を包む。

 

 そして魔術陣たちにも変化が現れ始めた。表面に光の線が浮き上がり、それは形を変え、彼の手にある戦鎚と全く同じ、黄色い光で縁取られた立体図形を生み出した。

 

 

 双頭の戦鎚が空中にいくつも浮かぶ様には、圧巻と言う言葉が相応しいだろう。

 

 

「凄いな!」

 

「高圧の空気に形を与える魔術か。それで武器を複製するとはな……」

 

「はい。それも1回で、あんなにたくさん…!」

 

 観客席にて相手の迫力に押される3人。

 

 たが、その源と正面から向き合っているエマ当人はと言うと。

 

 

「面白いじゃない!」

 

 相手の攻勢を心底楽しんでいた。

 空中で自らを狙うハンマーたちが回転を始めても、彼女の笑みは揺るがない。

 

「エク……」

 

「喰らえ!!」

 

「…シード!!」

 

 相手が高速回転する戦鎚を射出するのと、彼女が身体強化魔術で加速するタイミングは同時だった。

 

 いくつもの空気の塊が空を切る中、彼女はそれら全てを巧みに回避しつつ距離も詰めていく。

 地面を駆けるのみにとどまらず、牙城の形状も活かし立体的に動く。

 

 複雑な筋道を描きながら、エクシードの水色の残像が、黄色く輝く戦鎚の群れを縫って進んでいた。

 

 しかし、相手のジョンもそれだけで迫れる者ではない。

 突撃するエマの正面にハンマーを打ち込み、封入していた空気を一気に解放する。

 

 空気圧による爆発が起こり、舞い上がった砂が目眩しとなった。エマが砂煙を抜けると、眼前に捉えていた相手はいなくなっている。

 

「そこだぁ!」

 

「!」

 

 側面から再び攻撃が繰り出された。回りながら迫ってくるハンマーたち。

 その回転する向きに注目した彼女は、正確に短剣の刃をヘッドに当てて回転を相殺し跳ね飛ばす。

 

 2、3本捌いたところでそれらが爆発。空気圧によって彼女を吹き飛ばした。

 たちまち、エマは塔の入り口に叩き込まれる。

 

「そらそらそらぁ!!」

 

 塔の壁にハンマーを次々と打ち込むジョン。めり込んだそれらを一斉に爆発させると、砂の城は呆気なく崩壊する。

 

 その瓦礫を押し除けながら、エマが崩れ行く塔の上に飛び出してきた。

 

「捉えた……ん?!」

 

 彼女の構えを見たジョンは驚きの声を出す。エマは短剣を水平に振りかぶっていたのだ。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 気合いの掛け声と共に、強化された腕力でもって投げ出された刃は、速やかに雷となってジョンに向かう。

 

「うぉ!」

 

 彼が瞬時に距離を取る。

 躱された短剣は背後の地面に突き刺さった。ジョンがエマに振り向いた瞬間に、彼女は次の一撃を放つ準備に入っている。

 

「くそ!」

 

 妖精の魔術を右手に展開。

 空気で複製されたハンマーの完成と同時に、エマの短剣が再び投撃された。

 

「うりゃあ!!」

 

 右手の戦鎚で短剣を打ち払う。空気の塊なので、こちらを使えば感電しない。

 

「これでぇ!!」

 

 エマに得物はない。

 勝負ありと確信したジョンは、三本のハンマーを彼女に向けて発射する。それらの軌道が交わる点には彼女がおり、飛び退いて躱しても、空気圧による攻撃ができるように、ぶつかった瞬間に爆発するよう魔術に命じた上で。

 

 だが、エマの行動はジョンの予測とは真逆だった。

 

 彼女の全身に浮き上がっている水色の光の筋が輝きを増し、そして足に集中する。

 

「はぁ!」

 

 局所的に強化された彼女の脚力。

 それをもってエマは、なんとジョンに向かってジャンプしたのだ。

 

 彼女の後ろで、透明なハンマーが虚しく打ち合う。

 

「!!」

 

 それに気付いたときには遅かった。ハンマーたちが予定通りに爆発。

 風圧でエマは加速され、高速の飛び蹴りをジョンに見舞う。

 

 彼も腕をエクシードで強化し、2振りの戦鎚を体の前で交わらせて防御する。

 

「くっ!」

 

 彼女の足が戦鎚の交点にぶつかると同時に後ろに跳ぶ。ジョンは飛びながら空中で後退りし、相手が武器から離れると着地。

 

 地面を滑りつつ、地面に突き立てたハンマーと靴底をブレーキにして踏み止まる。

 

「お前さんに逃げ場はねぇ!俺の勝ちだ!」

 

 正面にいるエマを取り囲むように、武器を複製する魔術陣を展開させる。

 それでも彼女は動じない。

 

 

「それはこっちのセリフよ。気付いてないの?」

 

 

『主殿!!』

 

「……はっ?!」

 

 自らが従える妖精の視線を追った先…ジョンの左側には、先程躱して地面に突き刺さったままの短剣がある。

 

「まさか……!」

 

 右手側も見るジョン。その地面にも短剣が刺さっていた。複製した戦鎚で、彼自ら弾いたものだ。

 

 その短剣の表面で紫電が音を鳴らす。

 

 

「こ、これが狙…ぐわあああああああああああ!!!」

 

 

 体の両側から雷が襲いかかる。油断していた上、金属を持っているジョンに躱す時間などない。

 

 狙い澄まされた一撃をもろに受ける。

 

 電撃が止まると、ジョンはがっくりと膝を打つ。そんな彼に近づく足音と、左手から正面に向けて流れる雷鳴。

 顔を上げれば、陽を受けて輝く刃をこちらに向ける女子生徒。

 

「私の勝ちね。楽しい勝負だったわ」

 

「……へへッ。そうだな。俺もまだまだだ…」

 

「何言ってるの。3つの魔術を1度に併用するなんて、私にもできないわよ」

 

「止せや。俺のエクシードは2、3秒しかもたねぇ付け焼き刃だぜ?お前さんに褒められたモンじゃねぇよ」

 

 

 お互いに魔術を解き、握手する。そこには何の遺恨もなかった。

 

『勝負あり。第一試合の勝者は2組代表エマ・レグル』

 

 アナウンスと共に会場中が歓声と拍手に包まれた。

 

「なるほど……。これがエマの魔術か。俺を再起不能にできるとか、言ってただけのことはあるな」

 

 アレクも拍手しながら彼女の帰りを待つことにした。

 

『第2試合に出場する選手は、速やかに移動してください』

 

 

「では、行って参ります」

 

 放送に促され、オペラグラスをジャックに返したマリーが席を立つ。

 

「おう!」

 

「頑張れ…!」

 

 アレクとジャックの見送りを背に、彼女は競技スペースの入り口、ステージへ向かう。

 

 入れ違いでエマがやって来て、アレクの隣に座った。

 

「どうだったかしら?あれが戦闘用魔術。その中でも基本的なものだけれど……物質召喚しかできない貴方はどこまでやれるのよ?」

 

「いや、大したものだった。俺なら間違いなく再起不能にされてただろうな。恐れ入ったよ、本当に」

 

「待て……物質召喚だけだと?!」

 

 ジャックが目を剥いて2人を見る。

 

「あら、知らなかった?」

 

「初耳だ…。どうやって戦うんだ?」

 

「見てればわかるって。今回は採点方式の競技会だから、マリーが勝っても俺の出番はある」

 

 

 再び放送がかかる。

 

『再度、地形の変更が行われます』

 

「まぁ、滅茶苦茶になったもんな…」

 

 またアイラが現れ、見るも無残な牙城だったものを古代ギリシャの神殿の遺跡のような場所に作り替えた。

 数枚の板が、溝が刻まれた柱で支えられている光景が広がる。

 

『それでは第2試合の選手、1組のサラ・アルデラ及び2組のマリー・ギウスは入場してください』

 

 緊張気味だったマリーは覚悟が決まったのか、堂々とステージに出てきた。200メートル先のステージにも女子生徒が現れる。

 

 マリーの対戦相手、サラ・アルデラは小柄だが筋肉質。

 東洋の血が混じっているのか、短く切られたストレートの髪と、彼女の瞳は見事な漆黒に染まっている。

 

「……ん?」

 

 そんな彼女の、他の生徒とは断然違う特徴を見つけたアレクは腰に注目した。

 

「どうしたのよ?」

 

「なぁ、相手の人がベルトにつけてるアレは武器なのか?」

 

 そう言いながら、エマにオペラグラスを手渡す。

 

「……あれって…」

 

 エマが見ている間に、相手の女子生徒…サラは腰の左側に手を当て、ベルトに取り付けている長さ30センチほどの棒状の物体を前に倒す。

 どうやら付け根に蝶番のようなものがあるらしい。

 

 少し湾曲した、溝や小さな円板がつけられた握りやすそうな棒。

 エマの目には剣の柄のように見えた。実際、棒を倒したときのサラの手つきは完全に剣士のそれであった。

 

「そう言えばマリーはどういう魔術を使うんだ?」

 

「珍しい憑依の魔術よ」

 

「俺はそういうのがあるってことしか知らないが、何なんだそれ?」

 

「呼び出した妖精の体に自分の意識を入れるのよ。2番目の人格としてね。妖精との意志疎通が上手いほど、より一体となって動けるの」

 

 サラを見つめているエマがアレクの質問に淡々と答える。

 

「そしてマリーが契約しているのは……」

 

 

『第2試合…開始!』

 

 

 エマの発言を遮りスタートの合図。マリーが瞑目して眼鏡を外す。

 すると彼女の背中に横長の魔術陣が展開。そこから伸びる海のような深い蒼の光のリボンが彼女の全身を取り巻く。

 腕、脚、胴体、そして顔には目隠しのように。

 

「行きますよ……巨人さん!」

 

 目を開けた彼女は陽の光の中にいるが眩しくはない。掛け声と共に駆け出し、ステージから飛び降りる。

 

 空中で、彼女の周囲に、青い半透明の巨体が形成されてゆく。

 

 

『オォォォォォォ!!』

 

 

 地鳴りのような唸り声が響き、着地の轟音と共に砂でできた遺跡を揺るがす。

 

 舞い上がった砂煙の向こうには巨大な人影が現れた。どこか古い時代の雰囲気を持つ、全身を鎧に包まれた巨人の騎士。

 その身長は8メートルはあるだろう。胴体の中にマリーがいるのが見て取れる。

 

 

「青銅の巨人、ね」

 

「マジか……。憑依って…こんなのアリなのかよ?!」

 

「あちらも動くぞ!」

 

 呆気に取られていたアレクは、ジャックの一声で我に返り、サラの方を見る。

 

 彼女が左手に握った棒の溝に、真紅の光が流れ始め、同時に彼女の瞳も黒から紅玉へと変わり、鋭く輝いた。

 

 また、棒からは赤い光の筋が伸び、彼女の身体を囲う。その模様は、サムライが身につける鎧兜のようだ。

 

「あれも身体の強化魔術なのか?」

 

「ええ、たぶん……。でも、あの武器…嘘でしょう?」

 

「どういうことだ?」

 

 ジャックの質問に、若干焦りながらエマが答える。

 

 

「あれは……”杖”よ。あんな古い魔術をどうして私たちと同年代の人が持って、いや、それどころか使っているの……!?」

 

 

 サラの瞳に映る巨人は、手近な柱に両腕を絡め、その根元を強烈に蹴り込む。

 瞬間に柱は折れ、支えられていた板がバラバラと地面に落ちる。

 

 巨人、もといマリーは、折った柱を悠然と持ち上げた。

 

「『うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』」

 

 マリー本人と巨人の、二重の雄叫びが空を震わせる。思い切り柱を振り上げ、対戦相手目掛けて槍のように投擲した。

 圧倒的なパワーで投げられたそれは、サイズに似合わない速度でもってサラに飛びかかる。

 

「!」

 

 これを受ければひとたまりもない。腰の杖に手を添えたまま、サラは脇へ跳んで躱す。

 

 その間に、マリーはもう1本柱を折って武器とした。

 それを担いで大股で走り、砂の板に着地したサラに一気に肉迫する。

 

「『ふん!』」

 

 彼女が立っている板を支える柱に、運んできた武器を叩きつける。2本の柱は諸共に砕け散り、サラのいる建造物を垂直に崩壊させた。

 このまま崩れれば、マリーだけは安全に次の攻撃を繰り出せる。

 

 しかし、そうさせるサラではない。

 彼女は腰の杖に右手も添えて、剣を抜く要領で腰のソケットから取り外す。

 

 その瞬間、彼女の左手の中に、紅い魔術陣が展開され、抜き去る動きに従って、杖の先に刃が形成された。

 

 日本にある刀のように芸術的な反りを持つ、真紅の光刃が杖の先からスラリと閃く。

 

 

 それを目撃した会場中の人々が驚きの声を上げる。

 そんな中、アレクだけは冷静に、そして嬉しそうに笑っていた。

 

「杖を使う人…いたのか。…ははっ」

 

「……?」

 

 エマはそんな彼を訝しげに見た。

 

 

 サラは落下と同時にマリー…巨人の腕に剣を突き立てる。

 

「『うっ…』」

 

 左腕に針が刺さった感覚があり、思わず腕を水平にして痛みの元を見た。

 

 その刹那、サラと巨人が目を合わせる。彼女は剣を引き抜き、腕からジャンプ。

 

 身体強化により十分な高さは稼げた。正面から上段に構えて斬りつける。

 

 

「え?」

 

 彼女が構えた瞬間、アレクは刃の形が変化していることに気付いた。先程まで、サラの手にある剣は厚みがあり、全体が流線を描く形だった。

 

 しかし、今は違う。刃はまるで剃刀のように薄くなり、チェーンソーのような凹凸がついた物になっていた。

 

 

 その刃は巨人の兜を容易く切断……したのではなく、むしろ斬ることさえなかった。

 

 水の流れに刃を当てても素通りするように、サラが振り下ろした剣は巨人の体を通過する。

 そして胴体にいるマリーに到達した瞬間、初めて斬れた物がある。

 

「『うあ?!』」

 

 それは、マリーの全身を巡る光のリボンと、それらの根元にある魔術陣。

 

 完全な平面の刃は魔力だけを切断し、魔術を破壊してしまったのだ。

 

 その攻撃は、彼女の憑依を強制的に無力化する。

 

『グォォォォォォ!!』

 

 サラが着地すると同時に巨人が苦悶の声を上げた。

 召喚をも維持できなくなり、叫び声と共に巨体が虚空へと還る。

 

「わわ…痛っ!」

 

 マリーは空中で支えを失い、4メートルほど落下して尻餅をついた。落ちた地面が柔らかい砂だったので怪我はしていない。

 しかし。

 

「っ!」

 

 よろめきつつ立ち上がったマリーの首筋に、風を切る音と共に紅い光刃が突き付けられた。サラがすぐそこまで来ていたのである。

 彼女は冷や汗を流し、観念したことを伝えるために両手を上げた。

 

 それを見たサラは手を引き、剣を鞘に収める戦士のような動きで杖をベルトのソケットに取り付けた。

 刃は彼女の手の中に再び現れた魔術陣に吸い込まれるように消えていき、カチリ、と音がして、サラが手首を回すと杖が垂直になり、体操服の上着の中に収納される。

 

『勝負あり。第2試合の勝者は1組代表サラ・アルデラ』

 

 

 拍手の中サラと握手するマリーを見たアレクは、ステージに移動するため立ち上がる。

 

「それじゃ、行ってくるかな」

 

「………」

 

 エマは去って行く彼の背中を目で追っていた。物質召喚しか使えないと言っていたのに、その背中は自信に溢れているように見えた。

 

 

 競技場の通路で、アレクはマリーに会った。彼女はステージの下にある出入り口から上がってきたのだろう。

 

「負けちゃいました……」

 

「おお、大丈夫だったか?魔術陣が壊されてるように見えたが…」

 

「はい。あれは魔力の流れだけを断ち切る剣なんだと思います。巨人さんとの繋がりは切れていないので、封印も無事ですね。これなら修復できます」

 

「そりゃあよかった。俺も一仕事するからな、応援よろしく」

 

「はい!頑張ってくださいね」

 

 彼女の微笑みに背中を押され、アレクがステージの扉に着く。

 

 

 一方、放送を聞いたエマやジャックは驚いていた。

 

『第1部最後の試合を行う1組のヴィヴィア・アルテイル及び2組のアレク・エルタはステージに移動してください』

 

「なっ?!」

 

「ヴィヴィア…アルテイルだと…!」

 

「どうしたのですか?」

 

 席に戻って来たマリーが2人に問いかける。

 

「相手が悪かったわね、アレクは」

 

「1組の代表…学園長の娘さんだ。ここで出してくるとは……」

 

「え?!そんな…。勝てる見込みは…」

 

「薄いわね。ヴィヴィア・アルテイル。保有できる魔力は女王親衛隊の騎士に匹敵する人物よ。武器も使えるから…とても素人の物質召喚で対抗できる相手ではないわ。………ただ…」

 

 

 エマは昨日の昼休みに、アイラと交わした会話を思い出した。

 結局気になった彼女は、アレクを選手にした理由を訊いてみたのだ。

 

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「アレク・エルタを競技会に出した理由?」

 

「はい。彼は物質召喚しかできないと言っていました。そんな彼をどうして選手に推したのですか?」

 

「そうだな…。エルタが競技会で行うのはある種のサプライズだ。そして彼は、こういった自分の魔術を披露する機会を逃せない立場にいる」

 

「?…それはどういう意味で…」

 

「きっと驚くべき光景が見られるだろう。お前たちの楽しみを奪うわけにはいかないから、1つだけヒントを出してやろう」

 

「…と言うと?」

 

「彼の背後には……竜がいる」

 

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「……ただ?なんだ?」

 

 ジャックの声によって現在に引き戻される。

 

「もしかすると、何か策があるのかも………」

(竜…何のことかしら…?)

 

 

 再度、アイラの魔術で地形が変化させられる。

 

 今までは建物だったが最後は一転して、巨大な砂の結晶がいくつも伸びる、水晶の野原になった。

 もっとも、足に刺さるような細かい物はなく、斜めの水晶の尖塔がいくつも立つ光景が広がる。

 

 

 ステージに出たアレクを認めたヴィヴィア。鋭い眼光が彼を捉える。

 

(サラのように杖は持っていない…となると妖精か…)

 

 スピーカーから司会者の声が聞こえた。

 

『それでは試合……』

 

 

「お集まりの紳士、並びに淑女の皆様!!」

 

 

「「「?!」」」

 

 

 司会者が発するスタートの合図は、突然の挨拶によって遮られた。

 

 声の主は、ヴィヴィアの前で大仰に手を挙げるアレクである。彼の行動に、その場の全員が呆気に取られて注目する。

 

「まずはお祝いの言葉を述べさせていただきます!今日、この良き日に、皆様は日々御研鑽を積まれている魔術の……いいえ!魔力そのものの!全く新しい使い道の可能性をご覧になるのですから!!」

 

 皆なおも唖然としたまま、彼の言っていることを理解しようと必死になっていた。

 

「僭越ながら私!アレク・エルタがお見せいたしましょう!我らが”竜頭工業”が造りし大いなる可能性の具現、”魔動機”を!!どうか御笑覧くださいませ!!」

 

 そう言って彼は腕を振り、大仰な礼をする。

 まるでサーカスの団長が、これからショーを始めると言わんばかりの動きだ。

 

 会場に集まった人々は顔を見合わせて、アレクの発言について考えていた。

 

「竜頭工業に魔動機……?」

 

 ジャックが何もわからないと首を捻る。

 

「一体何なの?」

 

「わかりません……」

 

 エマとマリーも、頭の中が疑問符で埋まっている。

 しかし、彼の発言の意味を理解している者も少なからずいた。それは学園長と、腹を抱えて笑いを堪えるアイラを含めた教職員、そして……。

 

「魔動機…そして竜頭工業…。そうか貴様が…情報通りの!」

 

 それは誰あろうヴィヴィアである。ギリギリと歯を剥く彼女の表情が、怒りの形相に変わって行く。

 

 しばらくして気を取り直した司会者がアナウンスする。

 

『そ、それでは第3試合…開始!』

 

「貴様は!!」

 

 開始と同時に妖精を呼び、魔力を解放するヴィヴィア。ジョンの時とは比べ物にならない強風が、彼女の手にある渦のような魔術陣へと集まる。

 

「ゾディアックの…!魔術の…!!」

 

 魔術陣から編み出されたのは、1本の槍であった。長さは2.5メートルほど。

 尖った刃の部分に、妖精が作ったことを示す欠けた円輪が埋め込まれている。左右非対称なその形状は斧の機能も追加されたハルバードに近い。

 

「敵だ!!!」

 

 ここで必ず倒すという強い意志が向けられているアレクの方は、微動だにしていない。

 

 彼は観客席を見渡す。

 

(”条件”は余裕でクリアしたな……。じゃあ、一丁やるか)

「ではいよいよ開帳の時です!物質召喚……」

 

 

「何?あれは…」

 

 エマの視線の先にいるアレク。その背後では、彼の背丈ほどの直径がある大きな物質召喚の魔術陣が、白い輝きを放っている。

 

「行くぞエアロ…!道化芝居に落ちろ!!アレク・エルタ!!」

 

 ヴィヴィアは槍に風圧を集中させ、自ら巻き起こした突風に乗り、真っ直ぐにアレクへ飛翔する。

 

 

「……鋼鉄演舞(IRON WALTZ)

 

 

 アレクが呟いた次の瞬間に、空気の砲弾となったヴィヴィアが激突。

 発生した暴風が、砂でできた水晶をえぐり取るほどの大爆発を起こした。

 

 

 

 やがて砂煙が晴れると……。

 

 ヴィヴィアは顔を顰め、アレクが立っていたはずのステージにいた。

 

 

 彼女の槍が相手を捉える瞬間、正面にいた敵は人間離れした脚力で右手にジャンプして直撃を免れた。

 

 

 気流を調整して踏みとどまった彼女は、砂煙が舞う中槍を振る。

 

 そして穂先はある物を捉えた。

 

 それは対戦相手の体ではなかった。

 煙が晴れたとき、槍の先端は金属に当たっていた。しかもただの金属ではない。

 人間の腕より長く太い機械のアームが、その側面でもって槍の攻撃を受け止めていたのだ。

 

 また、彼女は相手…アレクの見た目が変わっていることにも気付いている。

 

 機械の腕は、彼の背中にある装置から伸びている。その装置の下は、彼が脚に纏っている装甲と繋がっている。

 それは単なる鎧のような物ではなく、やはり機械の関節によって制御される、脚力を増強する装置に見える。

 

 胴体には体を固定するための部品が付き、装甲を纏っているかのよう。

 頭の半分をフードのように覆うヘルメットも、背中の装置に繋がっている。

 

「貴様、それが…」

 

 後退り、距離を取ったヴィヴィアが苦々しく口を開く。

 

 

「そう!魔力の性質を動力源と制御システムに最大限活用した、弊社の初主力量産モデル…アシストスーツ、”パーシアス”でございます!!会場の皆様に御挨拶をば」

 

 

 アレクが大げさに答え、パーシアスの手を観客席に向けて振った。3本の指で行われるその動作には少し愛嬌がある。

 

 その仕草に、ヴィヴィアはいよいよ本気の怒りを露わにした。再び風を槍へと集める。

 

「…貴様…!!魔術の勝負の場でそんな物を…!」

 

「おや、問題でも?」

 

 きょとんとしたアレクの質問に、ヴィヴィアが怒気を込めた声で答える。

 

「貴様のそれは単なる工業製品だ!断じて…魔術などではない!!」

 

 彼女の抗議に、アレクは飄々と返す。

 

「その通りでございます!魔動機は言わば…”次なる魔術”であります故に!」

 

 そう言ってヘルメットのフェイスガードを閉じる。ゴーグル型のバイザーに、現在のパーシアスの状態が表示された。

 

 機能や動きに問題はない。

 

「……ッ!ふざけろ!!」

 

 もう一度突撃したヴィヴィアは、風を纏った正確無比にして強烈な槍での攻撃を行う。

 しかしながら。

 

(基本の型通りだな。攻撃パターンはパーシアスで読める!)

 

 アレクはこれらに次々と対処する。

 

 風で加速した槍の突きは……。

 

「反応性!」

 

 体を捻って回避。

 

 握り直し、足へ一振りされると……。

 

「機動性!」

 

 飛び跳ねて回避。

 しかし、ヴィヴィアの狙いはこの瞬間だった。

 

(そこだ!!)

 

 空中では動きが制限される。その瞬間を刺突で捉えるのだ。

 

 それを読んでいたアレクは、パーシアスの両腕を体の前に交差させる。

 

 ガキン、と金属を打った音が響き、穂先から噴出された突風により彼はステージから吹き飛ばされた。

 背後にあった砂の水晶を破壊し、もう1つ後ろの水晶にめり込んで止まる。

 

 しかし、体を反らして凹みから出ると、何事もなかったように着地した。

 

「耐久性!」

 

「はぁぁぁ!!」

 

 攻撃が滅多に当たらず、例え当たっても大したダメージにはならない。焦りに駆られたヴィヴィアは直線的な攻撃を繰り出してしまった。

 

「そして!!」

 

 アレクはまたもや回避し、脇へ逸れた相手の槍を、パーシアスの左手でがっきと掴む。

 

「何だと?!」

 

「パワー!!」

 

 そのまま引き寄せ、穂先を地面に突き刺す。速度も相まって、かなりの量の砂埃が吹き出し、舞い上がる。

 

 これ程の力を出せるとは思っていなかったヴィヴィアはただ驚愕するのみだった。

 

 驚きによる硬直は一瞬だったが、その間に勝敗は決していた。彼女の顔面をパーシアスの右手の拳が捉えたのだ。

 拳撃は鼻先1センチでピタリと止まり、叩き出された空気が彼女の前髪をそよがせる。

 

「これらにおいて、魔動機には魔術以上の品質があると保証いたします」

 

 フェイスガードを開けたアレクはにこやかな笑みを見せる。

 

 2、3秒ほど、会場は沈黙に支配されていたが、真っ先に我に返ったのは司会者だった。

 

『は…あ、しょ、勝負あり。最後の試合の勝者は2組代表、アレク・エルタ…』

 

 なおも会場は静まり返っている。その静けさを破ったのは、一際高い場所から試合を見ていた学園長、シーザー・アルテイルのゆったりとした拍手だった。

 

 手を叩きながら立ち上がった彼は、マイクを取って閉会の挨拶に移った。

 

『あーあー、コホン。皆、よくやった。第1回に相応しい、見ものとなる勝負を行ってくれた6人の生徒に感謝の意を込め…改めて盛大な拍手を!』

 

 彼の発言に、黙っていた人々も従って拍手をする。どこか納得がいかない、といった雰囲気はあったが。

 

 その感想を最も強く抱いているのは、やはりヴィヴィアである。

 恭しく礼をするアレクの横で、彼女は父親であるシーザーに抗議の叫びを上げる。

 

「お、お待ちを!学園長!!ただ今の勝負の結果は、決して受け入れて良いものでは………」

 

『出場した6人は、競技を行った上でのレポートを今週中に作成し、私に直接提出すること。では、午前の部はここまで。一度解散とする!』

 

 彼女を無視して、シーザーは競技会を終了させた。

 忘れ物に対する注意喚起の放送がかかる中、項垂れる彼女にアレクが近寄る。とっくに魔術は解除され、彼は元の体操服姿となっている。

 

「ん」

 

 アレクはヴィヴィアの前に移動し、右手を出した。

 

「……何の真似だ」

 

「何って、前の4人もやってただろう?勝負の後は握手をして…」

 

「ふざけるな!!」

 

彼女は左手でアレクの手を思い切り叩いた。小気味の良い音が響く。

 

「おお?!どうしたんだ?」

 

「あんな方法での貴様の勝利など…私は認めん!断じてな!」

 

「あぁそういう……。司会の人は認めてくれたから俺は別に良いけどな。さて、早いとこ出ないと、ラリス先生に生き埋めにされるぞ?」

 

「ッチ!」

 

 

 2人は互いに背を向けて、逆方向へと歩き始めた。アレクは食堂へ、ヴィヴィアは管理棟の方向へ進む。

 

 アレクが出口に到達すると、彼を待ち構えている生徒たちがいた。ジャック、マリー、そしてエマである。

 

「派手にやってくれたわね、アレク?」

 

「その方がいいかと思ったんだが…。なんでそんなに怒り気味なんだ、あんた?」

 

「そのあたりも含めて、きっちり話し合いましょう。のんびりランチでもしながら」

 

「…まるで尋問だな、この空気……。味わえる自信なくなる…」

 

「そうゲンナリするな。単純にさっきのに興味があるだけだ。説明してくれると嬉しい、と言ったところさ」

 

「私もですよ」

 

「まぁすぐにでも話そうとは思ってたんだけどな。興味があるってのなら、俺も話しやすい」

 

 

 

 4人が食堂に着いた頃、ヴィヴィアは学園長室でゾディアックの責任者、もとい父親を問い詰めていた。

 

「何故です?!何故ヤツの勝利を認めたのですか??!」

 

「ならば逆に、敗北が決まっていた君に問おう。あの状況からどう勝利するつもりだったのだ?予想外の事態に冷静さを、そして得物までも奪われた。その決定的な隙を突かれ頭部に一撃が届いた。それでもなお、勝利する方法があったと言うのなら、聞かせてもらおうか?」

 

「………ッ!」

 

 全くの正論を叩きつけられ言葉を失う。だが、彼女は前提から間違っていると訴える。

 

「しかし、ヤツが用いたのは魔術ではない!それはヤツ自身が言っていたのですよ?!ならば、競技会の規定により再戦が行われるはず…」

 

「では規定を読み直してみるとしようか。条文にはこうある。『競技会の参加者は一つ以上の魔術を試合中に使用しなければならない。また、その際に消費する魔力は自身が保有するもののみである。これらに該当しない試合は無効となり、再試合が行われる。審判の判定により違反行為があったと認定されれば、違反者の対戦相手を不戦勝とする。』」

 

「つまり……」

 

「1度でも自分の魔力を使って魔術を使えば、この条文にかかる違反は犯していないこととなるわけだが」

 

「あ…」

 

 彼女は試合が始まった瞬間を思い出した。

 

「その通り。彼…エルタは自分の魔力で魔動機を召喚している。そして魔動機のように、召喚した物に蓄えられた魔力も使う魔術は、魔獣の召喚などいくつもある。いずれにせよ、試合は適切に行われ、彼は何の違反もしていない、ということだ。それに魔動機も魔術の一形態とみなせるからな」

 

 なおもヴィヴィアは食い下がる。

 

「な…ならば、司会者の合図を遮って行った演説は?!遅延行為では?!」

 

「生憎、その程度の違反では相手が不戦勝になることはない。それに試合前に観客や相手に挨拶をするのは、寧ろ自然かつ喜ばしいことだと考えるが…異論はあるかね?」

 

「……ございません」

 

「試合の結果に不満は?」

 

「それも……ございません」

 

 彼女はようやく折れた。それを見たシーザーが一息吐く。

 だが彼女の話はまだ終わらない。

 

「しかし…」

 

「む?」

 

「しかし私には疑問があります。彼は…そもそも何者なのです?なぜ、竜頭工業の…科学業界側の者がゾディアックへの入学を受け入れられたのですか?」

 

「ふむ。良い質問だが…さて、どこから答えたものか…」

 

 

 

 

「で、何から聞きたい?」

 

 食堂ではアレクが、これからの質問攻めを受け付ける覚悟を決めていた。昼食は冷めても美味しいサンドイッチにした。

 万が一食堂が閉まるまで話し込んでいても、教室や寮に持ち帰りできる。

 

「いろいろあるけれどまずは…そうね。貴方の正体からかしら。正直に答えなさい。貴方は…一体何者?」

 

「竜頭工業開発部設計課特別顧問…の候補者。新製品の設計に関してアイデアを出したり、改良案を現場の人と話して決めたり…場合によっては模型や試作品も直接作ったり。そういう部署に雇われてる。非常勤だけど」

 

「その歳でか?何故だ?」

 

ジャックが当然の疑問をぶつけた。

 

 

「そりゃあ…魔動機の原案を作ったのは俺だからだが?」

 

 

「「ええっ?!」」

 

 

 

「な…そんなことが…」

 

 ジャックたちが食堂で驚愕している頃、ヴィヴィアもまた驚いていた。

 

「うむ。彼は機械設計の分野では天才的な能力を発揮している。昨年の『国内工業設計コンテスト』で、彼は大臣賞…つまり最高位の賞を受賞している。しかも1つ下位の優秀賞とは…プロの技師をして雲泥の差と言わしめたそうだ。そしてそこで彼が発表した製品こそ…」

 

 

 

「魔動機と言うわけね」

 

 食堂では、エマがアレクの発言を先取りしていた。

 

「そうだ。原型だが、機械として申し分ない出来だったから大臣賞は取れた。でもな、魔力を使って稼働と制御を行うって発想は誰も評価してくれなかったんだ。理由はわかるよな?」

 

「科学技術産業と魔術業界は仲が悪いから…か」

 

 ジャックの発言を頷きで肯定する。

 

「国が主催するとはいえ、俺のアイデアを評価すると両方を敵に回す可能性が出てくる。それは避けたかったんだろう……って、頭ではわかるんだけどな…」

 

 

 

「それで納得する彼ではなかった。自分の発想…つまり魔動機の基本原理を認めてくれる者を捜していた彼は、ある企業から社内見学の招待を受け取った」

 

 ヴィヴィアはふと納得した顔になる。

 

「それが竜頭工業……」

 

「そう。そこで彼は竜頭工業の社長に出会ったのだ。そして……」

 

 

 

「社長は俺のアイデア…魔動機を買うと言ってきたんだ。ぜひウチで商品化したいってな。そんな敵を増やすだけのようなマネ、どうしてやる気になったか聞いたら…変革をしたいと言ったんだ。魔術も科学も、お互い成熟され始めて市場が厳しい。ここで一つ融合させて新しい市場を創る。そこからガッポリ儲けたい、とな」

 

「その話に乗ったから、採用されたのですね」

 

 マリーの発言を肯定する。

 

「そういうことだ。正式な社員じゃないから給料は小遣いくらいしか出ないが、空いた時間にチマチマする趣味の延長みたいなものだからな。楽しませてもらってる分、良い仕事だ」

 

 エマが微妙な顔をする。

 

「でも……」

 

 

 

 

「それがどうここの入学につながるのですか?」

 

 ヴィヴィアの疑問にシーザーが答える。

 

「竜頭工業には機械を作るノウハウはあったが、魔術についてはほとんど無知だ。魔力を消費する機械を作る以上、魔術の理解は必要となる。そこで魔術師を雇ってはみたものの、魔術師は機械工学について無知。だから…」

 

「魔力を持っていてゾディアックに入学できる社内の人物であるアレク・エルタを派遣した…」

 

「おそらく君は、そのことを竜頭工業がスパイか何かを送り込んだと勘違いした誰かの話を聞いてしまったのだろう」

 

 彼女には心当たりがあった。が、そのことは今は黙っておく。

 

「……しかし、彼も魔術はほとんど無知なはず。なぜ入学の許可が出たのですか?」

 

 

 

 エマは、ヴィヴィアと同じ質問をアレク本人にしていた。

 

「簡単な話さ。社長の人脈と、王女様の気心だよ」

 

「何よそれ…」

 

「社長の知り合いに王家に仕えてる人がいてな。ゾディアック設立の話を聞いたとき、その人に掛け合って俺の入学を王女様に取り計らってもらったそうだ」

 

「完全に運…というかコネね…」

 

「そう言われると、なんだかな…。王女様は魔術の現状を憂いておられたんだ。どの魔術師も自分の家系の魔術が最も優れていると信じて疑わない。これ以上の発展は望めない上に、いずれ醜い争いの火種になると。そうならないよう、多くの家が交流し、視野の広い魔術師を育てるためにゾディアックを創った。ならば……」

 

「そこに君のようなより異質な存在を入れれば、魔術と科学が手を取り合える社会にすら、少しは近づけるかもしれないと…」

 

「ああ。しかも第1期生からな。要するに王女様のお望みと俺たちのニーズが上手く合ったわけだ。確かに運が良かったかもな」

 

「では、そこから先は段取り良く?」

 

 マリーの質問に首を振る。

 

「まさか。ちゃんと入試はあったさ。5月の面接…俺は一生忘れないだろうな。なんせ王女様直々の試験ときた。他の面接官も超上流階級の人ばかり。あの緊張感があったから、もう誰の前でも臆することはなくなった」

 

 3人がどこか納得した顔をする。

 

 

 

 

 学園長室では、シーザーが娘への説明を続けていた。

 

「そして彼は中学校を卒業する直前から魔術の基本事項と物質召喚を学び続け、2週間遅れての入学となったわけだ」

 

 だがヴィヴィアの疑問は尽きない。

 

「それは理解しましたが…しかし、彼が使っていたあの魔術はただの物質召喚ではない。そうですね?」

 

「その通り。あれは高名な魔術師でもあらせられる王女様と、竜頭工業に雇われている魔術師が共同で開発し、彼に封印したもの。特定の条件下でのみ魔動機の召喚を可能にする改造された物質召喚だ」

 

「条件…とは」

 

 

 

 

 ジャックが尋ねた疑問に、アレクが答える。

 

「複数の人が俺を意識して見ていること。『俺を見る』という意思を魔力が感じ取ったときだけ、俺は魔動機が使える」

 

 それでエマは納得がいった。

 

 丘の上で彼女がアレクを問い詰めていたとき、彼を見ていたのは彼女だけだった。

 だから彼は普通の物質召喚しか使えなかったのだ。

 

「この条件が意味するところは、俺はゾディアックという魔術の本場で、セールスまがいの仕事をしなくちゃならんってことだ。だから俺は、ああいう披露の機会を逃せない。でなけりゃ首が飛ぶ」

 

「なるほど。…で、大事なことを聞いていなかったわ」

 

「っていうと?」

 

「魔動機って、そもそも何なのよ?」

 

「企業秘密やら特許やらにも触れるから詳しくは話せないが……。試合で言ったように、魔力の性質を稼働と制御に役立てる。魔力ってのは意思に従って流れる方向が決まり、エネルギー源としても高効率」

 

 

 ヴィヴィアもまた、エマと同じ質問を学園長にしている。

 

「彼は魔力を蓄える装置の設計を行った。かつて魔術に杖が用いられていた頃、多くの錬金術師が拵えた特殊合金の結晶体がある。この合金は魔力を加えるとそれを溜め込むことができるので、自分の魔力が切れてしまった場合の、いわば予備電源として杖に仕込まれていた。竜頭工業はこれを解析し、量産に成功した。それが…」

 

「魔動機の動力源」

 

 彼女の発言に頷き、肯定するシーザー。

 

 

 

 

「これに空気中の魔力を掻き集めるような魔術をかけ、完成したのが…」

 

 エマたち3人に見つめられているアレクは物質召喚…もとい鋼鉄演舞(IRON WALTZ)を使って動力源の部品を呼び出す。

 

「これ。魔力コンデンサーだ」

 

 直径は6、7センチ、長さ20センチほどの円筒形の機械が彼の手に現れた。

 

「こいつがパーシアスには2基入っていて、この魔力を動力源に、意思に従って流れる方向が変わる性質を制御に利用して、頭で考えた通りに長時間動ける機械が完成したってわけだ」

 

 アレクが見るようにと渡してきたコンデンサーを手に取り、しげしげと眺めるマリー。

 

「これは……商品なのですよね?売られているお店を見たことがないのですが…」

 

 そう言いながら、コンデンサーをエマへ回した。その間に苦笑いしながらアレクが答える。

 

「はは…。取り扱ってくれる店がなかなか無くてな…。今は店で探すより、直接ウチに注文した方が手間がかからなくて安上がりだ」

 

 コンデンサーを受け取ったエマは、その無骨な機械とアレクを交互に見る。

 

(さしずめ、魔術と科学の距離を狭めるための国からの使者ってところかしら。魔動機はその象徴…。飄々としてるけど、案外苦労が多そうな立場ね)

 

 正面に座っているジャックにコンデンサーを渡す。

 ジャックは円筒を見ながらアレクに尋ねる。

 

「卒業したら竜頭工業に就職か?」

 

「ああ。晴れて正式な特別顧問になれれば、給料ガッポリだ」

 

「……魔術師の待遇は?」

 

「そこらの大企業よりは遥かに良い……とだけ言っておこう」

 

「ほう…」

 

 ジャックがニヤリと笑う。それを見て驚いたエマが尋ねる。

 

「あ、貴方まさか…入りたいの?!竜頭工業に!?」

 

「進路の1つとしては悪くないだろうと思っただけだ。他にやりたいことができればそちらに行くさ」

 

「そのときは全力で応援するぜ!友達としてな!」

 

「ああ。頼む」

 

「ところで…」

 

 エマが再びアレクに問い掛けた。

 

「魔動機って、魔術師でなくても、魔力を持たない人でも、魔術師みたいになれる機械よね?」

 

「そうだが?」

 

 彼の発言に、更に踏み込んだ質問をする。

 

「それって…いい事なの?魔術の知識は限定された立場の人間が使って、管理するべきって考えが今は一般的よ」

 

 彼女の質問の真意を汲み取ったアレクは、真剣な声で答えた。

 

「……魔術と科学技術の、相容れないところだよな、それは。魔動機は単なる道具に過ぎない。それを造る立場からすれば、世のため人のために使って貰えれば、それで……それだけでいいんだけどな…」

 

 

 その後は他愛のない話になり、食堂にヴィヴィアがやって来てもお互いに気づかず、別々のタイミングで出た。

 

 

 食事をしながら、ヴィヴィアは1人考えに耽っていた。

 

(彼に負けたことも認めた。どのような人物かも、何を思ってここにいるのかもわかった。”次なる魔術”…魔動機は誰もが使えて、誰もが魔術師並みの力を手にできるから、彼はそう呼んだのだ。それが正しいとは限らないが、その軋轢を解消することが、我々の世代の魔術師の役目…か。普段の私ならば、何もかもを知って安堵し、スッキリするはずだ。なのに、何故か気に入らない。なんだ?この感情は…)

 

 目と眉間を細めて考え込む彼女は、それだけでかなりの迫力を放つ。自然と彼女の周囲の席が空くが、それにすら彼女は気づかない。

 

 

 

 

 午後の競技会第2部…3組と4組の試合も終わった。

 

 

 鞄を背負い、住宅街を1人歩く黒髪の少女、サラ・アルデラ。夕陽の中、今日の試合を頭の中で振り返っていた彼女は、彼…アレク・エルタと、彼を目の敵にしていたクラスメイトを思い出し、立ち止まる。

 

---------------------

 

「断じて…魔術などではない!!」

 

「その通りでございます!魔動機は言わば…”次なる魔術”であります故に!」

 

---------------------

 

 

 時代にそぐわない物を持ちながら、それを卑下することもなく、むしろ堂々と掲げるアレクの姿。

 それは、彼女が憧れている背中を思い出させる。

 

 鞄を開け、取り出したのは、今日巨人を斬り伏せた剣…の役割を持つ杖である。それをじっと見つめて考える。

 

(……似ている。あの機械は、これと…彼は、”彼”と。もし出会えたなら、”彼”はきっと喜んだ…)

 

 杖を仕舞い、再び歩き始めた彼女。やがて土塀に囲まれた邸宅に着く。

 

「……ただいま」

 

 木でできた門を潜り、引き戸を開けて帰宅の挨拶をする。出迎えの声はない。物理的なものとは異なる静けさに満ちたこの家は、彼女の小さな声を吸収してしまった。

 

 彼女は玄関で靴を脱ぎ、台所に入って緑色の細かな茶葉を湯に浸す。

 

 この西洋のモダンな館が並ぶ住宅街で異彩を放つ日本家屋。彼女はこの屋敷に1人で住んでいるのだ。

 

 畳が敷かれた、西陽がよく入る広い部屋。その壁には仏壇があり、そこに置かれた写真には……どことなくサラに似た笑顔の老紳士が写っていた。

 

 

 

 

 

 闇夜の中、巨体が進撃する。

 地響きのような足音に、夢から叩き起こされた鳥や獣が、不満げな鳴き声を上げつつ道を開ける。

 

 冷たい星明かりが照らし出したのは異形の姿。それが見据えるのは、空に輝く英雄、ペルセウスと、彼が助け出した姫の姿だ。

 

 

 

 

 従業員の合計は約3000名。国内外に複数の生産拠点を持つ。

 様々な家電製品を製造していたが、近年、そこで培った技術を転用し、世界で初めて魔動機(Mystical equipment)の生産、販売に成功。

 軸となる事業を徐々にこちらへ移しつつある。

 魔動機によるアシストスーツや個人用飛行装置、乗り物、介護補助用品などの分野に進出予定とのこと。

 この企業で製造される製品は品質にこだわりがあり、その割には低価格という特徴がある。

 魔動機は需要の予測が難しい製品のため基本的に受注生産であり、中間販売業者などを挟まないので価格を抑えられている。

 

 アステリオン新聞第5866号『今週の1社 竜頭工業(Dragon Head Industry)』の項より抜粋

 

 




 
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